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脉经
全体意訳
『脈経』巻十(手検図三十一部)
経典に曰く:肺は、人体五臓の華蓋(最上位に位置し、諸臓を庇う傘蓋の喩え)であり、上は天に応じ、万物の道理に通じ、精気(人体生命活動の基本物質とエネルギー)の運行を司り、五行(木火土金水)と四時の理法に法り、五味を知覚する。
寸口(手首の橈骨動脈拍動部、中医における主要な脈診部位)の中には、陰陽が交会し、その中に五つの分部がある。前・後・左・右はそれぞれに主るところがあり、上・下・中央は九道(脈診における九種の脈の取り方・部位)に分かれる。浮・沈・結・散などの脈象によって、邪気の在る所を推し知ることができる。この理はどういうものか。岐伯が言うには、脈象大きくして弱いのは、気実血虚であり、脈象大きくして長いのは、病位が下部にある。脈が浮かんで上下直通し障りがないのは、陽脈に属する。脈堅いのは病位が腎にあり、脈急なるのは病位が肝にあり、脈実なるのは病位が肺にある。
前部の偏外側は、足太陽(膀胱経)に対応する。中央の偏外側は、足陽明(胃経)に対応する。後部の偏外側は、足少陽(胆経)に対応する。中央の直前方は、手少陰(心経)に対応する。中央の直中間は、手心主(心包経)に対応する。中央の直後方は、手太陰(肺経)に対応する。前部の偏内側は、足厥陰(肝経)に対応する。中央の偏内側は、足太陰(脾経)に対応する。後部の偏内側は、足少陰(腎経)に対応する。前部の左右に弾動するのは、陽蹺脈に対応する。中部の左右に弾動するのは、帯脈に対応する。後部の左右に弾動するのは、陰蹺脈に対応する。少陽より斜めに厥陰に至るのは、陰維脈である。少陰より斜めに太陽に至るのは、陽維脈である。脈の来るとき大きくなったり小さくなったりするのは、陰絡である。脈の来るとき小さくなったり大きくなったりするのは、陽絡である。
前部の偏外側は、足太陽の脈に対応する。脈が動くとき、頭・項・腰部の疼痛に苦しむ。脈浮なるは風邪を感受したもの。脈渋なるは寒熱が交争するもの。脈緊なるは宿食(積食が化さないもの)。前部の偏外側は、足太陽の脈に対応する。脈が動くとき、目眩、頭・頸・項・腰・背の強痛に苦しむ。男子は陰下が湿り、女子は月経が不調となり、少腹痛が命門(腰部の両腎の間にある生命の門、腎気と密接に関係)に引き連なり、陰中が痛み、子宮が閉塞する。脈浮なるは風、脈渋なるは寒凝血、脈滑なるは労熱(虚労による発熱)、脈緊なるは宿食。鍼は九分刺し、六分に退く。
中央の偏外側は、足陽明の脈に対応する。脈が動くとき、頭痛、顔面紅潮に苦しみ、脈微滑で、大便不通、腸鳴、不能食、足脛の麻痺に苦しむ。中央の偏外側は、足陽明の脈に対応する。脈が動くとき、頭痛、顔面紅潮して発熱し、脈浮微滑で、大便不利、嘆息を好み、腹満に苦しむ。脈滑なるは飲(水飲の内停)、脈渋なるは嗜臥、腸鳴して食らえず、足の痹。鍼は九分刺し、六分に退く。
後部の偏外側は、足少陽の脈に対応する。脈が動くとき、腰・背・大腿・肢節の疼痛に苦しむ。後部の偏外側は、足少陽の脈に対応する。脈浮なるは気渋、脈渋なるは風・血滞、脈急なるは転筋(筋肉の痙攣)、脈弦なるは労である。鍼は九分刺し、六分に退く。
