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全 10 章中 4 章
易隐
財星が旺相の庫に入る者は、富みかつ禄位を兼ね備える。財星が旺相の地に集まる者は、富む。
青龍・福徳(子孫)・財星が旺相で世爻を支える者は富む。財星または福徳が月建・日辰を帯びるか、動爻・変爻から世爻・身爻を生じ合する者は富む。
財星が辰戌丑未の四庫の地に居て旺相ならば、農・工・商・賈などの本業によって致富する。財星が寅申巳亥の四生の地に居て旺相ならば、他郷で致富する。財星が子午卯酉の四正の地に居て生旺ならば、九流芸術(各種の技芸)によって致富する。
太歳が財星に臨み世爻を生じ扶ける者は、祖先の基業によって致富する。月将(太陽の過宮の次)が財星に臨み世爻を生じ扶ける者は、父兄の力によって致富する。月建が財星に臨み世爻を生じ扶ける者は、妻の力によって致富する。
財星が他宮の外卦に居て、世爻を生じ合する者は、外地で利を得て家業を成す。財星が本宮の内卦に居て、世爻を生じ合する者は、本境での貿易によって家を興す。
本宮の内卦の六親が、その動爻・変爻が財星に化して生じ合する者は、内親の財を得て家を興す。本宮の外卦の六親が、動爻・変爻が財星に化して生じ合する者は、外親の財を得て家を興す。外卦の他宮の六親が、動変して財星を出して生じ合する者は、遠方の人の財を得て家を興す。内卦の他宮の六親が、動変して財星を出して生じ合する者は、隣里の財を得て家を興す。
官鬼が貴神を加えて旺相で、財星に化して生じ合する者は、官途の人の財を得て家を興す。官鬼が劫煞・羊刃・玄武・三刑を加えて、財星に化して生じ合する者は、凶悪な者の財を得て家を興す。この財がもし第五爻(五爻は道路を主る)にあれば、盗賊が路傍に遺弃した財物を拾って家を成すのである。
財星が財星に化して生じ合する者は、金貸し・貿易によって家を興す。財星が玄武・咸池(桃花)を加える者は、必ず外の女と私通し、それによってその私財を得る。
兄弟爻が玄武を加えて動いて財に化する者は、吝嗇によって家を興す。兄弟爻が朱雀を加えて動いて財に化する者は、賭博によって家を興す。福徳(子孫)が財に化して生じ合する者は、家畜・蚕糸・畜産の販売、あるいは僧道の財を得て家を興す。父母爻が財に化して生じ合する者は、家屋・田宅を売却した資によって家を興す。勾陳土が財に化して生じ合する者は、田産を売却した資によって家を興す。
財星が旺相の駅馬に臨む者は、江湖で奔波して利を謀る。財星が衰弱の駅馬に臨む者は、辛苦労碌して家業を成す。財星が空亡の駅馬に逢う者は、市井で経営して生計を立てる。禄財が旺相で刑冲に遇う者は、暗所(日の当たらぬ所)で家業を成す。貴神・羊刃が旺相で財禄を刑克する者は、凶険の中から業を得る。もし旺財が白虎・羊刃を加えるならば、必ず「濁富」——富の来路が清らかでないか、富んで仁ならざる者である。
正卦に財がなく変卦に財があるか、または世爻の財星が死絶して生旺に化する者は、先に貧しく後に富む。正卦に財があり変卦に財がないか、または世爻の財星が生旺して死絶・空亡・月破に化する者は、先に富み後に貧しくなる。
世爻の兄弟が空亡して動き、財星・子孫に気がない者。本宮が休囚空亡で、世爻が日辰に冲かれ、かつ兄弟・官鬼・二耗・破碎煞を帯びる者。用神の財星が死絶する者。用神が空・絶・死・破に化するか、官鬼・兄弟に化する者。六爻の中に財星がない者。財星が官鬼の下に伏蔵する者——以上の諸般は、皆貧しさを主る。
何の事によって家を破るかを知るには、ただ用神の上にどの兄弟爻が臨んで動くかを見る。兄弟爻が青龍を加えて動く者は、喜悦の事によって財を破る。例えば風雅の道・官途との交際・嫁娶・官職を求める・妾を買う・家屋を建てる類である。兄弟爻が朱雀を加えて動く者は、是非によって財を破る。例えば言語の衝突・書吏や差役との交際・公門に出入りする・金のために訴訟する類である。兄弟爻が勾陳を加えて動く者は、心高く傲るために財を破る。例えば奢って家屋を建てる・貪って田産を買う・契据が重複して不明確である・あるいは人に金銀の貸借を頼んで巻き上げられる類である。兄弟爻が螣蛇を加えて動く者は、疑惑によって財を破る。例えば妖妄邪説を軽信する・神に祈り願を掛ける・芝居を興し醮を設ける・人の保証人や仲人となって連座を受ける類である。兄弟爻が白虎を加えて動く者は、凶横の事によって財を破る。例えば喪事の孝服が重なる・争闘して嗣を奪う・人を誣告して命を償わせる・殺傷謀害する類である。兄弟爻が玄武を加えて動く者は、不注意によって財を破る。例えば盗賊に攀害される・人に貸した金が踏み倒される・賭博や遊興・小さな人や婦女と交際して禍端を生じ擾害される類である。
以上は貧富の占いである。家資の多少を推すには、財爻の納甲干支を取って、先天の数で配して推す:甲己子午は九、乙庚丑未は八、丙辛寅申は七、丁壬卯酉は六、戊癸辰戌は五、巳亥は常に四を加える。
全て本宮に現れた財爻を主として計算する。財爻が上卦しなければ、伏蔵の財を取る。もし卦中に二つの財爻が現れれば、両爻の数を兼ねて取る。また大象(卦宮自身)が本宮の財である者も、その卦の干支を取って兼ねて計算する。例えば壬申・戌亥は乾に属し、乙癸・未申は坤に属し、丙丑・寅は艮に属し、辛辰・巳は巽に属し、戊子は坎に属し、巳午は離に属し、庚卯は震に属し、丁酉は兌に属する。
例えば純乾の卦は、二爻の甲寅が財爻である:甲は九数、寅は七数、合わせて十六数である。もし大富の家ならば、十進位は千とし、六進位は百とする、すなわち一万六千両の銀子である。中等の富戸は、十進位は百とし、六進位は十とする、すなわち千六百両である。下等の富戸は、十進位は十とし、六進位は十とする、すなわち百六十両である。もし小戸の家ならば、ただ五行の数で推す:一水・二火・三木・四金・五土。例えば乾宮の寅木の財は、木は三数、一進して十にすれば三十両である。
以上の数は、旺相に逢えば倍加し、休囚ならば原数に従い、囚死ならば半減する。もし太歳が貴神・駅馬・福徳・禄神を帯びて財爻の上に集まれば、さらに一倍を増す。月建が貴馬福禄を帯びて財爻に集まれば、半分を増す。太歳が財爻を刑破すれば、半分を減ずる。月建が財爻を刑破すれば、三分の一を減ずる。もし貴煞の合益と刑破の合損が同時に存在すれば、増も減もせず、ただ原数を取る。
また爻と宮がともに空破死絶の情形がある。例えば甲申年・壬申月・甲子旬・庚午日に、純乾の卦を卜する:財爻の寅木は歳月の申金に刑破されて絶え、日建の午火の中に死する。本宮の戌亥はまた甲子旬中に空である。この格局は、たとえ石崇のような巨富があっても、瞬時の中に家を傾け産を破り、一も所有するところがなくなる。
また天風姤の卦は、六爻の中に財星が現れない。巽は木であり、これも乾宮の財である(乾宮の財は木、巽卦は木に属す、故に巽宮を財の象とする)。巽宮の二爻の下には、本宮の甲寅の財爻が伏蔵する。巽卦の天干は辛(七数)、地支は辰(五数)巳(四数)、合わせて十六数、また伏爻の甲寅も十六数で、合わせて三十二数である。大富ならば三十進位は三千とし、二進位は二百とする、すなわち三万二千両。中等の富戸は、三十進位は三百とし、二進位は二十とする、すなわち三千二百両。小富の家は、十進位は十とし、二進位は二とする、すなわち三百二十両。各々十倍の法で遞推する。小戸の家もまた五行の数をもって、一進して十とし推す、前の法の如くである。
旺相は倍加し、休囚は数を按じ、囚死は半減する。歳月の貴煞と歳月の刑破は、すべて前述の例に照らして増減する(以上は『占灯法』より出づ)。
およそ貴賤貧富を断ずるには、遠祖近宗・九族の親・遠方の郷里の人・官宦下賤の輩に至るまで、皆この法によって断ずる。また知るべし:吉なる者はもし死・墓・絶・胎・刑・害・克・破に遇えば、福分は減損する。凶なる者はもし貴神・駅馬・徳神・喜神・青龍・福徳の生合に逢えば、禍患は軽減する。一概に論ずるべからず。
『王霊経』にいう:人生の遇うところの禍福は変化して常がなく、全て六神から取断する。六神が生合すれば、各々その福に応ずる。六神が傷克すれば、各々その災に応ずる。しかるに六神はまた占時の太歳が爻に臨む者を上とし、月建の大六神を次とし、日建の小六神をまた次とする。
およそ六神は、「恩」に逢うことを喜び「垣に帰する」を宜とする。忌神を克し用神を生ずる者は吉。用神を克し忌神を生ずる者は凶。
