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全 14 章中 3 章
公笃相法
人の相貌は前世の因縁によってあらかじめ定められており、世の人は予め知ることができない。もし奇異な秘伝の術によらなければ、凡人が推測だけで解釈できるものではない。
相貌には前世の定め、すなわち前因今果があり、天から受けた気によって成る形質を定論とすべきである。ここで言うのは福沢であって才知ではない。ゆえに気が清ければ形も清く、気が濁れば形も濁る。未来を予知する方法があるが、ただ相術のみである。決して空想だけでその精妙を尽くせるものではない。
舜帝は眼に二重の瞳を持ち、ついに尭の禅譲を受けて帝位に登った。重耳(晋文公)は肋骨が一つに繋がっており、果たして晋国の覇業の基礎を築いた。
常人と異なる者は必ず尊くなる。奇異な格を持つ者こそ、奇異な事業を成し得る。この言葉は誠に虚仮ではない。これは千古の奇異の引用である。
石室丹書、我が道の伝承を忘れることなかれ。神仙の秘訣は、陳摶(希夷)に伝えられた。骨格は一世の栄枯を決め、気色は行年の吉凶休咎を司る。
相法は道の一部であり、骨格と気色を併せ論じて初めて正統となる。骨格は持続的であり、気色は一時的である。形質は後天によるものであり、気色は先天に通じる。この二者を併用することこそ、相法の要であり、人の吉凶禍福を断ずるものである。
三停が平等ならば、一生衣食に困ることがない。五岳が朝帰すれば、今生の財力は必ず旺盛になる。頦は地閣であり、晚年の規模成就を司る。鼻は土星であり、中年の造化を主る。額が方正で広ければ、富貴の基盤であり、薄く削げて窪んでいれば、貧窮の残り滓である。
これは大まかな論法である。さらに各部を細かに調べ、その形質を区別すべきであり、些細な部分にこだわって一括りに定論してはならない。内もあり外もあり、真もあり偽もある。ゆえに人を考査するには細やかに微に入り、それから法に照らして合格か否かを判断する。
目が清く眉が秀でているのは、必ず聡明で俊秀な子と定まる。神が濁り気が短いのは、これ貧しく夭折する者である。
清くとも呆けて滞る者はまた愚かであり、秀でていても短く急な者はまた夭折する。その真偽をよく斟酌しなければならない。濁りは賤しさを主るが、土形の人は濁りを忌まず、かえって富裕となる。気が短い者は夭折を主るが、亀息深く蔵する者はかえって長寿を主る。また体格が合致しているかを論ずべきであり、これが正論である。
天庭が高く聳える者は、少年期の富貴が期待できる。地閣が方円ならば、晚年の栄華は定めて取れる。視瞻が平正ならば、人は剛介で心が平らかである。冷笑して情がない者は、機深く内に重きをなす。
また各部の骨肉が均整しているかを調べるべきである。地閣が厚くとも孤苦であれば、口角の反紋が乱れる。目は肝の絡であり、肝は剛臓であって神経に関係する。ゆえにその人の善悪の志向と、剛柔忠奸の行為を察することができる。
准頭(鼻頭)が豊かで大きい者は、心が平和的で毒がない。面肉が横に生えている者は、性質が剛直で凶暴である。
この二者は見て取りやすいものであり、世間を渡る者は皆注意すべきである。鼻が大きい者は人に対して誠実で篤い。肉が横に張る者は剛で燥、度量が狭く人を容れない。
智慧は皮毛に生じ、苦楽は手足に関わる。
この二者は共に定法とすべきではなく、的中しないことが多い。今この言葉を残し、智者に証させる。これは天道の変を待つものであり、五代の時代のことを指すのだ。
生え際が低く皮膚が粗い者は、ついに愚頑を見る。指の節が細く足の甲が肥えている者は、必ず雅俊である。
生え際が低いのは父母を刑することを験し、皮が粗いのは労碌を験す。ここで愚頑と言うのは、何の意か知らない。指が細いのは聰明を主り、足が肥えているのは禄を得るが夭折を主る。ここで雅俊と言うのも、また何の意か知らない。あるいは当時の天道がこのように応じたのか?あるいは地形がこのように応じたのか?
富者は自然と体が厚いが、肉が流れることを防がねばならない。貴者は定めて奇特であるが、内の濁りを検査すべきである。
後の八字は余が増補したものである。流れる者は厚いに似て、濁る者は奇に似る。必ず真偽を詳らかに検証し、単に外見だけに拠って富貴寿夭を断じてはならない。
南方の貴顕は清高で、多くは天庭が豊かで突き出す。北方の公侯で大貴の者は、皆地閣が朝拱することによる。
相法には地形によって取るものがある。その地形に順う者は貴く、その地形に反する者は特貴である。すなわち稀少の意味である。
駝背にして面田なる者は、南方の人で富み且つ足る。金声にして形小なる者は、西方の人で貴く且つ長寿である。
駝背は火に属し、面田は金に属す。火が金を煉りて器を成し、金多く火少なきゆえに吉である。もし金火が半々で相争えば、吉ならず。西方は本来就いて金に属し、その堅実を取るゆえに、形が小さくとも忌まない。これは余の経験による増補である。
河目海口は、千鍾の食禄を享受する。鉄面剣眉は、万里の威権を持つ。
これは皆、男格の奇特なものである。河目はその長さを言う。司馬仲達は自分で自分の耳を見ることができ、ついに晋の事業を創始した。海口はその広さを言う。郭子儀の口は拳を容れることができ、唐室を復興した。鉄面はその堅さを言い、そのような人は多才であり、故に包拯は政治の良吏となった。剣眉は長くして上に聳えることを言い、そのような人は勇猛であり、故に岳飛は南宋の名将となった。この四者はすべて文武兼備の権限を持ち、功業を立てた。
竜頭鳳頚なる女人は、必ず君王に嫁ぐ。虎額燕頷なる男子は、必ず将相に封ぜられる。
竜頭とは骨が聳えることであり、鳳頚とは項が長いことである。女人がこの相を持つ者は、美艶ではなくとも、才徳と福は必ず厚い。虎額とは伏犀骨の円く突き出たものであり、燕頷とは両頬が方廓で、額と三つの隅角の勢いを成すことである。班超がこの格であり、大貴を成して盛名を残した。
相中の秘訣は、寿夭が最も難しい。人のみに限らず、ただ神をもって定める。
相法は富貴貧賤については、すべて専らの法がある。ただ寿夭だけは定法がない。ゆえに形質、精神、気音のすべてが関係する。ここで言うのは神気が大多数を占めるということである。ゆえに形質だけで定論してはならない。
目が長く光彩を含む者は、天の府(朝廷)に登る人である。神が浮き、光がない者は、早く幽冥の客となる者である。
古来、仙仏聖賢は、すべて真の光を含んでいる。「寒く灼けて威あり、これが彩である」と言い、「瑩として光り皎として耀く、これが彩である」とも言う。ゆえに神が浮いて根がなく、光が淡く模糊としている者は、皆夭亡の格である。十六歳の後、三十六歳の前にあるべきである。細則は後に詳述する。
