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精选命理约言
全体意訳
禄命の学(八字命理)の起源はすでに考証できない。古い典籍の記載によれば、戦国時代の珞琭子に始まり、鬼谷子と同時代であったという。漢代の司馬季主、厳君平、三国の管輅、晋代の郭璞、北斉の魏定、唐代の袁天罡、僧一行、李泌、李虚中らはみなその術を継承した。李泌はかつて管輅の「天陽決」と一行の要旨を得て、人事の吉凶を推し量ることが極めて霊験であった。李泌は術を李虚中に伝え、李虚中はさらに推し衍べて応用した。珞琭子から李虚中に至るまで、命を論ずるには生まれた年と納音五行を主としていた。五代の時期、麻衣道者と陳希夷が現れ、また徐居易(字は子平)が李虚中の術を継承して改良を加え、日主(生まれた日の天干)を専ら重視し始め、五行の相生相克によって命を推すようになり、もはや納音に頼らなくなった。宋の孝宗の時、淮上の術士・沖虚子がこの術に精通し、僧・道洪に伝え、道洪はさらに徐大升に伝えた。元朝の人々は子平と大升の両家の法を推演し、今日まで続いている。これがおおよその発展の流れである。私が考証したところでは、珞琭子の時代には確たる根拠がなく、おそらく李虚中の年代に近い。古い典籍に伝わる珞琭子の賦文には漢晋の人物が引用されており、彼が戦国時代の人ではないことがわかる。なぜかえって後人がその術を継承したと言うのか?漢晋唐の諸人物は多く、卜筮、相術または暦法で著名であり、禄命を専攻した者はなかった。李泌の外伝には神仙の事柄のみが記され、陳希夷は隠居して道を修めたが、いずれも禄命の内容はない。推命の方法は古書の中で李虚中の説をたまに引用しているが、完全な文献はまれで、その方法は詳らかではない。徐子平に至って、方法が初めて定型化した。徐大升に至って、方法がさらに顕揚された。しかし、両家の著作の中では、財・官・印・食・神殺などの概念と生克吉凶の理が混在して併陳されており、読者は容易に目を惑わされる。諸家の賦論は多くこの体裁を踏襲し、たまに条理を分けて分析する者もいるが、かえって頭緒が煩雑で文義が粗雑である。学問が通儒でなければ道理を見徹せず、文筆が文士でなければ措辞が通じないからである。張楠(逸叟)が著した『命理正宗』は、条理を分けて分析することができるが、文筆は拙劣で、語句は冗長雑多である。ただ万民英進士が著した『三命通会』は、条分縷析し、文理が通明である。しかし、意は広く採集することにあり、義理が一つに帰せず、多さを貴び精しさを貴ばず、博くすることはできても要約することはできない。それでも他の術家と比べれば、はるかに勝っている。俗に「子平」と言うのは、「子」が水準に属し、推命が子の水の平らさのようだとするからで、この説は誤りである。後五代の徐居易、字は子平、東海の人、別号は沙滌先生、また蓬莱叟とも称し、太華西棠峰洞に隠居した。文献の記載は甚だ詳しい。
命理家の論ずるところは、財・官・格局・神殺の三者に外ならない。『玉井奥決』と『滴天髓』の二書は、陰陽の理を深く究め、干支の情を透徹して解し、この三者に拘泥しない。故に術家はこれを推奨しない。しかし、陰陽の理は精微であり、干支の情は透徹している。これを用いて三者を推論すれば、より深く正確ではないか?故に全文を収録する。『奥決』は安東の杜謙の著で、文筆は晦渋で空霊である。『滴天髓』は劉伯温に仮託され、文筆は明朗で快利であり、道理を言うこと皆透徹して理解しやすい。要するに、この二書は子平、大升の著したものと並べて、命家の模範とすべきである。