何を「恩に逢う」というのか? 青龍の水に入る(木が水に入る)、朱雀の木に入る(火が木に入る)、勾陳の火に入る(土が火に入る)、螣蛇の木に入る(火が木に入る)、白虎の土に入る(金が土に入る)、玄武の金に入る(水が金に入る)、これが六神の各々生扶の恩を得る所以である。何を「垣に帰する」というのか? 春月は青龍が当権し、夏月は朱雀が当権し、秋月は白虎が当権し、冬月は玄武が当権し、三・九月は勾陳が当権し、六・十二月は螣蛇が当権する、これが当令の帰垣である。青龍の木に入る、朱雀の火に入る、勾陳の辰戌に入る、螣蛇の丑未に入る、白虎の金に入る、玄武の水に入る、これが本象の帰垣である。
青龍が太歳に臨み外卦で動く者は、年内に加官・進財・進禄を主る。天馬に会合すれば、衆人と喜事を同じゅうするを主る。駅馬を加えれば、自分の喜事を主る。内卦で動き、徳神・六合・福徳・喜神を加える者は、妊娠・婚姻・慶事を主る。もし凶鬼・刑害・克破に遇えば、喜事の処に返って災殃を招く:あるいは花酒のため、あるいは人の保証人・媒酌人となるため、あるいは善行をなし願を掛けるため、あるいは喜びの家に往くことにより禍を致す。仕宦公門の人ならば、昇進・薦挙・朝賀・贈与の失態により禍を致す。
朱雀が太歳に臨み外卦で動く者は、加官・進職・応試・文書の喜事を主る。内卦で動く者は、分離・火驚・口舌・官非を主る。兄弟・官鬼・刑害・克破を加える者は、怒気によって災を生ずる:あるいは文書のため、あるいは手紙を送るため、あるいは喧嘩争論のため、あるいは訴訟のため、あるいは火場・銃砲流星(煙火)の類の場所に往くことにより禍を致す。仕宦の人ならば、あるいは宣敕・起復文書・表章・申詳の失態、あるいは諷刺弾劾によって禍を致す。
勾陳が太歳に臨み、かつ貴神・駅馬・財禄とともに外卦で動く者は、加官進禄・田産を増やす喜事を主る。内卦で動く者は、災患に纏擾され、脱れ得ざることを主る。官符を加えれば、必ず田産・婚姻の訴訟がある。凶鬼・刑害・克破を加える者は、撲跌・瘟疫のため、あるいは房屋を改造するため、あるいは安葬のため、あるいは田産のため、あるいは墓地に往くことにより禍を致す。仕宦の人ならば、あるいは城郭・封疆・田土・銭糧の失態によって禍を致す。
螣蛇が太歳に臨み、外卦で動く者は、求謀多くの順利ならざるを主り、外事が牵连糾纏する。内卦で動く者は、虚驚・妖怪・夢寐の不安を主る。凶鬼・刑害・克破を加える者は、動土によって訴訟を引き起こし、官吏が勒索して已まざるため、あるいは驚惶によって病に罹るため、あるいは妖怪を見るため、あるいは夢中で魔倒されるため。仕宦の人ならば、あるいは自己の虚詐のため、あるいは他人に牵连されて禍を致す。
白虎が太歳に臨み、外卦で動く者は、武職の昇進、諸事の吉利、経営の思いのままを主る。内卦で動く者は、血光の災・孝服・刀兵の横禍を主る。凶鬼・刑害・克破を加える者は、喪家に往くため、あるいは戦闘・宰殺の所のため、あるいは誤って虎狼の窟に入るため禍を致す。仕宦の人ならば、刀兵・喪乱・杀戮・征剿によって禍を致す。
玄武が太歳に臨み、外卦で動く者は、船に乗り出行して盗賊の変がある。もし吉神に会すれば、賊盗を斬獲し、あるいは舟船・魚塩・酒醋の財を得るを主る。内卦で動く者は、家中の陰私失脱・妊婦の災禍を主る。鬼杀・刑害・克破を加える者は、水利・坑厠・陰人(女性)・酒館花街のため、あるいは江湖に往き洋海を渡るによりて禍を致す。仕宦の人ならば、江を渡り海を渉り盗賊に遭う・淫宠侍妾・痔漏の災がある(月建・日建の六神も同様にこの推断に従う)。
『周易玄悟』にいう:およそ大限・小限の生旺は、貴神・駅馬・徳神・六合・福禄・青龍・喜神・財星・子孫を帯びれば、吉。死・墓・胎・絶に遇い、刑害克破・白虎・螣蛇・亡神・劫煞・弔客・喪門・羊刃・大杀を加える者は、凶。限爻が世爻・身爻を生じ合すれば吉、世爻・身爻を冲刑克害すれば凶。限が凶ならば、徳神・六合の救解を見るを宜しとする。限が吉ならば、最も刑害の相残を忌む。吉の中に冲克に逢うは、吉の中に凶あり。凶の中に解救に逢うは、凶の中に吉あり。吉多く凶少なれば半吉、吉少なく凶多ければ半凶。もし吉凶各半ならば、憂喜ともにない。
またいう:限爻が動けば、災殃は引き易い。限爻が空亡すれば、身は飄蓬の如し。限が天羅(辰)・地網(戌)に値し、さらに鬼杀を加える者は、数年の間、做事昏昧にして夢を見るが如し。
『穿王透易』にいう:限が旺ならば腹中に福分を孕み、限が弱ければ禍患を孕む——ちょうど胎児を腹に宿すが如く、時機に乗じて生ずる。だから禍福の応験は、太歳に遇って触動せられて初めて発動する。限の中の禍福が何であるかを問えば、限神の本性をもって論断する:貴人は福と為し、尊貴者の扶植抜擢・朝廷の徴召を主る。駅馬は福と為し、四方に馳骋して雲路に身を致すを主る。徳神は喜慶と為し、合すれば乃ち期を成す。鬼は傷残を主り、墓は蒙昧不明を主り、破は傾損を須い、害は必ず侵争し、刑は克傷し、冲は多く揺動す。青龍は婚姻妊娠を主り、朱雀は火烛官非を主り、勾陳は争闘訟獄を主り、玄武は奸宄陰私を主り、白虎は疾病死亡を主り、螣蛇は驚惶怪异を主る。これに依りて断ずれば、万に一つの誤りもない。
身命は三限を取る法
正卦は三十年を管し、変卦は三十年を管し、互卦は三十年を管す。毎爻五年を一限と為し、合わせて九十年となす。もし卦が六爻安静で変卦がない者は、正卦は三十年を管し、互卦は三十年を管し、また「升降」より卦を取って三十年を管す。
升降の取卦の方法は:およそ子・寅・辰・午・申・戌の陽時で占う者は、初爻を上爻の位置に上げて新卦と為す。例えば正卦が天風姤を得たならば、初爻を上に上げれば沢天夬の卦を作って断ずる。また乾・坤の二卦は互卦がなく、升降すべからざる者は、もし卦に動変があれば、正卦は三十年を管し、変卦は三十年を管し、また変卦を以て陰陽時に随って升降を取り卦を作し、前の法の如く三十年を管す。もし乾・坤の二卦がまた六爻安静で動変のない者は、正卦は三十年を管し、また占人の本命の生年・月・日・時を以て卦を起こす:
例えば甲子年の五月十八日酉時生まれの人は、子の上より正月を起こし、五月は辰の上にある。また辰の上より初一日を起こし、十八日は酉の上にある。また酉の上より子時を起こし、酉時は午の上にある。酉は兌に属し、午は離に属す、即ち酉を午に臨ませて、沢火革の卦を得、三十年を管す。また来占の年月日時をもって卦を起こす:例えば甲子年の正月十五日卯時に占えば、子の上より正月を起こし、正月は即ち子の上にある。また子の上より初一日を起こし、十五日は寅の上にある。また寅の上より子時を起こし、卯時は巳に到る。卯は震に属し、巳は巽に属す、即ち卯を巳に臨ませて、雷風恒の卦を得、三十年を管す。合わせて九十年となす。
もし年高く九十歳を超える者は、また正卦の世爻より起こし、一年一位、陰陽順逆に従って行き、もって吉凶を定む。
按ずるに:この式は龐眉道人『易学空青』の抄本より出づ。この式は『八神筮法』および李淳風『占灯法』・耶律氏『錦囊集』の三書に見えると伝えられ、世の人は伝授を得ることが少ない。だから坤・乾に互卦がなく、および動かず変じない乾卦に遇えば、贯通することができない。ただこの式のみが完备である。
大限行運法
大限は五年一度、行運の時は世応を兼ねて取り、単に天干の数を論ずる。例えば天山遁の卦は、世爻の丙火、応爻の壬水。火数は二、水数は一、合わせて三数、すなわち三歳より運を起こす。すなわち世の上より三歳を起こし、七歳に至りて第一限と為し、五年を一限とする。陽世は順行し、陰世は逆行する(甲丙戊庚壬は陽、乙丁己辛癸は陰)。例えば遁卦の二爻が陽世(午火の陽爻が世を持つ)ならば、運は順行を宜しとする:八歳より十二歳までは三爻に輪じ、十三歳より十八歳までは四爻に輪じ、其余もこれに倣う。もし孩童がまだ起運の前にあれば、即ち世の上より一歳を起こして断ずる(管公の口訣より出づ。管公がいう:運は、故に天干に従う)。
小限行運法
小限は一載一宮、これも世爻より起こして数え、陽順陰逆とする。同じく正卦は三十年を管し、変卦は三十年を管し、互卦は三十年を管す。その互卦がなく、変じない卦は、すべて前述の方法より卦を取る。
流年月建を推す法
陽世は初爻より十一月を起こし、陰世は初爻より五月を起こし、正卦・変卦の両卦を並べて取り、周年の運を合成する。
三限飛行式
正卦・変卦・互卦、各々世爻より起こす。例えば卜して沢天夬の卦を得、雷天大壮の卦に化し、互卦は純乾の卦と為す。
正卦の世爻は丁酉、丁は火、火数は二。応爻は甲寅、甲は木、木数は三。二に三を加えて合わせて五数、五行の運と為す(すなわち五歳より起運す)。
各爻の限運の分布は下の表の如し:
| 爻位 | 正卦大限 | 変卦大限 | 互卦大限 |
