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全 20 章中 13 章
卜筮全书
卦爻の内外の配列を考察すれば、人丁と宅舎の盛衰を推し知ることができる。内卦の三爻は宅舎を表し、外卦の三爻は住む人を表す。宅爻が人爻を剋すれば、疾病が年に連なり、家事に多くの問題が生じることを主する。人爻が宅爻を剋すれば、家屋の修繕・建築・改築を主する。内卦が旺盛ならば家屋は広く、外卦が旺盛ならば人丁が栄える。
初めに住宅の基盤を観、井戸の位置に関連する。次に応接間の格局を観、調理場を兼ねる。初爻は住宅の基址を表し、財爻・福神を帯びれば吉とし、井戸も初爻に関連する。初爻が土に属すれば井戸の水は濁り、水に属すれば清冷で満ち溢れ、木に属すれば井戸の上に木があり、火に属すれば泉は常に干上がり、金に属すれば水は清らかで味は甘い。官鬼を帯びて空亡に逢えば、必ず廃棄された井戸である。
二爻は応接間を表す。生旺ならば家屋は奥深く広々とし、気が無ければ狭く低く雑然とする。青龍・龍徳・貴人を帯びれば、必ず新しく修理された整った家である。白虎・刑冲克害を加えれば、必ず古くて破敗した住居である。二爻はまた調理場を兼ねる。生旺ならば竈の火は盛んで料理は賑やか、休囚ならば竈は冷たく煙がない。朱雀が官鬼を帯びれば、必ず竈の前で呪詛のことがある。官鬼が白虎に連なれば、膿血淋漓の災いに気をつけなければならない。
三爻は大門を表す。太歳・日辰と相生相合すれば、門の向きは大いに良い。太歳・日辰と相刑相冲すれば、向きは不吉である。財福・青龍・吉神发动を帯びる者は、門庭は清らかで吉、人口は康寧である。官鬼・白虎・凶神发动を加える者は、口舌の争いや官非の絡みつきを多く招く。兄弟を加える者は、破耗多く資財が集まらないことを主する。父母を帯びて父母に化すれば、一つの家に二つの異なる門がある。刑冲に逢うか破軍を加えれば、必ず破損がある。以上は動爻が深刻で、静爻は軽微である。三四爻が相冲すれば、二つの門が突き抜けて、財が集まらない。
四爻は門戸(中門)を表す。吉神を帯びて動けば吉、凶煞に逢って動けば凶。五爻は道路、六爻は棟梁の位置を表す。五爻は道であり、世爻と相合すれば道は曲折して趣があり、世爻と相冲すれば道は直く長く煞気を帯びる。六爻は棟梁・壁であり、青龍を帯びれば新築で整い、白虎を加えれば倒壊破敗する。
その奥妙を弁別することができても、なお内裏の精微を細かに究めなければならない。六爻を検索すれば、皆是れ家庭の小事。一語を推明すれば、王公大人を驚かすことができる。
月建と六神の配合:月建が青龍に会すれば、婚姻・妊娠の喜びを主する。喪門に白虎を加えれば、疾病・喪亡を憂えなければならない。月建とは正月建寅の類である。青龍と会合して発動すれば、重なる喜びを主する:士大夫は加官進禄、平民は増財進宝、婚姻・生育は何れも吉である。喪門・白虎は四利三元と呼ばれ、凶神に属する。此の爻の発動を見れば、病患連綿・喪亡迭至など、種々の不祥があり、仔細に観察しなければならない。
朱雀が空亡に逢えば、門庭に官災はない。勾陳が旺盛ならば、家業に田産が増える。月建朱雀は正月巳上から順行する。内卦で動けば是非・口舌を主し、外卦で貴人を加えて動けば、文書・音信の喜びを主する。官符・官鬼を帯びて動けば、月内に必ず口舌・官事がある。また云う:月建朱雀は即ち天烛杀であり、日辰朱雀とともに動くならば、火災に注意しなければならない。朱雀が空亡ならば、官事は差し支えなく、是非は潜伏し、火災は消散する。
月建勾陳は正月丑上から順行する。鬼杀を帯びて内動すれば、宅神が安からず、人口が寧をしないことを主する。外動すれば、事を謀るに遅滞する。財爻に臨み旺盛に動いて世を剋すれば、月内に必ず産業を増す兆しがある。さらに日建青龍を加えれば、必ず田園を広く作り、銭穀が横発し、田土の事に大いに利する。
玄武は盗賊を防がなければならず、咸池を加えれば必ず私情がある。螣蛇は本来虚驚を主し、陰鬼に遇えば多くの怪夢を生じる。月建玄武は正月亥上から順行する。内動すれば、奴婢の逃走を主する。外に鬼杀を加えて動けば、壁を穿ち戸を破る賊を主する。玄武が咸池と同宮ならば、陰私淫乱の事を主する。動いて世爻に合すれば、宅長に必ず不正の行いがあり、財爻に臨めば、その妻は必ず淫乱であり、父母に臨めば、出身が卑賤である。または福德及び第六爻に臨めば、皆奴僕に陰私の事があることを主する。生旺に逢えば、その事は張り渡り、休囚に値すれば、なお隠し得る。冲散に逢えば、必ず人に言い破られ、再び発生しない。此の章の論ずる所は皆是非の端であり、古人が此の事を詳述したのは、既に精微の地に深く入ったならば、言わざるを得ないからである。後学は妄りに語るべからず。胸中に暗蔵して、人の邪正を観る法とし、軽々に泄らすべきではない。