張神峰は四柱及び大運を論じ、天干を重視し、「蓋頭」の説がある。干は人の頭面の如く、支は人の臓腑の如し。下に蔵するものは上に発し、蔵することは掩うことができるが、発することは掩うことができない。一生の富貴貧賤は頭面から見ることができる。凡そ福禍の物が柱中に透出すれば、天干の利害が最も切実である。行運はたとえ喜ぶべき地支に遇っても、憎むべき干がこれを蓋えば則ち吉ならず。憎むべき地支に遇っても、喜ぶべき干がこれを蓋えば則ち凶ならず。例えば木火🌱🔥を喜び、運が甲乙丙丁に逢えば、幾分かの利点がある。金水を憎み、運が庚辛壬癸に逢えば、幾分かの不利がある。その説はなかなか見識がある。しかし、柱を論じ運を論ずるには、終始干支を合わせて見る必要がある。例えば甲乙が申酉に坐れば、損なわれることがないだろうか?丙丁を憎んで亥子に坐れば、益がないだろうか?要するに、柱の干は当令の時、例えば甲乙が寅卯を蓋うが、秋令に生まれればただの秋の木である。運の支は方位を論じ、寅卯辰は東方の運であり、たとえ上に庚辛が蓋っても、終わりは東方の金であり、西方の金とは異なる。その他は皆類推する。
張神峰の「病薬」の説は方法が甚だ善い。しかし、方や病傷を取れば即ち医薬を求め、既に医薬を用いてなお中和に帰する。これでは正理を捨てて奇僻を尚ぶことにならないか?さらに、八字が純然として旺でも弱でもなく、財官に損なく、日主が中和であるならば、常人の命と断ずるという。この説は特に偏っている。人命が純粋で中和であれば、貴ならず富でないことがあろうか?もし純粋の中に暗く駁雑を蔵し、中和の内に浅露を嫌うならば、なお純粋でなく中和ではない。私はかつて大富貴の命を見たことがあるが、病なく傷つかず、旺でも弱でもなく、運歴五行皆美しく、身に五福を備えて虧けることがなかった。これこそ純粋中和の明証ではないか?どうして過度に病薬の説に拘る必要があろうか?
昔の人は言う。天地間に盈ち満ちるものは皆水土🌊⛰である。故に長生して滅びない。木は時に栄え時に落ちるが、至る所に皆ある。故にこれに次ぐ。火は木を鑽ることから来り、金は砂を披くことから得る。故に生じやすく滅びやすい。この説も通じる。しかし、五行の生息はただその理を論ずるのであって、形質にあるのではない。『易経』に引かれる天生地成の数を見れば、その気が均等であることがわかる。差別する必要はない。
百物は皆生気を具えている。故に長く育ち悠遠である。人命もまた然り。財官の有無、格局の成否に拘らず、一種の生気が必要である。生我・我生の五行を指すのではなく、体象神理の間に細かく観察する。上命にもこれがあり、下命にもこれがある。沖和朗健の中にもこれがあり、強戾柔暗の中にもこれがある。丁度人身の六脈の如く、胃気が盛んなれば則ち生🌱、衰えれば則ち病、絶えれば則ち死。名医は胃気を審らかにして了然と指下にあり、形容しがたい。神は生気を察して曉然と胸中にあり、これまた形容しがたい。
人命が春秋の月に生まれれば、寒暖中を得る。もし盛夏に生まれれば則ち偏って炎🔥し、炎すれば則ち潤いを喜び、局中に水🌊を得ることを佳とする。厳冬に生まれれば則ち偏って寒❄く、寒ければ則ち温かさを喜び、局中に火🔥を得ることを美とする。しかし、異なる点がある。冬月は水生木、木生火で、克を化して生と為しやすい。夏月は火生土、土生金で、囚を化して生と為しにくい。故に冬の火はただ生を得ることを求め、夏の水は或いは徒らに相激するだけである。もし夏の水が激することなくして象を成し根を通じ、冬の火が生に逢って輝きを揚げ焰を発すれば、或いは日主と為り或いは六神と為り、皆貴命である。