|---|---|---|---|
| 五爻世 丁酉 | 五歳より九歳まで | 四十歳より四十四歳まで | 九十歳より九十四歳まで |
| 四爻 | 三十歳より三十四歳まで(原文おそらく脱誤) | 三十五歳より三十九歳まで | 八十五歳より八十九歳まで |
| 三爻 | 二十五歳より二十九歳まで | 六十歳より六十四歳まで | 八十歳より八十四歳まで |
| 二爻応 甲寅 | 二十歳より二十四歳まで | 五十五歳より五十九歳まで | 七十五歳より七十九歳まで |
| 初爻 | 十五歳より十九歳まで | 五十歳より五十四歳まで | 七十歳より七十四歳まで |
小限は毎卦三十年を管し、これも各々世爻より一歳を起こす。大限のように五歳より起運を論じない。
三限論
人生の貴賤貧富は恒がなく、あるいは先に栄え後に落ち、あるいは先に寂しく後に響く、全て「時」に依存する。「時」とは旺衰刑徳の主る所である。旺相・貴神・駅馬・徳神・六合の爻は、たとえ大象が休囚で根基が厚くなくとも、限中に旺爻吉神に逢えば、所為の得意を主る。凶克・刑破・無気の爻は、たとえ大象が旺相で根基が殷厚でも、蹇滞災危を主り、衰限よりして起こる。
だから大限・小限は、衰・空・刑・破に遇う者は凶、貴・徳・合・馬に遇う者は吉。あるいは限爻がもと貴馬徳合を帯び、生旺の位に臨み、ちょうどその爻が動いて、死墓絶胎に変じ、あるいは克破・刑害・空亡・退神に変ずる者は、吉が凶に化す:まさに興旺火熱の最中にありて、忽然として沉寂に帰し、かつ予測し難き災禍がある。例えば刑冲克害・空死墓絶胎の爻が、貴馬徳合・生旺・生扶・退神を化出する者は、救い有りと為し、禍は発生すると雖も解くことが出来る。
按ずるに:長生訣は日辰より取る(管公の口訣)。例えば寅日に坎宮の革卦を卜し、四爻の丁亥が世を持ち、兄弟となる。坎卦は水に属し、亥はまた水爻である。寅日は、大象と爻神がともに病郷に入る、故にその人は必ず多病で、気禀虚弱である。死・墓・絶・胎の四爻に至っては、凶がことに甚だしい。もし貴馬徳合がこれを扶ければ、なお太歳の衰敗刑破の年に重病の災厄を免れない。もし刑破があって救いがなければ、すなわち死に臨むの期である。
限の吉凶は、必ず歳君の相触に遇いて初めて力を発する。およそ流年太歳と大小二限が生じ合し比和し、さらに流年太歳の貴馬が限に入り旺相なるに遇えば、奮揚発福を主り、凶限の禍も軽減す可し。もし限が死墓絶胎の四凶の爻にあるとき、さらに流年太歳が限の衰処に臨むに遇えば、直ちに災と為す。さらに看るべし:流年太歳の到る所の限が、世爻と刑破あるや否や。刑破ありて貴馬徳合の救いがなければ、この年を活き過ぐる可からず。
例えば大限が寅にあり、太歳が亥にあるとき、限爻は長生の処に至り、その世は衰刑の処にありとも、無事を主る。もし世が生旺貴馬徳合の爻にあり、さらに流年太歳の貴馬徳合が限に入るに逢わば、その年は必ず大いに財禄を発す。例えば限が申爻にあり、申は四凶(病地)に属し、流年太歳が戌にあり、また申金の衰処に値す。もし世が辰・未の二位にあれば、戌年は辰を冲し未を刑す、刑破あり、その人は四月に病があるを主る——四月は建巳にして申限を刑すため。世爻は土に属し、四月は土が絶する、故に災病がある。
また限が申爻にあり、四凶の位に居るならば、この爻が何の六親に属し、気ありや気なきやを見る。もし太歳の無気の年に値し、かつ太歳に刑害克破せられ、あるいは爻が父母に属し、あるいは兄弟・妻財に属する者は、その年は先ず父母兄弟妻子の憂いがあり、後に己自身の災難がある。もし限が太歳旺相の年に逢い、さらに流年の貴馬徳合がその爻上に入るならば、その年は先ず父母兄弟子孫が発達し、妻妾が喜びを得、然る後に福沢が己自身に及ぶ(限爻の上は何の六親かを見よ)。旁爻が世と刑害克破せず、乃ち吉と為す。
また例えば丁酉年戊申月甲申日に、雷天大壮の卦を卜し、庚午が世を持ち、甲子が応に臨む。庚金は四数、甲木は三数、合わせて七数、乃ち七歳より起運する。陽世順行、すなわち世上より七歳を起こし、午限と為す。申日に火は病郷に値し、また午は匿刑に当り、この人は必ず多病である。もし飛宮の六親が同じく此の爻に居れば、即ちその親族に病ありと断ずる。十二歳は申限を行き、十七歳は戌限を行き、二十二歳は子限を行く、いずれも生旺の爻にして吉と為す。二十七歳は寅限に交わる:寅木は日建の申中に絶し、また申日は寅爻を刑冲克し、かつ官鬼に臨み、名づけて「伏刑之鬼」と曰う。その人はもし太歳の巳午の年に遇わば、必ず災禍がある(木は巳に病し、午に死す)。寅の徳神は未にあり、未年はすこぶる可し。申年酉年は、限が太歳の絶胎の処に入り、もし流年太歳の貴馬徳合の解救に逢わざれば、必ず死す。この命が死なざる所以は、申年の駅馬が寅にあり、酉年の歳徳が寅にあるため、故に極めて危うき厄ありとも、死に瀕して死に至らざるなり。
また例えば限が午にあり、その爻に気がなく、また匿刑に当れば、その人はこの限より入りて、必ず多く憂危災病がある。もし太歳が寅(火の長生)・卯(沐浴)・辰(冠帯)・巳(臨官)・午(火の旺)・未(火の衰)・申(火の病)にあれば、この数年は衰限を行くとも、大いなる危険はない。ただ毎年七月(火の病)・八月(火の死)・十月(火の絶)・十一月(火の胎)に小災がある(九月は午戌の合、墓にしても凶ならず)。流年太歳が限爻と生合し、まだ四凶の処に到らざるためである。もし酉年・子年に遇い、限中にもと貴馬徳合の相扶がなければ、必ず度過す可からず——午は酉に死し、子に胎するため。戌亥の年はなお度過す可し、午戌の三合、午の徳神は亥にある、これが救助である。さらに看るべし:流年太歳の前後に何の凶煞が世爻と限爻の上に臨むか。喪門・弔客・官符・病符・二耗・亡神・劫煞の類の如し。諸煞は各々その凶性に随いて禍福と言う。限爻の何の六親に属するかを察すれば、禍福の何れの人に臨むかを知る。
例えば限爻が午にあり、太歳が申にあるとき、弔客は歳後二辰にあり、正に午上に値す。申は火の病郷。午爻の何の六親に属するかを見れば、必ずその人は七月後先ず親族の災いがあり、後に己自身の災いがある。また例えば限が巳にあり、四凶の爻に居て、流年太歳が未にあり、乃ち火限の始めて衰する処、流年の弔客が歳後二辰にあり、正に巳上に値す。巳爻の何の六親に属するかを見れば、必ずその人は正月前先ず親族の憂いがあり、後に自身の憂いがある。
『帰蔵易』にいう:限が休気を帯びれば、必ず多くの疾病がある。限が囚気を帯びれば、必ず多くの獄訟がある。吉神が限を主れば、凶災は自ずから軽し。凶神が限を主れば、禍の来るのは免れ難し。その限に臨む六神を察すれば、禍福の何より起こるかを知る。
太歳の流年は、禍福の「吏神」——すなわち執行者・トリガーである。身命の卦限・爻中に蔵伏する吉凶は、全て占時の四値(年月日時)の上に取り、日後の禍福応験の依拠と為す。福は吉爻の中に伏し、禍は凶爻の中に伏す。伏する者は触れざれば発せず、だから禍福の発動は、流年太歳を頼みとして来たる。
例えば限爻がもと吉にして旺であり、流年太歳がまた限の吉旺の処に値すれば、吉と吉と会して、その吉に応ずる。限爻がもと凶にして衰であり、流年太歳がまた限の凶衰の処に値すれば、凶と凶と会して、その凶に応ずる。
官鬼が世爻・身爻を持し、あるいは用爻を持つものを、名づけて「贴身鬼」と曰う。もし破碎煞を帯びれば、破相の疾を主る。
官鬼が乾宮にあれば、頭部および咳嗽の疾を主る。坎宮にあれば、耳・腎臓の疾を主る。艮宮にあれば、両臂・鼻・背の疾を主る。四廃煞を帯びれば、腰曲がり背が曲がる。巽宮にあれば、股・膝・疝気の疾を主る。震宮にあれば、気促・驚悸の疾を主る。離宮にあれば、眼目・心経の疾を主る。坤宮にあれば、肚腹・胸胃の疾を主る。兑宮にあれば、歯牙・缺唇の疾を主る。
また本命爻が官鬼を帯び、天刑・四廃煞を加えて、刑害克冲が世身に及ぶ者は、必ず残疾を帯びる。凶殺が木に属すれば、瘋癲を主る。水に属すれば、冷瘟を主る。火に属すれば、心目の疾を主る。土に属して絶気に逢えば、麻瘋を主る。金に属して絶気に逢えば、癱痪を主る。
また用爻・世身爻の下に官鬼が伏蔵し、日辰に並び起こされる者は、持病を帯びるを主る。坎宮の金爻の下に土鬼が伏すれば、耳が聞こえなくなる。震・巽宮の木爻の下に金鬼が伏すれば、四肢の持病を主る。離宮の火爻の下に水鬼が伏すれば、心目の疾を主る。羊刃を加えれば、必ず青盲の症である。坤・艮宮の土爻の下に木鬼が伏すれば、鼓脹・脾傷を主る。乾宮の水爻の下に火鬼が伏すれば、血竭・顔貌の憔悴を主る。兑宮の金爻の下に火鬼が伏すれば、口瘡・唇缺を主る。動爻の鬼に化するも同じである。
