全 11 章中 6 章
李虚中命书
六十納音は、十干(十天干)と十二支(十二地支)を相互に組み合わせ、循環させてできる総数です🌐。(干支を掛け合わせることで、天地の始まりと終わりの数に帰結し、総計六十種類となります。)
天地生成の観点から言えば、水は数一を得て🌊、火は数二を得て🔥、木は数三を得て🌳、金は数四を得て⚔️、土は数五を得ます⛰️。しかし、万物感化の観点から言えば、火は数一を得て🔥、土は数二を得て⛰️、木は数三を得て🌳、金は数四を得て⚔️、水は数五を得ます🌊。(生成の数は天地自然の生成順序に基づきます。物化の数は五行と地支・天干が相互作用し、納音の体系を形成することに由来します。)
この法は天地の理に則り、地支と天干の数を掛け合わせます。(十干は天に、十二支は地に対応し、万物の動・静のメカニズムを合成し、万物の端緒と終わりの数を充実させます。)
干支の組み合わせ規則:甲己と子午は九、乙庚と丑未は八、丙辛と寅申は七、丁壬と卯酉は六、戊癸と辰戌は五、巳亥の地支の数は四です。(九から減じていきますが、巳亥の数が四とされるのは、易経の乾坤の原理に基づきます。乾卦は一・二、坤卦は二・三を表し、道は一から三へと至り、複雑に諸数を生成し、乾坤の覆載の機能に符合させます。前述の干支の組み合わせは、道が一を生み、一が二を生み、二が三を生み、三がさらに三を生むことを示し、九は陽が生じる起点となります。数は甲己を造化の始まりとし、子午を陰陽の極みとし、極数である九を先とし、その後八、七、五、四へと減じていきます。)
子と寅は同じ道を通るが、歳は上にあり辰は下にあり、一概に論じることはできません。干支の順序は、例えば甲→子のように先後があり、納音は金から始まります。これは数に基づき、父母の気から音を発し、天地を離れて初めて名数が顕れます。(子は壬と同類、寅は甲と同類。歳は木、辰は水に相当し、例えば寅は木の二合であり、もし子を得て寅を見るならば、それは甲子の金である可能性があり、必ずしも木だけではありません。甲が子に臨んで金となるのは、干支が納音の数と化すからです。干支の五行は、元々天五・地五が数を変えることに始まり、納音は九・八・七・六・五・四の数が相互に成り立ち、上下が相応じ合い、カンリ(坎・離:易の卦)の五・六の数が関与する必要があります。)
天五と地五は造化の先駆けの基礎です。その数を除くことで納音の応用が得られます。(天地が変わり通じ、二五が十となり、万物を成し遂げます。始めの一も終わりの五も全て陽であり、合わせて六は陰となります。六と五の数以外は、すなわち天地が納める五行の数です。例えば、水は五を得ます。本音は土によって権勢を妨げられ、その後初めて音が生まれるため、丙子・丁丑は合わせて三十数となり、六五を除いて土となりますが、納音は逆に水となります🌊。火は一を得ます。火自体に音はなく、水がこれを潤して初めて音が生まれるため、戊子・己丑は合わせて三十一数となり、六五を除いて一を得て、納音は火となります🔥。木は三を得ます。木には本音があるため、壬子・癸丑は合わせて二十八数となり、五を除いて三を得て、納音は木となります🌳。金は四を得ます。金には本音があるため、甲子・乙丑は合わせて三十四数となり、六五を除いて四を得て、納音は金となります⚔️。土は二を得ます。土はもともと音がありませんが、火で焼いて初めて音が生まれるため、庚子・辛丑は合わせて三十二数となり、五六を除いて二を得て、納音は土となります⛰️。よって経典には『先ず甲ありて後に子、納音は金が数に基づく』とあり、この理を得れば彼を推し量ることができます。)