日主は弱いが、格を棄てて成らない。官殺食傷は強いが、局に従って就かない。このような者は、強いて扶け抑えれば則ち相激してかえって凶となる。強者の性情を取り、引きいて化する、即ちその生ずる所に至らしめるのが良い。例えば官殺が強すぎれば則ち印を以てこれを引き、食傷が強すぎれば則ち財を以てこれを引く。しかし、陽を以て陽を引くことを上とし(例えば甲を丙で引く)、陽を以て陰を引き、陰を以て陽を引くことを次とする(例えば甲を丁で引き、乙を丙で引く)。もし財印が強すぎれば、一概に引化を用いることは難しい。なぜなら、財の生ずる所は官殺であり、克が重く身が軽いことを恐れ、弱い主をますます害するからである。印の生ずる所は比劫であり、即ち母多くして子病むで、比劫では救えないからである。
日主は貴く時を得るが、月令が官殺財印食傷に値すれば、その生克作用多く、情致がある。禄に値するのはただ主を助けるに堪え、情致少ない。もし刃劫に値すれば、かえって他人の裁制に頼らなければならない。故に日主は「相」(強からず弱からず)を上とし、女命は特に宜しい。必ずしも女は貴く休囚であると言うのは、また至理ではない。
陽干は克に任ずる力は軽く、物を生ずる力は重い。故に陽日は印を用い、時に偏を喜び、丙壬は特に喜ぶ。陰干は物を生ずる力は軽く、克に任ずる力は重い。故に陰日は殺に遇い、その強さを畏れず、丁己は特に畏れない。
六神は官殺財印食傷に分かれ、六親は父母妻子兄弟に分かれる。ただ大端はこのようである。もし一つのみを執って断じれば、種々通じ難い。例えば財は妻室でありまた家資である。人命に財神が時を得て破られなければ、両者ともに美しいはずだが、或いは妻は偕老するが財は窘乏し、或いは財は充裕だが妻は喪亡する。財神が時を失い克されるならば、両者ともに傷つくはずだが、或いは妻は頻りに逝くが財はなお豊かであり、或いは財は乏しいが妻は恙ない。これをどう解釈するか?法は分けて見るべきだと言えば、その法は依拠できる。理はそれぞれ異なると言えば、その理はどこにあるのか?故に六神六親は皆融通して断ずるべきである。
生時が帰禄であるものの他に、吉時がある。例えば:甲日癸酉時(干支官印相生)、己日丙寅時(干支官印相生)、丁日壬寅時(干支官印相生)、壬日己酉時(干支官印相生)、己日甲子時(干支財官相生)、丁日辛亥時(干支財官相生)、戊日乙卯時(干支純官)、癸日庚申時(干支純印)、甲日戊辰時(干支純財)、戊日壬子時(干支純財)、壬日丙午時(干支純財)、癸日丁巳時(干支純財)、戊日庚申時(干支純食)、癸日乙卯時(干支純食)。これらの時は、遇えば即ち貴というわけではないが、全局の吉を助ける力が比較的強い。
俗論の四墓庫は、愛すれば則ち財庫・官庫・殺庫を取る。財が庫を取るのは理に近いが、官殺はどうして庫を取るのか?憎めば則ちやたらに「天羅地網」と言う。辰戌は水火の墓である。どうして諸干が皆墓なのか?即ち水火も時に庫を用いることがある。どうして羅網なのか?また、少なきは庫運を忌み、老いは庫運を喜ぶという。原局が過度に発揚していれば、少年もまた収斂を利する。過度に鬱塞していれば、老年もまた閉蔵を悪む。これは正に「少なきは死絶を畏れ、老いは長生を畏る」というのと同じ偏見である。
僧道の命で証果登仙する者は、体格が至って清いだけでなく、福力が至って厚く、人間の大富貴の人も及ばない。これは孤高を以て求めるべきではない。その孤高なる者は、釈道の中のやや品格を成した者に過ぎない。もし尋常の釈道ならば、五行を推し看るに、偏枯駁雑で、自然に世縁が淡薄である。必ずしも火土を釈とし、金水を道とするというのは、その論は固陋である。