また用爻・世身爻の下に官鬼が伏する者は、胎内から持ち来たった宿疾である。用爻・世身が鬼に化し、あるいは鬼が世身用爻を克すれば、これは後に新たに染まった疾である。
また『五殺歌』にいう:跛(足を引きずる)・唖・盲・聾・癲疾の五種、ただ同じく起こって孤辰・驚神に値うことを憂う。旺なれば必ず危く、衰なれば軽減す。生扶合の処は、一般に誤りがない。五殺の中ただ「地跂殺」のみ旺なれば跛足、衰なれば陰部の瘡。其余の四殺は衰旺を分かたず。
以上の鬼殺は、もし天医・天解・月解・伏福・化福に遇わば、この論に拘泥すべからず。
八卦をもって用爻と世爻を論ず:
乾宮にあっては、性情率直で高きを好み、徳行あり威望あり。坤宮にあっては、性情厚重、寡言少笑、寬大にして能く容る。坎宮にあっては、心性委曲、深沉にして威多し。凶なれば狡詐にして心乱れ、事に遇えば多く変更す。離宮にあっては、明白剛烈、爽直にして気節あり。気がなければ性情暴躁、事を為して頭あり尾なし。震宮にあっては、志大きく言高く、声名を逐う。凶なれば心に多く叵測あり、胸に定見なく、心急にして事滞る。巽宮にあっては、性情和柔、卑下して奉承するを好む。気がなければ随波逐流す。艮宮にあっては、吉なれば安静にして操守あり。凶なれば事に遇いて多く退縮して前進せず。兑宮にあっては、性情和悦、話すことを好み、物を見て多く感じ、声色酒食を好む。気がなければ奴顔婢膝なり。
五行をもって論ず:
申金:義理を重んじ、声誉に馳骋するを好む。気がなければ好勇好杀、音楽を好む。酉金:剛明にして苟且ならず。気がなければ多く貪欲、酒色を好む。寅木:雍容和順、文章才芸あり。気がなければ執拗散乱。卯木:力健にして勝を好み、剛直にして阿らず。気がなければ心毒にして多く心機あり。子水:清高正直、姦汚を好まず、智謀深沉。気がなければ浮浪不実、事を為して始めあり終わりなし。亥水:性情円通、物と和同す。気がなければ諦詐軽浮淫荡。また水旺なれば性緩く、衰なれば性急なり。動いて冲発すれば、心に多く機変あり。もし動いて合に逢って住められ、あるいは死墓絶胎に臨めば、必ず知覚なく、麻木不仁なり。もし動いて冲に逢って散ぜられば、搏激の水の如く、必ず立志に恒なく、疑惑不定の人なり。
巳火:華美修飾を好み、性は快く隠さず。気がなければ性暴にして傲慢、生平変化多端。午火:強敏無私、勝を好み、做事急疾。気がなければ剛暴にして終わりなく、急なれども又遅し。辰戌土:厚重にして威望あり、聡明正直、神物を信ぜず、鬼怪を畏れず。気がなければ賦性残酷悪毒。丑未土:寛宏廉直、耿介無私、仁多し義多し(木庫は仁、金庫は義)。気がなければ拙笨無能。
六親をもって論ず:財爻が発動すれば、豪華を好んで学を好まざるを主る。父母爻より化出すれば、道を憂いて貧を憂えざるを主る。子孫が世を持ちて空に逢うは、「羊質虎皮」——外見は強いが内は弱い。兄弟が世を持つは、「酒囊飯袋」。世が官鬼煞を持つは、笑裡蔵刀を主る。鬼煞が空に逢えば、怒中に毒なし——怒っても人を傷つけぬ。
六神をもって論ず:青龍は、慈和楽易、明敏従容を主る。朱雀は、快言快語、多く口舌を主る。杀を帯べば好きこのみ是非を搬弄し、多く誹謗を招く。勾陳は、厚重にして規矩あり、行事遅鈍。動かなければ転変なし。螣蛇は、多く心機疑慮、虚浮詐偽を主る。白虎は、性急不仁、好勇闘狠を主る。玄武は、陰謀秘算、狡譎多端を主る。兄弟と同宮なれば貪吝。咸池を加えれば淫邪。
青龍が螣蛇の克に逢えば、諂媚にして不忠を主る。白虎が青龍の克に逢えば、勇敢にして礼ありを主る。朱雀が克傷を受けらるる者は、多く誹謗に遭う。螣蛇が合制に逢う者は、多く智あり。財が玄武に合すは、財を貪り色を好む。子が玄武に合すは、酒を愛し多情。兄が勾陳に合すは、魯鈍。福が青龍に合すは、清高和順。青龍の衰えて安静なるは、安貧楽道。白虎が兄弟を加えるは、小人の横行霸道。玄武が羊刃を加えるは、気量狭小、見識短浅。
『燃犀録』にいう:冲に逢う者は伶俐、墓に入る者は呆痴。刑害に臨む者は多く嗜杀、胎養に居る者は老成に欠く。空動にして生克なき者は、率性猖狂。旺静にして克冲なき者は、志行高潔。衰が时辰に値すれば、器局卑下偏狭。旺が月将に臨めば、度量淵深宏闊。冲多きは闘を好み、刑多きは訟を好む。貴人を帯ぶれば、威徳ありて狂傲ならず。駅馬を帯ぶれば、志は四方にありて遨游す。徳神を帯ぶれば、恭倹温良。六合を帯ぶれば、従容和雅。八純の卦は、性情宜しく急躁。六合の卦は、性情必ず寬和。
鬼谷分爻(爻位をもって身体部位に配す):
| 爻位 | 身体部位 |
|---|---|
| 六爻 | 髪の毛 |
| 五爻 | 耳目口・面ひげ手・鼻人中 |
| 四爻 | 胸・背・乳房 |
| 三爻 | 腹・小腹・臀・肛門・腰・小便 |
| 二爻 | 股・膝 |
| 初爻 | 足 |
一、形体:卦身を用爻と為す。金形は瘦小、火形は尖、木形は長、土形は矮、水形は柔にして剛かつ汗多し。木旺なれば胖して長く、衰なれば瘦せて長し。土旺なれば矮胖、衰なれば短小。勾陳・兄弟が刑克すれば、必ず矮子。金木が死絶の地に臨み、さらに刑害克冲せられれば、瘦すとも言うべからず。水木鬼に化出すれば、身体に湿気酸疼多し。土金が合に逢えば、行坐従容。
二、頭:六爻の乾宮父母を用と為す。辰戌鬼が刑害を帯びて動き、あるいは勾陳・兄弟の合に遇いて住めらるる者は、首を縮めるを主る。金に臨めば、頭に異骨の突出あるあり。六神をもってその骨の在る処を定む:朱雀は前、玄武は後、青龍は左、白虎は右、勾陳・螣蛇は中または四隅。刑を帯ぶれば、頭に角状の突起あり。金福の発動すれば、必ず癩頭。木が火鬼に化すれば、必ず白癩、あるいは髪の上に節痕あり。土は首の縮むを主り、木は頭の長きを主り、火は頭の尖るを主り、水は頭の汗多きを主る。木水鬼に化すれば、頭瘋を主る。火鬼に化すれば、頭痛を主る。乾面は円、坤面は方、震面は長、巽面は直。合なれば正しく、克なれば歪み、冲なれば揺る。六爻が火および顛疾煞を帯べば、頭は必ず疾あり、鬼爻に臨むを忌む。
三、髪:六爻の震巽宮木財を用と為す。旺なれば髪多く、衰なれば髪少なし。木は髪の長きを主り、金は髪の沙(硬くざらつく)を主り、水は髪の白きを主り、土は髪の短きを主り、戌土は髪の稀なるを主る。六爻と初爻・二爻と合すれば、髪の長く垂れて地に及ぶを主る。朱雀に臨めば髪は赤く、玄武に臨めば髪は黒く、白虎に臨めば髪は白し。少年ならば髪は剛硬。勾陳に臨めば髪は黄ばみ、青龍に臨めば髪は滋潤整齐、螣蛇に臨めば髪は巻曲して蓬松松。
四、面:五爻の父母を用と為す。乾宮は面円、坤宮は面方。寅申巳亥に臨めば、面は尖。子午卯酉に臨めば、面は円。辰戌丑未に臨めば、面は方厚。父母爻は面の大ききを主り、妻財爻は面の秀美なるを主り、子孫爻は面の福相あるを主り、兄弟・官鬼は面の丑劣、あるいは破相・麻痣を主る。水は浮腫を主り、金は痩骨顔、火は尖削枯燥、土は豊額高鼻、木は面青くして長し。官鬼が螣蛇を加えれば、面に皺紋多し。玄武鬼は、面に黒斑痣あり。火鬼の動いて合に逢うは、面に瘢痕あり。卯鬼の動くは、面に麻子を生ず。
五、容貎:五爻を用と為す。青龍は容貎細膩潤澤、白虎は粗醜、勾陳は局促、眉目攅聚。朱雀は面に笑容を帯ぶ。冲に逢えば言葉急促にして顔色変ず。玄武は面に憂容を帯ぶ。刑克を受けらるれば必ず哭形。およそ螣蛇を帯ぶる者は、容貎必ず古怪にして、来冲する者をもって断ず:玄武が来冲すれば、地角(顎の両側)が尖る。朱雀が来冲すれば、眼が必ず露わる。青龍が来冲すれば、左耳が異常。白虎が来冲すれば、右耳が異常。勾陳が来冲すれば、鼻が古怪。もし冲がなければ、即ち五行をもって断ず:水は口、火は目、木は左耳、金は右耳、土は鼻と為す。また五爻が螣蛇に臨まざるに、螣蛇が動いて五爻を冲克する者は、五類をもって断ず:兄弟を加えれば、頸に必ず喉仏が出る。父母を加えれば、面に麻痣あり。妻財を加えれば、両鬢蓬鬆、髪の毛は巻曲。官鬼を加えれば、必ず麻面あるいは破相。福徳(子孫)を加えれば、耳目口鼻に破相あり——これも水口・火目・土鼻・金右耳・木左耳をもって区別する。
六、目:五爻の離宮火福(子孫)を用と為す。青龍に臨めば、瞳仁点漆の黒亮。白虎に臨み、あるいは白虎旺動して克し来たれば、必ず白眼(白目が多い)。勾陳・朱雀に臨めば、眼珠突出。玄武に臨めば、涙目。青龍・玄武に臨みて白虎に冲克せられれば、眸子の中に白点あり。螣蛇に臨めば、必ず眼疾を患う。螣蛇の衰なれば、鼠目と為す。衰蛇が鬼を加え、あるいは蛇鬼が動いて五爻を冲合すれば、吊眼(目じりが上がる)。月日に冲に逢えば、眼珠の転動定まらず。動いてまた冲に逢うは、まばたき頻繁。離宮の火鬼が刑害を帯び、動いて土を傷れば、盲目を主る。木は眼の花、あるいは吊眼を主る。金は眇目(片目が小さい、または片目が見えない)。水は爛眼を主る。火は眼珠の外露、あるいは赤眼。旺空なれば、片目に疾あり。衰空、あるいは合性ならば、微かな近視。火旺動なれば、目光閃電の如し。金鬼の動くは、疾を帯びるを主る。鬼が月盲煞を帯びて動くも、また疾を帯びるを主る。