月建螣蛇は正月辰上から逆行する。動くならば、連累の事を主する。陰鬼に遇えば、夜に怪夢を生じることを主する。世に剋し世に臨めば、宅長は夜夢安からず。応に剋し応に臨めば、宅母は睡眠が穏やかでない。
怪異の弁別:卦は六十四象を列ね、怪は一十二宮に分かつ。六十四卦の中、怪異は十二宮分に過ぎない。子爻動は鼠怪、寅卯申は狐怪、巳動は蛇怪、午動は火光怪、酉は鶏怪、戌は犬怪、辰丑未は虚響怪。凡そ怪爻の動く所、冲に逢えば害はない。六爻を推占するに、全く四季に憑って判断する。訣に曰う:怪爻季は両頭に居り、仲月は之二に逢って五に随う。三四怪爻は孟月に当たり、動いて怪異を成し静なれば之なし。杀神世に在れば災いは実に応じ、鬼杀身を傷れば禍いは虚ならず。更に官爻世に持されるならば、衰え病むに逢うを怕れ、患いは除き難し。言う所の怪爻は、四季に憑って取用しなければならない:季月は初爻・六爻の動が怪、仲月は二爻・五爻の動が怪、孟月は三爻・四爻の動が怪。その他の発動は、乱りに言うべからず。
凡そ怪異には、また深浅の違いがある。怪浅ければ禍いも亦浅く、怪深ければ禍いも亦深い。禍福は此に於いて弁別できる。
移転の占い:世が游魂に在れば、常に移転の意がある。身が墓庫に居れば、終に離起の時はない。宅を占うに游魂卦を得れば、居処定まらず、常に家を移す念があることを主する。移居を占うに世爻の入墓を怕れ、移転を言うも、終に身を動かすことができない。外卦が興隆ならば、遷居は大吉。内爻が旺相ならば、移居は必ず災殃を見る。立春は艮旺・震相・巽胎・離没・坤死・兑囚・乾休・坎廃。春分は震旺・巽相・離胎・坤没・兑死・乾囚・坎休・艮廃。立夏は巽旺・離相・坤胎・兑没・乾死・坎囚・艮休・震廃。夏至は離旺・坤相・兑胎・乾没・坎死・艮囚・震休・巽廃。立秋は坤旺・兑相・乾胎・坎没・艮死・震囚・巽休・離廃。秋分は兑旺・乾相・坎胎・艮没・震死・巽囚・離休・坤廃。立冬は乾旺・坎相・艮胎・震没・巽死・離囚・坤休・兑廃。冬至は坎旺・艮相・震胎・巽没・離死・坤囚・兑休・乾廃。以上は八卦の休旺である。凡そ移居を占うに、外卦旺ならば遷るに宜しく、内卦旺ならば守るに宜しい。之に反すれば必ず災殃を見る。青龍外動は遷るに宜しく、白虎外動は静かにするに宜しい。大凡そ青龍は吉で白虎は凶であり、守旧遷移は其の動変に随って趨避を作す。
刑害が六合に翻るならば、挙家遷后は亨通す。游魂が歸魂に化すれば、旧地に返れば大吉。移居を占うに三刑六害の卦を得るは本非吉兆、もし六合卦に変ずれば、遷后必ず亨通する。游魂が歸魂に化すれば、必ず当に仍お旧地に返るべきで、方めて大吉である。遷居の志を遂げんと欲すれば、分烛の隣を求めなければならない。初爻は左隣・後隣、四爻は右隣・前隣。財福・吉神を加えれば、必ず慈祥善良の家である。鬼杀・凶神を帯びれば、無籍の凶狠の輩である。
治家の本を究めんと欲すれば、鬼(神霊)を敬ふより過ぎたるは莫し。卦中の三爻は總べて天神地鬼を論じ、其の中の六兽は作福興災を知る。凡そ家宅の香火を占うには、卦中の第三爻を主とする。福德が之に臨めば、家神は興旺である。六兽を以て鬼神を推測すれば、言い尽くし難い。大率吉神は発動するに宜しく、凶神は安静にするに宜しい。
単拆は陰陽を弁別し、衰旺は新旧を推す可し。鬼爻が単に属すれば陽であり、天神仏像或いは祀典正神。鬼爻が拆を見れば陰に属し、必ず草に依り木に附く者、暴死・傷亡・投河・自縊の鬼である。神像の新旧を知らんと欲すれば、衰旺に依って推究する:長生より帝旺に至るまで皆新と言う可く、衰より墓絶に至れば必ず旧と言わなければならない。衰病はやや旧く、墓絶は最も旧い。
神前の供器を察せんと要すれば、更に卦内の鬼爻を詳らかにする。鬼位が金に逢えば、必ず香炉の破損を主する。官爻が木に遇えば、决して牌位の崩摧である。供器を察せんと欲すれば、但だ三爻を見て鬼に臨めば、五行を分けて自ずから必中する:鬼爻が水に臨めば、神堂の上に定めて漏れがある。火に臨めば、神位の前の供具の中に必ず一つの焼かれたことがあるものがある。土に臨めば、必ず埃が案に満ちて、払う者がいないことを主する。修葺して新たにすれば、庶幾く六神は安稳興隆する。