人命の好運は多くて三十年、二十歳以外に行われるべきである。少なくて一二十年、三十歳以外に行われるべきである。もし好運が早すぎれば、例えば幼年弱冠以前では、どうして急に栄顕できようか?即ち或いは親の蔭や世職に蒙るとしても、好運が過ぎ去れば、福尽きて寿促される。
命に十分の福気があれば、二三分の悪運を行っても凶と感じない。四五分の悪運では只浮災細累である。六七分に至って初めて重災がある。福力が厚いからである。命に五分の福気があれば、一分の悪運を行っても即ち意に如かず、二三分の悪運では必ず重災を見る。もし四五分の悪運では即ち死ぬ。根基が堅固でないからである。
命主が甚だ旺んなのに、克損の運を行えば宜しく利するはずだが、或いは凶或いは死するのはなぜか?譬えば暴悍なる人が忽ち挫折に遭えば、多く自決に至る。命主が甚だ衰えているのに、滋助の運を行えば宜しく亨るはずだが、或いは危うく或いは喪うのはなぜか?譬えば寒微の人が驟に富貴を得れば、かえって不祥となる。故に旺んでも亢に至らず、弱くても気無きに至らせぬ。
人に、翌日罪に坐して来日忽ち貴ぶ者あり、前日登第して後月急に没する者あり。これは運の吉凶が雑見するのではなく、吉運の中に微かに危機を帯び、凶運の中に偶々貴気を扶けるからである。また、義気によって禍患を撹え反って通達に致る者あり、詭道によって名利を得て反って喪亡を取る者あり。これは直ちに吉運で全く危機がなく、直ちに凶運で毫も貴気がないのである。
人命に十分の吉運があるのに反って休官するのはなぜか?宦途は危険で、止めたくてもできない。一旦閑に投じれば終身安枕である。十分の吉運でなければどうしてこれが得られようか?十分の凶運があるのに反って遷秩するのはなぜか?歴任平安で、忽ち重地に移り、変生意外で命は須臾に損なわれる。十分の凶運でなければどうしてここに至ろうか?
凡そ人命を見るには、先ず六親の姓氏及びこれまでの履歴を問い、一一詳しく知って、初めて推算できる。已往の事は験えても益がなく、奇と為すに足らない。ただ将来の休咎を果たして洞見できれば、その人はこれを信じ、上は善を積み過ちを改め、下は吉に趨り凶を避けることができる。しかし、已往を稽えなければ、将来を測ることはできない。もし或いは隠して言わず、朦朧として試みるならば、慎んで軽く談じ妄りに断ずるなかれ。
旧書は官を禄、財を馬と称し、日禄・驛馬と混同しやすい。また子丑を鼠牛、寅卯を虎兎と称する。この類は目に爽やかでない。故にこの集では各々その名を正す。
旧書は往々にして子午卯酉を坎離震兑と称し、寅申巳亥を艮坤巽乾と称する。八卦が十二支の上に加わることを知らない。坎は正に子の位を占め、旁に亥丑を各々二分半占む。離は正に午の位を占め、旁に巳未を各々二分半占む。震は正に卯の位を占め、旁に寅辰を各々二分半占む。兑は正に酉の位を占め、旁に申戌を各々二分半占む。艮は丑寅を各々七分半占む。坤は未申を各々七分半占む。巽は辰巳を各々七分半占む。乾は戌亥を各々七分半占む。子午卯酉を坎離震兑と言うのは、重きを挙げて言うようなものだ。寅申巳亥を艮坤巽乾と言うのは、どうして少なきを偏りに挙げ、多きを独り遺すのか?地道は只十二支一層で、天干を加えるのは第二層、八卦を加えるのは第三層である。堪輿家は六十四卦十二支を分けて二十四山とするが、識者はなお未だ然らざるを以て為す。況んや命理において諸支を分裂し妄りに四卦を取ることができようか?
