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脉经
全体意訳
『脈経・巻七』は主に張仲景『傷寒論』の中の汗・吐・下・温・灸・刺・水・火などの治法の宜忌と誤治後の変証を集め、後半部分では熱病の危重証、陰陽交、少陰厥逆、重実重虚、五脏気絶、脈象による死期などの予後判断について重点的に論じている。
古人は繰り返し強調している。「治法は必ず脈証に従わなければならず、単一の症状だけで軽率に薬を用いてはならない」。表裏・虚実・寒熱を弁別せず、誤って汗を出し、吐かせ、下し、灸をし、刺し、水火を用いれば、軽い病を重くし、重い病を死に至らしめる可能性がある。ゆえに、この巻は「方薬マニュアル」ではなく、古代の外感熱病治療における「禁忌とリスク意識」の総括である。
古代では、発汗は太陽表証を解除するために用いると考えられていた。典型的な症状は発熱、悪寒、身体疼痛、脈浮である。しかし、病がすでに裏に入った場合、あるいは平素より陰虚、血少、陽虚、咽乾、失血、久汗、淋病、瘡家などは、強引に発汗してはならない。発汗も大汗とならず、「全身に微かに汗をかき、病が治ればそこで止める」べきである。
「少陰病,脈細沈数,病為在裏,不可発其汗」
脈細・沈・数は病位がすでに表になく、裏にあることを示しており、この時に発汗を用いるのは方向性の誤りである。
「脈浮而緊,法当身体疼痛,当以汗解。仮令尺中脈遅者,不可発其汗」
脈浮緊・身痛が表証のように見えても、尺脈が遅いのは営血不足・血少を示しており、さらに発汗すれば正気をいっそう傷つける。
「咽中閉塞,不可発汗。発汗則吐血,気微絶,手足逆冷」
咽喉が閉塞し、気機が通じない者に発汗すれば、動血・傷陽しやすく、吐血や四肢厥冷が現れる。
「凡発汗,欲令手足皆周至,一時間益佳,但不欲如水流離」
発汗は手足に微かに汗が出る程度を限度とし、汗が流れるほどの大汗をかいてはならない。
発汗の本質は、陽気の蒸化と陰血の充養を借りて、表邪を汗孔から透出させることにある。ゆえに古人は「陽、陰に加わるを汗と謂う」と言う。陽虚では蒸化できず、血少では汗を作れず、裏熱が表にない場合も、強引に発汗してはならない。この原理が、なぜ多くの条文が「無陽は発汗すべからず」「血少は発汗すべからず」「病在裏は発汗すべからず」と言うのかを説明している。
古人が観察した誤汗の結果、すなわち口渇、煩躁、心悸、四肢厥冷、神昏譫語などは、現代医学における高熱後の脱水、電解質異常、循環障害、神経系異常と現象的に一定程度重なる。古人の「過度の発汗は有害である」という認識は実践的基盤を持つことがわかる。
外感の初期は保暖して休息し、微汗を限度とする。平素から汗をかきやすく、咽乾、心悸、冷えやすい人は、大きな発汗法で「デトックス」すべきではない。発汗後は速やかに温水を補給し、風に当たらないようにする。
古人は、春は吐法を用いるのに適すると考えていた。吐法は胸中の実邪、宿食が上にある、痰涎が膈を阻むことに適用され、胸中痞塞、気が上衝して咽喉に至る、吐こうとしても吐き出せないなどの症状として現れる。しかし、太陽病の誤吐、少陰虚寒、四肢厥逆などは、吐してはならない。
「病如桂枝証,其頭不痛,項不强,寸口脈微浮,胸中痞堅,気上撞咽喉,不得息,此為胸有寒,当吐之」
一見桂枝証のようだが、頭痛や項強は顕著でなく、逆に胸中の痞えが激しく、気が上衝するのは、胸中の寒痰実邪であり、古人は吐してよいと考えた。
「諸四逆厥者,不可吐之,虚家亦然」
四肢厥冷・陽気不足の人、およびあらゆる虚証は、吐法を用いてはならない。
吐法の原則は「その高き者は、因って之を越えしむ」であり、病位が高く、実邪が渋滞している場合にのみ適用される。吐法自体が正気を極めて消耗させるため、虚寒者・厥逆者には禁止される。
現代の外感病治療において催吐法が用いられることは稀である。誤って毒物を服用した場合や、ある種の胃内容物貯留などの場合にのみ、専門家の操作により行われる。一般人は自己催吐をしてはならない。
飲食に節度を持ち、暴飲暴食や食積を避ける。体の弱い人、高齢者、子供は特に、自分で喉に指を入れて催吐してはならない。