面皮が虚ろに緊く張る者は、三十歳で寿命を問われるのは実に難しい。肉色が軽く浮く者は、四十九歳をどうして越えられようか。
虚ろに緊いのは確かに長寿ではない。本来なら三十歳を満つるのは難しい。しかし孤苦寒賤の人で、三十歳を超える者もいる。軽く浮くのは確かに長寿ではないが、やはり子女のない者で、三十六歳を超える者もいる。ゆえに他の部位を参考にすべきである。ある部位が弱ければ他が補うからである。
項の上に三筋ある者は、休囚に遇ってもますます康強を見せる。
これは寿徴の一つである。しかし凶神凶気凶紋があるかを考察しなければならない。たとえ元気が厚くても、中年に凶死することがあり、寿命を全うできない。
項の中央に一骨ある者は、疾厄があってもついに危険がない。
これは百会骨であり、貴く且つ寿命の根があることを主る。疾厄があっても夭折には至らない。
形容が忽ち変わる者は、吉に遇えども凶があると推す。気色が転じて潤う者は、窮地に処しても必ず発展すると断ずる。
凡そ神が乱れ形が変じ、しかも佳境にある者は、皆禍いを受ける引き金である。発達が大きければ大きいほど、損失は危険である。ゆえに尊を辞し卑に居ってこれを避けるべきである。潤いの中に聚めることができれば、黄紫の色が透けて出る。ゆえに機縁がそれに随う。この二者は相反して相応ずる。
常に疾厄に遭う者は、ただ命宮が昏沈しているがゆえである。頻繁に吉祥に遇う者は、福堂が潤沢であるがゆえである。
疾厄は後に専図で詳論する。命宮すなわち山根であり、これは疾厄の一部である。ただし督脈の気質、胆汁の消化も含まれる。ゆえに常に病む人は、ここに青黒の色が先に見えることが多い。福堂とは交際の関節であり、是非の場所であって、吉祥の称ではない。福堂はあるいは印堂の誤りか。
涙堂が深く窪み、蠹肉が横に生える者は、多くの子孫を克す。
一つは湿疾を示し、水気の上泛を来す。一つは陰を傷り、失・不眠の鬱結を来す。また子女が独立して成立する者もいる。
鼻准が尖り垂れ、人中が平らで満ちている者は、嗣績への刑罰を逃れ難い。
一つは女を旺んにし子を刑すことを主る。一つは晚年に制を受け敗北し、輔助の力を失い多く冷退することを主る。
眼が泣いていないのに涙がたまっている者は、子があれば必ず刑す。心に憂いがないのに眉を縮める者は、老いて孤独となる。
涙なのに涙のようである者は、確かに子女を刑す。しかし冷退して家を敗る者もいる。憂いがないのに憂えるような者は、多くは労碌で長寿の格である。もし孤独の格ならば、なお他の部位の刑傷があって初めて応じる。
面が橘皮のようである者は、早い時期の子は立ち難い。神が桃花のようである者は、嗣び遅く成り晚く成る。
橘皮とは、毛穴の痕が深く映えていることを言い、三十歳以後の子は初めて成る。また妾腹の子女もある。凡そ桃花の如き嫩艶浮光は、男女とも淫蕩で長寿でない。どうして遅く子を得て晚く成るという説があろうか。あるいは宋初の時代は今の時代と異なり、かえって反対であったのだろうか。
富貴でありながら平生労碌する者は、ただ下停が長すぎるがゆえである。貧窮でありながら老いても暇がない者は、その筋骨が粗いがゆえである。
下停の長い者は、その人は多く謹慎であり、小さなことにこだわり物事に通じず、心を労するのは当然である。筋骨が粗い者は、力が強く勇猛であり、多く労碌すべきである。また中貴および創業の流れもある。ここに貧窮という二字は的確ではない。
星辰が陷って失われる者は、一夜の蓄えの糧もない。部位が虧損する者は、終身の苦しみがある。
失陷とは、皆低く弱く不足していることを言う。虧損とは、克を受け合わないことを言う。相生じれば自ずから衣禄が多く、相合すれば自ずから機縁に出会うことが多い。克を受ければ冷退の失敗があり、合わなければ外憂と内患がある。
三光が明るくすれば、財が天から来る。六府が高く強い者は、一生富んでいる。
三停(三光)が光明であれば、官禄ともに旺んである。余は明るく沈静として光る者は、人も財も順調であるのを毎回見る。明るく浮いて脂っぽい光は、かえって雑驳消耗を見る。これは原文の末及である。また六府が高く強い者は、初運中運晚運ともに補佐がある。按ずるに天府は天倉の地であり、先人の業績が基礎となり、父輩が大いに奮い立つ。中府は国印の地であり、親戚友人に助けられ権を有し、自身の事業を発展させることができる。下府は腮頤の地であり、下僕は忠誠を尽くし、内外に輔佐があり、子女が家業を継承できる。これは傍部輔佐が有益であり、「富足」の二字は安定しない。
紅黄が満面に現れる者は、名利ともに遂げる。豚脂のように脂が塗られる者は、子孫を必ず刑す。
黄は吉祥の色であり、紅は禍患の色であり、併せ論ずることはできない。脂色は浮いている光であり、膏色は惨んで滞る色である。一つは人を損ない財を破ることであり、一つは官非と牢獄である。単に子孫を刑する一事だけではない。今日では身を亡ぼす凶危を主る者もいる。
面皮が甚だ急く張る者は、たとえ溝洫(人中)が長くても寿も欠ける。眼神に光がない者は、たとえ鼻梁が高くとも寿も促い。
つまり皮が鼓のように張ることを言い、神が浮いて根がないことを言う。ゆえに人中が長くとも、鼻梁が高くとも、その寿命を延ばすことはできない。凡そ寿命は各部を参考して定めるものであり、単独の一部だけで定めることはできない。故に後の篇に専条の詳論がある。
眼光が水のようである者は、男女ともに多いに淫する。眉が草のようで刀である者は、陣亡して兵死する。
水のようとは、清麗で瑩あり輝いていること、すなわち秋の水が満ち満ちたるようである。相法で清に過ぎる者は、受ける気が薄く、情欲が動きやすい、ゆえに多く淫する。眉が草のようで刀である者は、多く六親の累があり、憂愁となる。兵死するというのは験がない。
眉に稜角が生じる者は、一生の楽しみ限りがない。目が秀で冠のようである者は、中年に発達し貴人に遇う。
稜角は外庫であり、外での事業を立て、心を労すべきである。どうして楽しみと言えようか。冠のようとは、両角が上に仰ぐことである。漢の陳平がこれを持ち、位は人臣の極に達した。なんと「貴人に遇う」のみであるか。
黄気が高広から発する者は、数旬のうちに必ず官職を遷る。黒色が三陽から横に差す者は、半年内に寿命を損なうことを防がねばならない。
三陽は肝肺の連なる地である。黒色は水に属し、その水木相生、金水相合であり、当に死に至ることはない。もし三陽の黒色ならば、子を刑すことと、驚悸の病災である。あるいは夏の火令に発すれば、初めて死災である。他の時令であれば、まだ死災ではない。