家畜を問えば、内宫は鬼祟の奉りを見る。百神が安妥ならば、自然に六畜は興隆する。鶏鴨は元初爻に在り、青龍に遇えば則ち四時旺盛。猫犬は端に二位に居り、白虎を加えれば則ち両件は全きこと難し。
初爻は鶏鴨の位である。鬼を帯びるか空亡すれば、鶏鴨を養い難い。大小耗を加えれば、必ず狐・黄鼠の害がある。青龍に臨めば、大吉。二爻は猫犬。寅爻が旁に動き戌爻を剋せば、虎が犬を傷つける。戌爻が二爻を剋せば、犬が猫を傷つける。猫爻が吉杀を加えれば、必ず良く鼠を捕らえる。杀を帯びて鬼ならば、家に悪犬がある。空亡に逢えば利あらず。旺空は狗有って猫無し、猫有って狗無し、両全し難い。白虎を加えれば必ず傷があり、青龍を帯びれば必ず旺相である。
三四爻は猪羊であり、官杀兄弟を見ることを怕れる。五六爻は牛馬であり、福徳妻財に逢うを喜ぶ。三爻は猪、子孫妻財を帯びれば必ず旺え、兄弟を帯びれば猪は育たない。官に逢い空亡すれば、猪に損失がある。子孫胎爻を帯びれば、其の家の猪は胎がある。申酉の二爻の動くか三爻を剋するを見れば、猪は决して損失がある。四爻は羊、財福を帯びれば則ち旺え、鬼杀を帯びれば則ち損失、空亡に逢えば羊なし。胎養が爻に臨めば羊の母は旺え、劫杀が爻に臨めば羯羊が多い。朱雀が大杀に臨み兑宫・乾宫に動けば、羊は臊口を生じる。青龍の動に遇えば則ち吉、白虎の動は則ち凶。
五爻は牛。子孫を帯びれば、其の家に子母牛がある。胎爻を帯びれば、其の家の牛は胎がある。凡そ青龍財福に遇えば則ち吉、鬼杀白虎は則ち凶。青龍が爻に臨めば多くは水牛、勾陳螣蛇は多くは黄牛。もし五爻が金鬼を帯びれば、牛の夜啼を主する。水鬼は敗肚。木鬼は脚痛。火鬼は熱に触れたるによる。土鬼は時気が瘴を発する。兄弟が兄弟に化すれば、人と牛を合わせ持ち、牛は只旺相である。墓庫は老牛、胎養は小牛。
六爻は驢馬。財福を帯びれば則ち吉、鬼杀を帯びれば則ち凶。子の日に午爻を冲すれば、走りて熱を飲み水を求めることを主し、火動なれば則ち妨げはない。此の爻は牛爻に依って断ずる。
最も嫌うは本命が冲に逢ふことであり、須く分宮の受克を忌むべし。丑爻は牛、寅爻は虎(また猫爻と断ず)、午爻は馬、未爻は羊、酉爻は鶏、戌爻は犬、亥爻は猪。以上は六畜の本命であり、鬼杀・大小耗・相刑相克に逢うを怕れる。又本命の空亡を嫌い、皆損折を主する。初鶏鴨・二猫犬・三猪四羊・五牛六馬及び驢騾、此れを分宮と為す。本命が卦に上るならば、当に分宮を看て主と為すべし。吉神が動いて来生すれば則ち吉、凶杀が動いて来克すれば則ち凶。更に日辰の扶挟を得れば亦吉、日辰の刑冲すれば則ち凶。此に依って断ずれば、万に一つの誤りもない。
命が生旺に逢えば当に吉凶を別つべし。生旺がもし本命に逢えば、本吉兆と為すも、財福旺相に臨めば則ち吉と看、鬼杀大小耗に臨めば則ち凶と看、反って旺ならざるに如かず。吉神が命を扶け旺なる所は、六畜は必ず盛ん。もし鬼杀を加え休囚ならば、損折も亦軽い。凡そ本命が旺に臨み財福に臨むも、其の上に大小杀を加えるならば、畜は盛ん zwar損失も多いことを主し、得失相半ばする。概論して吉凶を断ずべからず。
爻が刑冲に値すれば須く表裏を分つべし。分宮が日辰の刑冲或いは動爻の刑冲ならば、当に吉凶の弁・表裏の分がある。分宮が財福・青龍に会すれば則ち吉、刑冲に逢えば則ち凶。もし鬼杀白虎に臨み刑冲に逢えば、反って吉――必ず前に損失ありと雖も、後は必ず旺盛になることを主する。大凡そ旺なる処が冲に逢えば則ち損じ、絶える処が冲に逢えば則ち散じ、空なる処が冲に逢えば則ち空にあらず。
六兽は颜色を知り、斟酌して相克相生す。八宫は身形を細論し、居中居外を定奪す。もし六神の臨む所・六爻安静・別に冲破なければ、但だ一样の颜色と言う。もし動いて相生相克すれば、方めて雑色と言う可し。玄武が用爻に臨み白虎の動いて来克する所となれば、乃ち黑白相間。玄武旺ならば黑が多く、白虎衰ならば白が少ない。青龍が用爻に臨み、白虎の動いて来克し、又勾陳の動いて来生するを加えれば、乃ち三色の花、黄白黑相間、即ち玳瑁色。乾は頭、坤は腹、離は目、坎は耳、兑は口及び尾、艮は前足、震は後足、巽は腰。凡そ用爻が玄武に臨み乾象に在れば、通身黑色。もし坤象に白虎の動いて来生克するに逢えば、必ず黑頭白腹。其余の分宫は此に倣って推し詳らかにする。
