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观人于微
圣贤所赞美的,莫过于聪明;聪明所宝贵的,莫过于知人。知人确实是一种智慧,能让众多人才各得其所,从而使各项事业兴盛起来。因此,圣人通过爻象设立君子与小人的区别,通过《诗经》分辨风俗的雅正,通过《礼》《乐》考察六艺的德行,亲临朝堂则授予俊逸之才以辅相之职——这些都是为了成就众善、完成天赋的功业。功业既成,则共享名誉。尧以能明俊德著称,舜以任用八元八凯为功,汤以拔举有莘之贤为名,文王以举用渭滨之叟为贵。由此看来,圣人兴德,无不在求人上劳费聪明,而在任使上获得安逸。
孔子虽未被试用、无人援引升迁,仍然将门人分为四科,泛论众材以辨三等。又赞叹中庸以区别于圣人之德,崇尚德行以劝勉庶几之论。训示六蔽以警戒偏材之失,思慕狂狷以通达拘谨与高抗之材;痛斥表面诚恳而轻信之人,以说明“似”之难保。又说:察其所安,观其所由,以知居止之行。人物之察,如此详尽。因此,我斗胆依循圣训,志在序述人物,希望能补缀遗忘之处;惟愿博识君子裁览其义。
人物的根本,出于情性。情性之理,甚微而玄;若非圣人之察,谁能穷究?凡有血气者,无不含元一以为质,禀阴阳以立性,体五行而著形。有形质可察,即可即而求之。
凡人之质量,中和最贵。中和之质,必平淡无味;故能调成五材,变化应节。因此,观人察质,必先察其平淡,而后求其聪明。聪明者,阴阳之精。阴阳清和,则中睿外明;圣人淳耀,能兼二美。知微知章,自非圣人,莫能两遂。故明白之士,通达动的机微,却暗于玄机;玄虑之人,识静的本原,却困于速捷。犹如🔥火与🌞日外照,不能内见;🌟金与🌊水内映,不能外光。二者之义,即阴阳之别。
若衡量其材质,稽考于五物;五物之征,亦各著于其体。其在体也:木骨、金筋、火气、土肌、水血,五物之象也。五物之实,各有所济。因此:骨植而柔者,谓之弘毅;弘毅者,仁之质也。气清而朗者,谓之文理;文理者,礼之本也。体端而实者,谓之贞固;贞固者,信之基也。筋劲而精者,谓之勇敢;勇敢者,义之决也。色平而畅者,谓之通微;通微者,智之原也。五质恒性,故谓之五常。
五常之别,列为五德:温直而扰毅,🌱木之德也。刚塞而弘毅,⛰金之德也。愿恭而理敬,🌊水之德也。宽栗而柔立,🌍土之德也。简畅而明砭,🔥火之德也。虽体变无穷,犹依乎五质。故其刚、柔、明、畅、贞固之征,著乎形容,见乎声色,发乎情味,各如其象。
心质亮直,其仪劲固;心质休决,其仪进猛;心质平理,其仪安闲。仪动成容,各有态度:直容之动,矫矫行行;休容之动,业业跄跄;德容之动,颙颙卬卬。容之动作,发乎心气;心气之征,则声变是也。气合成声,声应律吕:有和平之声,有清畅之声,有回衍之声。声畅于气,则实存貌色。故诚仁,必有温柔之色;诚勇,必有矜奋之色;诚智,必有明达之色。色见于貌,所谓征神。征神见貌,则情发于目。故仁目之精,悫然以端;勇胆之精,晔然以强。
然皆偏至之材,以胜体为质者也。故胜质不精,则其事不遂。直而不柔则木,劲而不精则力,固而不端则愚,气而不清则越,畅而不平则荡。中庸之质,异于此类:五常既备,包以澹味,五质内充,五精外章。是以目彩五晖之光也。故曰:物生有形,形有神精;能知精神,则穷理尽性。性之所尽,九质之征也。
九征为:平陂之质在于神,明暗之实在于精,勇怯之势在于筋,强弱之植在于骨,躁静之决在于气,惨怿之情在于色,衰正之形在于仪,态度之动在于容,缓急之状在于言。其为人也:质素平澹,中叡外朗,筋劲植固,声清色怿,仪正容直,则九征皆至,则纯粹之德也。九征有违,则偏杂之材也。
三度不同,其德异称。偏至之材,以材自名;兼材之人,以德为目;兼德之人,更为美号。兼德而至,谓之中庸;中庸者,圣人之目也。具体而微,谓之德行;德行,大雅之称也。一至,谓之偏材;偏材,小雅之质也。一征,谓之依似;依似,乱德之类也。一至一违,谓之间杂;间杂,无恒之人也。无恒、依似,皆风人末流;末流之质,不可胜论,是以略而不概也。
中庸之德,其质无名。故咸而不碱,淡而不酽,质而不缦,文而不缋;能威能怀,能辨能讷;变化无方,以达为节。是以抗者过之,而拘者不逮。拘抗违中,故善有所章,而理有所失。
十二偏材各有得失:
| 材型 | 优点/所长 | 缺陷/所失 |
|---|---|---|
| 厉直刚毅 | 材在矫正 | 失在激讦 |
| 柔顺安恕 | 每在宽容 | 失在少决 |
| 雄悍杰健 | 任在胆烈 | 失在多忌 |
| 精良畏慎 | 善在恭谨 | 失在多疑 |
| 强楷坚劲 | 用在桢干 | 失在专固 |
| 论辨理绎 | 能在释结 | 失在流宕 |
| 普博周给 | 弘在覆裕 | 失在溷浊 |
| 清介廉洁 | 节在俭固 | 失在拘扃 |
| 休动磊落 | 业在攀跻 | 失在疏越 |
| 沉静机密 | 精在玄微 | 失在迟缓 |
| 朴露径尽 | 质在中诚 | 失在不微 |
| 多智韬情 | 权在谲略 | 失在依违 |
及其进德之日,不务揆度中庸以戒其材之拘抗,而指人之所短以益其失,犹晋楚带剑,递相诡反也。
具体而言:
学所以成材也,恕所以推情也;偏材之性,不可移转矣。虽教之以学,材成而随之以失;虽训之以恕,推情各从其心。信者逆信,诈者逆诈;故学不入道,恕不周物;此偏材之益失也。
人流之业,十有二焉:清节家、法家、术家、国体、器能、臧否、伎俩、智意、文章、儒学、口辨、雄杰。
| 流业 | 定义 | 代表人物 |
|---|---|---|
| 清节家 | 德行高妙,容止可法 | 延陵、晏婴 |
| 法家 | 建法立制,强国富人 | 管仲、商鞅 |
| 术家 | 思信道化,策谋奇妙 | 范蠡、张良 |
| 国体 | 三材皆备,德厉风俗,法正天下,术谋庙胜 | 伊尹、吕望 |
| 器能 | 三材皆微,德率一国,法正乡邑,术权事宜 | 子产、西门豹 |
| 臧否 | 清节之流,不能弘恕,好尚讥诃,分别是非 | 子夏之徒 |
| 伎俩 | 法家之流,不能创思图远,能任一官,错意施巧 | 张敞、赵广汉 |
| 智意 | 术家之流,不能创制垂则,能遭变用权,权智有余,公正不足 | 陈平、韩安国 |
| 文章 | 能属文著述 | 司马迁、班固 |
| 儒学 | 能传圣人之业,不能干事施政 | 毛公、贯公 |
| 口辩 | 辩不入道,应对资给 | 乐毅、曹丘生 |
| 骁雄 | 胆力绝众,才略过人 | 白起、韩信 |
凡此十二材,皆人臣之任也。主德不预焉。主德者,聪明平淡,达众材而不以事自任者也。
主道立,则十二材各得其任:清节之德,师氏之任;法家之材,司寇之任;术家之材,三孤之任;三材纯备,三公之任;三材而微,冢宰之任;臧否之材,师氏之佐;智意之材,冢宰之佐;伎俩之材,司空之任;儒学之材,安民之任;文章之材,国史之任;辩给之材,行人之任;骁雄之材,将帅之任。
是谓主道得而臣道序,官不易方,而太平用成。若道不平淡,与一材同好,则一材处权,而众材失任矣。
建事立义,莫不须理而定;及其论难,鲜能定之。盖理多品而人异也。理多品则难通,人材异则情诡;情诡难通,则理失而事违也。
理有四部:天地气化,盈虚损益,道之理也。法制正事,事之理也。礼教宜适,义之理也。情枢机,情之理也。
明有四家:质性平淡,思心玄微,能通自然,道理之家也;质性警彻,权略机捷,能理烦速,事理之家也;质性和平,能论礼教,辩其得失,义礼之家也;质性机解,推情原意,能适其变,情理之家也。
情有九偏:
| 偏性 | 所短 |
|---|---|
| 刚略之人 | 不能理微;论大体则弘博高远,历纤理则宕往疏越 |
| 抗厉之人 | 不能回挠;论法直则括处公正,说变通则否戾不入 |
| 坚劲之人 | 好攻事实;指机理则颖灼彻尽,涉大道则径露单持 |
| 辩给之人 | 辞烦意锐;推人事则精识穷理,即大义则恢愕不周 |
| 浮沉之人 | 不能沉思;序疏数则豁达傲博,立事要则爁炎不定 |
| 浅解之人 | 不能深难;听辩说则拟锷愉悦,审精理则掉转无根 |
| 宽恕之人 | 不能速捷;论仁义则弘详长雅,趋时务则迟缓不及 |
| 温柔之人 | 力不休强;味道则顺适和畅,拟疑难则濡懦不尽 |
| 好奇之人 | 横逸求异;造权谲则倜傥瑰壮,案清道则诡常恢迂 |
流有七似:漫谈陈说似有流行者;理少多端似若博意者;回说合意似若赞解者;处后持长从众所安似能听断者;避难不应似若有余而实不知者;慕通口解似悦而不怿者;因胜情失穷而称妙,跌则掎跖实求两解似理不可屈者。凡此七似,众人之所惑也。
说有三失:不善接论者,说之以杂反,则不入矣。不善喻者,百言不明一意,则不听也。不善难者,舍本而理末,则辞构矣。
难有六构:辞构、气构、怨构、忿构、妄构、怒构。凡此六构,变之所由兴矣。
通有八能:聪能听序,思能造端,明能见机,辞能辩意,捷能摄失,守能待攻,攻能夺守,夺能易予。兼此八者,然后乃能通于天下之理。
八能对应八材:名物之材、构架之材、达识之材、赡给之材、权捷之材、持论之材、推彻之材、贸说之材。
通材之人,既兼此八材,行之以道。与通人言,则同解而心喻;与众人言,则察色而顺性。虽明包众理,不以尚人;聪叡资给,不以先人。善言出己,理足则止;鄙误在人,过而不迫。写人之所怀,扶人之所能。不以事类犯人之所婟,不以言例及己之所长。说直说变,无所畏恶。采虫声之善音,赞愚人之偶得。夺与有宜,去就不留。方其盛气,折谢不吝;方其胜难,胜而不矜。心平志谕,无适无莫,期于得道而已矣。是可与论经世而理物也。
或曰:人材有能大而不能小,犹函牛之鼎不可以烹鸡。愚以为此非名也。能之为言,已定之称;岂有能大而不能小乎?凡所谓能大而不能小,其语出于性有宽急。宽弘之人,宜为郡国;急小之人,宜理百里。郡之与县,异体之大小者也;以实理宽急论辨之,则当言大小异宜,不当言能大不能小也。若夫鸡之与牛,亦异体之小大也,故鼎亦宜有大小;若以烹犊,则岂不能烹鸡乎?故能治大郡,则亦能治小郡矣。# 人を微かに観る