奸門が青く惨む者は、必ず妻に災いを主る。年寿に赤い光がある者は、多く痔漏を生ずる。
この二者は余がすでに更正し、頗る験がある。
白気が額に横たわる者は、父母に刑傷がある。青気が顴に侵す者は、兄弟が唇を呑む。
白気は憂思であり、父母の災疾に応じ、牽制の累がある。孝服については、黒赤色が多くを占め、青惨気は少ない。両顴の青気は、妻妾の争端、伯叔の詞訟を主る。ただ口呑のみならず、詐欺掠奪の行為の類がある。
山根が青黒い者は、四十九歳前後に必ず多くの災いがある。法令がもつれ絡む者は、七七の数(四十九歳)をどうして越えられようか。
ただ今は前九年に応ずるべきである。しかし山根は人の禀受の気質である。小児の青黒は、多く遺尿および蛔虫気を主る。大人の青黒は、多く陰傷・失眠および腎気の病を主る。もし法令に紋がなければ、三十歳に満たずして死ぬ。
女人の眼が悪い者は、嫁ぐとすぐに夫を刑す。声が燥(かわ)き面が横い者は、閨房に独りで住む。
衰世の局面では、露らぬ者は多いに貴い。ただ結果は良くないか、あるいは悪疾を主るか、あるいは産厄を主るかで、これは不寿の格である。夫を刑する者は極めて少ない。その声が燥く者は多く度量が狭く性質が剛く、面が横い者は多く驕慢で悍ましく妬み深い。これは生離と再嫁を主る。
額が尖り耳が反る者は、三度嫁しても休まない。顴が露らで声が雄々しい者は、七度失っても終わらない。
額が尖る者は早婚を宜しくしない。十九歳を過ぎてより初めて吉である。耳が尖る者は多く父母に頼り所がなく、ゆえに小嫁・再嫁の説がある。顴が露れる者は多く夫の権を代行して労を取り、夫星は弱くして用がない。声が雄々しい者は多く夫を刑す。
額が偏りている正でない者は、内は淫にして外は何もないようである。歩き方が平らでない者は、外は良くて心はまだ毒である。
正でない者は父母を刑す。「淫」の字は安定しない。「神が麗しく、陰陽が青黒い」者ならば、はじめて淫乱である。平らでないとは雀跳(雀のように跳ねる)ことであり、些細なことに敏く、倫理に背き、利に惑わされる、それで宜しい。
腮が耳の後ろに突出する者は、心の内は狡賢く貪欲である。眼が悪く鼻が鉤形なる者は、性質は実に険悪である。
腮突出は盛世には少なく衰世に多い。その形は鷹腮の類であり、奇巧の特殊な智慧を主り、また大貴を主る。眼が悪いのは刑克と凶を主る。鼻が鉤形なのは心貪にて私に徇うことを主る。ただ多く成り多く敗れ、ついに終わりの期がない。
踵が地に覆わない者は、田園を売り尽くして他郷へ走る。
木形は多く飄揺し、忌まない。金水土ならばこれを忌む。また富貴の家に生まれれば、夭寿および凶死を主る。貧窮の人に生まれれば、また妨げはない。ここで言う「先富後貧」というのも、半分だけ応ずる。
鼻の穴が露れて仰ぐ者は、ついに外の災いにあい旅舎に終わる。
獅形火形は、仰露を忌まず、その形に合うからである。この二形でなければ、外患と内憂に累えられる。なので財は庫に入らざるを言い、身を立てられないのである。
唇が歯を覆わない者は、無故に非を招く。溝洫(人中)の髭が露ら見える者は、人に力を尽すが少ない。
この二者は共に験がある。一つは驕り恃んで自負することが非を招くこと。一つは利害を明白にして揺らぐこと。
印堂が極端に狭い者は、子遅く妻遅い。懸璧が昏暗である者は、人が亡び家が破れる。
印堂に紋が衝けば、妻を剋し娘を剋 して成り遅い。狭いだけならば、ただ志が小さく量が狭く、気が乾燥するのみである。懸璧は両腮頤(の間)であり、奴僕宮に居る。これを用いる力が無きこと、および盗詐行為の奴僕を言う。人が亡び家が破れるのことでは、別に部位の良くないものがあるべきである。
喉結喉節が露れ出て歯が露れる者は、骨肉が離れる。骨粗く皮急く者は、寿命が短い。
結喉は多く労碌で、兄弟を刑っぷ事が多い。露齒は多く争訟で、 乖戾多い。その離れの説は破め ことである。く骨く熱く争論 露歯 (で歯が露れる)であるので、親類食い
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話
い態死体んきがをとことた法在/の差は無型/。 方
昔人はこの説を多く唱え、事実において疾病・厄難・刑克に多く応騒する。今の世の口反(口が反り返ること)は、凶死の相であり、その効果は法令紋が口に入る相の倍である。ここに併せて附記し、後世の賢者が実証されるのを待つ。
虎頭燕頷、班超は万里の侯に封ぜられた。龍行虎歩、劉裕は九重の帝に至った。
虎頭は、伏犀骨が円く突出していることである。燕頷は、頬骨が隅角のごとく張り出し、凸形をなすことである。龍行虎歩は、身体が稳重で足が見えず、歩幅が広くして威厳があることである。これらはすべて奇異な特長であり、故に奇特な事業を成し遂げるのである。
山林骨起、終に神仙となる。印堂骨方、必ず将相に登る。
山林骨は下は福堂から起こり、斜めに上がって百会に至るまでをいい、これを仙骨と為し、仙品を成す。印堂の横骨は、金城骨という。もし平らに眉尾にまで達すれば、これは非常の貴相である。芳を百世に流さざれば、則ち臭を万年に遺す。
形如土偶、夭命は遁れ難し。天柱傾欹、幻躯は去らんとす。
土偶とは、神情が愚鈍で体が滞り、気色が塵埃のごとく濁っているさまを形容する。これは神が宅を守らず、気が通ぜず、血が絡脈を貫かないので、當然長命ではない。天柱とは、医家の大椎穴をいい、後頸部にある。故に病人が頭を垂れ、或いは常に傾くのは、天柱の折けたる相で、必ず死ぬ。
貌如鎪鉄、運気は邅屯す。色若祥雲、前程は亨泰なり。
鎪鉄とは、錆びた鉄の形容で、生き生きとした気がないことをいう。ただし純水のごときは忌むに足らない。祥雲とは、紫霞の形容で、喜色があることをいう。
名成り利就く、三台宮に倶に黄光あり。文滞り書難し、両眉頭に各おの青気を生ず。
三台は司空から印堂に至り、及び両福堂骨をいう。司空・印堂は官星であり、福堂は外庫である。故に「名成り利就く」の説がある。両眉頭は上の勾陳であり、その上は奏書で、文章・書信・謀略・思慮を主る。故に停滞の説がある。
滞中に明あり、憂いて而して復た喜ぶ。明中に滞あり、吉にして而して反って凶なり。
これは気色の一事を言う。ただし部位の軽重、気色の深浅大小を分かって、初めてその吉凶遠近を定め得る。滞中に明あれば、則ち気色は開けんとしており、悪劣な環境に在りながら、喜信が將に來たらんとし、謀事は意のごとく進展する。これは雲を撥ねて日の見えんとする初めであり、故に「憂中有喜」の説がある。明中に滞あれば、則ち気色は晦暗に転じ、佳境に在りながら、飛来する災い・奇禍が伏在する。もし別に遇合あれば、これは其の貪念を動かすよう誘引し、而して実禍を受ける。これは膏(灯油)の將に尽きんとして其の焔を揚ぐるがごときである。