家に千鐘の糧有り、皆田中玉の粒より出づ。庫に百宝を蔵し、安んずるは筐内の銀糸の如し。先ず農力の勤労を言い、熟稲豈に八月に辜ならんや。次に蚕を養う節を論じ、植桑三春に負かず。
凡そ農田を占う:世を以て田と為し、応を以て天と為す。応爻が水に臨み世を生じ、及び青龍玄武を加えて世爻を生合すれば、豊年を卜す可し。もし応に朱雀を加えて動き世爻を剋すを見れば、田禾は必ず損ずる。或いは世が勾陳に臨み動いて応爻を剋せば、水に欠くを主する。もし応爻が相合比和ならば、卦中の何爻の発動を見て、水動は世を生剋すれば吉、火動は世を生剋すれば凶。
蚕を占う:内卦は蚕、外卦は養蚕人。内が外を生ずるは吉、外が内を剋するは凶。内が生旺なれば蚕は旺え、外が興隆なれば人は多く、内外相生は吉、相剋は凶。凡そ占うには巳午を卦に上るを要めて吉と為し、巳午の発動は乃ち大吉。艮卦離卦は大吉、坎卦兑卦は大凶。四五月の卦に逢えば大吉。
内外三爻を割分し、総べて農桑の二事に合す。農を占う:初爻は種、二爻は秧、三爻は人力、四爻は牛、五爻は天、六爻は水。蚕桑を占う:初爻は種、二は苗、三は人、四は桑、五は箔、六は繭。六爻旺相なる者は吉、休囚庫墓なる者は凶。もし大杀・大耗・小耗に逢えば、皆为に凶兆と為す。
二卦が鬼杀に遭逢すれば可谓く全凶、五行が官爻に遇わざれば方めて大吉。農田鬼は初爻に在れば:種は合わず或いは萌えず。鬼は二爻に在れば:必ず秧に欠く。鬼は三爻に在れば:農力至らず、もし凶杀を加えれば田夫に病がある。鬼は四爻に在れば:牛力に欠くか牛に損があり、空亡ならば牛なし。鬼が兄に化するか兄が鬼に化すれば、人と牛を合わせ持ちて工作は不利。鬼は五爻に在れば:天意順わず。鬼は六爻に在れば:必ず水に欠く。蚕を占うに鬼は初爻に在れば:種出でず。二爻に在れば:出でて後旺盛ならず。三爻に在れば:蚕娘に病がある。四爻に在れば:葉は必ず貴い。五爻に在れば:上箔に損がある。六爻に在れば:財微薄、必ず好蚕なく亦好糸なし。六爻に鬼なければ、田蚕は自然に興旺する。凡そ鬼爻に遇えば、五行の所属及び衰旺動静を見るべし:農占うに鬼爻が金に属し発動して世爻を剋持せば、蝗虫の災いを主する。水爻が動いて鬼を帯びれば、狂霖が稼を損ずる。火鬼は亢旱を主する。土鬼は里社の興災。
陰陽相半ばすれば、須く四兽を加えて参詳すべし。財福俱全すれば、更に六神を互いて推究す。田蚕は皆陰陽相和、水火相半ばするを宜とし、方めて昌盛を得る。純陰は生ぜず、純陽は化せず、陰陽交合して然る後に万物は生ず。陰陽相半ばし、外陰内陽、内外相生を得れば、大吉。
蚕を占うには六神の持克を看るべし。蒼屏に云う:「青龍旺相して財福に入れば、春蚕盈盈として筐簇に満ち、取りて杆頭の白雪香を看、会看箱内の銀絲足らん。朱雀旺相して兄弟に入れば、必定桑に乏しく食を濟さず、若し当に離象の動く凶神に在れば、蚕室の火災の至るを防がねばならぬ。勾陳鬼を帶びれば多く黄死し、若し財爻に遇えば黄繭多く、卦中の発動は並びに遅滞し、若し凶神に値すれば奈何す可き。螣蛇水鬼は頭蚕を害し、正に烘すべき時に却って寒に遭い、縦い絲を筐篚内に得るとも、明朝絺綌も応に難し。白虎若し財福の中に臨めば、箔中多くは白頭公、更に兄弟の交重悪しきに逢えば、急々に祈求して一半空しきを免れよ。玄武若し咸池の動に臨めば、多くは女人の厭を帶びて來る、急に蚕福を求めて來り扶救せよ、庶幾く春蚕の目下の災を免れん。」
田蚕は皆財爻を以て主と為す:生旺ならば全收、無気ならば半收、空亡ならば大いに折れる。鬼空財旺ならば必ず心に称う。鬼有り財無ければ大損を主する。もし子孫の持世旺相に遇えば、六爻に鬼有りとも妨げ無し。興衰が位を得れば方めて其の豊穣を保ち得、動静が常を有すれば庶幾く其の得失を明らかにす可し。凡そ占うには先ず空亡を看、次に財鬼の衰旺を看る:鬼旺財衰は、荒歉の徴。財旺鬼衰は、豊稔を卜す可し。
田を占うには世を以て主と為し、水火相勝すべからず。水動世を生ずれば、春に滋育有り、夏に時雨が多い。水旺世を剋せば、淫淋止まず、巨浸飄泊す。卦中に水火爻の世を生ずる有れば、水火既済、豊登を擬す可し。蚕を占うには巳午を蚕命と為し、発動旺相は皆大吉の象。旁爻の動いて来生すれば利有り、来剋すれば大損を主する。