聖人が賛美したものは、聪明に勝るものはない。聪明が貴ぶところは、人を知ることに勝るものはない。人を知ることは確かに一つの知恵であり、多くの人材をそれぞれの適所に就かせ、諸々の事業を盛んにすることができる。それゆえ、聖人は爻象によって君子と小人の区別を設け、『詩経』によって風俗の雅正を弁別し、『礼』『楽』によって六芸の徳行を考察し、朝廷に臨んでは俊逸の才に輔相の職を授けた——これらはすべて多くの善を成し遂げ、天が与えた功業を完成させるためである。功業が既に成れば、名誉を共にする。尭は俊徳を明らかにすることで知られ、舜は八元八凱を用いることをもって功績とし、湯は有莘の賢人を抜擢することをもって名とし、文王は渭浜の老翁を用いることをもって尊ばれた。これによって見れば、聖人が徳を興すのは、人材を求めることに聪明を費やし、任使することによって安逸を得るのである。
孔子は試用されず、引き立てられることもなかったが、それでも門人を四科に分け、多くの人材を広く論じて三等を弁別した。また中庸を嘆美して聖人の徳と区別し、徳行を崇尚して庶幾の論を勧めた。六蔽を訓示して偏材の失を戒め、狂狷を思慕して拘謹と高抗の材に通達した。表面は誠実ながら軽信する人を痛斥して、「似ている」ことが保ち難いことを説いた。また言う、「其の安んずる所を察し、其の由る所を観る」と、以て居止の行を知る。人物の考察は、かくのごとく詳しい。それゆえ、私はあえて聖訓に依循し、人物を序述することを志し、忘れ落とされた所を補綴せんことを望む。ただ願わくば博識の君子よ、その義を裁覧せよ。
人物の根本は、情性から出る。情性の理は、極めて微かで玄妙である。聖人の察察に非ざれば、誰か能く窮めんや。凡そ血気ある者は、元一を含んで以て質と為し、陰陽を禀けて以て性を立て、五行に体して而して形を著すことを含まざるはなし。形質ありて察すべきものは、即ち之に即いて求むべきなり。
凡そ人の質量は、中和が最も尊い。中和の質は、必ず平淡にして味無し。故に能く五材を調成し、変化して節に応ず。それゆえ、人を観て質を察するには、必ず先ず其の平淡を察し、而后に其の聪明を求む。聪明なる者は、陰陽の精なり。陰陽清和なれば、則ち中は叡く外は明らかなり。聖人は淳耀にして、能く二美を兼ねる。微を知り章を知るは、聖人に非ざれば、能く両遂すること莫し。故に明白の士は、動の機微に通達すれども、玄機に暗し。玄慮の人は、静の本原を識れども、速捷に困ず。譬えば🔥火と🌞日のごとく外に照らして、内に見ること能わず。🌟金と🌊水のごとく内に映じて、外に光ること能わざるがごとし。二者の義は、即ち陰陽の別なり。
若し其の材质を量り、五物に稽考せば、五物の征も、亦た各おの其の体に著わる。其の体に在るや、木骨、金筋、火気、土肌、水血、是れ五物の象なり。五物の実は、各おの濟ふべき所あり。それゆえ、骨植にして柔らかなるを、之を弘毅と謂う。弘毅なる者は、仁の質なり。気清くして朗らかなるを、之を文理と謂う。文理なる者は、礼の本なり。体端にして実なるを、之を貞固と謂う。貞固なる者は、信の基なり。筋勁くして精なるを、之を勇敢と謂う。勇敢なる者は、義の決なり。色平にして暢かなるを、之を通微と謂う。通微なる者は、智の原なり。五質恒性なるが故に、之を五常と謂う。
五常の別は、列ねて五德と為す。温直にして擾毅なるは、🌱木の德なり。剛塞にして弘毅なるは、⛰金の德なり。愿恭にして理敬なるは、🌊水の德なり。宽栗にして柔立なるは、🌍土の德なり。简畅にして明砭なるは、🔥火の德なり。体の変は窮まり無しと雖も、猶お五质に依る。故に其の剛・柔・明・畅・贞固の征は、形容に著はれ、声色に見はれ、情味に発して、各おの其の象のごとし。
心質亮直なれば、其の仪劲固なり。心质休决なれば、其の仪进猛なり。心质平理なれば、其の仪安闲なり。仪动けば容を成し、各おの态度あり。直容の动は、矫矫行行たり。休容の动は、业业跄跄たり。德容の动は、颙颙卬卬たり。容の动作は、心気より発す。心気の征は、則ち声変是れなり。気合して声を成し、声は律呂に応ず。和平の声あり、清畅の声あり、回衍の声あり。声は気に畅ぶれば、則ち実貌色に存す。故に誠に仁なれば、必ず温柔の色あり。誠に勇なれば、必ず矜奋の色あり。誠に智なれば、必ず明达の色あり。色は貌に見はるるを、所謂征神と謂う。征神貌に見はるれば、則ち情は目に発す。故に仁は目の精にして、悫然として以て端し。勇は胆の精にして、晔然として以て強し。
然れども皆是れ偏至の材にして、体に勝つを以て質と為す者なり。故に质に勝つも精しからざれば、則ち其の事遂げず。直にして柔らかならざれば即ち木なり。勁にして精しからざれば即ち力なり。固にして端しからざれば即ち愚なり。気にして清らかならざれば即ち越えり。畅にして平ならざれば即ち荡る。中庸の質は、此の類に異なる。五常既に備はり、澹味を以て包み、五质内に充ち、五精外に彰はる。是を以て目彩は五晖の光なり。故に曰く、物生じて形あり、形に神精あり。能く精神を知れば、則ち理を窮め性を尽くす。性の尽くす所は、九质の征なり。
九征は次の如し。平陂の质は神に在り。明暗の实は精に在り。勇怯の势は筋に在り。强弱の植は骨に在り。躁静の决は気に在り。惨怿の情は色に在り。衰正の形は仪に在り。态度の动は容に在り。缓急の状は言に在り。其の人と為りや、质素平澹にして、中叡外朗、筋劲植固、声清色怿、仪正容直なれば、則ち九征皆至り、則ち纯粹の德なり。九征违ふことあれば、則ち偏杂の材なり。