古人は、秋は下法に適すると考えていた。下法は陽明裏実、熱結、宿食、蓄血、水結胸脅などの真の実熱結に適用される。しかし、表証未解、陽虚、血少、動気が腹にある、四肢厥冷、吐き気のある者は、下してはならない。誤下は脾陽・津液を傷つけ、心下痞堅、下利不止、腹満不能食、さらには死証を引き起こす。
「太陽証不罷,不可下,下之為逆」
表証が解除されていない時は下法を用いてはならない。用いれば表邪が内陷する。
「少陰病,得之二三日,口燥咽乾者,急下之」
これは「急下存陰」の思想である。少陰病で口燥咽乾が現れれば、熱結が陰を傷つけていることを示し、迅速に通下する必要がある。
「下利,其脈浮大,此為虚,以強下之故也」
瀉下後に脈浮大となるのは、実熱ではなく、誤下による虚である。
下法は「裏・実・熱・結」に対して用いる。古人は特に「先表後里」を強調し、表が解けないうちは攻下してはならない。誤下は邪を内陷させ、結胸、痞証、下利不止などを形成する。
古代の「下法」を現代の下剤と同一視することはできない。高熱、大便燥結、神昏譫語などに、古人は下法で腑を通し熱を泄らしたが、確かに臨床観察の基盤がある。しかし重症感染症、腸閉塞、下消化道出血などの現代疾患は、必ず医師の判断が必要であり、自分で瀉下系の漢方薬を用いてはならない。
大便を通畅に保つことは重要だが、刺激性の下剤を長期使用してはならない。外感発熱の初期、特に悪寒や下痢を伴う場合は、盲目的に「清火通便」してはならない。
この節では、誤用または過度に用いた汗・吐・下の後に現れる複雑な変証について集中的に論じている:漏汗不止、悪風、小便難、心悸、心下痞堅、虚煩不眠、表里俱虚、結胸、発黄、蓄血など。
「太陽病三日,已発其汗,吐下、温針而不解,此為壊病……観其脈証,知犯何逆,随証治之」
太陽病が何度も誤治された後は、すでに「壊病」となっており、もとの処方をそのまま当てはめることはできず、改めて弁証しなければならない。
「凡病若発汗,若吐,若下,若亡血,無津液而陰陽自和者,必自愈」
津液・陰陽が自然に回復できれば、多くの軽証は自然治癒しうる。過度の治療はかえって有害である。
誤治後の核心的な病機は「亡津液、亡陽気、気機逆乱」である。条文に繰り返し現れる心悸、煩躁、痞満、二便異常は、すべて正気の損傷と昇降の失常の現れである。
「陰陽自和すれば、必ず自愈す」は「支持療法・自然治癒を待つ」という考え方と通じるところがある。過度の服薬、反復する発汗や瀉下は、身体への負担を増大させる。
病気の後は複数の強い薬を重ねて使わず、回復期には淡白な食事と十分な休息を取り、体がゆっくり回復するのを待つ。
古人は、冬は温法を用いるのに適すると考えていた。温法は裏虚寒証に用いられ、下利清穀、腹満、身体疼痛、脈沈、少陰吐利、手足寒などに用い、四逆湯類の方剤を常用する(理法の説明にのみ留める)。
「下利,腹満,身体疼痛,先温其裏」
身体疼痛はあるが、下利腹満は裏虚寒が重いことを示すため、まず裏を温めるべきである。
「少陰病,脈沈者,急当温之」
脈沈は裏に主するところがあり、少陰病は陽気の虚衰が多い。
温法は陽気を回復させるもので、「寒者熱之」の具体的運用である。裏寒が明らかな時は、表証があってもまず裏陽を救わなければならない。陽気が散ってしまえば病状は急激に悪化するからである。
古代の温法が重症感染症の後期に見られる低体温、四肢冷、下痢、脈微などを扱ったことは、現代医学における循環不全、感染性ショックの前駆症状と類似する現象があるが、機序は異なる。温法は医師の指導の下で使用する必要がある。
冬季は腰腹・足部の保温に注意する。平素から冷えやすく、下痢しやすい人は生冷の物を控え、適度に温養を行うとよい。
灸法は温補に偏るため、微数脈、浮熱甚だし、実熱陰虚の者は灸すべきではない。火を助け陰を傷つけ、筋骨を焼くからである。虚寒下利、少陰背寒は灸してよい。刺法は補虚瀉実を旨とするが、大怒、大労、大酔、大飽、大飢、大渇、大惊などの場合は刺してはならない。
「微数之脈,慎不可灸,因火為邪,則為煩逆,追虚逐実,血散脈中」
微数脈は多くは陰虚に熱があることを示す。誤って灸すれば火によって陰が傷つき動血する。
「少陰病,得之一二日,口中和,其背悪寒者,当灸之」
少陰陽虚で背部が冷える者は、灸法で陽を温めてよい。
「大怒無刺,大労無刺,大酔無刺,大飽無刺,大飢無刺,大渇無刺」