既に地利の広博を言うならば、必ず天時を仮りて発栄せしむ。陰晴を問えば、全く水火に憑る。もし晴雨を占えば、水火二爻は乃ち一卦の主宰。六爻に水無ければ必ず雨無く、六爻に火無ければ晴れない。水爻が動いて世を剋すれば、驟雨忽然として至る。世を生ずるは乃ち細雨。水爻旺動は驟雨、無気は細雨。もし水動にして土も亦動かば、雨有りと雖も多からず。卦中に水有りと雖も、土動に逢えば、决して雨無く、只是雨意である。もし水が水に化すれば、冬は冰雪と言う可し。火動世を剋すれば、必ず亢旱を遭う。もし水火兼ね動かば、乃ち雨順風調の象。水が火に化すれば、驟雨晴に転ず。火が水に化すれば、晴天雨に変ず。六爻に水火無く空亡に逢えば、晴れず雨らずの陰天気。
動静生剋は、天上の風雲を測る。旺相休囚は、人間の禍福を決す。蒼屏に云う:世は地、応は天。応が世を剋すれば雨なし、世が応を剋すれば大雨、動は則ち急、静は則ち緩。雨を占う:初爻旺は濃雲密布、無気は淡烟薄霧。二旺は飛電が光を揚げ、無気は雲中の虚閃。三旺は大風が屋を巻き、無気は暖風微か。四旺は轟雷大震、無気は隠隠軽雷。五旺は滂沱大雨、無気は細雨沾濡。晴を占う:初旺は天晴れ雖も雲猶お密、無気は薄雲將に散ぜんとす。二旺は草に露珠が綴り、無気は微かに薄露を施す。三旺は朝霞散漫、無気は日没すれば霞明らかなり。四旺は長虹が雨を截ち、無気は半ば浮雲を掃う。五旺は大明中に照らし、無気は日色淡泊。五爻が陰に属し旺なるは月が冰輪を転じ、無気は纱の鏡を罩ぐるが如し。
三が六位を衝けば、看るに掣電の空に騰ぐるを伫む。四が五爻を剋せば、長虹の日を貫くを見る。三爻が動いて初爻を剋せば、風が殘雲を巻き九霄に散ず。三爻が動いて初爻を生ずれば、風が濃雲を送り六合を包む。二四爻相生すれば、電閃雷轟盡く驚く。三六爻相冲すれば、驟雨盆を傾け六龙を攪す。卦中に晴に遇いては、却って初爻の動いて二爻を生ずるか、二爻の動いて初爻を剋するならば、必ず雲散霧收を主る。五爻の動いて三爻を生ずるか三爻に合すれば、日照霞明。四爻が五爻を剋すれば、長虹日を貫く。五爻が陰に属し初爻の動いて来剋する所となれば、月が明るべきも雲に遮られる。大綱を略挙すれば、余は当に推究すべし。
六神際会を推究すれば、五属の参詳を知るべし。青龍が水に臨み動けば、甘雨即ち沾濡す。若し木爻に値ひ動かば、陰雲亦舒ばず。朱雀が火に入り動けば、必然大明を啓く。土爻に飛び入り発すれば、雲中光人の射す。勾陳が土に臨み動けば、陰霧天に接す。若し卯辰動に遇えば、光中雲漸く開く。螣蛇申酉に動けば、掣電金蛇を走らす。縦い天に雨無くとも、陰雲終日遮る。白虎が木に臨み動けば、木を折る風を防がねばならぬ。坎宮に走入して発すれば、滔滔たる水空に接す。玄武が水に臨み動けば、連朝雨歇まず。更に鬼爻の発するに値えば、陰雲九州を暗くす。
卦が六冲に値えば、雲は凝ると雖も復た散ず。爻が六合に逢えば、雨は未だ至らずとも期す可し。卦が純陽并び六冲に値えば、雨は未だ望む可からず、雲烟も縦合とも亦必ず解散す。もし陰が陽に化すれば、雲意有ると雖も雨至らず、縦え有るも亦少ない。凡そ水爻の動くを占うも、日辰并びに動爻の刑害を衝かれるならば、雨は虽も微か。水爻安静にして冲を見れば則ち雨有り。凡そ陰陽相半ばするに遇えば故に六合能有り、更に水爻の有気を見れば、雨は未だ至らずとも以て預期す可し。もし陽が陰に変ずれば、静かに雖も当に雨に変ずべく、縦え火動有るも久晴は無し。もし純陰卦に遇えば静は則ち雨有り、動は則ち陽を生じ、雨は未だ望む可からず。水動なれば則ち許す可く、大杀白虎を加えれば則ち暴雨が至る。但だ雨順風調に逢えば、自然に民安国泰。
五爻は天子、賢に親しみて奸邪を遠ざく。凡そ国家を占う:本宮を以て国と為し、世を君と為す。又云う:五爻は天子。もし財福・青龍・貴人を帯びれば、仁君である。太歳・月建・勾陳に臨めば、威天下を震い、正を守る君。大杀・白虎を加えれば、暴虐の君。咸池を帯びれば、淫乱の君。劫杀を加えれば、位に居ること久しからず。もし吉神と相生相合すれば、必ず賢者に親しむことが出来る。もし吉神来剋すれば、必ず賢臣が輔ける有り。もし動いて凶神を剋せば、必ず小人を遠ざけ、奸邪を去ることが出来る。或いは凶杀と相生相合し、及び凶杀が動いて来剋すれば、輔相其の人を得ず、皆奸佞が輔けている。君爻は縦え吉神に遇うとも、奸佞を去ること能わず。