三度の不同は、其の德異称あり。偏至の材は、材を以て自ら名づく。兼材の人は、德を以て目と為す。兼德の人は、更に美号を為す。兼德にして至るを、之を中庸と謂う。中庸なる者は、聖人の目なり。具体的にして微なるを、之を德行と謂う。德行は、大雅の称なり。一至を、之を偏材と謂う。偏材は、小雅の質なり。一征を、之を依似と謂う。依似は、德を乱るるの類なり。一至一违を、之を间杂と謂う。间杂は、恒無きの人なり。恒無きと依似とは、皆風人の末流なり。末流の質は、勝えて論ず可からず。是を以て略して概せざるのみ。
中庸の德は、其の质名無し。故に鹹にしても碱ならず、淡にしても酽ならず、质にしても縵らず、文にしても繢らず。能く威にせられ能く怀にせられ、能く辨じ能く讷し、変化方無く、達を以て節と為す。是を以て抗者の過ぐる所と為し、拘者の逮ばざる所と為す。拘・抗は中に違ふ。故に善は彰はるることあるも、理に失ふることあるなり。
十二偏材は各おの得失あり。
| 材型 | 优点 / 所長 | 欠陥 / 所失 |
|---|---|---|
| 厉直刚毅 | 矫正在る | 激讦に失う |
| 柔顺安恕 | 宽容に在り | 少决に失う |
| 雄悍杰健 | 胆烈に在り | 多忌に失う |
| 精良畏慎 | 恭谨に在り | 多疑に失う |
| 强楷坚劲 | 桢干に在り | 专固に失う |
| 论辨理绎 | 结を解くに在り | 流宕に失う |
| 普博周给 | 覆裕に在り | 溷浊に失う |
| 清介廉洁 | 俭固に在り | 拘扃に失う |
| 休动磊落 | 攀跻に在り | 疎越に失う |
| 沉静机密 | 玄微に在り | 迟缓に失う |
| 朴露径尽 | 中诚に在り | 不微に失う |
| 多智韜情 | 〔權謀奇策が〕惝恍として掴みどころがなく、人に左右される。 |
其の德を進むるの日に及びて、中庸を揆度して其の材の拘抗を戒むるを務めず、而して人の短所を指して以て其の失を益すは、猶お晋楚の剑を带びて、递えに相诡反するがごとし。
具体的に言えば:
强毅の人:狠刚にして和せず。其の強の撫突を戒めず。而して順を以て撓と為し、其の抗を厉ます。法を立てる可し。入微すべからず。
柔顺の人:心缓かに断宽し。其の事の摄せざるを戒めず。而して抗を以て刿と為し、其の舒を安んず。循常すべし。権疑すべからず。
雄悍の人:気勇にして决奋し。其の勇の毁跌を戒めず。而して順を以て悐と為し、其の势を竭す。难に渉るべし。约に居る難し。
惧慎の人:患を畏れ多に忌む。其の义を為すに懦なるを戒めず。而して勇を以て狎と為し、其の疑を增す。保全すべし。节を立てる難し。
凌楷の人:意を乗りて劲特なり。其の情の固护を戒めず。而して辩を以て伪と為し、其の专を強む。正を持すべし。衆に附く難し。
辩博の人:論理ことにていきとどき、あますところなく、その辞のあふれんばかりにひろきことをいましめず、ただ対象(曖昧模糊たる宇宙の混沌)に直瞥して、われわれに一握の規矩をも委しようとしない、天の暴力を容認して自己の主観に從順だと弥縫する言説の、舌鋒尋常ならざる快者は、無時間のものへ自らを運搬する。ふつう、衆と並べ論じることはできても、約を立てるのは難しい。
弘普の人:意爱周洽なり。其の交の溷杂を戒めず。而して介を以て狷と為し、其の浊を広む。,衆を撫すべく、俗を厉ますは難し。
狷介の人:清を砭し、〔各人各様の局部性へ踠き〔もが〕きながら、自らのゆき方の隘狭さを恐れず、目を外界の普遍性の方へ向けて廣々とした大らかさを懐かしむことのない、熱中人そのままを舉げてしまい、〔相手が溷浊の世間から引き離れてやろうと苦斗している姿に惚れ惚れとして味方をしてしまって、廣く濁ってなんの感興も齎さない仲間とする、狭扼をよりひどくする〕たまわりもの、ということを結局私は改めない。
修动の人:志超越を慕う。其の意の大猥を戒めず。而して静を以て滞と為し、其の锐を果す。进趋すべし。持后すべからず。
沉静の人:道思〔好んで静観の思索を推し進め〕て回复するが、其の静に于いて〔あくまても卑屈となっている〕ことをこそ〔積極的にすぐれたものと絶賛しているという本質は述べたというものの、それが意図に反して「后れを取っている」処へ自分を落とし入れている現実は何びともまぬかれていないとき朝暮に〔警戒し〕、「行動する功こそ賞賛されれうべきだし」〔積極感をもっていこう〕。
朴露の人:中は疑いだすのは十分真だそれが証拠の重下がだ 途中から徐に心に疑い、真意が克明にすけた。
*所謂果を挙げ、「讒を以て誕」てたまわる者への正道(=庸に叶いさと読め来る。 ただし動であり、遅まいた後の世界)
*深沉は控えめ、切れ鋭
自分が過不足無い統一なんて見せ物(?)。 「迟后(定見とひと&故が。」だとぞや 「動とあご」の外、の動どもへ本?〕 柔者統べて、=未相わた迷己??