乾から生じるのは順に従い、坤から産まれるのは逆に従います。陰陽の枢機(要)は五行にあり、五行の体は八卦に依拠します。(父が生むのは順に従い、母が生むのは逆に従います。例えば甲己の干、正月は丙寅に建ち丙丁は火であるため、木の生は順に従います。母己の干は木の死において逆となるため、甲が父で己が母となります。寅の家において、天が一を生むのは水であり、乾は金に属するため、金は水を生みます。よって乾から生じて順に従い納音に至り、すなわち甲子・乙丑の金が先となります。これは乾が甲子を納めるからです。天五と地五は坤の数の中から逆に生じ、終わりの数によって生じるのも、また先ず九から始まり四に至ります。陰陽はすなわち乾坤であり、金土は一を分かって二となり五行を備え、五行は体用を分かって八卦を成します。)
火は乾と会することを愛し、水は巽の下で利を得ることを喜び、歳は坤の郷を守り、金は艮の位に蔵れます。(乾は純粋な陽であり西北に位置し、亥に至って火は明らかに顕れます🔥。水の性は本来下へ流れようとしますが、巽は東南に出て下へ順に従うため、水は巳において利を得ます🌊。坤は物を成し遂げ、歳(年の終わり)にこれを終え、申に至って万物は礼を守ります。艮は万物を終わらせ始めるところであり坤にあります。よって金は寅に至って終わり、土の下に蔵れます⚔️。)
木は粪(ふん)のある本に落ち、水は流れて末(すえ)に趨(おもむ)き、火は諸々の用に顕れ、金は光に蔽(おお)われます。(各々が本性を守ります。水は末に趨って巽を利とし、火は用に顕れて乾を愛し、金は光に蔽われて艮に蔵れます⛰️。)
水土金の性は本(もと)下にあり、木火の性は本高く聳(そび)えます。(水は湿った所に流れ、土は物を積み載せ、金は重く沈むため、本来下にあります🌊⛰️⚔️。高く聳えるものは上にあり、木は次第に上へ伸び、火は燃え上がります🌳🔥。)
沈むものは形を得て上に騰(あ)がり、昇るものは卑きことを期して高く会します。(水が土を得て木を生む。土は水を克して木を生み、木は土を克して上に騰がる。よって水土の気は木から上へ向かいます🌊⛰️🌳。火が水を得て上がれば既済(きさい)となります。五行の性は、沈むものも昇るものも、いずれも形を以て用と為します🔥🌊。)
坎を以て離と為すは、精玄宗(せいげんしゅう)の者が能く知る。易えて兌を作して震と為すは、鬼神に通じて旨(むね)を作す。(庚申・辛酉の木が巳・申・酉中にある場合、あるいは金として論じられます。例えば卯の人が三つの酉に遇えば金と言うことができます。その他は類推し、造化を極める妙があります。本(もと)の納音を以て用となすこと、即ち「易えて兌を作して震と為す」の理です。例えば丙午の水が癸巳の月、丙寅の日、戊戌の時を得る。巳・午・未は火の本陣(方)であり、寅・戌・午は火の正体であり、上下ともに火となります。納音は水であっても、多くは火と変えて見ます🔥。あるいは、水が多い人が全て巳・午・未に生まれ、本命の支に犯さず、干頭に気があれば、やはり火と見なすべきであり、休囚(きゅうしゅう)とはしません。これが即ち「坎を以て離と為す」であり、精妙な者が能く知るところです。)
故に庚申・乙卯を以て夫婦の本宗と為し、子癸亥壬・丁馬丙蛇の寄位(きい)と為す。(これは干禄(かんろく)を論じます。季主先生は「先ず南北の陽を辨じ、東西の陰を辨ず」と言いました。陰は陽に禄し、陽は陰に禄します。金と木は専位(せんい)を得ますが、水火土は造化に従うため、陽が陰に寄り、陰が陽に寄るとされます。)
労して息(やす)まず、騁(はせ)ることは病む方に居る。(五行の支の病む處が騁(駅:えき)となります。駅は休息の地です。)
馬は縦横を得るも、更に干を観る。生じて運ばざれば、気の建つを以て之を推す。(申子辰は水位であり、駅は病む方にあり、寅が駅となります。馬は気の建ち方を以て推します。例えば甲子の人の場合、正月の丙が馬となります。正月でなくとも、その地に建てられた丙を得て馬と為すため、馬は縦横を得ます。珞琭子先生は「見えざる形を見ることは、時にあらずして有ることなし」と言いましたが、これ即ちこの意です。)
