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黄金策
全体的意訳 詩書を読み込んだ者は、自然と朝廷に身を置き抱負を実現させたいと願う。知識が豊富な者は、どうして山林に隠れて才能を埋もれさせようか。もし功名運を推測したいなら、易経の卦象を詳しく分析しなければならない🌿。もし父母爻が旺盛で勢いがあれば、文章は必ず一字一句が珠玉のごとく、地に投げれば音がするほど立派である。もし官鬼爻が盛んに興れば、吉報は泥金帖のように迅速に届くだろう。財爻が重なって発動すれば、科挙に合格することは期待しにくい。子孫爻が引き起こされれば、やはり科挙で高い位に就くことは期待しにくい。兄弟爻が介入すれば、まるで科挙の試験場で優勝を奪い合う悪敵のようである。日辰が世爻を補助すれば、実に前進を後押しする良き友である。もし用神が相衝すれば、試験問題が不慣れで対応しにくいことを示す。もし六爻全てが動けば、功名への道ははかなく成し遂げられないだろう。
月建が文書の爻を制すれば、文章の形式が規範に合わず選ばれないことを説明する。世爻が傷つくか官爻が克されれば、官途が閉ざされて通じないことを示す。もし財爻が官鬼を助け、父母爻が空亡に落ちれば、あるいは幸運にも成功するかもしれない。もし子孫爻が官鬼に変じ、世爻と相合すれば、やはり合格者名簿に名を連ねることができる。官爻が現れるが情がなければ、順調に出世する志を実現することは難しい。官爻が伏蔵するが生気に支えられれば、ついに寒門を離れて官途に身を置くことができる。月建が身を克するなら、叱責を受ける恐れがある。財爻が世を生ずるなら、必ず旅費の援助があるだろう。
もし父母爻と官鬼爻が三合で出会えば、必ず三元(解元・会元・状元)に連続合格できる。もし青竜と白虎の二爻がともに動けば、必ず一挙に名を上げることができる。七殺が身を生ずる官鬼に化すれば、降格の憂いに遭う恐れがある。太歳が気勢のある官爻を補佐すれば、ついに進士に及第する。理由なく空亡が世爻に臨めば、試験は病気や用事で妨げられる恐れがある。青竜が身爻に合すれば、試験場に必ず喜びの気が添えられる。財爻が伏蔵して空亡に逢えば、旅費は必ず乏しい。世爻が旺盛で官に化すれば、試験を受けに行って初めて成功できる。卦が六衝に逢えば🏃、このたびの行いでは科挙の高榜に登ることは難しい。爻が六合に逢えば🤝、このたびは必ず貴人の推薦を得る。
父母が旺盛で官が衰えるのは、まるで唐代の劉蕡のように才能が高くても落第した無念さのようである。父母が衰えて官が旺盛なのは、ちょうど唐代の張奭のように才能がないのに返って科挙に合格したことを嘲笑われるのに似ている。応爻が世に合し、かつ日辰が相生すれば、必ず有力な推薦を得る。動爻が身を傷つけ、日辰が克して来ても、やはり寒窓で苦学しなければならない。世が動いて空に化するが用神が旺盛であれば、功名の成就は豹変のように華麗だが、瞬く間に空しくなる(荘周の夢の蝶のよう)。世爻が官鬼に化し、月建の扶持を得れば、大鵬が翼を広げてそのまま月宮に上り、桂を折るかのようである。さらに細かく本命の爻神の旺衰を推し量ってこそ、初めて個人の運命の窮通を論断できる。以上はわずかな言葉ではあるが、功名の得失の機微を総論し、さらに八卦を借りて推演すれば、実用の吉凶を断じることができる⚖️。
古代の科挙と現代の競争は本質的に、資源分配メカニズムの現れである。卦象が明らかにするのは宿命ではなく、システム内の各要素の相互作用関係——学才(父)、機会(官)、資源(財)、競争(兄)の動的バランスが成否の軌跡を決定する。