“備わ を果たなる。” 皆“めー、〔〔下〕言〕と形謂う〕と済う。、 その両ひと“出」。、生。
- さ仕。“・ダ・:=不い立。 ( )に 居。 上フ。
∴人“。
い、 (ハ〃。凡エ我、 しん“ン”!!息⇒――ー、 こ”)そして“常」 。「ダ”誰、あ 日半、 写。、
う、 1所”。
人の流业は、十有二位なり。清節家、法家、術家、国体、器能、臧否、伎俩、智意、文章、儒学、口辩、雄杰。
| 流业 | 定義 | 代表的人物 |
|---|---|---|
| 清節家 | 德行高妙にして、容止法す可し | 延陵、晏嬰 |
| 法家 | 法を建て制を立て、国を強くし民を富ます | 管仲、商鞅 |
| 術家 | 道化を思い、策謀奇妙なり | 范蠡、張良 |
| 国体 | 三材皆備はり、德は風俗を厉まし、法は天下を正し、術は廟勝を謀る | 伊尹、呂望 |
| 器能 | 三材皆微にして、德は一国を率い、法は郷邑を正し、術は事の宜しきを権る | 子産、西門豹 |
| 臧否 | 清節の流にして、寬恕すること能わず、好んで譏訶を尚び、是非を分かつ | 子夏の徒 |
| 伎俩 | 法家の流にして、創思して遠きを図ること能わず、一官に任じて巧みを施す | 張敞、趙広漢 |
| 智意 | 術家の流にして、創制して則を垂るること能わず、變に遭いて権を用いることを得、権智は有余なれど、公正は足らず | 陳平、韓安国 |
| 文章 | 文を属し述作すること能う | 司馬遷、班固 |
| 儒学 | 聖人の業を伝うること能えども、事に幹り政を施すこと能わず | 毛公、貫公 |
| 口辩 | 辩は道に入らず、応対資给なり | 楽毅、曹丘生 |
| 骁雄 | 胆力衆に絶え、才略人に過ぐ | 白起、韓信 |
| -- | -- |
凡そ此の十二材は、皆臣の任なり。主德は与りたまわず。主德なる者は、聪明平淡にして、衆材に達して事を以て自ら任ぜざる者なり。
主道立てば、則ち十二材各おの其の任を得。清節の德は、师氏の任。法家の材は、司寇の任。術家の材は、三孤の任。三材純備は、三公の任。三材にして微なるは、冢宰の任。臧否の材は、师氏の佐。智意の材は、冢宰の佐。伎俩の材は、司空の任。儒学の材は、安民の任。文章の材は、国史の任。辩给の材は、行人の任。骁雄の材は、将帅の任。
是を主道得而臣道序と謂い、官は方を易えずして、太平用いて成る。若し道平淡ならずして、一材と同じく好めば、則ち一材权に処り、而して衆材は任を失う。
事を建て義を立てるも、理に須りて定まることを须たざるは莫し。其の論难に及びて、鮮く能く之を定むる者あり。蓋し理は多くの品あり而人异なればなり。理が多くの品あれば通じ難く、人才の异なれば情は詭なり。情の詭にして通じ難ければ、則ち理は失われ而事は違う。
理に四部あり。天地の气化、盈虚损益は、道の理なり。法制正事は、事の理なり。礼教宜適は、義の理なり。情枢机は、情の理なり。
明に四家あり。质性平淡にして、思心玄微、能く自然に通ずるは、道理の家なり。质性警彻にして、权略机捷、能く烦速を理するは、事理の家なり。质性平和にして、能く礼教を論じ、其の得失を弁ずるは、义礼の家なり。质性机解して、情を推し意を原ね、能く其の变に適するは、情理の家なり。
情に九偏あり。
| 偏性 | 所短 |
|---|---|
| 剛略の人 | 微を理すること能わず。大體を論ずれば則ち弘博高遠なれども、細理に歷れば則ち宕往疎越なり。 |
| 抗厉の人 | 回撓すること能わず。法直を論ずれば則ち括處公正なれども、变通を説けば則ち否戾して入らず。 |
| 堅劲の人 | 事實を攻むるを好む。机理を指せば則ち颖灼徹尽なれども、大道に渉れば則ち徑露單持なり。 |
| 辩給の人 | 辭煩意锐にして軽佻。人事を推せば精识にして理を窮むれども、大義に即けば恢愕にして周ぱからず。 |
| 浮沈の人 | 沉思すること能わず。疎數を序ぶれば則ち濶達にして傲博、事要を立つれば則ち爁炎として定まらず。 |
| 淺解の人 | 深難すること能わず。辩説を聴けば則ち拟锷・愉悦なれども、精理を審らかにすれば則ち掉转として根無し。 |
| 寬恕の人 | 速捷なること能わず。仁義を論ずれば則ち弘詳長雅なれども、時務に趨くに及んでは遲緩として逮ばず。 |
| 温柔の人 | 力強を休めず。味を道せば則ち順適和暢なれども、擬難すれば則ち濡懦として尽くさず。 |
| 好奇の人 | 横逸分を逾えて異を求め服せず。權譎を造れば則ち倜儻瑰壮なるも、清道を案ずれば則ち詭常恢迂なり。 |
流に七似あり。漫談陈说、流れ行く有るに似たる者。理少なく多端に、博意なるに似たる者。回说合意、赞同解に似たる者。処后持长、衆の安ずる所に従いて聴断する能うに似たる者。难を避けて応ぜず、余有りて实に知らざるに似たる者。通に慕ひ口に解き、悦びて怿びざるに似たる者。勝に因りて情失ひ、窮して妙と称し、跌して拠跖し、实に両解を求めて「理に屈すること莫し」に似たる者の七つなり。凡そ此の七似は、衆人の惑わさるる所なり。
説に三失あり。論に接くるを善くせざる者は、之に杂反を説けば、則ち入らず。喻へるを善くせざる者は、百言にしても一意を明らめずんば、則ち聴かず。難ずるを善くせざる者は、本を舍てて末を理すれば、則ち辞構ずるなり。
難に六构あり。辞构、気构、怨构、忿构、妄构、怒构これなり。凡そ此の六构は、变の由りて兴る所なり。
通に八能あり。聪は序を聴き、思は端を造り、明は机を見、辞は意を辩じ、捷は失を摄め、守は攻を待ち、攻は守を夺い、夺は予に易う。此の八者を兼ぬれば、然る后乃ち能く天下の理に通ず。
八能は八材に対応す。名物の材、构架の材、达识の材、赡给の材、权捷の材、持论の材、推彻の材、贸说の材。