[巻十] 上 足三陽脈
前部の偏内側は、足厥陰の脈に対応する。脈が動くとき、少腹痛、月経不利、子宮閉塞に苦しむ。前部の偏内側は、足厥陰の脈に対応する。脈が動くとき、少腹痛が腰に連なること、大便不通、小便困難、陰茎中が痛み、女子は月経不調、陰中が寒く、子門が閉塞し、少腹が拘急することを苦しむ。男子は疝気、両睾丸が上縮し、淋証。鍼は六分刺し、三分に退く。
中央の偏内側は、足太陰の脈に対応する。脈が動くとき、胃中の痛み、食不下、咳唾帯血、足脛の寒冷、少気、身体が重く、腰部より上が水中に坐しているかの如く感じることに苦しむ。中央の偏内側は、足太陰の脈に対応する。脈が動くとき、腹満、上脘に寒あり、食不下、病は飲食の不当によって得られることに苦しむ。脈沈渋なるは、身体が重く、四肢動かす能わず、食物は化せず、煩満して臥す能わず、足脛痛み、寒を畏れ、時に咳血し、泄瀉して下利色黄なることに苦しむ。鍼は六分刺し、三分に退く。
後部の偏内側は、足少陰の脈に対応する。脈が動くとき、少腹痛、心と引き連なりて背痛し、淋証に苦しむ。高所より墜ちて、内部を傷り小便尿血す。後部の偏内側は、足少陰の脈に対応する。脈が動くとき、小腹痛、心と引き連なりて背痛し、淋証に苦しむ。高所より墜ちて、臀部の内側を傷り、便血・裏急後重し、月経来たすとき上って心胸を衝き、胸脅が満悶拘急し、大腿の内側が拘急す。鍼は六分刺し、三分に退く。
[巻十] 上 足三陰脈
前部の左右に弾動するのは、陽蹺脈である。脈が動くとき、腰背痛に苦しみ、脈微渋なるは風癇(風邪による癇証)。陽蹺脈を取って治療する。前部の左右に弾動するのは、陽蹺脈である。脈が動くとき、腰痛、癲癇、悪風、偏枯(半身不遂)、僵仆して羊の声を発す、痺証、皮膚身体が強直して痹痛することに苦しむ。直ちに陽蹺脈を取る。外踝の上三寸、絶骨に正对するところ。
中部の左右に弾動するのは、帯脈である。脈が動くとき、少腹痛が命門に引き連なり、女子は月経が来ず、断続した後に下血し、陰部が寒く、人をして孕ます能わず、男子は少腹の拘急、或いは失精(遺精滑泄)に苦しむ。後部の左右に弾動するのは、陰蹺脈である。脈が動くとき、癲癇、寒熱、皮膚が強直して痹痛することに苦しむ。後部の左右に弾動するのは、陰蹺脈である。脈が動くとき、少腹痛、裏急、腰及び髖部より以下が陰中に連なって痛み、男子は陰疝、女子は漏下(膣からの不正出血)止まざることに苦しむ。
[巻十] 上 陽蹺陰蹺帯脈
中央の直前方は、手少陰の脈に対応する。脈が動くとき、心痛して微かに堅く、腹脅が拘急することに苦しむ。脈実堅なるは、忤邪(不正の気が犯す)を感受したもの。脈純虚なるは、下利・腸鳴。脈滑なるは、身孕有り。女子は陰中が痒く痛み、痛みは玉門(膣口)の上一分前方より出ず。中央の直中間は、手心主の脈に対応する。脈が動くとき、心痛、顔面紅潮、口苦、咽部の不快感、喜怒が常ならざることに苦しむ。脈微浮なるは、悲しみ、恍惚として楽しからざることに苦しむ。脈渋なるは心下の寒。脈沈なるは恐懼、人に追捕せらるるが如き感じ。時に寒熱有り、血気の不調有り。中央の直後方は、手太陰の脈に対応する。脈が動くとき、咳嗽気逆、呼吸が通畅ならざることに苦しむ。脈浮なるは内風。脈緊渋なるは、胸中に積熱有り、時に咳血し、沈伏の熱有り。
上 手三陰脈