正面に黄光あり、意の遂げざるはなし。須く根無くして浮膩なるの光を妨るべし。
凡そ気色を見るには、均しく其の真偽を重視し、其の軽重を参差すべきである。故に黄色は吉と雖も、もし根無くして浮かべば、則ち虚花にして実ならず、転瞬の間に皆空しくなる。其の久しからざることは明らかである。
印堂に紫気多し、謀の成らざるはなし。但だ内応を求めて一体に貫徹す。
気は雲の如く、色は霜の如しと按ず。外ありて内なければ、名は雖も其れ有れど、権は其れ無し。内ありて外なければ、力は雖も其れ有れど、機は其れ無し。故に内は外の色に応ぜず。委任有りて任所に到ること能わざるが如く、或いは赴任して他変有るが如し。乱世に多く之有り。
年寿明潤、一歳平安なり。蘭廷光明、諸事順遂なり。
これは病気の少なきを言う。年寿は疾厄宮であり、地位は胆絡に居して消化を司り、穀気の旺盛を得る。蘭廷は偏財・交際を旺盛にし、及ぶ意外の財有り。此れ順遂を言うは、単に財星を指すか。
形容古怪、石の中に美玉の蔵する有り。仙仏に非ざれば、即ち聖賢なり。
これは精霊の中より来たり、慧根は常人と異なる。故に形質も亦た奇怪であり、精神も亦た蘊蔵す。其の事業に抜萃の点有り、超凡入聖の功有り。古怪とは、異骨奇徴有りをいう。
人物巉岩、海の底に明珠の象有り。帝王に非ざれば、即ち公侯なり。
巉岩は、凸露して豊かに突出するをいう。多くは五岳の骨質にして、奇峰の嵯峨たる勢い有り。これは非常の貴相にして、限り難し。
総じて曰く:一に其の色を弁じ、次に其の声を聴き、更に其の神を察し、再び其の形を観る。筋骨・紋絡は、又た其の次なるものなり。
これは麻衣相法の重心点、相法の層次なり。凡そ気色は行年の休咎、窮通の機関なり。他の項目が足らざるも、亦た暫時取り用いるべし。声音は形格の輔佐なり、故に「求めて全うするは声に在り」の説あり。精神は用事の決断、寿夭の関係、其の智愚は全て此に繫がる。形格は一世の栄枯、富貴貧賤の区分なり。筋骨は労逸の必要なり。紋絡は刑克の原則にして、安危の関鍵を含む。故に此の六者は、相法の全備と為す。学ぶ者知らざるべからず。
眉毛天倉を払う、出入り近貴なり。印堂中正を貫く、終始官に利す。
眉が天倉を払うは、貴人に近づきて貴となる。乱世には破格に多く功名を得、冒険して事業を成す。故に武権を主ることが多い。これは逼迫して進展するなり。印堂は主体の貴を主り、盛衰ともに然り。
呼べば聚まり喝すれば散ず、只だ双颧の峰の如くなるのみぞ。是を引き非を招く、蓋し両唇歯を露わすが故なり。
颧骨に真偽の別あり、高く露わるるも、尚お貴権に非ざるものあり。上、眼角に近ければ、方に真の顴と為り、輔佐の用を得。下、法令に近ければ、乃ち偽の顴にして、高く峰の如くなるも亦た用無し。歯を露わすは非を招くの見は前にある。
狼行虎吻、機は深くして心事は明らめ難し。猴食鼠餐、鄙吝にして奸謀底まで至る。
狼行とは、多く顧みて回視すること。虎吻とは、仰ぎ食して口を収めざること。機深きのみならず、并且つ悪毒なり。猴食とは、低頭して零落に食すること。鼠餐とは、唇を固め耳鼻を動かすこと。鄙吝奸貪にして、敗ること多く成ること少なし。
頭先ず歩を過ぐ、初歳は好し、前は善し、晩景は貧窮す。井灶孔を露わす、中年は敗れて田園は耗散す。
頭が步に過ぐる者、晩運は佳らず、而して終年神經の昏損を主る。井灶孔を露わすは、財庫に入らざるを主る。然れども獅形・火形は忌まず、井灶露わすと雖も亦た富貴なり。
女人の耳反る、亦た夫を刑すを主る。男子の頭尖る、終に利器に非ず。
耳反は初年の孤苦なり。其の夫を刑する格は、此の部を重んぜず、或いは未婚の夫に応ずるか。頭尖の局、毎に大富貴あり。もし火形に属すれば、則ち将相の品と為す。何ぞ「利器に非ず」と言うや。
腰圓く背厚し、方を保ちて玉帯朝衣す。骨聳え神清し、定めて威権忠節を主る。
腰背は相法の最も軽き点なり。此れ理想の説にして、証と為すに足らず。仮に頭小さく神弱ければ、何ぞ富貴を得んや。骨聳ゆるは貴品、神清きは清品なり。此れ「威権忠節」と言うは、方に合法の点なり。
伏犀頂を貫く、一品の王侯。輔角天に插す、千軍の勇将。
伏犀に三あり:力(筋力)伏犀は大貴、帝王の品。圓伏犀は次貴、公侯将相の品。楕圓伏犀は、又た其の次の貴にして、中貴及び藩鎮の例。尚お小伏犀あり、邑侯の例。輔角は固より辺将に応ず。
形肥猪の如し、死して必ず分尸せらる。眼餓虎の似し、性剛にして犯す莫かれ。
肥猪とは、肉浮きて流れ、臃腫極まるを形容す。尚お三角眼にして浮き、血筋烏珠を貫るあり、當然凶死の格なり。餓虎とは、直射に怒光あり、圓露にして上視するを形容す。當然剛燥・急狭にして、物を容れず。
須黄く睛赤し、終に横災を主る。喉結び歯露わす、須く野死を防ぐべし。
須黄は駁離して人丁を刑するを主る。赤睛は赤脈の烏珠を穿つもの。直穿は驚險を主りて肢體を殘し、横穿は凶死を主る。又た銀面には須黄が宜しく、亦是た貴品なり。結喉は勞碌し刑傷するを主り、露齿は是非を招くを主る。野死は他の部位が別に驗するを要す。
口唇反り皺む、人の一世孤り單なり。魚尾紋多し、老いに到るまで安楽を得ず。
口唇反り皺むは、子女を刑するを主り、而して多くの女性の格に応ず。今の乱世、富貴にして凶死するを主る。魚尾紋は妻妾を刑するを主り、亦た長壽にして福を主る。何の不安の事か有らんや。
二眉散亂、須く憂うべし、成敗定まらず。兩目雌雄、必ず狡詐にして不定なるを主る。
眉は肺絡の正系なり、故に憂思に応ず。古に「愁眉展びず」の説あり。凡そ人の憂思多ければ、則ち成敗多し。兩目雌雄は、一に懼内を主りて妻妾の爭い有り、一に私心を主りて貪吝の行有り。狡詐の如きは、尚お目神の尖鋭にして下視するを以て是と為す。亦た父母宮の破損に応ずること有り。
幼にして斑點を生ず、必ず老壽の人に非ず。老いて毫毛多し、定めて長生の客なり。
斑點は多く冷退によって發し、運気邅屯す。毫毛は多く憂愁によって發し、勞碌にして壽。此の二者も亦た人丁を刑するを主る。壽と雖も而して取るに足らず。故に毫毛は收藏を以て吉と為す。
臉上に青光級級、貪婪孤貧なり。准頭に赤色重重、刑傷冷退なり。
青光級級は、多く淫亂を主る。男女此れ有れば、則ち鬱結の遂げざる有り、情欲の願の如くならざる有り。多く富裕殷實の家に出づ。何ぞ貧を言わんや。赤色重重は、財帛耗散を主り、一に痔漏の血疾を主る。
圓隆小巧、畢竟亨通す。方正神舒、終須く穩耐す。
小巧之格は、必ず聲音の宏亮にして、形質より兩倍する者は貴なり。或いは神の形に過ぐる者も亦た貴なり。不是小巧即貴なり。神舒の人は特殊の知識有り、而して安貧樂道す。故に窮通ともに瀟灑たり。