通材の人は、既に此の八材を兼ね、之を道を以て行ず。通人と言えば、則ち同じく解して心に喻る。衆人と言えば、則ち色を察して性に順う。明は众理を包むと雖も、以て人に尚とせず。聪叡资给と雖も、以て人に先んぜず。善言己より出ずれば、理足りて則ち止む。鄙误人に在れば、過あるを迫らぜず。人の怀く所を写し、人の能き所を扶く。事类を以て人の婟む所を犯さず、言例を以て己の長ずる所に及ぼさず。直を説き变を説きて、畏恶する所なし。虫声の善音を采り、愚人の偶得を賛す。夺与宜しき有りて、去就留めず。其の盛気に方りては、折谢して吝ばず。其の胜难に方りては、勝ちて矜らず。心平らかに志諭し、適も无く莫も无く、道を得るを期するのみ。是れと經世理物を論ず可し。
或ひと曰く、人材には大きに能くして小さく能わざる有り。牛を函(い)れる鼎? は鸡を烹る可からざるがごとし。愚は此れ名に非ずと為す。能の謂れは、已に定まる称なり。豈に大に能くして小に能わざらんや。凡そ大に能くして小に能わざると謂うは、其の語性に寛急ありより出づ。宽弘の人は、郡国に宜し。急小の人は、百里を理するに宜し。郡の県に与るもは、体の小大を異にするなり。实理宽急を以て論辨せば、則ち当に大小宜しきを異にすと曰うべくして、大に能くして小に能わずと曰うべからざるなり。若し夫れ鸡の牛に与るも亦た体の小大を異にするなり。故に鼎も亦た宜しく小大あるべし。若し以て犊を烹らば、則ち岂に鸡を烹る能わざらん。故に大き郡を治むるに能くば、則ち亦た小さき郡を治むるに能くせん。先ず其の平澹を察し、而后に其の聪明を求めよ、と。実に人を見るには、平生の何気ない姿(=平淡・無味)にその才能の真価を見極めるのが先決で、めずらしい智恵(聰明)の有無は、それから問うべきであります——ということでもございます[^^^2]*。そこで敢えて聖人の教訓をたよりに人物の鑑識眼『観人于微』、つまり(対者の)“ほんのわずかな仕草・表情”を手がかり志そう計った次第。ただどうか知識ある人士には掲げた小道、その意図をくみ取り、参照なさいますように。
>ご一読ありがとうございます。
さらに現代実務のうえから一瞥しておきますと:“原典がまったく大きな異を為そうはなし”。“定称”:能の呼び名はこの字。[論理的に]甚た以て大きは小事を弁ぜず、 实理宽急、大小これ異宜――県令をいだく器具の戸ならば百里の県宰が‘なんじ 国政の朝堂にあらず :机 対比 —
せめて可矣:けだし能大不可は短、 これ官のことわざと 同じく “刀は大また千両・小さく万の小たる雞は鼎の支那料理の主材料…ぢゃ , 牛鼎もて鶏を烹ず可らざる難き両一般の理屈なり [‘つ] 。”(書き下し調意訳=以上が一章 )
人材各不相同,能力各有差异:自我任职之能、建立法规使人遵从之能、调解护理之能、以德行教导他人之能、行事使人谴责劝谏之能、监督纠察之能、权变奇谋之能、威猛之能。
能力出自材性,材性各有不同量度;材能既然不同,担任政事也就各异:
| 才能 | 所出之材 | 在朝之任 | 为国则政 |
|---|---|---|---|
| 自任之能 | 清节之材 | 冢宰之任 | 矫正曲直之政 |
| 立法之能 | 治家之材 | 司寇之任 | 公正之政 |
| 计策之能 | 术家之材 | 三孤之任 | 变化之政 |
| 人事之能 | 智意之材 | 冢宰之佐 | 谐调融合之政 |
| 行事之能 | 谴让之材 | 司寇之佐 | 督责之政 |
| 权奇之能 | 伎俩之材 | 司空之任 | 工艺之事之政 |
| 司察之能 | 臧否之材 | 师氏之佐 | 严苛之政 |
| 威猛之能 | 豪杰之材 | 将帅之任 | 严厉之政 |
凡是偏材之人,皆只有一味之美;所以擅长担任一官之职,而不足以治理一国。一官之任,是以一味去协调五味;一国之政,是以无味去调和五味。
政事有得有失,须因材而适宜:
| 政型 | 所宜 | 所不宜 |
|---|---|---|
| 王化之政 | 宜于统御大局 | 以此治小则迂腐 |
| 辨护之政 | 宜于处理繁难 | 以此治易则无为之效 |
| 策术之政 | 宜于解决困难 | 以此治平则无奇功 |
| 矫抗之政 | 宜于整治奢侈 | 以此治弊则残苛 |
| 谐和之政 | 宜于治理新兴 | 以此治旧则虚浮 |
| 公刻之政 | 宜于纠察奸邪 | 以此治边则失民心 |
| 威猛之政 | 宜于讨伐叛乱 | 以此治善则残暴 |
| 伎俩之政 | 宜于治理富庶 | 以此治贫则劳苦而百姓困顿 |
所以衡量才能授予官职,不可不审慎。国体之人,能言能行,是众材中的俊杰。君主之能与此不同:臣子以自我任职为能,君主以用人为能;臣子以能言为能,君主以能听为能;臣子以能行为能,君主以能赏罚为能。所能不同,所以能统御众材。
人之事业的流派,各有利害:
人在初识之时甚难了解,而士人无论多少,都自以为能知人。以己观人,便以为可知;观他人察人,便以为不识。能识别同体之善,却往往错失异量之美。
各以自己的标准为衡量尺度:
| 材型 | 以何为度 | 能识 | 不识 |
|---|---|---|---|
| 清节之人 | 以正直为度 | 性情行为的常道 | 法术的诡变 |
| 法制之人 | 以分数为度 | 比较方正端直之量 | 变化之术 |
| 术谋之人 | 以思谋为度 | 策略的奇巧 | 遵奉法度的善良 |
| 器能之人 | 以辨护为度 | 方略的规制 | 制度的本源 |
| 智意之人 | 以原意为度 | 韬略权变之智 | 法教的常道 |
| 伎俩之人 | 以邀功为度 | 进取的功效 | 道德的教化 |
| 臧否之人 | 以伺察为度 | 呵斥针砭之明 | 倜傥不羁的异才 |
| 言语之人 | 以辨析为度 | 敏捷应对的惠才 | 含蕴章美之才 |