七、耳:五爻の坎宮子孫を用と為す。木は左耳の聾を主り、金・虎は右耳の聾を主る。土鬼が刑害を帯びて動き、あるいは勾陳・螣蛇が動いて合に遇いて住めらるる者は、耳必ず聾。旺空なれば、片方に疾あり。金鬼は、耳鳴。水鬼は、耳だれが出る。金木が水鬼に化すも、また流膿を主る。木鬼は、陽なれば耳痒く、陰なれば耳痛し。火鬼は、耳に疮を生ず。白虎を加え刑害を帯ぶる者は、耳必ず残缺。鬼が雲聾煞を帯びて動く者は、耳聾。
八、鼻:五爻の艮宮土福を用と為す。旺なれば鼻大きく、休なれば鼻小さし。金・木に化して気あれば、鼻息雷の如し(鼾が大きい)。水に化すれば、鼻涕多し。土鬼に化して刑害を帯べば、鼻梁陷落。火鬼に化すれば、鼻血の疾あり。木財に化すれば、鼻の上に毫毛多し。
九、人中:五爻の兌宮土福、動いて四爻に合する者を用と為す。旺相なれば人中深く、休囚なれば浅し。青龍は深きを主り、白虎は浅きを主り、螣蛇・勾陳は短きを主り、朱雀は赤きを主り、玄武は黒きを主る、あるいは鼻の下に湿潮あり。
十、口:五爻の兌宮水福を用と為す。乾宮は口円、坤宮は口方。兑宮の丑未鬼が刑害を帯びて動き、陰なれば舌がもつれ(言葉がうまく出ない)、陽なれば虫歯・缺唇。金に化すれば、歯が露わる。木に化すれば、鬚多し。陽土が冲に逢えば、唇がまくれる。陰土が冲に逢えば、談笑を好む。勾陳に臨み合に遇えば、言語を懶む。朱雀に臨み旺空なれば、偽言多し。財に化すれば、飲食粗疏。財が冲に遇えば、飲食はやし。合に遇えば、飲食おそし。財が青龍・貴人を加えれば、美食佳肴を愛す。水財が螣蛇の冲に逢えば、必ず豚の食うが如し。土財が白虎の冲に逢えば、定めて狼呑虎噬。木鬼は舌の大ききを主り、火鬼は声気の短促を主り、水鬼は言語に涎多きを主り、金鬼は歯の欠くるを主り、土鬼は唇の欠くるを主る。土鬼が冲に逢う者は、舌がもつれる。もし兑宮の金爻が傷を受け、あるいは勾陳・螣蛇が動いて合に遇いて住めらるる者は、決然として声が嗄れる(唖)。但し四値が皆金なく、かつ朱雀がまた空絶する者に到って初めて唖と断ずべし。然らざればただ舌がもつれるのみ、唖ではない。金旺動なれば、声響亮。空動なれば愈々響く。動いて合に逢えば、声音低微。鬼が天唖煞を帯びて動く者は、声の嗄れるを主る。
十一、鬚:五爻の震巽宮木財を用と為す。火・朱雀は鬚の赤きを主り、水・玄武は鬚の黒きを主り、土・勾陳旺なれば黒くして短く、衰なれば黄くして短し。金・白虎は鬚の白きを主り、あるいは髯の戟の如き(硬直)を主る。木は鬚の長きを主る。木財旺動なれば、鬚多し。螣蛇は鬚の長くして曲がるを主る。青龍は鬚の長く直くして乱れざるを主る。木・龍が死墓空絶に逢えば、必ず鬚なし。死気に値して胎養に逢えれば、微かに鬚あり。旺なれば多く、衰なれば少なし。また五爻の亥鬼が動けば、鬚は蟻の如く(多くして乱る)。
十二、手:艮宮兄弟を用と為す。六爻の兄弟は肩・大臂、五爻の兄弟は小臂。勾陳が金を加えれば、肩必ず聳ゆ。白虎が金を加えれば、臂力めあり。火土二鬼に化出すれば、必ず搭手(手の瘡症)を患う。水木二鬼に化出し、あるいは水木鬼に刑冲せられれば、必ず湿気酸疼を患う。木に化すれば、臂長し。木に化して世を生じ応を克すれば、必ず拳棒に精通す。螣蛇鬼は手の曲がるを主る。虎鬼が刑を加え、および艮宮兄弟が故なく自ら空する者は、必ず臂を折る。玄武鬼が金を加えれば、臂に必ず刺青あり。金鬼が羊刃を加えれば、刀傷を主る。木鬼が財を加えれば、臂酸疼。木が木に化すれば、臂の上に青筋多し。木が動いて合に逢えば、臂筋の牽縮、手の伸縮困難。さらに兄弟に化すれば、飲食不便。土に化すれば、臂必ず短し。
四爻の兄弟は手掌。水は潤沢を主り、火は枯燥・手のひらの熱を主る。金は潔白。土は肥厚、あるいは手指の短き。木は毫毛多き、あるいは手指の長き。青龍を加えれば、肌膚細潤。白虎を加えれば、手粗硬。螣蛇を加えれば、掌中に乱紋多し。玄武鬼を加え、あるいは刑害を帯べば、手掌に皸裂多し。勾陳を加えれば、手掌厚し。朱雀を加えれば、掌心生熱。
十三、胸:五爻の火父を用と為す(また一説:間爻の陽爻は胸、陰爻は背)。旺なれば胸闊、休なれば胸狭。合なれば飽満、克なれば凹入。火が鬼に化し、あるいは動いて火鬼に化し、あるいは火鬼を持するは、いずれも心気痛、あるいは灸瘡ありを主る。水が鬼に化し、あるいは水鬼を持しおよび水鬼に化するは、胸に汗斑あり。白虎を加えれば、白癲風。朱雀・勾陳・螣蛇を加えれば、赤紫癜風。金が金に化すれば、胸骨外露。水鬼が水鬼に化すれば、常に血を吐く。金父を化出すれば、必ず労瘵(肺結核)を患う。
十四、背:五爻の艮宮陰土父母を用と為す。土・勾陳旺なれば、背豊厚。土・螣蛇旺なれば、脊に深き窪みあり。金・白虎旺なれば、背脊骨が露わる。水兄に臨み、あるいは水が兄に化しおよび兄を水に化せば、食多ければ背に汗す。火鬼に化し、あるいは火鬼の刑克を来たせば、かつて背疽を患い、衰なれば灸瘡である。陰土鬼に値すれば、背曲がり(佝僂)。勾陳・螣蛇を加えれば、一層ひどく曲がる。
十五、乳房:四爻の水福を用と為す。旺なれば乳大きく、休なれば乳小さし。金水は乳の多きを主り、火土は乳の少なきを主る。木は乳の長きを主る。木財は乳の上に毫毛あるを主る。鬼に刑害せられれば、かつて乳癰を患う。
十六、腹:四爻の坤宮土父を用と為す。旺なれば腹大きく、休なれば腹小さし。勾陳は腹の高きを主り、螣蛇は腹の凹むを主る。龍に逢い合を見れば、腹必ず下満(小腹が隆起)。玄武に逢い鬼に化すれば、腹常に冷痛。坤宮の玄武水鬼が動けば、腹に黒斑あり。朱雀火鬼が動けば、紅斑。金虎鬼が動けば、白斑。金土鬼を化出すれば、腹中に痞块あり。火鬼に化すれば、かつて腹癰を生じ、然らざれば鍼灸あるいは瘡痍を生ず。
十七、小腹:三爻の妻財を用と為す。土に値すれば、臍必ず深し。金に値すれば、筋骨外露。木財に値すれば、丹''田の上に毫毛あり。もし二爻の上に子孫が来て合を為せば、必ず陰毛と相连す。もし女人が子孫を化出して坤宮にあれば、必ず胎児を懐く。子孫が冲に逢えば、将に分娩せんとす。胎爻に臨み動くも、同じ。
十八、腰:三爻の木財を用と為す。鬼に値して動けば、腰常に痛み、あるいは腰軟。衰絶にして合に遇い、あるいは故なく自ら空する者は、腰軟を主る。火鬼に値すれば、常に腰疽を患う。金刃が刑害を来たせば、必ず刀斧の傷を経る。螣蛇を加うれば、傷痕なお在り。もし木が螣蛇を帯びて動けば、女命は必ず腰細く舞を善くす。
十九、臀:三爻の土父を用と為す。土が勾陳を加えれば、臀厚大。土が螣蛇を加えれば、臀尖削。冲を加うれば、必ず突出。火を帯び合に逢えば、臀の上に節疤あり:陽爻は左に在り、陰爻は右に在り。合爻が下にあれば、疤は下の辺に在り。合爻が上にあれば、疤は上の辺に在り。合爻が福徳(子孫)ならば、疤は小便の処に近し。合爻が土財ならば、疤は肛門に近し。動いて木鬼に化し、あるいは木鬼が刑克を来たせば、かつて杖責を受け、螣蛇を加うれば、瘢痕なお在り。
二十、肛門:三爻の妻財を用と為す。財が火鬼に化し、あるいは火鬼が動いて財爻を刑害すれば、必ず瘡毒血症あり。金鬼に化すれば、痔漏あり。水鬼に化すれば、脾泄の症あり。財が刑冲を帯べば、脱肛あり。
二十一、小便:二爻の子孫を用と為す。鬼を持し、鬼が伏すれば、白濁・尿血・疝気・淋帯の病を主る。鬼に化すれば、遺精・蛀乾瘡・天泡瘡の類。もし巽宮の鬼が動いて刑害を来たせば、必ず疝気を患う。土鬼が福(子孫)に化すれば、必ず偏墜(疝気の片側下垂)なるべし。女人の三爻は陰と為し、もし官鬼・兄弟を持しあるいは官鬼・兄弟に化すれば、女身に非ざる(性別特徴の異常)。もし子孫が空墓絶に逢い、四値がかつて子孫を帯びざる者は、必ず石瘕(婦人科腫瘍)なり。
二十二、股:二爻の巽宮兄弟を用と為す。旺なれば腿肥大、衰なれば腿痩小。冲に逢えば善く走る。旺動なれば、行くこと急にして遠くに耐ゆ。土は行くこと遅きを主り、金は行くこと穩なるを主る。水は歩の小さくして急なるを主り、火は行くこと急にして揺らぐを主る。螣蛇に値すれば、蛇行の如く(曲がりくねる)。朱雀に値すれば、雀歩の如く(小刻みの歩)。青龍に値すれば、行止端詳。白虎に値すれば、闊歩して行く。金土が勾陳に逢えば、慢歩緩行。動いて土合に逢えば、歩行を懶む。父母がこれを克すれば、腿瘦せたり。木に臨み財に化すれば、腿の上に毫毛多し。官鬼と日辰が並ぶときは、腿の上に瘡あり。鬼に化し、鬼が伏するも同じ。