五行の外に出ずる者は、生死我に在り。清濁の内に居る者は、存亡数に従う。(道に従い徳を修め性を養い、偽りを煅(きた)えて真を守り、霊台(心)の内を静かにし、神を六合の外に游ばせ、五行の先を造るならば、生死・隠顕は我が意のままとなります。これは神仙真人(しんせんしんじん)のことです🧘♂️。天地鬼神の時の数によって拘束されることはありません。これは人に自らの修養を勧めるものであり、命に専念・停滞せよという意味ではありません。そもそも死生が我がままになるのであれば、況や道に従い徳を修めて祥(さいわい)を致し、禍(わざわい)を転じて福となすことにおいてをや。人は清濁の内に居り、その情趣や善悪により、死生は五行の数から逃れられません。なぜなら、陽を鍛えて純陰となすこと、陰を鍛えて純陽となすことを未だ為さないからです。たとえ心に大道を存念しても、清濁の間を出ず、形を苦しめても存亡の数から逃れることはできません。)
元命の勝負、三元とは:干禄(かんろく)は命(めい)、支の納音(のういん)は身(しん)となり、各々衰旺の地を分かち持つ。(三元は各々「生・旺・庫」の地を分かって九命(くみょう)となり、主禄・主三会をとります。)
干は名禄・貴権(きけん)を主り、衣食受用の基となる。支は金珠(きんしゅ)の積富(せきふ)を主り、得失・栄枯の本となる。納音は材能(ざいのう)・器識(きしき)を主り、人倫(じんりん)・親属(しんぞく)の宗(そう)となる。(干は天元の禄であり、貴爵(きしゃく)・衣食の正本を主ります💼。支は地元の財命であり、形に比べて象を立て、終わりを始めとし、貧富・運動・栄枯を主ります💰。納音は人元の身命であり、賢愚・好悪・形貌・材能・量度を主り、生剋・愛憎によって、人倫・親族と関係します👨👩👧👦。)
支干納音の気は、四柱(しちゅう)に順って休囚(きゅうしゅう)を定める。禄馬(ろくば)・神煞(しんさつ)の方(ほう)は、二儀(にぎ)を分かって勝負を求む。劫災・天歳(ごうさい・てんさい)は用に遇えば、凶と為す能わず。禄馬・奇輿(ろくば・きよ)は破る所に逢えば、未だ始めより福と為さず。(三元・五行は四季の間を分かって、休囚旺気を定めます。天干の神煞は天の清気であり、地支の神煞は地の濁気です。神煞は天地二気の勝負・吉凶を分かって表します。劫災夭歳(ごうさいようさい:劫煞 灾煞 天煞 歳煞)の四つの煞は凶ですが、もし干支の配合に用(役立ち)があれば、反って福禄・吉神となります🎭。禄馬奇輿(ろくば きよ)は干の清気であり、富貴の神、福禄尊貴を主りますが、もし地神の配合が破敗するならば、反って貧賤兇害の煞となります⚠️。)
六十納音は中国古代の命理学における中心的システムの一つであり、天干地支の数学的な組み合わせ(例:甲子乙丑金)を通じて、五行(金木水火土)と音律(がくりつ)を結びつけ、60種類の納音タイプを形成します。「天地人」の三才思想を体現しています。すなわち、干は天元(禄)、支は地元(財命)、納音は人元(身命)を代表し、共同して運命分析の基礎を構成します。納音の数理は『易経(えききょう)』に基づく乾坤の原理に由来し、時間・空間における陰陽五行の動的バランスを強調します。個人の特性、吉凶禍福、人倫関係を解読するために用いられます。
現代の文脈において、納音システムは古代の「人格-環境」相互作用モデルとして捉えることができます。もはや迷信的な予測に限定されるものではなく、文化的・心理学的なツールの一つとして機能します。
納音の奥底には、中国古代の「天人合一」(てんじんごういつ)という世界観が宿っています。