手足粗硬、富貴の人に非ず。准庫豐隆、田莊の客を享く。
手足は四肢と號し、枝葉の類にして、正幹に非ず。材料を取るに足らず。故に亂世に賤人にして貴手有り、貴人にして賤手有り。創業と守成とは同じからず、長壽と夭亡とは各おの異なる。粗き者は勞し細き者は閒、硬き者は壽にして軟き者は夭なり。此れ正論なり。准庫は財帛の正部、當然富を主る。
眉二尾に抽く、一生常に自ら歡娛す。根に三紋有り、中年に幾度か成敗を經る。
眉二尾に抽くは、家庭の睦まじからざるを主り、骨肉の情寡きを主る。此れ内顧の憂の不幸にして、何ぞ一生歡娛せんや。或いは僧道を指して言うか。古法に山根一紋は一度の成敗、二紋は二度の成敗、三紋は三度の成敗なり。高き者有らば紋は成敗を主り、平かなる者は紋は夭亡を主る。
耳白く面を過ぐ、朝野に名を知らる。神形に稱う、情懷舒暢なり。
此の格は盛世の翰林學士に驗することが多く、文才により科甲に名を顯す。衰世には多く智才に富むことを主るのみ、一は美術の專長有り。西洋の博士の例に至りては。
足に黑子を生ず、英雄獨り万人を壓す。輔に長骨插す、威武分明として四海に名を揚ぐ。
諸家の相法、均しく此の説有り。而して《衡真》《袁柳莊》は則ち李光弼・安禄山の二人を指して證とす。又た單痣・雙痣の說を稱す。今、麻衣の原文に「黑子」と稱するは、想うに痣より倍大なるべし。又た考うるに、痣が脚心に生ずれば、方に龜を藏すと為し、故に貴名を主る。貴の大小に至りては尚お他部を參看して方に驗す。又た輔角の長骨、大なるは屏藩、小なるは邊鎮なり。文人に屬すと雖も、皆な武權有り。故に古の名將に、多く邊城骨の上に插す有り。此れ輔角と云うは、又た事業の最も大なる者を言うのみ。
聲は丹田より下出する、福有りて遐齡を享く。骨は腦の後より橫生する、財を主り且つ福壽を增す。
聲音は咽喉より發する有り、膻中より發する有り、丹田より發する有り。下より發する者は、稟受する元氣厚く、當然壽を主る。水土二形の如きは、則ち尤も合格と為す。又た考うるに腦骨は貴を主ることが多く、當然福壽なり。
土星薄くして山林陷る、敗れて而して多災なり。胸堂好くして背脊虧く、虚しくして而して無壽なり。
原文に「山林重」と有るは、其の重字解し難し、想うに陷字の誤りなるべし。茲に特證す。山林陷るは、祖業の失を主る。土星薄きは、自身の財聚まらざるを主る。余、脊虧を考うるに、多く勞動苦工の人に出づ。「無壽」の二字は又た疑念の點有り。
鬢亂れて織の如し、先ず富み後に貧しく兼ねて懶惰なり。手筋蚯蚓の如し、少しく閒にして多く危うく及び辛苦す。
鬢亂の人は、多く懶惰を主り、其の人多く疑慮して決せず。手筋蚯蚓の人は、其の人多く勞す。又た創業の人あり。此れ「多危」と言うは、或いは「多勞」の誤りか。
眉棱骨起、壽有りと雖も而して孤刑なり。項下に結喉、勞碌して而して客死を主る。
眉棱は外庫の田宅宮、異鄉に產業を立つるに応じ、壽有りて子有りを主る。其の孤刑の說は確かならず。結喉は勞碌を主るも、亦た客死を驗せず。余、客死の局を考うるに、多く目浮き白くして神痴定するに出で、方に路に斃れる。
眼雞目の如し、性急にして容れ難し。步蛇行の若し、毒にして而して少壽なり。
雞目は圓くして白を露わし、烏珠の線を二三盤し、及び沙點有るは、其の人器量狹小なり。蛇行と龍行とは區別有り。蛇行は昂頭側視して搖動し、曲側して平かならざるを謂う。此の二者は均しく善相に非ず、故に性急性毒の謂い有り。嗜好に偏り、浮蕩して又た病厄有り。
青色兩颧に橫たわる、行尸と喚ぶ。黑氣命門を貫く、奪命と號す。
青色颧に橫たわるは、一に失權して挫折を主り、一に内顧して爭端を主る。富者は死に至らず。或いは印堂・三陽の青黑を以て、方に重災有り。黑氣命門を貫くは、此れ腎病にして絕え、多く弱症に出づ。又た考うるに仲景六經に、命門は本づ腎に屬して三焦に通ず、黑は死亡す。
青口角を遮る、扁鵲も醫し難し。黑太陽を卷く、盧醫も救い莫し。
口角は水星なり。青氣は危からず、病災のみならんのみ。惟だ冬令に口角の黃暗は死を主る。黃は土氣なり。此れ土克水の說にして、部位を克し、又た時令を克す、故なり。他の時令は皆な妨げ無し。太陽黑きは、人丁を刑する者多く、死亡を主る者少なし。
白く枯骨の如き、亦た死亡を主る。黑く濕灰の若き、終に須く短壽なるべし。
白枯の色は、榮衛二氣の將に盡きんとするに屬し、是れ血枯れ陽に亡ぶの死なり。黑濕は、是れ土の水を克せざるもの、水氣の上泛する。多く腫症を現して死す。
醉わざるに醉うが似く、愁わざるに愁うが似く、貧にして而して多難なり。笑わざるに笑うが似く、驚かざるに驚くが似く、夭にして而して多災なり。
醉、字は朦朧恍惚の兆を形容し、其の人多く愚なり。愁、字は寒慘萎頹の滞を形容し、其の人多く苦なり。笑、字は輕浮矜驕の態を形容し、淫・多病・及ぶ心深しを主り、多く富貴の格に出づ。驚、字は倉猝疑惑の仁を形容し、其の人正しからず、邪行有りて怨を結ぶ。
血色を華せず、憂鬱不遂にして夭す。行きて身を動かさず、瀟洒厚福にして壽なり。
血色を華せざるは、其の人淫亂にして夭す。凡そ腎病多く血不華色を現す。或いは不遂にして淫欲を以て自ら楽しみ身を亡す。行きて身を動かさずとは、穩重持重の謂いを言い、故に多く守成にして、安閒に福を享く。
神光滿面、富貴稱心なり。鬼色形に現る、貧窮して日を度る。
神光は其の尊嚴にして威有るを言い、或いは神の充足するをいう。光潤澤にして事實順調なり。鬼色は其の塵滞を言い、或いは暗晦の浮膩をいう。色は愁苦にして事實冷退なり。
病淹くして目閉ず、神有り色無き者は生く。神脱け口開く、天柱傾欹する者は死す。
相法の吉凶は、神を第一と為し、氣色之に次ぐ。故に神、脱けず、退かず、定まらず、変ぜざれば、病すと雖も危わず。天柱は前に詳し。
華蓋黑色、必ず死災を主る。天庭青氣、須く瘟疫を防ぐべし。
華蓋黑色は、多く飛來の禍を主り、權柄の失墜、牢獄の災いに應ず。此れ志小にして謀大、力輕にして任重く、禍は貪より出づ。天庭青は憂驚を主る。もし瘟疫と言わば、凡そ太陽及び天門の黑きを要して方に應ず。天門は兩額角の中段に在り。
赤燥は地閣に生ず、定めて牛馬を損ず。青白は天門より起る、禍恡は妻妾に侵す。
地閣は奴僕宮、須く小人の偷盜、及び他の事務の連累を防ぐべし。是れ財を破るの說にして、牛馬に專指せず。天門は驛馬の中段、亦た憂疑を主る。或いは人の外に在りて家庭を憂慮するもの。妻妾の如きは當に奸門を以て定論とすべし。
三陽青黃、此れ男を誕むを主る。三陰紅紫、定めて女を生むべし。