少陰より斜めに太陽に至るのは、陽維脈である。脈が動くとき、肌肉が痺れて痒いことに苦しむ。少陰より斜めに太陽に至るのは、陽維脈である。脈が動くとき、癩疾、僵仆して羊の声を発し、手足が互いに引き連なり、重きは失音して、言語すること能わず、癲疾に苦しむ。直ちに客主人穴、及び両陽維脈を取る。外踝絶骨の下二寸にある。
少陽より斜めに厥陰に至るのは、陰維脈である。脈が動くとき、癲癇、僵仆して羊の声を発することに苦しむ。少陽より斜めに厥陰に至るのは、陰維脈である。脈が動くとき、僵仆、失音、肌肉が酸軟し、痒痹することに苦しむ。汗出でて風を悪む。
脈の来たるとき暫く大きく暫く小さいは、陰絡(一説に結)である。脈が動くとき、肉痹に苦しみ、時に応じて発し、身体が戦慄す。
脈の来たるとき暫く小さく暫く大きいのは、陽絡(一説に結)である。脈が動くとき、皮膚の痛み、下部の麻木不仁、汗出でて寒を畏るることに苦しむ。
肺脈の来たるや、楡の葉を撫でるが如く軽やかで和やかなるを平脈(正常な脈象)と為す。風の羽毛を吹くが如く散乱するを病脈と為す。脈形が連珠の如く堅く断続するは死脈と為し、死期は丙丁の日、禺中(午前九時から十一時)或いは日中(正午十一時から一時)。
心脈の来たるや、反転した筍の殻の如く寬大なるを平脈と為す。連珠の如く連続して転がるを病脈と為す。脈が前に曲がり後に居ること鉤を帯びたるが如きは死脈と為し、死期は壬癸の日、人定(午後九時から十一時)或いは夜半(深夜十一時から一時)。
肝脈の来たるや、搏動して弱きを平脈と為す。新たに張った弓弦の如く勁急なるを病脈と為す。鶏の爪が地を踏むが如く急促にして乱るるは死脈と為し、死期は庚辛の日、晡時(午後三時から五時)或いは日入(午後五時から七時)。
脾脈の来たるや、従容として和緩なるを平脈と為す。来たること鶏の足を挙ぐるが如く急促なるを病脈と為す。鳥が啄食するが如く短促に、水の漏るるが如く断続するは死脈と為し、死期は甲乙の日、平旦(午前三時から五時)或いは日出(朝五時から七時)。
腎脈の来たるや、微細にして長きを平脈と為す。来たること弾石の如く堅きを病脈と為す。去ること解けた縄の如く散乱するは死脈と為し、死期は戊己の日、食時(午前七時から九時)、日昳(午後一時から三時)、黄昏(午後七時から九時)、鶏鳴(午前一時から三時)。
寸口の中の脈が躁動して尺部に直達し、関部に脈の応ずる無きは、これ陽干陰(陽邪が陰分を犯す)。脈が動くとき、腰背・腹痛、陰中に傷あるが如く、足が寒冷なることに苦しむ。鍼は足太陽、少陰の経を刺し、絶骨に正对するところ、九分入れる。太陰の経に五壮を灸す。尺の中の脈が堅実にして尺部に直達し、寸口に脈の応ずる無きは、これ陰干陽(陰邪が陽分を犯す)。脈が動くとき、両脛・腰部の沉重、少腹痛、癲疾に苦しむ。鍼は足太陰の経の踝の上三寸に刺し、鍼は五分入れる。又太陽の経、陽蹺脈を灸す。足外踝の上三寸、絶骨に正对するところ。
寸口脈緊にして、直ちに魚際の下に延び、軽く按ずるに鶏の毛を持するが如く、その病は腸鳴、足の痹痛酸、腹満、不能食、寒湿によって得る。鍼は陽維脈を刺す。外踝の上三寸の間、五分入れる。この脈は魚際より出づ。