二十三、膝:二爻の震宮兄弟を用と為す。鬼を持し、鬼が伏し、鬼に化し、あるいは鬼が動いて刑克害せば、膝に病あり、あるいは鶴膝風・水湿気を患う。金木は酸疼を主り、火土は一足の大いなるを主る(陽左陰右)。金鬼が羊刃を加えて刑克を来たせば、刀傷を主る。鬼が動いて合に逢えば、膝は屈伸困難。鬼が土財に化すれば、筋が牽引する病あり。
二十四、足:初爻の震宮兄弟を用と為す。陽土は足背の厚きを主り、陰土は足底の厚きを主る。火は尖削を主り、金は骨突出を主り、木は足板の長きを主り、水は足汗多きを主る。旺なれば大きく、休なれば小さし。木鬼が動けば、脚気を主る。火鬼が動けば、灸瘡の瘢痕を主る。水土鬼が動けば、足の爛れを主る。螣蛇・白虎を加えかつ刑害せられ、および震宮に在りて故なく自ら空する者は、足を折るを主る。水が木鬼に化し、木鬼が水に化するは、いずれも湿気酸疼、歩行不便を主る。もし木鬼が木鬼に化し、あるいは両木鬼が刑克を来たせば、夾棍の刑を歴経す。螣蛇土が陰鬼に逢えば、足底が凹む。兄弟が空動し、あるいは爻の旺空動が日時に逢いて冲せられれば、踵は地に着かず。兄弟が子孫に化すれば、足の指:刑なれば尖り、合なれば正し、あるいは纏足と為る。金に値すれば、足の爪と為る。土に化すれば、足の指と趾頭が相平らぐ。木に化すれば、足長くして指を過ぐ。火に値し虎を加うれば、指甲尖利。鬼に化すれば、必ず損傷。また初爻の鬼が地趺煞を帯びて動く者は、空なれば足が跛、衰なれば痒瘡。女人の初爻は単爻なれば足小さく、折重爻なれば足大きく、重爻なれば先に縛り後に放し、交爻なれば先に大きく後に縛りて小さし。初爻が刑冲克害を受けらるるも、先に縛り後に放すを主る。父母に値すれば、足大きく、子孫に値すれば、足小さく、妻財に値すれば、半纏足。兄弟・官鬼が持克すれば、歪足に非ざれば、必ず足疾あり。
父母爻を寿命の依拠と為す。およそ世爻・用爻・父母爻が旺相安静にして刑害克破なければ、必ず高寿。衰えても動いて旺相に変出し、また克制なき者。あるいは衰えても月建・日辰・動爻の生合を得る者は、いずれも多寿を主る。もし持空・死・墓・絶・胎し、また月日動爻の刑害克破に逢う者。あるいは用神がもと衰え、また動いて空死墓絶胎と刑害克破に変出し、而して元神が現れない者。あるいは元神が現れて傷を受ける者(用神を生ずる者を元神と為す)——皆夭亡短命を主る。
終寿の年は、必ず用神が流年太歳の旬空の内に臨むか、あるいは歳旬空亡を犯さざるに流年の天克地冲に値する者、これも死期である。流年の年月日が局を会して世を克するの辰を以て、その死期を定む。あるいは流年太歳が亡神・劫煞・喪門・弔客・羊刃・大杀・兄弟・官鬼を帯びて、世爻を刑冲克害し、而して世爻がまた流年の年月日中に死墓絶胎すれば、命の尽きるこの年この月この日に在るを知る。
寿数の経験断例:
第一のケース:丙辰年丙申月己丑日庚午時、子が父の寿命を占い、水沢節の卦を得、六爻安静。此の卦の用神(父母)は正に旺相に値し、更に辰年丑日を以て来生す、理に従えば長寿であるべきだ。一直して戊寅年甲子月癸卯日に逝去す。
この年は正に甲戌旬に値し、父母爻が太歳旬空の内に臨み、また歳建に絶し(寅木は寅年に絶す)、月建に死し(子月)、日建に胎し(卯日)、元神はまた寅年卯日に傷せられ、故に終命と当たる。
第二のケース:戊寅年己未月戊戌日戊午時、夫が妻の寿命を占い、地水師の卦を得、六爻安静。財爻は気あり、年月日はともに兄弟(忌神)を克す、故に当下は咎なし。一直して丙子年丙申月庚辰日に逝去す。財爻は歳旬空亡に値せざるも、流年の天克地冲に遇い、また歳月日によって水局を会し、火財を克制するを以て、終命と為す。
第三のケース:庚寅年庚辰月丁卯日甲辰時、自分の寿命を占い、山雷頤の卦を得、地雷復の卦に変ず。世爻は動いて丑に化し来刑し、太歳は寅兄を並べて動き戌土の世爻を克す。また流年の神煞中、飛廉・大杀・白虎はすべて戌の位にあり、月虎・日虎・時虎を会合し、いずれも戌に在り、名づけて「四虎改牙」と曰う、これは極凶の卦、決して免死し難し。故にその人は正月より病が起こり、四月癸卯日に至り逝去す。
これは世爻が寅に病し、巳に絶し、卯に死するをいう。なぜ辛卯日でなく癸卯日に死するのか? 癸水が丙火を克し、卯木が戌土を克す、故にこの日に応ずる。
第四のケース:丙寅年丙申月丁巳日丙午時、自分の寿命を占い、某卦(原文一字欠く)雷天大壮の卦に変ず。世爻は気あり、元神は長生し、忌神は現れず、故に当下は咎なし。一直して戊寅年戊午月壬戌日に逝去す。世爻は正に歳旬空亡に値し、また年月日によって火局を会して世を克し、かつ世爻は歳建に絶し、月建に敗し、日建に衰す、故に終命と当たる。
命宮を安ずるに男女を論ぜず、正月は寅の上より起こし、順に生月に到るまで数うる。すなわち生月の上より子時を起こし、逆に本人生時まで数えて命を安ず。先ず命宮を輪定し、後ろに十二宮を排す:
一命宮、二兄弟、三夫妻、四子息、五財帛、六疾厄、七遷移、八奴婢、九官禄、十田宅、十一福徳、十二父母。
先ず正卦・変卦・互卦の三卦を取り、十二支神を排定す。陽世は初爻より子を起こし順行し、陰世は初爻より午を起こし逆行す。命宮を輪定した後に、すなわち陽世陰世の順逆より数う。
假如陽世の子爻が命宮に値すれば、即ち主卦の初爻より数え起こす。陰世の子爻が命宮に値すれば、即ち変卦の五爻より数え起こす。およそ正・変・互の三卦は、連環して十二宮を数え、過ぎてまた始まる。
十二宮排法:
陽世順行法:
| 正卦 | 変卦 | 互卦 | |
|---|---|---|---|
| 六宮 | 巳 | — | — |
| 五宮 | 辰 | 酉 | — |
| 四宮 | 卯 | 申 | 亥 |
| 三宮 | 寅 | 未 | 戌 |
| 二宮 | 丑 | 午 | — |
| 一宮 | 子(起) | — | — |
陰世逆行法:
| 正卦 | 変卦 | 互卦 | |
|---|---|---|---|
| 六宮 | 亥 | 卯 | — |
| 五宮 | 戌 | 寅 | 巳 |
| 四宮 | 酉 | 丑 | 辰 |
| 三宮 | 申 | 子 | — |
| 二宮 | 未 | — | — |
| 一宮 | 午(起) | — | — |
十二宮断:
『黄金策』にいう:まず命宮を論ず、旺相を宜しとす。貴人・禄馬がこれに臨めば、福分の限り知られざるあり。もし休囚空亡に値すれば、一生多くの患難、顛沛流離して災殃を惹く。
兄弟宮は旺強を喜ぶ。世身と相合相生すれば、兄弟和睦・家道昌盛。衰空にして鬼を帯ぶれば、同気の親なし(兄弟の扶助なし)。身爻を冲克すれば、定めて兄弟関係の不良を主る。
夫妻宮は旺相にして生あるを喜ぶ。財爻・子孫が臨めば、能く自身を助く。煞刃が爻に臨めば、多く怪疾を主る。衰空なれば、百年の姻縁を保ち難し。
子息宮は吉星の照臨を喜ぶ。子孫は聡明にして精神あり。身世を冲克すれば、多く忤逆の子を生ず。衰空にして煞刃を帯べば、後嗣孤独。
財帛宮は破空を忌む。旺にして財位に臨めば福窮まるなし。最も耗神・兄弟・玄武・劫煞を恐る、一生の得失は小人の侵擾を受く。
疾厄宮は休囚空亡なれば反って称心す。身を生じ世に合すれば、必ず病災の相侵あり。身が世を克し冲すれば、常に犯さず。最も帝旺と長生を嫌う(旺なれば病重し)。
遷移宮は身世がその爻に坐すれば、遷徙无常・祖業を抛棄するを主る。吉曜が臨めば、遷れば則ち吉。凶星の如く値すれば、枉自だ奔波労苦す。
奴婢宮は旺興を喜ぶ。身を生じ世に合すれば必ず多情。福徳は奴を養い、財は婢を養う。吉神の会遇、陳琳(三国時代の名士、門客を養うのを善くす)の如くに人を得る。
官禄宮は吉星を要す、吉星の生旺なれば必ず身を栄ゅす。休衰悪煞に兄弟・子孫を兼ぬれば、白髪蒼々としてなお平民。
田宅宮は土金を喜ぶ。子孫世々相承するを得。水火木星は多く進退し、休空なれば老に到るも依然として清貧の人。
福徳宮は旺興して世象を生ず。一生常に吉人の欽敬を得。衰空なれば終歳身は勤動し、凶曜の奔忙もまた貧なり。
父母宮は生旺臨むを宜しとす。身世に合し生ずれば蔭庇深厚。衰空にして克を受けらるれば、倚仗するところなし。世を傷め身を冲すれば、定めて不仁を主る。
游南子がいう:僧道の占にも、区別がある。例えばまさに出家せんと欲して占いに来たる者は、ただ華蓋・孤辰が世・身・命爻に臨み、而して卦中の子孫が空亡し、財星が絶する者を見る、出家して僧道と為るに宜しき人なり。もし子孫・財星が旺動する者、あるいは卦が六冲に逢う者は、今日出家すると雖も、日後必ず還俗せん。