世俗に相伝わる:父命凶なれば則ち子を剋し、子命凶なれば則ち父を剋し、夫命凶なれば則ち妻を剋し、妻命凶なれば則ち夫を剋す。遂に骨肉相怨憎する者あり。この説は殊に誤りである。凡そ父命中の子星が破壊されれば、子の不肖を推すことができ、父命によって子を剋するのではない。子命中の父星が衰絶すれば、父の早失を推すことができ、子命によって父を剋するのではない。夫命中の妻星が損壊すれば、妻の頻喪を推すことができ、夫命によって妻を剋するのではない。妻命中の夫星が死絶すれば、夫の不禄を推すことができ、妻命によって夫を剋するのではない。
昔の人は言う。千賦を読めば則ち賦に曉る。千剣を観れば則ち剣に曉る。凡そこの道に心を究めようとすれば、旧命及び海内現在の諸命を収集し、年月日時に挨順して底本を編成し、六親の履歴を詳録し、古を考へ今を証し、自然に命理精通する。もし只術家の旧刻の書を閲し、僅かに相与に親知の命を推すのみならば、これは猶空しく医経を読み、未だ千百人の症に臨み千百剤の薬を用いず、急に立方して病に中らんと欲するようなもので、難しい。
附 張神峰 五行諸謬を辟く
婁景は炉中火・海中金・大林木・路旁土等を納音五行に配して歌とし、人に誦せしめ、後世実然と為す。もし『三車一覧』『望斗真経』『蘭台妙選』等の書は、具に生克の正理を論ぜず、漫りに江山水石風雨を以て説を立て、また人の生年の十二支生肖を以て吉凶を論ずる。特に謬妄である。例えば黄県の兵部尚書・譚二華の八字:庚辰、甲申、丁未、丙午。本系は身強殺浅で、殺を仮りて権と為し、殺旺の地を行くことを喜ぶ。奈何せんこの正理を捨て、謬りてその龍に属し、丁未丙午の日時を得ることを「龍奔天河」と言い、龍が水に遇うことを以て極貴と為す。
本文内チャート
| 四柱 | 年 | 月 | 日 | 時 |
|---|---|---|---|---|
| 十神 | 正财 | 正印 | 元男 | 劫财 |
| 天干 | 庚 | 甲 | 丁 | 丙 |
| 地支 | 辰 | 申 | 未 | 午 |
| 蔵干 | 戊伤乙枭癸杀 | 庚财壬官戊伤 | 己食丁比乙枭 | 丁比己食 |
| 星運 | 衰 | 沐浴 | 冠带 | 建 |
一貧命あり:庚辰、甲申、癸亥、癸亥。また「龍入大海」と論ずることができる。どうして極貧なのか?縁るにこの八字は水多きを病とし、再び北方の運を行い、水を以て水に済す。正に禄を背き馬を逐うと言い、窮途を守りて凄惶す。
本文内チャート
| 四柱 | 年 | 月 | 日 | 時 |
|---|---|---|---|---|
| 十神 | 正印 | 伤官 | 元男 | 比肩 |
| 天干 | 庚 | 甲 | 癸 | 癸 |
| 地支 | 辰 | 申 | 亥 | 亥 |
| 蔵干 | 戊官乙食癸比 | 庚印壬劫戊官 | 壬劫甲伤 | 壬劫甲伤 |
| 星運 | 养 | 死 | 帝旺 | 帝旺 |
且つ例えば人、鶏犬豕羊に属すも、また貴命あり。将に何を以てか之を論ぜん?また破碎・吞陷等の殺、及び小児の雷公・金鎖・断橋・百日・鶏飛等の関あり。只年一字を以て某日某時を犯すと言うに止まり、以て父母を驚かすに至る。八字干支に在りて生克制化の正理を以て尋ね搜す尚且つ禍福然らず。乃ち一字を執りて以て生死を定めんと欲するか?
呂才の合婚書は、具に理の無き所にある。人の婚姻は前定に由る。婚を択び命を択ぶは父母の子を愛する心に過ぎない。男は女を択ぶに、八字は夫子の二星を見るを貴ぶ。女は男を択ぶに、八字は中和の道を得るを貴ぶ。何を以てか妄りに骨髓破・鉄掃帚・六害・大敗・狼籍・飛天・八敗・孤虚等の謬説を立て、生年の十二支を只月家の一字を以て犯すと為すのか?豈に是の理あらんや?年月日時及び地支の蔵する所を合わせて人の休咎を論ずるも、尚得ることができない。況んや独り年月の両字を取りて日時と相関せざるをや?世俗遂に真と為す。彼高明なる者はその験無きを知って之を破るも、人もまた信ぜず。即ち発科甲する者は只儒書を読み、未だこの理に諳ぜず、遂に酷信し、以て下愚の人に曰く「彼読書人尚且つ之を信ず、我何ぞ疑わん」と。また或いは八字果たして偏枯・太弱太旺・病有りて薬無きに係るも、正理の佳からざるを以て為さず、只此の諸凶を帯ぶるを怨みて害と為す。愚謂う、此等の妄語は必ず其の板を毀ち其の書を火せざるべからず。
進財退財・望門守寡・妻多危・夫多厄・死墓絶・夫妻を妨ぐ、只人の生年の金木水火土納音の属する月上の一字を以て之を犯すと為す。退財進財は自己の命運に係る。安んぞ他家の男女有りて能く我が禍福を致さんや?