寸口脈沈して骨に著き、手のひらを反仰して初めてこれを取る、これは腎脈である。脈が動くとき、少腹痛、腰体の酸、癲疾に苦しむ。鍼は腎兪穴を刺し、七分入れる。又陰維脈を刺し、五分入れる。初めに寸口中の脈を按ずるに、細堅の状の如く、久しくこれを按ずるに、大にして深し。脈が動くとき、心下有寒、胸脅苦痛、陰中痛み、夫に親しむを願わず、これは陰逆(陰気の上逆)。鍼は期門穴を刺し、六分入れる。又腎兪穴を刺し、五分入れ、胃脘に七壮を灸すことを可とす。初めに寸口中の脈を按ずるに、躁動洪大の如く、久しく按ずるに、細にして牢堅。脈が動くとき、腰腹互いに引き連なって痛み、以下足部に至るまで沉重にして、食らう能わざることに苦しむ。鍼は腎兪穴を刺し、四分より五分に入れ、亦胃脘に七壮を灸すことを可とす。
寸口尺中ともに沈むは、ただ関部にのみ脈有り、寒を畏れ、心下痛むに苦しむ。 寸口尺中ともに沈むは、関部に脈無きは、心下が喘ぐに苦しむ。 寸口尺中ともに数なるは、熱あるを主る。ともに遅なるは、寒あるを主る。 寸口尺中ともに微なるは、厥(気血の逆乱)を主り、気血は不足し、その人少気なり。 寸口尺中ともに濡弱なるは、発熱、悪寒、汗出を主る。(一説に内温熱、手足逆冷、汗出)
寸口沈は、胸中の痛み、背部に引き連なるを主る。(一説に短気) 関上沈は、心痛、上って酸を吞むを主る。 尺中沈は、引いて背痛するを主る。
寸口伏は、胸中に逆気あるを主る。 関上伏は、水気有り、泄溏するを主る。 尺中伏は、水穀が消えざるを主る。
寸口弦は、胃中の拘急を主る。(一説に心下) 関上弦は、胃中に寒有り、心下が拘急するを主る。 尺中弦は、少腹・臍下の拘急を主る。
寸口緊は、頭痛、気逆を主る。 関上緊は、心下の痛みを主る。 尺中緊は、臍下の少腹痛を主る。
寸口渋は、無陽、少気を主る。 関上渋は、無血、厥冷を主る。 尺中渋は、無陰、厥冷を主る。
寸口微は、無陽、外寒を主る。 関上微は、中焦が実するを主る(一説に胃虚)、食らう能えば、故に裏急す。(一説に無胃気) 尺中微は、無陰、厥冷、腹中の拘急を主る。
寸口滑は、胸満気逆を主る。 関上滑は、中焦が実して気逆するを主る。 尺中滑は、下利、少気を主る。
寸口数は、即ち嘔吐を主る。 関上数は、胃中に熱あるを主る。 尺中数は、悪寒、小便赤黄を主る。
寸口実なるは、即ち熱を生じ、虚なるは、即ち寒を生ず。 関上実なるは、即ち痛みを主り、虚なるは、即ち脹満を主る。 尺中実なるは、即ち小便の難、少腹が硬く痛むを主り、虚なるは、即ち小便の閉塞して通ぜざるを主る。
寸口芤なるは、吐血を主り、微芤なるは、衄血を主る。 関上芤なるは、胃中の虚を主る。 尺中芤なるは、下血を主り、微芤なるは、小便血を主る。
寸口浮は、その人の卒風、発熱・頭痛を主る。 関上浮は、腹痛、心下の満を主る。 尺中浮は、小便の難を主る。
寸口遅は、上焦に寒あるを主る。 関上遅は、弱く、胃気無く、熱あるを主る。 尺中遅は、下焦に寒あり、背痛するを主る。
寸口濡は、陽の弱き、自汗出ずるを主る。 関上濡は、下重を主る。 尺中濡は、少血、発熱、悪寒を主る。
寸弱は、陽気の少なきを主る。 関弱(原文欠) 尺弱は、少血を主る。
本巻の核心的な学術思想は、脈診の部位と経絡臓腑との対映体系にある。古人は寸口脈の異なる部位(前・後・左・右・上・下・中央)の脈象の特徴によって、脈象から邪気の在る経絡臓腑を推し知るという診断モデルを打ち立てた。このモデルの理論的基礎は次の通りである:
寸口は脈の大会なり:寸口は手太陰肺経の通るところであり、肺は百脈を朝す。故に寸口は全身の気を候うことができる。肺は華蓋にして、精気の運行を主るが故に、寸口脈は五脏六腑・十二経絡の状態を反映することができる。
九道分部の定位論理:前・後・左・右・上・下・中央は九道を構成し、それぞれ異なる経絡に対応する。前部の外側は足太陽を候い、中央の外側は足陽明を候い、後部の外側は足少陽を候う——これは三陽経の寸口における外側の分布である。前部の内側は足厥陰を候い、中央の内側は足太陰を候い、後部の内側は足少陰を候う——これは三陰経の内側における対応である。この"外陽内陰、前中後の対応"という配置は、陰陽対称の思惟構造を体現している。
脈象と病性の対応:浮は風を主り、渋は寒凝血滞を主り、緊は宿食を主り、滑は飲または労熱を主り、弦は労を主り、沈は裏寒を主り、数は熱を主り、遅は寒を主り、芤は失血を主り、微は陽気または陰血の不足を主り、伏は気機の閉鬱を主り、濡弱は気血の虧虚に表証が兼なることを主る。この脈象―病性の対応関係は、後世の脈学の基礎的枠組みである。
奇経八脈の脈診上の位置付け:左右の弾動は蹺脈(前部は陽蹺、後部は陰蹺)を候い、中部の左右の弾動は帯脈を候い、斜行する脈は維脈を候う。このように脈の「動態的特徴」によって、単なる「位置」ではなく奇経を識別する方法は、古人が脈象の動的変化に対して微細に観察していたことを示している。
五脏の平脈・病脈・死脈の形態的喩え:自然の物象を用いて脈象を比喩する——肺の平脈は楡の葉を撫でるがごとく、心は反った筍の殻の大いなるがごとく、肝の脈は搏動して弱く、脾の脈は阿阿として緩く、腎の脈は微細にして長し。この「象」をもって脈を論じる方法は、脈象の形態的質感(単なる頻度ではなく)を臓腑機能状態を判断する中核的根拠とするものである。
現代医学の観点から見ると、脈診における一部の観察には説明可能な生理学的根拠がある。例えば:
しかしながら、本巻における「脈象と具体的な経絡との一対一の対応」という位置付けのモデル(前部外側=足太陽など)は、現代の解剖学的観点からは検証することができない。このような「全息対応」の思惟様式は、古代の象数思惟の産物であり、「天人相应」「陰陽五行」の哲学的枠組みの上に構築されたもので、反復可能な実証的基盤に立つものではない。さらに、五脏の死脈と死亡日との対応(肺の脈の死期は丙丁日に在るなど)は、干支五行と臓腑の配属の推演に関わり、文化的・哲学的解釋体系に属し、臨床的予後の根拠とすべきではない。
特に指摘すべきは、本巻における数多くの「動,苦……」という表現が、古人がその脈位に異常が現れた際に伴う可能性があると考える症状を述べていることである。これらの症状と経絡・臓腑との対応関係は、一部は現代の臨床観察と重なるものの(足陽明の脈の異常と消化器症状との関連など)、全体としては、この体系の正確性と特異性は現代の根拠に基づく医学の支持を得ていない。
本巻の脈学思想から、以下の非治療的な養生の示唆を抽出することができる:
身体の「信号」に注意を払う:古人は脈象を通じて身体内部の微細な変化を知覚していた。この「外によりて内を知る」という考え方は、日常生活において身体の発する信号——睡眠の質、食事の好み、感情の起伏、大便や小便の状況など——に注意を払うよう促す。身体の微細な変化は、しばしば明確な不調に先立って現れる。
飲食に節度を持ち、宿食を避ける:本巻では脈緊が「宿食」を主ることが何度も述べられており、飲食の不節制が脾胃を損なうことに対する古人の重視を反映している。現代の生活においても、規則正しい食事、暴飲暴食の回避、夜食の減少は、消化機能を保護する基本的な方法である。
情志の調摂:手少陰の脈が動くと「心痛」「恍惚不楽」を苦しみ、手厥陰の脈が動くと「喜怒」することは、情志と臓腑機能が密接に関連することを示している。感情を平穏に保ち、長期的な不安や抑うつを避けることは、心身の健康に積極的な意義がある。
風を避け寒を防ぐ:多くの脈象(浮、渋、緊)が風、寒、湿邪と関連しており、古人の「風を避けること箭を避けるが如くせよ」という言葉は今日でも参考価値がある。季節の変わり目や気温の急変時には保温に注意し、湿気の多い環境に長く居続けることを避けることは、基本的な自己養護である。
寸口脈法:中医の三大脈診部位(寸口、人迎、趺陽)の一つで、最も常用される脈診法である。寸口は寸、関、尺の三部に分かれ、左右各三つで、合わせて六部脈となる。本巻はその上にさらに「九道」に細分化しており、脈診が簡から繁へと発展した歴史的変遷を反映している。
奇経八脈:督脈、任脈、衝脈、帯脈、陽蹺、陰蹺、陽維、陰維を含む。本巻はそのうちの六条(陽蹺、陰蹺、帯脈、陽維、陰維)に関わり、奇経の脈診を論じた初期の文献の一つである。後世の李時珍『奇経八脈考』はこれを基にさらに完善を加えた。
平脈、病脈、死脈:脈学における三級分類体系である。平脈は正常な脈象で、臓腑機能の調和を反映する;病脈は異常な脈象で、疾病の存在を示す;死脈は極度に異常な脈象で、古人は予後不良を预示すると考えた。このような段階分けは、中医の「治未病」と「予後を知る」という診断思想を示している。
絶骨:経外奇穴の名で、外踝尖より三寸上、腓骨前縁に位置する。その部位の腓骨と脛骨の間が骨の絶たれた(切れた)形に似ることから名付けられた。
『脈経』巻一から巻九:王叔和は魏晋以前の脈学の成果を系統的に整理した。巻十の手検図三十一部は全書の付録的な図譜・文字部分であり、前九巻はそれぞれ脈形、脈理、寸口分部、臓腑脈候、雑病脈証などを論じる。
『瀕湖脈学』:明代の李時珍による著書で、七言歌訣の形式で二十七種の脈象の体状、主病を総括し、言語は精練で暗誦しやすいため、後世の脉診学習における重要な入門書である。
『脈訣』:旧くは王叔和の撰とされたが(実際は後人の偽託)、通俗的な歌訣の形式で脈診を論じ、宋元明の時期に広く流布し、脈学の普及に深遠な影響を与えた。
『黄帝内経·素問·脈要精微論』:診脈の時間、部位、方法および四時脈象の常と変を論じ、脈診理論の重要な源流である。
『難経·第一難至第二十二難』:寸口脈法、寸口にのみ取る原理、および寸関尺の位置付けと臓腑配属を系統的に論じる。
本内容は中医の古典古籍に基づき、伝統文化の学習と研究のためにのみ提供され、いかなる医療診断、投薬または治療の助言を構成するものではない。もし不調があれば速やかに医師の診察を受けること。