すでに出家して占いに来たる者は、子孫を用神と為す。自占は世爻を用と為し、代占は応爻を用と為す。用爻が旺相安静にして、青龍・喜神・徳神・六合を帯ぶる者は、吉。内外・世応が旺相にして相生じ合い比和し、刑害克破を受けざる者は、吉。用神が財星・子孫の福禄に逢い生旺する者は、富。用神が官貴の長生に逢う者は、僧道の官(僧官・道録司など)と為すを主る。用神が官貴・禄馬・徳合に逢いて空亡に値する者は、道門に在りては則ち法師と為り、仏門に在りては則ち掌教の人と為る。
また卦が六合に逢う者、六爻安静なる者、世旺にして身空なる者、身空動かずして元神旺・忌神衰なる者、皆安享清福・寿命綿長を主る。世応ともに空なる者は、教心の寧からざる・身心の定まらざるを主る。二爻の父母が身を克する者は、俗家の牽累を主る。二爻の官鬼が身を克する者は、災病の身に缠わるを主る。世が兄弟を持して動く者は、財を貪り色を好むを主る。勾陳が身を持して動く者は、郷家を念うに繋がるを主る。白虎が身を加えて動く者は、官訟の身に累するを主る。朱雀が世を加えて動く者は、多く口舌を招くを主る。螣蛇が身を加えて動く者は、忽然たる虚驚を主る。玄武が身を加えて動く者は、賊の冤に牽累せらるるを主る。青龍が身を加えて動く者は、貴客の相扶ありを主る。
あるいは伝えにいう:子孫空亡は、僧道これを看れば、名づけて「身落空亡」と曰い、大難に当たるべし。日辰動爻の相冲を得れば、あるいは死を免るる可し。
管公口訣にいう:金が木に遇い官に逢わば、必ず当朝の寵命を得ん(還俗して官を得る)。金が木に遇い福(子孫)に逢わば、定めて常住の高僧と為らん。金が木に遇い兄弟に逢わば、兄弟の来て缠扰するを主る。金が木に遇い財に逢わば、財を得れば則ち還俗せん。火が火を見て子を得れば、一定して帰るべきなり(還俗)。
また梵宮(仏寺)・道院を建造する有り。木が木を見れば、寺観重重なるを主る。金が金を見れば、楼台畳畳たるを主る。水が水を見れば、仏殿の修すべきを主る。土が土を見れば、僧房の整うべきを主る。火が火を見れば、必ず火災に遇う。父が父を見れば、当に皇帝の敕賜(御賜の額)を蒙るべし。父母旺相にして世を生ずれば、殿宇巍峨。父母が動いて父母に化し、父母の衰えて旺に化する者は、必ず廟宇を重建す。父母が乾に入れば、通都大郡に建つのに宜し。坤に入れば、田野村郊に建つのに宜し。震離に入れば、鬧市に建つのに宜し。艮巽に入れば、山林に建つのに宜し。坎兑に入れば、江河の浜・泉澗の旁に建つのに宜し。
また官鬼が動いて世を生じ合すれば、貴人に拝見するに宜し。財星旺にして世を生じ合すれば、外出して化縁するに宜し。財鬼が空絶し、あるいは卦中に財鬼なければ、斎粮に欠く。応爻が空絶すれば、施主なし。世財が空絶すれば、産業を置き買うに宜しからず。
また貴人が父母に臨めば、本師の道を得。父母が身を克すれば、師の接引を蒙る。世絶にして生に逢う者は、人の点化を得。世墓にして冲に逢う者は、人の開豁(人に茅塞を開かる)を得。兄弟旺にして兄弟に化する者は、徒弟雲の如し。太歳が火父に臨み、世を持し・世を生じ合すれば、皇恩の忽然として頒赐あり。
またもし徒弟を招收するには、子孫を用神と為す。子孫旺にして世に合し生ずる者は、徒弟力あり。子孫が死墓絶胎に臨み、而して世爻を刑冲克害する者は、徒弟愚痴にして且つ背逆。子孫が空破に臨む者は、徒弟に災あり。子孫が鬼に伏し・鬼に化する者は、徒弟持病を帯ぶ。卦が游魂・帰魂・六冲に値すれば、徒弟久しからずして去らん。
また雲游して道を訪う者有り。ただ日辰の青龍と月建の白虎が、動いて身世命爻に臨むを得、あるいは日辰の白虎と月建の青龍が、動いて身世命爻に臨む者は、名づけて「龍虎交驰」と曰い、外出訪道に宜し。游魂卦にして世が劫煞・羊刃を帯ぶる者、あるいは世が五爻に在りて亡神・劫煞を帯ぶる者は、途路の中に災厄あるを主る。世応の相随する者は、郷家に返らざるを主る。身世命が青龍・駅馬に値する者は、江湖にて志を得るを主る。福に値し鬼に合する者は、四海に名を馳すを主る。兄に値し勾陳に合する者は、身は溝壑に填まる(客死他郷)。玄武に値し財に臨む者は、命は波涛に喪う。鬼に値し虎に合する者は、途上に強人に遇う。父に値し虎に合する者は、栄えて故郷に帰る。
また隠密の処に在りて修証する者有り。ただ世が福徳を持し生旺にして、既済・未済の卦に在る者。あるいは世が壬午・癸巳・丙子・丁亥の四爻に在る者(この四爻は坎離の相交の処なり)。あるいは世が火の子孫を持し、水に伏して水に化する者。あるいは世が水の子孫を持し、火に伏して火に化する者——いずれも「坎離既済」と為し、参禅・坐関・打坐・運気に宜し。子孫旺動して、身世命に生じ合し臨持する者は、修行円満を主る。身世命爻が空死墓絶胎に値し、および四値と動爻に刑害克破せらるる者は、戒行を守り難し。身が世を冲し動き、六爻の乱動する者は、心志の動揺を主る。兄弟が動いて克する者は、誹謗の興るを主る。官鬼が動いて克する者は、災禍訴訟の発生を主る。卦中の六爻(天と為す)と父母爻が動いて身世命を生じ合すれば、必ず天の庇佑・人の護持を得。
また修真煉性する者有り。僧人は金を主と為し、世身命が乾兑に居り申酉に値すれば、吉。道士は木を主と為し、世身命が震巽に居り寅卯に値すれば、吉。世身命爻の安旺する者は吉。卦に身爻なければ、正果を成し難し。世空破なれば、道岸に登り得ず。鬼が子孫に化する者は、先難后易。子孫が鬼に化する者は、始ありて終わりなし。日龙と月虎が、あるいは月龙と日虎が、同じく身世命爻に臨む者は、名づけて「降龙伏虎」と曰い、必ず煉丹して道を得べし。卦が内水外火(未済)、あるいは内火外水(既済)に値するは、名づけて「火降水升」と曰う、必ず面壁して功を成すべし。
世が升爻に値すれば、上界に登るを主る(成仙)。身が降象に居すれば、阿鼻に堕つを主る(地獄)。世が水福を持ち火に伏して火に化し、あるいは火福を持ち水に伏して水に化する者は、必ず飛昇すべし。世が水鬼を持ち火に伏して火に化し、あるいは火鬼を持ち水に伏して水に化する者は、必ず坐化す。世が水福を持ち、青龍を加えて動く者は、羽化して登仙す。世が火福を持ち、白虎を加えて合する者は、遺蜕して壊れず(肉身腐らず)。管公がいう:身空にして火に遇わば、火を得て身を燃やす(火化)。
また僧道の還俗する者有り。子孫・財星の両動する者は、還俗すべし。游魂が帰魂に化する者は、還俗すべし。財星・子孫の生旺にして世を持し・身を生じ・命に合する者は、還俗すべし。官鬼が動いて世身命を克する者は、還俗後多く災訟あり。兄弟が動いて世身命を克する者は、用度の耗失を主る。身世命が空死墓絶胎に臨み、かつ刑害克破せらるる者は、還俗開斎の後、災病相継いで至り、寿命損坏。官に随いて墓に入る者は、もし禍あれば遁れ難し。鬼を助けて身を傷る者は、貪淫の累を受く。
『易隠』巻二の核心は、六爻納甲を道具として、貧富貴賤から寿夭禍福、内在の性情から外形の容貌に至るまでの全方位的人生予測システムを構築することにある。その根本的論理は:
1. 「用神」を核心とする吉凶判断 すべての占断は「用神」を中心に展開される。貧富の判断は財爻を用神とし、寿命の判断は父母爻を用神とし、僧道の判断は子孫を用神とする。用神が旺相で生合を得れば吉、衰死絶空で刑克を受けらるれば凶。これが伝統的な六爻の根基である。
2. 「限運」体系 人生を九十年に分け、正卦・変卦・互卦が各三十年を管し、每爻五年を一限とする。大限は天干の数をもって起運年齢を定め、小限は一年一宮とする。この「三限」体系は、卦象を用いて人生を段階的に分割し、逐段に吉凶を判断しようとする試みである。
3. 「六神」と「六親」の多次元的重ね合わせ 六神(青龍・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武)は事象に性質を与える——喜悦・口舌・是非・驚異・凶横・陰私。六親(父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼)は事象に人間関係を与える。この二者の交差組合せにより、豊かな判断の次元が生まれる。例えば「兄加虎動」は凶横の事で財を破る、「兄加雀動」は賭博・是非で財を破る、といった具合である。
4. 「太歳触発」理論 卦中の吉凶は潜蔵的・静態的なものであり、流年太歳の「触発」を待って初めて実際の禍福が顕現する。この理念は、時間的動態と空間的静態構造の相互作用を強調し、「命が大運流年に逢いて応ずる」という八字の論理と高い一致を示す。