因此互相非议驳难,不肯互相肯定。取同体之人则接谈议论相得;取异体之人则虽历经长久仍不相知。一流之人,能识一流之善;二流之人,能识二流之美;尽备诸流者,则也能兼通众材。兼材之人,与国体之人相同。欲观其一隅,则终日足以认识;要探究其详尽,则三日后才能满足。
偏材常见的过失:多陈述处世正直,则以为炫耀己美;静听不言,则以为空洞无物;高谈阔论,则以为不谦逊;谦让不尽,则以为浅薄鄙陋;言谈只称一善,则以为不广博;历数众多奇才,则以为头绪纷繁;先意而言,则以为分取己美;因过失而诘难,则以为不通事理;以相反之说相辩,则以为较量于己;以博杂异说相论,则以为不得要领。以同体之人相论,然后才喜悦;于是产生亲爱之情、称誉之举。
草中精秀者称为英,兽中出类拔萃者称为雄;人中文武优异出群者,取此以命名。聪明秀出称为英;胆力过人称为雄。
英以其聪谋虑开始,以其明洞察先机,待雄之胆力去实行;雄以其力量服众,以其勇排除患难,待英之智慧去成就。必须聪能谋始,明能见机,胆能决断,然后可以为英:张良正是如此。气力过人,勇能践行,智足断事,才可以为雄:韩信正是如此。
英可以为宰相,雄可以为将帅。一人之身兼有英雄,则能长久统世:高祖、项羽正是如此。然而英的成分须多于雄,而英不可以缺少。英分少,则智者离去——项羽气力盖世,明能迎合变化,却不能听纳奇谋异策,有一范增而不任用,因此陈平之流都逃亡归附高祖。英分多,所以群雄服之,英才归之,两方面都能得用,所以能吞并秦朝打败楚国,拥有天下。
仅有英而无雄,则雄材不服;仅有雄而无英,则智者不归附。雄能得到雄,不能得到英;英能得到英,不能得到雄。一人之身兼有英雄,才能驱使英与雄;能驱使英与雄,所以能成就大业。
八观之法:
第一观:夺救。 质性有至有违,若至胜违,则恶情夺去正道,似然而实不然。仁出于慈,有慈而不仁者;仁必有体恤,有仁而不体恤者;严厉必有刚强,有严厉而不刚强者。见可怜之人则流泪,将分与财物则吝啬,这便是慈而不仁者。见危急则恻隐,将赴救则畏患,这便是仁而不恤者。处虚义之事则声色严厉,顾念利欲则内心怯懦,这便是厉而不刚者。慈不能胜过吝啬,不能必定能仁;仁不能胜过畏惧,不能必定能体恤;厉不能胜过欲望,不能必定能刚强。不仁之质获胜,则伎力成为害人之器;贪悖之性获胜,则强猛成为祸患之梯。也有善情救恶,不至为害;爱惠情分深厚,虽傲慢狎昵而不离弃;助善者明达,虽疾恶而无害;救济过度丰厚,虽取于人而不算贪婪。
第二观:感变。 外貌厚重而情感深沉,欲求其真,必观察其言辞意旨,察其应和赞叹。观察言辞与应和,足以互相辨识别判。论说彰显正直,是白;不善言谈应和,是玄;经纬玄白,是通;移易无正,是杂;先识未然,是圣;追思玄妙之事,是叡;见事胜过常人,是明;以明为晦,是智;细微必识,是妙;美妙而不暗昧,是疏;测之愈深,是实;假合炫耀,是虚;自见其美,是不足;不夸耀其能,是有余。
凡事不合法度,必有其缘故。忧患之色,匮乏而且荒乱;疾病之色,紊乱而且垢杂;喜色,愉悦而欢欣;愠色,严厉而张扬;嫉妒迷惑之色,冒昧而无常。其言甚悦而精色不随之者,内心有所违逆;其言有违而精色可信者,言辞不够敏捷;言未发而怒色先现者,意气愤懑满溢;言将发而怒气送之者,勉强否定其所不然。
第三观:志质。 偏材之性,有二至以上,则至质相互发明,而美名便产生了。骨气端直气质清朗,则休名生焉;气质清朗力量强劲,则烈名生焉;劲健之智精于义理,则能名生焉;智慧端直刚强诚实,则任名生焉。集于端正之质,则美德成就;加以学问,则文理昭明。观察其所至之多少,而异名之产生可知。
第四观:所由。 纯粹攻讦而性情乖违,不能公正;依凭攻讦而貌似正直,以攻讦攻讦善者;纯粹放纵而貌似通达,不能信道;依凭放纵而貌似通融,行为傲慢失了节度。正直者也攻讦,攻讦者也攻讦,其攻讦相同,其所以攻讦则不同。正直而能温和者,是德;正直而好攻讦者,是偏;攻讦而不正直者,是依;通达而能节制者,是通;通达而时有过失者,是偏;放纵而不节制者,是依。
似是而非者:轻率许诺似刚烈而少信用,多轻易尝试似有能而无成效,进锐者似精进而去速,呵责者似明察而事务烦苛,攻讦施惠似恩惠而无成就,面从似忠诚而退则违背。似非而是者:大权似奸而有功,大智似愚而内明,博爱似虚而实厚,正言似讦而情忠。非天下之至精者,谁能得其真实?
第五观:爱敬。 人道之极致,莫过爱敬。《孝经》以爱为至德,以敬为要道;《易》以感为德,以谦为道;《老子》以无为德,以虚为道;《礼》以敬为本;《乐》以爱为主。爱敬之诚,则与道德同体;举动获得人心,则道无不通。然而爱不可少于敬:少于敬,则廉节者归附,而众人不追随;爱多于敬,则虽廉节者不悦,而受爱接者愿效死。敬之为道,严整而相离,其势难以持久;爱之为道,情意亲切浓厚,深邃而感人。
第六观:情机。 人情有六机:
| 机 | 触发 | 反应 |
|---|---|---|
| 抒发其欲望 | 称赞其志向 | 喜 |
| 不抒发其欲望 | 不得其志向 | 恶 |
| 以自夸代经历 | 自我夸耀其善 | 恶 |
| 以谦逊损抑下之 | 以谦逊相接 | 悦 |
| 犯其所匮乏 | 驳斥其所短 | 怨恨 |
| 以恶犯其所怨 | 以长驳短 | 嫉妒 |
凡此六机,其归趣皆欲处上。君子接物,犯而不计较,不计较则无不敬下,所以避开其害。小人则不然,既不见机,却欲人顺从自己;若犯其机,便深以为怨。
第七观:所短。 偏材之人,皆有所短。正直之失在于攻讦,刚强之失在于严厉,温和之失在于懦弱,耿介之失在于拘泥。正直者不攻讦,无以成就其正直;既喜悦其正直,不可非难其攻讦;攻讦者,是正直的征验。刚强者不严厉,无以成就其刚强;严厉者,是刚强的征验。温和者不懦弱,无以保全其温和;懦弱者,是温和的征验。耿介者不拘泥,无以守住其耿介;拘泥者,是耿介的征验。然而有短处者,未必能有所长;有长者必以短处为其征验。观察其征验所短之处,而其材之所长可知。