四位は公侯に列し、上は君に忠にして下は黎庶を安んず。三公九卿の位は皆四爻に在り。もし吉神旺相に臨み世を剋すれば、敢言敢諫の社稷の臣。もし鬼杀旺相を加え世を剋すれば、欺君僭上、主を昧うて権を把握する輩。もし世が吉神に値すれば、庶幾く大害は無い。四爻がもし世と相生すれば、阿諛の臣。縦え吉神を帯ぶるも、亦君の過を規め、君の失を正すこと能わず。凶神を帯ぶるも、亦君の正を害し、君の徳を喪ぼすこと能わず。四爻が動いて初爻を生ずれば、必ず民を憂うる心が有り。初爻が四爻を生ずれば、民に仰慕の意が有り。四爻が凶杀を加えて初爻を剋せば、民は無辜の害を受け、初爻が動いて四爻を剋すれば、民は之を仇雠の如く視る。四爻が二爻を生合すれば、必ず賢を招き士を納れることが出来る。二爻が四爻を生ずれば、士に景羡の心が有り。四爻が三爻を生剋すれば、必ず百官を使用し、賢を進め不肖を退けることが出来る。以上を細心に詳察すれば、応験なきはない。
子孫が大杀に臨めば、秦の扶蘇は趙相の謀に中る。君位が咸池に合すれば、唐の玄宗は楊妃の禍を受け。国家を占うに子孫を以て国嗣と為す。もし日辰の扶合・或いは動爻の相生・或いは月建旺相に臨む・及び青龍・貴人を加うるを得れば、もし東宫已に立てば、他日宝位に登るを擬し、更に改易は無い。子孫がもし咸池を帯びれば、正宮の生む所に非ず。福徳が劫杀・大杀に臨めば、変易が有るを恐れる。更に四爻に傷剋せられれば、必ず趙高の扶蘇を謀る事が有る。卦に子孫なければ、国嗣無し。世爻と五爻がもし咸池玄武を帯びれば、上は必ず荒淫。卦に咸池有れども君爻に剋せらるれば、西施の美有ると雖も、国政を害すること無し。応爻が咸池を加え五爻に飛入し旺相、又世爻空亡を兼ぬれば、必ず武氏の唐を乱す患いが有り、後必ず女主の天下を治むるを見るべし。もし吉神を加えれば、天下庶幾く安定。更に凶神を帯びれば、四海必ず乱る。君位がもし咸池を帯び杀を加え旺相ならば、必ず女禍が有り、唐皇の楊貴妃に於けるが如き故事である。
福神が世を剋せば、重ねて朱雲の檻を折るを観る。将曜が刑を加えれば、再び韓信の壇に登るを見る。子孫が発動して世爻を傷剋すれば、直臣の奏事するを主り、頗る朱雲折檻の風に類す。もし日辰と相生合すれば、上は必ず其の奏を允す。日辰と刑冲すれば、龍顔大いに怒り、終に貶責を遭う。子孫が太歳・月建に臨み動いて四爻を剋し五爻を生ずれば、子孫旺日は必ず御史有って権臣を劾す。四爻が鬼杀旺相にして受剋せざれば、変有りを防がねばならない。寅午戌午は将星、巳酉丑酉は将星、申子辰子は将星、亥卯未卯は将星。もし将に白虎・羊刃を加え世を生ずれば、必ず強将を得る。将星がもし貴人・青龍を帯び世を生ずれば、当に忠良の将を得る。将星がもし劫杀を加え動いて世を剋すれば、弑君の禍を防がねばならない。此の爻の将星は刺客と名づける。以上の三節は、皆旺相の年月日に見る可し。
金爻が鬼を帯びれば、一方に兵革の興りが有る。土位が凶に逢えば、四海尽く干戈の難い。大杀がもし金鬼に臨み旺動すれば、必ず兵革を興す。世が剋すれば庶幾く大事は無く、世を剋すれば必ず凶。もし土鬼が杀を帯び発動旺相ならば、四海皆乱る。世を剋すれば必ず攻城の賊が有る。卦中に杀有り鬼無ければ、世を剋すも亦凶。鬼有り杀無ければ、凶と雖も咎めなし。神有りて杀を制すれば、鬼動も妨げ無し。鬼位休囚なれば、財興有るも害あり。鬼空杀旺なれば、縦乱るも成ぜず。鬼旺杀空なれば、凶と雖も害なし。もし鬼が劫杀を帯びるか兄弟に化すれば、過ぐるは劫財の賊のみ。もし玄武を加えれば、陰私暗害の賊。卦中に蛇虎動かざれば、縦え大杀有るも急迫と為さず。もし官鬼悪杀に并び動かば、実に大害と為す。却って生旺克害の方何れに在るかを以て、方めて決断す可し。
寇贼を遏止するは全く将帥の專征に凭る。輸赢を决せんと要せば、先ず世辰の相克を察す。世を以て我が将と為し、応を以て彼の帥と為す。又云う:子孫を以て我が将及び先锋と為す。子孫が地を得て旺相なれば、将軍は必ず勝つ。もし青龍を加えれば乃ち忠良の将、もし白虎を加えれば乃ち勇悍威猛の将。もし持世を得れば、鬼有るも傷害は無し。もし旺相発動を得れば、決戦千里に勝つ。更に日辰の扶拱有れば、百戦百勝の功が有る。嫌う所は父母の発動で、子孫有るも其の鋒に当つ可からず。もし入墓無気ならば、動くも傷無し。凡そ專征伐には、世を以て我と為し、応を以て彼と為す。世が応を剋すれば是我が勝ち、応が世を剋すれば彼の勝ち。世墓は只だ堅壁自守に宜しく、妄動すべからず。もし世旺相にして応の入墓ならば、彼は必ず人丁を折る。世空は我に難有り、応空は彼に傷有り。世が陰宮に在れば先に動くに宜しからず、世が陽象に在れば後に興すに利あらず。世動応を剋すれば我必ず進み、応動世を剋すれば彼来たらんと欲す。鬼爻世を剋せば彼勝ち我負け、鬼爻応を剋せば彼退かんと欲す。鬼持世は圍困を防がねばならない。金火持世応なれば、両家流れて血が交じる征。世応比和にして皆旺相なれば、此れ両强の敵手、勝敗は未だ决す可からず、但だ長ずる所を以て断ず。世応相生相合すれば、将帥に允和の心が有り、士卒に攻戦の意が無い。