5. 「数」の推算 家資の多少に対する推算には、納甲配数体系(甲己子午九、乙庚丑未八等)が導入され、卦爻符号を具体的な数に変換する。この体系は、古人が占断を「精確化」しようとした努力を示すが、その中の機械性と歴史的限界を認識すべきである。
社会構造の変化から見る 原文の大量の断語は農業社会の経済形態を基礎とする:田産の購入、家畜の販売、金貸し、化縁、職人芸……これらのシーンは現代社会では大きく変化した。しかしその背後にある分類思考はなお参考にできる:財源を「本業」「他郷」「技芸」「祖業」「内親」「外親」「仕宦」「凶険の財」等に分けるのは、今日の収入構造分析に相当する。財源の多元化・単一化、能動的・受動的、正当性・リスクの高さなどは、「財星が臨む位置と加わる神煞」を用いた理解と対応させられる。
心理学から見た「性情」部分 『易隠』の性情弁別の部分はことさら精彩を放つ。五行・六神・六親で人の性格を総合的に論じるのは、本質的には古代の一種の人格類型学である。「子水は清高正直を主る」「巳火は華美修飾を好む」「青龍は慈和」「白虎は性急」などは、現代の人格心理学における「開放性」「誠実性」「協調性」などの次元と相互参照できる。これらの判断は神秘的な力が性格を決定するという理解ではなく、性格と気質の関連について古人が経験的にまとめたものと見なすべきである。
健康管理から見た「持病の判断」部分 卦宮・五行・鬼爻の位置で疾病を推断するのは、古人が身体の各部位と卦象の間に一連の対応システムを構築したものである。乾は頭、坎は耳腎、離は目心など。この体系は今日の医学的診断価値を持たないが、歴史文化的現象としては、古人の心身統一性への関心を反映している。現代の解釈では、こうした方法は伝統的術数の「象数思惟」に属し、現代医学的検査を代替できるものではなく、その「五脏—五行—卦象」のマッピングは興味深いが実証的根拠を持たないことを指摘すべきである。
寿命の断例に関する理性的評価 巻中の四つの寿命断例はすべて「予測の的中」を具体的に述べている:空亡・天克地冲・会局克世・五行の病死墓絶など。現代の視点から評価すれば、こうした断例は事後帰納に属する:人の死亡日という現実の結果があり、占者は卦象と干支の組合せの中に「説明」を求める。この過程には膨大な選択可能な指標(空亡・刑冲・会局・病地など)が関与し、事後にはほぼ常に「符合する」条件の組合せが見つかる。つまり、こうした記録は生存者バイアスと事後帰因の影響を排除することが難しい。
1. 意思決定思考モデルの変換 「限が凶ならば德合による救いを見るべき、限が吉ならば刑害の相残を悪む」——これは現代の意思決定におけるリスク評価とヘッジ思考に変換できる:情勢が良いときにも、潜在的な破壊要因(刑冲)に警戒すべきであり、危機の中で有利な援引勢力(德合・貴人)を探すべきである。「仮説—行動—振り返り」の方法で示せば:
2. 時間段階の管理 三限体系の区分思想は、ライフサイクルプランニングへ抽象化できる:30年の長期趨勢、5年の中間段階、1年の短期重点。卦爻で人生を機械的に分割することはできないが、「人生の異なる段階の重心を定期的に見直す」という方法は有効である。現代人はこの枠組みを用いて、キャリアプランニング、財務計画、健康管理の周期的見直しができる。
3. 人間関係の分析 十二宮断法は父母・兄弟・夫妻・子息・官禄・財帛・奴僕・遷移などの各方面をカバーする。これらの範疇は現代人の核心的社会関係ネットワークに相当する。そのうち「兄弟宮は旺強を喜ぶ」「夫妻宮は旺生を喜ぶ」などの判断は、現代語に変換すれば、良好な人事支援システム(兄弟・友人)と安定した親密関係(夫妻)が人生の発展に極めて重要である、ということになる。神煞で吉凶を判定する必要はないが、その「各人生領域を体系的に点検する方法」は参考にできる。
4. 性情認識と自己調整 「冲に逢う者は伶俐、墓に入る者は呆痴」「刑多きは訟を好む」などの性情判断は、行動パターンの観察と見なせる。現代人はこれを用いて自己反省できる:自分は特定の状況で焦りやすくないか(火旺)、保守的に後退しがちではないか(艮宮凶)、疑い深く定まらないところはないか(螣蛇)。これらの傾向を認識すれば、意識的な調整が可能になる。これは「運命決定論」ではなく、認知ツールである。
1. 「伏して触れざれば発せず」——潜蔵と顕現の弁証法 『易隠』三限論は「福は吉爻の中に伏し、禍は凶爻の中に伏す、伏する者は触れざれば発せず」という。この思想は、事物の発展が内在的潜質と外的時機の共同的結果であると考える。これは単純な宿命論を避け、事物の内的傾向性を完全に否定する極端も避ける。これは西洋哲学における「可能性と現実性」(アリストテレス)の概念と妙通じるものがある。現代の文脈では、人の先天的禀賦・性格傾向・環境資源は「伏」であり、特定の時点と外部事件は「触」であり、両者の相遇があって初めて現実的な「発」が生じる、と理解できる。
2. 「吉凶互化」の転化観 「あるいは限爻がもと貴馬德合を有す……ちょうどその爻が動きて、死墓絶胎に変ず……則ち吉は凶に化す」;逆に「刑冲克害……貴馬德合を化出せば……救い有りと為す」。この観念は吉凶の絶対性と静止性を否定し、万物が不断の転化の中にあることを強調する。この「転化」の視点は、単純な善悪二分よりも実際の人生に近い:順境に危機が潜み、逆境に転機が孕育される。これも『易経』の「否極泰来」思想の具体的運用である。
3. 「象数」思惟の限界と生命力 巻二の家資数目推算法や寿命断例などは、「象数」思惟の極致を示す:すべての現象——財富の数・寿命の終点——を卦爻干支の数のシステムに組み込む。現代科学的観点から見れば、この方法論には根本的問題がある:その「検証」は反証可能性のある設計を欠き、どの結果も解釈経路の調整によって「適合」させることができる。他方で、「象数」思惟には素朴なシステム論的直観——宇宙万物の間に何らかの構造的連関が存在する——が含まれている。この観念は直接実証することはできないが、人間が世界を理解する知的歴史において不滅の価値を持つ。
4. 個体生命の時間的次元 『易隠』が正卦・変卦・互卦で各三十年を管する九十年の人生枠組みを構築すること自体が、生命の時間性についての哲学的表現である:人生は異なる段階に分かれ、各段階には異なるテーマと挑戦がある。卦象で区分する必要があるかどうかを問わず、この生命の段階性への自覚自体が深い哲学である。古人が「大限」「小限」「流年」で構成する多層的時間観は、現代の発達心理学における「発達段階理論」(児童期・成年早期・中年期危機・老年期など)と、異なる話語体系の中で同じ現象を思考したものと言える。
| 概念 | 意味 | 本巻での働き |
|---|---|---|
| 六神 | 青龍・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武 | 事象の性質特徴(喜・口舌・是非・驚異・凶横・陰私)を付与する |
| 六親 | 父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼 | 人事関係(年長者・同輩・年少者・女性/財物・官府/災禍)を示す |
| 世応 | 世爻は占者自身を表し、応爻は相手または事物を表す | 吉凶が自身の利益に適うかどうかの判断中核となる参照点 |
| 正変互三卦 | 本卦・変卦・互卦 | 事物の本体・発展傾向・中間過程をそれぞれ代表する。三限の各三十年の管理にも用いる |
| 長生十二宮 | 長生・沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養 | 爻気の旺衰を与えるライフサイクル状態を測る |
| 旬空 | 甲子旬中は戌亥空など | 爻気が「落空」するかどうかを定め、吉凶応験に影響する |
| 貴人・駅馬・徳神・禄神 | 四大吉神 | 福を助け凶を解く鍵となる要素 |
『易隠』巻二は、六爻納甲断法の中で体系が最も庞大・内容が最も雑多な古典の一つである。貧富・禍福・貴賤・寿夭・性情・形貌・僧道など、ほとんど全ての人生の諸相を卦爻分析の枠組みに組み込んでいる。そこには価値ある古代の経験的総括と、現代の理性で弁別されるべき大量の機械的断語が混在する。この巻を学ぶ上で最も重要なのは、その「用神—旺衰—生克—時間触発」を核心とする操作論理を把握することで、表面的な規範に固執して刻舟求剣することではない。