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五禽戏
この章では、五禽戯の「成り立ち」と伝承の変遷について述べられており、次の3つの流れにまとめられる。
远古の仿生導引の萌芽
遠古の時代、中原一带では水害が頻発し湿気が多く立ちこめており、多くの人々が関節の動きが不自由になる、身体が重だるいといった不調を抱えていた。先人たちはそこで「舞」を創り出し、身体の疏通を図り、気血を宣導(巡らせ広めること)した。このような「舞によって気血を通じ導く」方法こそ、古代の導引(肢体の活動と呼吸を組み合わせて気血を宣導する養生法)の初期形態である。『呂氏春秋・古楽篇』にも同様の記録がある。
このような「舞」は、しばしば飛禽や獣の動作・神态を模倣することと関係していた。古文獻や考古学的な出土資料がその証拠を提供している。
『荘子』と馬王堆『導引図』による裏付け
『荘子』には「吹呴呼吸,吐故納新,熊経鳥申,為寿而已矣」とある。これは、呼吸吐納(意識的な呼吸鍛錬)によって古い気を排出し新しい気を取り入れ、それに熊が木に登る、鳥が体を伸ばすといった動作を模倣することを組み合わせ、目的は生命を養うことにある、という意味である。
1973年に湖南長沙の馬王堆三号漢墓から出土した44枚の帛書『導引図』には、動物を模倣した姿勢が数多く見られ、「龍登」「鹞背」「熊経」のほか、猿、猫、犬、鶴、燕、そして虎や豹が獲物に飛びかかる姿などを模したと認められるものもある。これは漢代前後において、仿生導引がかなり流行していたことを示している。
華佗による五禽戯の編創と後世の文献における変遷
華佗が五禽戯を編創したことを最も早く記録しているのは、西晋の陳寿による『三国志・華佗伝』の次の言葉である。「吾有一術,名五禽之戯,一曰虎,二曰鹿,三曰熊,四曰猿,五曰鳥。亦以除疾,並利蹄足,以当導引。」南北朝時代の范曄による『後漢書・華佗伝』の記述もほぼ同じである。
この言葉は、華佗が伝えた五禽戯には虎・鹿・熊・猿・鳥の五つの仿生動作があり、古人はこれに疾病を除き、足腰(蹄足)を丈夫にする効能があると考え、導引術の一種に分類していたことを示している。
ただし、初期の記録には名称と順序のみが残されており、具体的な動作はなかった。南北朝時代の陶弘景による『養性延命録』が、五禽戯の具体的動作を文字で記録した最も早い文献である。後漢末期から約三百年後という時代的な近さから、華佗の原法に比較的近い可能性があるが、動作の難度は高い。
明清時代になると、周履靖の『夷門広牘・赤鳳髓』、曹無極の『万寿仙書・導引篇』、席錫蕃の『五禽舞功法図説』などが図絵入りで、より詳細に記録されている。しかし『養性延命録』とはすでにかなり異なっており、五禽の動作の多くが単式に変わり、順序も虎・熊・鹿・猿・鳥となっている。また、文字による説明は動作だけでなく、神态や気血の運行を強調している。これらの文献は、後世の研究者が五禽戯を研究するための重要な根拠を提供している。
関連概念
発展的読み物
補足:この内容は伝統的な養生功法の古籍に基づくものであり、文化的な学習と一般的な健康運動の参考としてのみ提供され、医療やリハビリテーションのアドバイスを構成するものではありません。練習は無理のない範囲で行い、特殊な身体状況にある方や不調を感じる方は専門家にご相談ください。