麻衣の原文には此の四句無し、余の増加する所、亦た經驗の中より考證し、而して今の時代に合す。此の子女の分別は、定法と為す。余、近頃之を用いて應驗頗る多し。
黑氣口に浮かぶ、水厄の災を防ぐ。暗粉眶に滞る、喪身の苦を主る。
黑氣口に浮かぶは、冬令には忌まず。水厄の如き、尚お陂池・承漿の二部を考うべきなり。又た耳珠に現るる者有り。余、民國十二年嘉定に於いて水厄に遭い、耳珠黑暗なりき。茲に特に錄す。暗粉眶に滞るは、妻を刑し又た子女を刑するを主る。「喪身」の說は驗せず。
額角昏慘、須く跌撲の災を防ぐべし。法令燥炎、湯火の咎に遭うを恐る。
額角昏慘は、多く孝服を主る。父母無き者は、亦た叔父・伯父を刑す。もし跌撲血光の災の如きは、多く玄武の昏慘、及び赤脈の露出に応ず。法令燥炎は、多く狎客遊びの損を主る。一に間接の謀に障碍有るもの、湯火に應ずる者頗る多し。
耳根の黑子、路旁に倒死す。承漿の紋陷る、浪裡に投ずるを恐る。
耳根黑子は、聰明多く疾病を主り、及び專門の特別技芸有り。又た水上の驚恐の災を主り、亦た盛名を享く。其の「路旁に倒死」の說は驗せず。承漿直紋は壽を添うるを主り、横紋は水驚を主り、反紋は水死を主る。
眼堂厚きに過ぐ、亦た貪淫を主る。人中偏り太し、必ず多く刑克を主る。
眼堂過厚,主子女多而相刑,其氣厚而淫。人中偏左妨父,偏右妨母。然偏左先得子而子多,偏右先得女而女多。有刑有旺,不是刑克專部,為參考之部。
鬼牙尖露,詭譎奸貪。神眉崢嶸,凶豪惡死。
鬼牙尖長,不平不固,高低不一。其人刑克重而刑父母,又主本身惡夢多,為愚魯之人。神眉是否露煞而濃,交叉而亂,主性剛而驕可矣。凶死者,當有別部參合。
人形似鬼,衣食不豐。生相若仙,平生閑逸。
鬼形為慘暗之容,寒滯之類,主冷退而憂愁度日。仙形清秀之貌,慈和之例,主安閑而多福澤。
穀道亂毛,號曰淫穢。耳根高骨,號曰壽根。
穀道亂毛,多聰明而刑妻,有生離者,貪淫亦合。其穀道無毛,亦主凶死。當以少而柔細者為吉。耳後高骨,是為壽徵之一,又主壽而勞心。
骨格神清,瘦亦可取。肉流濁厚,肥何足誇。
木形清瘦,自古有遺跡流芳者,多出木形。或文章詩詞鳴世及仙品,亦為木形居多。故肥厚而流濁,皆賤惡之品。
目浮四白,主孤克而凶愚。鼻曲三凹,必貧窮而孤苦。
目圓浮白,主凶死居多,其壽亦不永。驕而淫亂,不主愚。鼻曲三凹,主刑人丁,不主苦。此二者為相法之忌,雖他部奇特,亦不完善。
三尖六削,雖奸巧而受窮。四正五端,縱愚誠而多福。
三尖為發尖、準尖、頦尖。六削為上府、中府、下府。此言才智不能勉強勝厚福。四正為南北東西四嶽,五端為五官。此言福澤可勝才智。
腿長頸瘦,初年奔走不停。唇薄口尖,愛說是非不了。
鵝眉鼠食,非惟吝而且貧。劍鼻蜂睛,不特凶而又賤。
鵝眉低而連目,鼠食詳前。劍鼻平而無大小。蜂睛為烏珠凸突。此四者均為合法,而應驗者亦多。
男兒腰細,難創家財。女子肩削,孤刑再嫁。
腰細之人,主稟受先天不足,每出富厚之家,應弱疾。肩削當主福薄,此紅顏薄命之說。有刑夫者,有自刑者。故有“美女無肩,猶如將軍無項”之說。
顴大額雄,終主刑夫。聲濁骨粗,竟為孀婦。
顴大之女格,有操作之能,其夫弱而無用。額雄應早刑,當以十五歲至十九歲為初刑,二十歲至二十八為再刑。宜遲出閣為吉。聲濁者刑夫而破家。骨粗者,刑夫而勞碌。
光麗口大,貪淫求食之人。手擺頭搖,泛濫刑夫之婦。發濃鬢重兼斜視,多主淫亂。聲秀神清及端正,必有福祿。
麗光為過清而浮。口大為冷退再嫁。手擺頭搖,皆不慎重之謂。發濃主淫賤。餘考女格,清奇而為娼妓,多因發濃。鬢重主刑母,幼年失倚而無訓誡,故為女格之忌。
肌膚香膩,乃富室之女娘。面貌端莊,必豪門之德婦。骨格細膩,富貴自生清閑。發鬢粗濃,勞苦終為下賤。
古來選妃嬪,皆以香汗肉細為合格,忌狐臭。然香膩尚忌滑冷,故冷者為蛇皮,而少生育。當以細膩而溫暖為貴。
山根不斷,必得貴夫。淚堂不沖,應生貴子。發細光潤,稟性溫良。神緊目圓,為人燥急。手腳粗硬,必是姨娘。鼻尖頭低,終為侍妾。
山根不屬夫星,主根基之有無,壽夭之關鍵。其下數者,應驗頗多,為女格之必要考查處。
臥蠶紫潤,必產貴兒。蘭台黃隆,終興大業。婦人口大,食田莊而後貧。美女肩圓,嫁秀士而得貴。
臥蠶為子女之專部。蘭台為偏財之專部。口大為女格之所忌。肩圓尚非重要之點,不過以厚重而論。
易肥肉重,得女格而反榮華。面圓腰肥,類男格而反奇特。乾薑之手,女格必能持家。錦囊之拳,男形定立大業。
肥重之女格,當然不美而厚重,此言有壽而有多子女。惟聲音女格不可似男聲,其他皆吉。乾薑錦囊,均言多細紋。餘生平不重手掌,乃格局之補助品,不敢據此以斷貴賤。
頭小腹大,一生不過多食。骨少肉多,三十焉能度過。眉粗眼惡,必主孤刑。聲暴氣濁,終無大福。眼光如醉,桑中之約無窮。媚靨漸生,月下之期難定。
頭小多勞賤,骨少多夭壽。眉粗多成敗,眼惡多災刑。聲暴主剛急,氣濁主愚拙。醉眼為朦朧之象,當然主淫亂。媚靨即桃花紅豔之例。此數者為女格之最忌。
面如滿月,家道興隆。唇如紅蓮,衣食豐足。山根黑子,若無宿疾必刑夫。下眼皺紋,不克六親亦刑子。
滿月言其圓厚。唇如塗朱者貴。按男女血足皆唇紅,唇不紅者,皆血不足。故女子唇紅者多子女而貴。山根為命宮,故主疾災。女主刑夫,男主刑妻。
齒如榴子,衣食豐隆。鼻似灶門,家財傾覆。
榴齒言其齒方楞齊固,主衣祿豐足。井灶仰露,財星當然耗散。此二者男女皆同,不單言女格如是。
形如羅漢,生子必遲。貌似判官,得兒尤晚。三山突闊,萬頃規模。四瀆清明,一生福氣。人小聲宏,必須超達。神清氣足,名利雙收。
羅漢形為眉目下墜,而中嶽短。判官形為臃腫凸露,而眉低平。故子女均遲少。三山為南嶽初有祖業,土星中有創立,北嶽晚安享。四瀆詳前。聲過形,神氣足,皆詳上編。
面皮繃緊,促壽無疑。骨格清奇,前程可靠。少肥氣短,難過四九之期。唇縮神淡,焉保三旬之厄。
面皮繃緊,少肥氣短,唇縮神淡,皆夭亡之局。本出於先天不足之形質。至於三九前後,與四九前後,均應死亡。此立身之大厄年。
鼻梁露骨,名為刑克破家。背脊成坑,號曰虛花無壽。
鼻梁直露三曲為伏吟,主破敗挫折。左右露三曲號曰反吟,主刑妻克子。背脊坑陷,多主勞工苦力之人。無壽另有部位參看。
鼻有三曲,不賣田便賣屋。面有兩凹,必成業而成家。
此指上節伏吟之例,直露三曲。餘考兩凹竟指何處?上為邊城,則破梓離鄉。中為國印,主牽制憂愁。下為腮頤,主奴僕欺詐。皆為不合。或為日月角見破而貴,任勞而發。
獐頭鼠目,何必求官。馬面蛇睛,須防橫死。
獐頭上停窄短,下停尖削,耳小而尖。鼠目昏濁無光。馬面言其長平,古有一尺之面而拜相者。蛇睛圓露四白,赤縷盤烏珠,主險詐心毒。下二者亂世亦貴,不過不善後耳。
睛清口闊,文說之家。面方頤大,富貴之輩。語言多泛,為人心事難明。容貌溫和,作事心懷灑落。骨粗發重,何曾剩得一錢。體細身輕,那得停留片瓦。