情志が激しい、疲労、酔酔、飽食、空腹、大渇の時は、いずれも刺してはならない。
灸法は陽を温めることに偏り、実熱・陰虚・血少の者に灸を用いるのは「熱をもって熱を助ける」ことになる。刺法は身体の状態が不安定な時を避け、暴針や気機逆乱を防がなければならない。
鍼灸刺激は実際に自律神経や循環に影響を与えうる。空腹時、酔酔時、過労時の刺鍼は失神などの反応を起こしやすい。灸法による保健も体質の弁別を行うべきで、熱性体質の者は随意に灸すべきではない。
艾灸による保健の前に体質を理解し、空腹時、過飽時、飲酒後、過労時には行わない。刺鍼は正規の医療機関で受けるべきである。
この節では「水法」と「火法」について論じる。水法とは水分摂取、潅水、冷水湿布などを指す。火法とは火熏、温針、焼瓦熨背などを指す。古人は、口渇し胃中が乾燥している者は少量を頻回に温めて飲んでもよいが、胃中虚寒の者は飲水で哕逆を起こしやすいとした。火法は多くは寒証に用いられ、実熱証に誤って火法を用いると、発黄、譫語、煩渴、出血、さらには亡陽を引き起こす。
「太陽病,発汗後,若大汗出,胃中乾燥,煩不得眠,其人欲飲水,当稍飲之,令胃中和則愈」
大汗後の口渇には水を飲んでもよいが、少量ずつゆっくり飲み、胃気を和らげると治る。
「陽明病,被火,額上微汗出,而小便不利,必発黄」
陽明はもともと裏熱があるのに、さらに火法を用いれば熱邪はいっそう盛んになり、発黄と小便不利を起こしやすい。
「太陽病,以火熏之,不得汗,其人必躁」
表熱証に火熏を用いて汗が出なければ、かえって煩躁を生じる。火法の誤りを示している。
水法の原則は「少量・温服・胃寒者は忌」である。火法は温熱性の治法であり、寒証にのみ用いるべきで、実熱証に誤用すると「火上に油を注ぐ」ことになる。
発熱・大汗後の少量頻回の温かな水分補給は、現代の体液管理の原則に合致する。短時間に大量の水を飲むことも不調を引き起こす可能性がある。高熱時に厚着や火煅で蒸す行為などは、熱障害をむしろ悪化させる可能性があり、取るべきではない。
発熱・発汗後は少量ずつ温かい水を飲むようにし、氷水や一気飲みはしない。寒冷期には適度に暖を取ってよいが、高熱時には「発汗のための保温」をすべきではない。
巻末では熱病の危重証や生死判断が多く論じられ、陰陽交、少陰厥逆、陰陽竭尽、重実重虚、熱病十逆、五脏気絶、死期脈象などについて言及している。
「温病,汗出輒復熱,而脈躁疾,不為汗衰,狂言,不能食,病名陰陽交,交者死」
熱病で発汗後も高熱が続き、脈が急促で、汗によって衰えず、神昏語乱、不能食という状態は、正気が邪に勝てないことを示し、古代では死候とみなされた。
「熱病,已得汗,而脈尚躁盛,此陽脈之極也,死;其得汗而脈静者,生也」
発汗後に脈が躁から静に転じるのは好转であり、なお躁動急促であれば危重である。
「重実者,肉大熱,病気熱,脈満;重虚者,脈虚,気虚,尺虚」
邪気の盛んなるを実とし、精気の奪わるるを虚とする。実熱が過剰であること、あるいは気血陰陽がすべて虚することは、いずれも危険な状態である。
「熱病,腹満脹,身熱者,不得大小便,脈渋小疾,一逆見,死」
このような「十逆」の条文は、高熱と腹部膨満、二便不通、脈象異常などの危重証を述べている。
予後判断の核心は脈証が相応するか否か、陽気と陰精が衰敗していないかにある。古人は、発汗後に脈が静まるか、四肢が温まるか、食事ができるか、神志が清明かで、疾病の趋势を判断した。
「高熱後の神昏、四肢厥冷、無尿、呼吸困難、出血」などは、現代医学における敗血症、感染症ショック、多臓器機能障害と現象的に一定の重なりがあり、すべて危重なサインである。ただし「幾日で死ぬ」「脈四至・五至」などは、そのまま現代の診断基準として用いることはできない。
感染性の発熱時に、呼吸促迫、意識障害、四肢冷感、尿量減少、頻繁な嘔吐下痢、出血などの症状が見られた場合は、直ちに受診し、遅らせてはらないけない。
関連概念:
関連文献:
『傷寒論・弁太陽病脈証并治』『傷寒論・弁陽明病脈証并治』『傷寒論・弁少陰病脈証并治』『金匱要略・臓腑経絡先後病脈証』など。
本内容は中医の古典古籍に基づくもので、伝統文化の学習と研究のみを目的としており、いかなる医療診断・投薬・治療のアドバイスを構成するものではありません。不調がある場合は早めに医師の診察を受けてください。