妻財が発動すれば当に易帜の功を成すべし。兄弟交重なれば須く糧を奪われん患いを御せよ。父母は旗幟、旺相発動は必然軍を興す。もし内に動けば我兵を興さんと欲し、外に動けば彼の軍馬が行く。世を剋すれば来りて我を侵さんと欲し、応を剋すれば乃ち頭を回すの旌旗、彼必ず自ら退く。凡そ父母動かずして妻財動かば、当に旗を奪い幟を易うる事が有るべし。財が内に動き外の父母を剋せば、我必ず彼の旌旗を奪う。妻財が外に動き内の父母を剋せば、彼將に我が旗旌を奪わんとす。財は糧草、卦に財無ければ必ず糧を絶つ。財空は糧将に缺けんとす。財無気は糧多からず。財動は糧を賊に送る。兄弟交重なれば、粮を劫し草を奪わんことを防がねばならない。
轟雷の戦鼓を聴く、金爻発動空に逢う。雨の炮砖を見るが如く、土位交重旺に逢う。土は砲石、旺相未上に臨み発動して方可めて言之。もし大杀を帯びれば必ず傷害を遭い、退神に遇えば自損を防がねばならない。金空は則ち鳴り、動く処冲に逢えば愈々鳴る。もし発動すれば必然金鼓轟雷、戦闘を防がねばならない。金爻発動空亡せざれば、刃森々として雪の明らかなるが如し。内動は我が器械備え具わり、外動は彼の兵刃斉し。金爻発動刑剋に逢えば、兵甲堅しと雖も人を損ぜず。金爻無気刑剋に逢えば、甲胄干戈整わず。以上を細細と捜求すれば、自然に的中有り。
木は乃ち川を済すの舟楫、火は馬を繋ぐの軍营。征戦は登山渉水を免れず、舟船の便が無ければ、五月安んぞ瀘を渡る可けんや。凡そ占うに木を以て舟楫と為し、発動旺相ならば必ず済川の利が有り。木爻冲を受くれば舟必ず破漏し、木爻剋を受くれば船車行き難し。卦中に水爻無ければ水無きを恐れ、木爻空亡に逢えば必ず船無く、木爻鬼を帯びれば乃ち賊船。凡そ野に戦えば、安营下寨を免れず、山谷の険に処すと雖も、亦其の吉凶を卜すに宜しい。凡そ占うに世を以て主将と為し、火爻を营寨と為す。世爻と相生相合すれば其の地は利を得、世爻と相克相冲せば不吉。火爻がもし鬼を帯びれば、贼寨必ず相近し。火爻旺相は広闊を宜とし、無気は小結構を宜とす。蒼屏に云う:「水爻鬼を帶びて來り我を剋せば、寨を劫し营を攻むるを防がねばならぬ、卻って有気無氣を看て、方めて斟量して敗贏を道ふ可し。」假如火爻旺相水無気ならば、縦え來り世を剋すも亦傷無し。
父が虎杀を加え外に興れば、軍兵を縱ちて陣に来らしむ莫かれ。鬼が劫亡を帶び内に動かば、奸細の城に臨むを暗に防がねばならない。子孫は我が兵卒、官鬼は彼の贼徒。子衰は兵卒怯え、鬼旺は贼军強し。鬼空は彼必ず滅び、子旺は我必ず昌ん。父母が白虎を帶び外動は必ず子孫を剋すことを怕れ、守に宜しく戦うに宜しからず、戦えば則ち必ず軍卒を傷う。父母がもし世に持して動かば、主将軍卒を養う能わず、上下心を離し未だ相安せず。もし凶神を帶びれば、自変を防がねばならない。亡神杀は正月亥から起り順行、劫杀は後を見よ。もし鬼が二杀を帶びて内に動かば、奸細の人が城池の内に在るを防がねばならない。もし世に剰されれば、事情を探るも漏泄に至らず。世爻無気鬼杀旺なれば、軍機透漏して禍い終に來る。内外鬼爻俱に発動して世を剋せば、必ず内応外合の患いが有る。子動なれば必ず妨げ無し。鬼爻杀を帶びざれば、害を為すも亦凶にあらず。
もし暗動身に傷るに逢わば、須く陰謀の刺客に遇うべし。凡そ鬼爻暗動更に劫杀・大杀を加え世爻を刑剋すれば、主将は刺客を防がねばならない。卦内に若し子孫の發动して來救するを得れば、刺客决して擒にせられ、燕の太子丹の荆軻を秦に使いしに比して類す。もし日辰が伏鬼を衝き動かして飛爻を傷れば、須く自家の手下に人ありて己を謀るを防がねばならない。卦中に救い無ければ、禍いは將に身に及ばんとし、鬼旺日决して応験を見る。
虎蛇皆動かば、正に離乱の時に当たる。世応俱に空なれば、宜しく升平の楽を見るべし。大杀がもし動いて白虎螣蛇を加えれば、必ず大乱、卒には休息し難し。大杀がもし胎养長生の位上に当たれば、乃ち喪乱の発萌の時。もし臨官帝旺の地に在れば、正当大乱、此を過ぐれば漸く息む。もし墓绝の位上に当たれば、將に次いで太平ならんとす。離乱は已に経歴したるを、何年の離乱最も甚だしく、何年稍息むかを知らんと要すれば、長生法に依って断ず。六爻に鬼なく卦に杀無く、世応俱に空なれば即ち太平。