睛清口闊,主雄辯。古人著書立說,及為交際之官。面大頤方,凡神不濁,聲不破,均主富貴。言泛貌和,二者皆合法。骨粗主勞碌,發重主寒苦。身輕浮主夭亡,木形不忌。
得意中面容淒慘,先富後貧。失意處言貌溫和,早窮晚發。
此二者相反而相類。得意何能淒慘,此伏貧窮引線。失意何得溫和,此伏發達引線。亦器量之容福與不容福。
巨鼇入腦,必作尚書。龍骨插天,應為宰輔。日月角聳,必佐明君。雙顴上插,定為刺史。眼有三角,狼毒孤刑。鼻成兩節,破敗疾苦。
巨鼇為伏犀入百會。龍骨為玉柱骨。日月角高者為帝王,次者為將相。顴上插為藩鎮。此皆貴品。三角眼主凶死。兩節鼻主敗家及刑人丁,亦主疾厄。
眉秀神清,須知貴雅。骨輕肉浮,必是庸常。
眉秀主貴而英明,神清主貴而慈善。骨輕主夭而不壽,肉浮主敗而愚。此四者大略如是。如兼而有之則分其輕重而乘除之,減等論其吉凶。
凶婦十惡,皆由眼赤睛黃。死在他州,蓋為唇掀喉結。形神不蘊,貧夭兩全。筋骨不藏,愚儒雙得。
眼赤者多赤縷縱橫,黃睛者多剛燥心毒。又出之女格,故十惡備矣。唇掀喉結,主招是非與勞碌。形神不蘊,言其燥露不和。筋骨不藏,言其浮露不收。皆非善相。
目神露而嘴薄,為人執拗不良。牙齒咬而頭搖,其性奸貪無比。
神露主剛暴不正,口薄主談短論長。二者兼有,則執拗不良。餘評為私心自用,損人利己。咬齒主深思貪淫,頭搖主狡詐不定。二者兼有,則主淫亂狡詐,而不守信。
額為火宿,主初三十年之榮枯。鼻號土星,驗中二十年之休咎。承漿地閣,管盡末年。發際印堂,周維百歲。
此為相法流年之運限層次。雖分初中晚三段之大概,不過包括如是。初運以二十八之印堂為止,中運以四十八土星為止,晚運以七十五腮骨為止。其地支二十四年,又以肉潤氣足為論。
頭尖額窄,固不可以求官。色慘神枯,生此何由發達。眼光如鼠,偷盜之徒。睛浮似獐,凶亡之漢。
上停尖窄,當然不是貴品。色慘主破敗,神枯主夭亡。鼠目昏暗無光而側視。獐睛烏珠凸露而模糊。此四者均驗,男女皆忌。
蜂目而凸,固主刑傷。魚口而反,終須困乏。
蜂目為眼白包烏珠而凸,四圍如太陽之光,尖銳而定視。當然刑克,亦主凶死。亂世則貴而凶。魚口為兩口角下反,中間收斂,而口角大露。此格於亂世主凶死,豈止困乏。
為僧者頭圓必貴,為道者貌清可榮。 頭尖項圓,必住佳境。神清骨秀,須加師號。重頤碧眼,富貴高僧。廣額秀眉,文章道士。
佛為水形,故取頭圓者貴。仙為木形,故取清秀者貴。重頤皆合水局,而加碧眼,當然僧官方丈之品。廣額為根基厚,再加秀眉,當然道官祖師之品。
骨粗形俗,其人老困山林。貌異神清,此輩還起雲路。視瞻不正,必定奸淫。舉趾輕狂,須知下賤。
僧道之格,亦忌骨粗,主勞碌無成。形俗主窮困。貌異有奇遇,神清有貴名。不正主邪淫奸貪。輕狂主夭亡下賤。與其他格局相等。
眼若桃花火焰,但圖酒色而已。面如灰土蒙塵,豈非破產者乎。
桃花皆為紅麗浮光,當然酒色之徒。灰土蒙塵,皆為黑影慘垢,當然破敗損失。此二者不獨驗僧道,即常人亦如此。一篇形格之忌,一篇氣色之忌,亦千古不易之法。
若論運限,則與俗同。如辨根基,各求其妙。末觀形相,先查心田。以五嶽為根基,以氣色定禍福。不為前世陰功,亦作來生道果。
公篤曰:麻衣相法原文只有三章。此石室賦即第一章,亦麻衣之真跡。而與希夷之相見,立此一章,故起首有“神仙秘訣,度與希夷”之說。餘考麻衣為五代末之隱士,俗謂仙翁者非也。麻衣者,邑城之名。餘考地輿,即今之麻城,為湖北省所轄地。當時為麻衣縣令,因處亂世割據之時,而厭惡其衰微,故作相法三章,以縣城為名,掛冠歸隱。餘考石室賦相傳已久,錯訛尤多。壬戌年餘初版之簡明相法,雖加詳注,然未盡善處尤多。壬申餘複加研究,又以刻下天道人事,兩相比較,其驗者另注以證實,其不驗者另注以改正。文字更加推敲,事實尤擇應徵。故此次之原文稍有出入,系餘或加或刪或改正,皆從經驗與天時人事相合,而為用也。茲特錄此,以待後之高明,而評其然歟否歟。
六害眉心親義絕。 眉為文采之官,禮義所關之地。以清秀為合格,柔細為名貴。如順拂修長,主兄弟和睦而有輔助。弩曲主子多而貴,高起主壽。如粗濃主惹是招非,間斷散亂主損失駁雜,有內顧憂而外仇怨。故有六害之說。六害者,六親也,故有“親義絕”三字。人處社會中,什麼有親,什麼有義?而柳莊指為六種害,是其錯誤之點。閱相法者,勿為其所誤。
山根斷為早虛花,祖業飄零必敗家。兄弟無緣離祖宅,老來轉見事如麻。
山根斷為兩大項:一為祖業破敗,根者根基之謂;一為壽數夭亡,根者命根之謂。如兄弟忤逆,老來勞碌,皆不合原理。如以勞碌論之可也,其虛花飄零四字合法。
眉交神悴面如灰,愛管是非常掛懷。冷眼見人笑一面,不知毒從暗中來。
雙眉鎖印為交,上下交叉亦為交。一主刑克人丁而多累,一主駁雜爭端而多仇。神悴言其銳急而動氣憤。面灰言其枯暗而塵滯。皆一成一敗。冷笑主陰險刻薄而毒,亦主聰敏而智。亂世貴者亦有之。
乍逢滿面有精神,久看原來色轉昏。似此之人終短壽,縱然有壽亦孤貧。
此言假精神之格。每以凝神聚氣而不耐久,久看則變為昏沉似脫,或浮淡無根。是為先天不足,後天虧損,故有短壽之評。若出孤貧之人,亦主不壽,何為孤壽之說耶。
讀盡詩書生成寒,文章千載不為官。平生縱有沖天志,怎奈鶯雛翼未乾。
寒の字は形容詞である。古法では、雨の中の鶏の如く、水に落ちた猫の如しと指す。余は以下の如く分類す。
| 寒の類別 | 具体的表現 |
|---|---|
| 形の寒 | 雨の中の鶏の如し |
| 口の寒 | 鼠の食い残しの如く淋漓たらしむ |
| 神の寒 | 涙なくして涙あるが如し |
| 気の寒 | 愁いなくして愁いあるが如し |
| 声の寒 | 音破れて収まらず |
| 眉の寒 | 眉濃くして皺重し |
| 身の寒 | 頭を振り足を抖う |
| 色の寒 | 塵垢浮きて膩し |
| 心の寒 | 言わんとして止め、吞吐支吾す |
| 胆の寒 | 心乱れて常に怯え、恍惚として憂慮す |
| 意の寒 | 得意がかえって失意となり、恩を忘れ怨みを記す |
寒の字の格局ある者は、たとえ才智及び文章ありて世に伝うとも、みな発達の期なし。ちょうど雛鳥の羽毛未だ豊かならざるが如く、もちろん高く飛ぶこと能わず。およそ相は文章に勝り、福は才智に勝ることを得。誰か千古以来、大功を成し大業を立てし者は、すべて特別なる才智ありしかと。千古以来、困窮を守り山林に埋没せる者は、すべて特別なる才智なかりしか。
面に寒毛あれば止だ秀才,唇掀り歯露なれば更に多し災。終朝脚迹忙忙として走る,富貴は前生末代より来たる。
寒毛は濃格には常にあり。また貴くして奇特、盛譽の事業を成す者あり。貧賤の家より出で、逼迫労碌して以て成功し、驚険挫折して以て発達する者あり。乱世には武貴多し。また富みて寿禄あり、中に刑妻刑子あり、内顧多く憂え、六親累をなす者あり。乱世には暴発多し。余は毛の字は寒滞の誤りなるを恐る。