第八观:聪明。 仁是德之基,义是德之节,礼是德之文,信是德之固,智是德之帅。智出于明,明对于人,犹如白昼等待白日,夜晚等待烛火。其明愈盛者,所看见的愈远。学不及材,材不及理,理不及智,智不及道。道者,反复变通。以明带领仁,则无所不怀;以明带领义,则无所不胜;以明带领理,则无所不通。若无聪明,无以能成就。好声名而实不能及则虚夸,好辩而礼不至则烦乱,好法而思不深则苛刻,好术而计不足则诡诈。钧材而好学,明者为师;比力而争,智者为雄;等德而齐,达者称圣。圣之为称,是明智之至极明达。
同类之中存在相互偏袒的弊端——因同类相投而产生偏差。偏材之人,交游进取之类,皆亲近喜爱同类而赞誉之,憎恶对立者而诋毁之。同类之人常有过誉之患;及至名声匹敌,则鲜能相互谦让。性情相同而才能倾斜,则相互援助而彼此依赖;性情相同而势力相当,则相互竞争而彼此损害。
论才之时受处境顺逆左右——论才时受所处顺逆境遇影响。富贵显达,是势力之伸张;贫贱困顿,是势力之压抑。上等人才,显达时有勤勉谦逊之美名,困窘时有昭著磊落之气节。中等人才,则随世道损益而变:凭借富贵则财货充实于内,施惠周遍于外;身处贫贱则想施舍却无钱财,想援助却无势力,亲族不能抚恤,朋友不予救济,虽无过错,仍无缘无故而被废弃。同才有进用者相扶持,则地位提升而诸事顺遂;私下受压制有牵累者,则地位稍降而渐渐退步。
观奇才有“二尤”之偏失——观奇才时有“二尤”之偏失。尤妙之人,蕴含精华于内,外在无修饰之姿;尤虚之人,言辞夸大容貌瑰伟,内心实则乖戾相违。人求奇才,不可以精微之度揣测其玄机。或以容貌平凡为不足,或以瑰伟之姿为巨伟,或以直率坦露为虚浮华丽,或以巧饰之貌为真实可靠。因此过早提拔多生谬误,不如按序渐进。骥子迈步之时,众士方才惊觉误判;韩信立功之际,淮阴之地乃为之震动。张良体弱而精神强健,为众智者之俊杰;荆轲面色平和而神勇过人,为众勇士之豪杰。俊杰者,是众人中之突出者;圣人者,是众突出者中之最突出者也。其突出愈甚者,其道愈深远。人物之理精妙,不可穷尽啊。
鉴识人才之成效有二难:难知之难与知而无法得以验证之难。
难知之难:人物精神精微,能神而明之,其道甚为艰难。众人之观察不能完备周全,故各自建立标准以相互观察取舍:或察其形容相貌,或观其举止动作,或揣度其始终,或衡量其比象,或推究其细微之处,或防其过失错谬,或依循其言谈,或考察其行事。八者交杂纷乱,故得其真者少,失真者多。必有仓促初始信赖形貌之误,又有居止变动之偏差。浅薄之美显露张扬则以为有异质,深沉明达沉默寡言则以为空虚无物。名声犹因口传而进,而实际则随事行而退。内怀实情之人,名不副实,须经任用方见效验。
必须待日常居处举止然后识之:居处观其安于何物,显达观其举荐何人,富贵观其施与何者,困穷观其所为之事,贫贱观其所取之物。然后方能知晓贤与不贤。此又已经试行,非初时表象可比。
知而无法验证之难:上等之才已然难知,或所识者在幼贱之中未及显达而亡故;或所识者未及拔擢而先行没世;或曲高和寡声倡不见赞许;或身卑力微言语不见明察;或才能不为时好所赏识而不能见信显贵;或不在其位无法拔擢;或在其位有所屈抑逼迫。良材识得真人,万中难遇其一;须识真者处在其位而能识之,百中难有一人;以权势地位恰好可荐致之士,十中难合其一。或有明智能识真材却因有所妨碍牵制而不愿荐举;或喜好荐举却不能识得真才。知之与不知之,相互混杂纠缠于庸众之中。
善以不自我夸耀为大,贤以自矜自大为损。舜以德相让而显义传闻于世,汤谦逊不迟而圣明恭敬日进;郤至凌驾于人而受抑更甚,王叔好争而终致出奔。卑逊谦让俯就他人者,是茂盛进达之通途;矜傲奋起侵凌他人者,是毁败阻塞之险路。
君子行事不敢超越仪轨法度,立志不敢凌驾规绳准则;内则勤勉修己以自济,外则谦逊礼让以警惧。因此怨祸不沾染其身,而荣福通达于长久。小人则不然:矜夸功劳逞显己能,好以此凌驾于人。居前者害之,有功者毁之,毁败者幸之。并辔争先而不能相互侵夺,两败俱伤而为后者所超越。
义气相激急急相争者,是改口而自毁也;并辞竞辩者,是借手以自殴也。皆因内心宽恕不足,外望不止:或怨对方轻视我,或嫉对方胜过己。我浅薄而彼轻视之,则因我理曲而彼理直;我贤明而彼不知,则被轻视非我之过。彼贤明而位居我前,则我之德行未及;德行相当而彼先我,则我之德行稍次。有何可怨呢?
两贤未分高下,则能退让者为俊杰矣。蔺相如以回车避让胜过廉颇,寇恂以不争斗取贤于贾复。君子知委屈可以化为伸张,故含辱而不辞;知卑逊可以让敌,故居下而不疑。及其最终,乃转祸为福,化仇敌而为友;使怨仇不延及后代,而美名传扬于无穷。
陈余因张耳之变终受身首分离之害;彭宠因朱浮之隙终遭覆亡之祸。祸福之机,岂可不慎哉?君子之求胜也,以推让为利器,以自修为盾牌;静则闭默深沉之玄门,动则由恭顺之通途。战胜而争执不显于形,敌服而怨隙不构成。悔恨不存于声色,有何显争之必要呢?
《易》曰:“险而违者,争讼。争讼必使众人群起。”《老子》曰:“夫惟不争,故天下莫能与之争。”因此君子认为争胜之途不可以行也。
三等之辨:
| 等级 | 功 | 贤 | 待人 |
|---|---|---|---|
| 一等 | 无功而自矜 | 愚而好胜 | 缓己急人 |
| 二等 | 有功而伐之 | 贤而尚人 | 急己急人 |
| 三等 | 功大而不伐 | 贤而能让 | 急己宽人 |
经三变而后得之,故人不能即刻企及。唯有知晓道理通达变化者,然后方能处之。孟之反以不夸耀获圣人之赞誉,管叔以辞让封赏受嘉美厚重之赐予。君子知自损之为益,故功一而美二;小人不知自益之为损,故一夸耀而两失。不夸耀者乃真夸耀也,不争夺者乃真争夺也;让敌者乃胜之也,居众下者乃居众上也。君子诚能洞察争途之险隘,独乘高远于玄妙之路,则光辉焕发而日日更新,德声与古人伦比矣。