女命の禍福淫乱は或いは八敗・桃花殺を以て首忌と為す。八敗は則ち猪羊犬吠春三月、蓋し亥未戌生の人三月生を見れば遂に之を八敗と為す。日時を論ぜず、並びに其の夫子を論ぜず。其の謬甚だし。又桃花殺は寅午戌兎は卯に従い茅裏より出ずの如し。蓋し寅午戌は火に属し、卯に沐浴するを取れば裸体の嫌あり。其の謬甚だし。吾夫子両全の富貴老婦を見る。其の幼き時八敗諸殺を帯ぶるに因り、父母其の八字を改造して人に適せしめ、及び至り臨終に始めて夫子に真造を告げ譜を紀し墓を志す。嘗て其の真造を取りて之を視るに、原係夫子明透し、理中和を得たり。世俗只其の八敗諸凶を帯ぶるを謂うも、而も其の八字の甚だ美なるを知らず。
合婚書は男女の年命宮数を以て配合し、天医福德を上婚と為し、遊魂帰魂を中婚と為し、五鬼絶命を下婚と為す。もし果たして是の理あらば、凡そ婚を議する者具に上中を択んで之に配し、下を択んで之を捨つれば、天下必ず怨女曠夫有らん。或いは曰く、男女具に四柱好命を択んで相配すれば、則ち下命の者は当に男命に比肩劫財重きを帯ぶるを見、女命に食神傷官重きを帯ぶるを択んで之に配し、女命に食神傷官重きを帯ぶるを見、男命に比肩劫財重きを帯ぶるを択んで之に配すべし。庶幾くは理に近からん。
珞琭子は専ら財官を以て主と為す。人財を以て依傍と為すと雖も、然れども財官太旺・日主太弱なれば、則ち身能く其の財官に任ぜず。苟も日主太旺・財官気軽なれば、則ち財身主の運用に敷かず。当に財官日主の二者を参看すべし。子平の書に云う「財官軽くして日主旺なれば、運財官を行えば最も利す。財官旺にして日主弱なれば、運生旺を行えば最も奇なり」。此の言至当至約なり。若し珞琭子の言う所は只財官の生旺を要し、日主の強弱を見ず。亦甚だ謬らざらんや?
一日徳格に、甲寅・丙辰・戊辰・庚辰・壬戌の五日あり。何を以てか其の徳たるを見る?原委来歴を考へず、輒ち日徳と名づく。豈に謬説ならざらんや?
魁罡格は、壬辰・庚戌・庚辰・戊戌を取って四墓の上に臨むを魁罡と為し、能く大権を掌るとす。何を以てか四墓の上に臨めば遂に能く此の如くなる?亦謬説なり。
六壬趨乾格は、寅中の甲木を用いて能く己土を合し壬の官と為し、寅中の丙火能く辛金を合し壬の印と為すと言う。具に無中に有を生ずるなり。大抵は拱禄・飛禄・禄馬の説と相為に表裏し、而して此の説は尤も非なり。
六甲趨乾格は、亥は乃ち天の門戸なり、甲日生の人此に臨むを之を趨乾と謂う。仮令別の日干生、亥上に臨むも、何を以てか趨乾と為さざる?豈に天門は只此の六甲の来趨を好むのみならんや?夫れ天体至円、本門戸無し。即ち乾西北に居るを以て類えて天の門戸と為す。豈に人の禍福を論ぜんや?
勾陳得位格は、日主の財官の地に臨むを以てす。夫れ身主柔ならず、能く財官に任ずるを、之を得位稟権と謂うは宜しい。若し身主気弱く、財官の太旺の地に臨めば、或いは財多身弱と為り、或いは殺重身軽と為る。之を以て美と為すは、豈に謬らざらんや?