上停短くして下停長ければ,多成多敗して道空亡す。たとえ管して家計を成すことを得とも,なお烈日の冰霜を照らすが如し。
上停は天を為し、下停は地を為す。およそ格局はすべて天停を注重し、百分之四十五分を占む。故に天の地に勝る格を吉と為し、地の天に勝る格を吉と為さず。乱世には上停弱くして発達する者あり。ただ前業破敗し、異鄉にて業を立てのみ。余は形神気を參看して、もって合法と為す。
下停短くして上停長ければ,必ず宰輔と為り君王に侍す。もし庶人のこの相を得ば,金銀珠玉倉箱に満たん。
按ずるに上停高広なるは、貴名寿征を主とし、および余蔭の世澤あり、前人 の厚福を坐享し、父母亨吉にして刑克なし。ただ清閒多きに居り、盛衰ともに然り。その貴き者は、また伏犀骨の大小方圓をもって定む。
形は恢宏を愛して又た肥を怕る,恢宏は榮華肥は死期。二十以上肥なれば定めて死し,四 十形恢なれば定めて発する時。
宏とは、大度安閒なるを言う。恢とは、積極有為なるを言う。恢宏連貫とは、その器量大きにして氣魄もまた大ききを言い、心安んじて定まり、貌和ぎて潤い、もちろん発達の形格なり。およそ少年は皆肥浮不実を忌む。その原質肥なる者は忌まず、忽然として発肥する者は最も忌む。故に二十発肥三十死、三十発肥四十亡の説あり。余は考うるに、肥して実なる者は多く十年を延ぶ。二十発肥四十死、三十発肥五十亡。肥して実ならざる者は、二十発肥三九死、三十発肥四九亡、なお十年の数に足らず。蓋し男は九数をもってし、女は八数をもって定論と為す所以の故なり。
瘦は自ら瘦、寒は自ら寒,寒瘦の人は一般ならず。瘦に精神あれば終に発すべく,寒は形彩ありとも亦た孤单なり。
瘦人は神をもって移転と為す。故に瘦して神ある者は、神の形に過ぐるを為し、もちろえん発達す。瘦して神なければ、すなわち夭亡の格なり。寒は詳らかに上にす。奇才ありとも、終に発達なし。彩とは、光彩なり。寒者は彩なし。想うに彩の字は余は厚の字の誤りなるを疑う。寒中に何ぞ彩あるべき。按ずるに彩は光潤にして異色を為し、寒は塵滯して枯垢を為す。故に寒彩の二字は最も相反して類わず。何ぞ能く此に誤らん。想うに後人の翻印の訛りなるべし。
色は嫩を怕り又た嬌を怕る,気嬌色嫩相いに饒さず。老来色嫩なれば辛苦を招き,少年色嫩なれば命牢ならず。
嫩の字は浮瑩にして膩し。気嬌は浮麗にして紅し。故に辛苦夭亡の説あり。およそ老人の色嫩なるは、刑人丁して孤苦を主とす。形局好ければ、孫ありて子なし。少年の色嫩なるは夭亡を主とし、一に破産して後転変を主とす。火形は紅嫩を忌まず、亦た発達して多く労す。
眉は曲を要して最も直を忌む,曲直愚人の知るを得ざる所。曲なる者は多男にして又た聰俊,直なる者は妻を刑し又た児を克つ。
麻衣の法、この段頗る驗あり。五代の時に當たり刻下の天道と相似たるか。およそ眉曲なる者は子女多く、人中平・涙堂陷ると雖も、みな子女あり。およそ眉直なる者は子女少なく、人中洫深・涙堂豊満と雖も、亦た子女少し。又た眉曲なる者は文貴を為し、武人より出づると雖も、文官と做り文権を秉る。眉平なる者は多く武貴を為し、文人より出づると雖も、武職を兼ね武権を領す。前平尾曲の如きは、すなわち武改文職と為す。前曲尾平の如きは、すなわち文改武職と為す。その人丁を刑すると人丁を旺にするとは、皆曲直をもって一定の法を為し、盛衰の世道、厚薄の気候も、皆然り。
胡須は清疏を要して又た稀に宜し,依稀として肉を見る始めて奇と為す。最も忌むのは濃濁焦黄色,父は東頭に在り子は西に在り。
上を髭と為し、承漿を髯と為し、下を須と為し、側を胡と為す。皆清疏根根見底を以て合格と為す。之を蓄うるはもって重威儀華表となす。最も忌むのは濃濁焦黄枯雑の六字。之を蓄うるは危険破敗、刑妻克子を主とす。軽ければ労碌駁雑、是を惹き非を招き、故に蓄うべからず。按ずるに乱世の胡須は、関係極めて重く、敗多く益少し。故に勉強して之を蓄うべからず。これ開門揖盗、養賊為患なり。軽き者も奴その主に欺き、下その上に犯す。この条も麻衣の精粹の法なり。ただ四濃格のみ乃ち之を蓄うべし。乃ち髪濃・眉濃・髭濃・胡濃、上下相合し、その欺凌を受けず。これが合格の論なり。
公篤曰く:余は麻衣法の金鎖賦を考うるに、第二章を為し、石室賦の法に較べて倍高し。亦た麻衣の精神なり。麻衣が五代末に當り、割拠乱世を為し、その法も衰時より定むる所となり、故に刻下の天道と頗る合い、その国の格局も相等しく、而して應驗する者頗る多し。余が此次考証詳註するも、亦たこの法を現代に用う可しと為す故なり。原文僅かに五十二句、三百六十四字のみと雖も、その包括する所あまりに多し。この書を閲する者は、輕視して忽にすべからず。
奸門/魚尾:眼角外側の太陽穴の窪んだ部分。夫婦関係と個人の魅力を司る。青黒ければ妻妾に災いや疾病があり、潤って艶があれば婚姻が円満であることを示す。
天柱(大椎穴):頸椎の第七棘突起の部位。相法では天柱が傾かないことを正とし、病人で頭が傾くのは死の兆候とする。人中、山根と並んで寿命の長短を判断する重要部位である。
面相と心理学
現代心理学では、「顔の特徴と性格の関連性」という仮説を支持する実証研究が一部存在する。例えば:
微表情と感情心理学
Paul Ekmanの微表情理論は、相法における「神を察し色を観る」方法と方法論的に呼応する点がある。相法が眼神、笑顔、顔色の変化を詳細に観察することは、本質的には顔の感情表現に関する長期的特徴の分析である。Ekmanは七つの基本感情の微表情を提唱したが、相法における「酔」「愁」「笑」「驚」などの顔の状態の記述は、長期的な感情の固定化によって生じる顔の痕跡を分類したものである。
中医面診と相法
中医面診(望診)と相法は方法論的に同源でありながら、発展の方向性を異にしている。中医は顔色によって臓腑の機能状態を判断する。例えば:
相法における気色判断のシステムはこれと高度に一致しているが、違いは中医が健康診断に用いるのに対し、相法は運勢の推演に用いる点にある。現代医学における顔の診断技術(黄疸、貧血などの顔色判断)も、この伝統の科学的発展と見なすことができる。
エピジェネティクスと「相は心により生ず」
エピジェネティクス(表観遺伝学)の研究によれば、長期的な心理状態や生活習慣はDNAメチル化などのメカニズムを通じて遺伝子発現に影響を与えることができ、これらの変化は外貌にも観察可能な痕跡を残す。これは「相は心により生ず」という古来の命題に対して、現代生物学のある種の解釈経路を提供するものである:長期的な感情状態は確かに顔の特徴を変化させ、顔の特徴もまた個人の生活史の豊かな情報を確かに伝えている。