国家の治乱は莫非く風俗紀纲、人寿夭長は豈に尫羸壮盛を論ぜんや。道を養わざれば、終に疾病の存する有り。祷能く占わば、便ち死生の决するを見る。杀が父母に臨めば堂上の親を憂え、空が妻財に及べば閨中の婦を災う。
凡そ疾病を占うに、來る者の何なるかを看る。子は父母を占えば父母の上卦を要め、妻は夫を占うに鬼を見、夫は妻を占うに財を見、父は子を占うに子を見、兄弟を占い、朋友を占うも亦兄弟を見、奴仆を占うも亦子孫を見る。凡そ用爻が上卦せざるか空亡する者は、則ち多凶少吉。凡そ何爻が空亡し、何爻が剰を受けるかを占えば、吉凶此に依って断ず。
軽重存亡の兆を决するは專ら鬼爻を察し、金木水火の鄉を定むれば分かちて症候を論ず可し。鬼爻旺日は沉重、庫日は困迍、絶日は軽可。鬼が鬼に化すれば、其の病は進退し、或いは変症が有り、或いは旧病が発し、或いは症候が駁雑。鬼持世は病が根を除き難く、鬼爻杀を帶び持世するは、此れ瘵疾。卦中鬼爻日辰旺は乃ち暴病。月建旺は乃ち經月の疾。鬼爻無気身に臨む者は久病、卒には痊可し難し。卦中鬼無ければ病み安んじ難く、鬼動身を傷れば症候急なり。凡そ旺鬼は死なざれば愈え易く、衰鬼は死なざれば其の病療じ難し。
症候を定めんと欲すれば、鬼の臨む五行を見るべし。金鬼:肺腑の病、咳嗽気喘、或いは疮疖血光、或いは筋骨疼痛。木鬼:四肢不利、風気肝胆、左瘫右痪、口眼歪斜、頭疼発熱、三焦口渇。朱雀を加えれば、狂言乱語、陽症傷寒。水鬼:沉寒痼冷、遺精白濁、小便淋沥、吐泻呕逆。火鬼:寒熱往來、脾寒瘧疾。土鬼:脾胃発瘴、水腫虚浮、瘟疫時気。もし前卦火鬼后卦水鬼ならば、必ず前の症候は陽にして、冷薬を服し過ぎて陰症に変ず。もし午前占いて此の両鬼に遇わば、当に薬を服す莫かれと言うべし。過当後必ず変化有り。
青龍が位を得れば終に安康を見る、白虎が身を傷れば必ず凶咎を成す。青龍がもし子孫に臨み世を剋すれば、期日痊安。或いは応に臨み世を剋すれば、薬を服すれば効有り。もし用爻に臨み発動すれば、縦え凶険有るも亦傷つけず。もし鬼爻を帶ぶるも、亦凶悪発狂の病にあらず。もし三爻に動けば、香火が福を為す。蒼屏に云う:「青龍空亡并びに福德、病人平素陰騭なし。土動虎傷身に逢えば、管取其の年悲泣有り。君來り病を占い存亡を决す、白虎加臨主哭喪。臨剋父爻當に咎有り、財を併せ妻位必ず傷を遭わん。子孫際會終に否を成し、兄弟相逢更に昌ならず。更に官爻世に持さるるに値えば、己身須く災殃を恐るべし。」凡そ白虎交重に遇えば、乃ち病を占うの大咎、無気は猶お可、旺相は大凶。もし喪門・吊客・死符・喪車に臨み、持剋用爻する者は、决して起たざるの兆を主る。もし子孫旺動・月解興隆を得れば、庶幾く回生す可し。
月解交重なれば灾い漸く退き、天医発動すれば便ち回生す。卦中に若し発動して世に持するか用爻を剋持するを得れば、重病と雖も死せず。旺相最も吉、日下即ち愈ゆ。墓绝は稍慢、直ちに旺日を待ち方めて安んず。もし空亡に値せば、其の病は療じ難し。
明夷・観・贲・需・臨は、切忌世身の入墓。大畜・豊・同・蛊・夬は、財鬼の俱興に逢う莫かれ。凡そ病を占うに身世の鬼に随いて墓に入るを怕れ、决して瘥えず。例えば風地観の二爻乙巳は、鬼身亦二爻に在り、設或墓に入れば、乃ち身が鬼に随いて墓に入る。山火贲卦の初爻己卯は、鬼世亦初爻に在り、倘墓に入らば、乃ち世が鬼に随いて墓に入る。此の両卦を挙げて例と為し、余卦は此に倣う。蒼屏に云う:「乾化入艮父憂丧、坤化入巽母憂亡。震化入坤長男厄、巽化入坤長女当。坎化入巽中男厄、離化入乾中女卒。艮化風内少男倾、兑化山中少女卒。此れ八宮の來りて墓に入る、十人病を得て九人は故なり。」以上の言う卦墓は、乾化入艮を以て只父の亡を憂うるのみとすべからず、但だ病を看るに皆不吉。設し子が父を占い乾化艮に遇わば、応題と謂い、乃ち大凶。大畜等の五卦は病を占うに大忌。財鬼動かざれば必ずしも喪亡せず、財鬼空亡すれば雖病むも死せず。必ず其の条贯を把えて、方めて全凶と断曰ふ可し。上文の言う財鬼発動にも亦吉凶の分有り、且つ如く雷火豊卦:鬼動は兄弟を占うを忌み、財動は父母及び自身を占うを忌む。妻が夫を占うは終に凶なし。余卦は此に倣う。
虎易評注:『明夷』卦の四爻官鬼癸丑持世、『贲』卦の初爻官鬼己卯持世、『臨』卦の二爻官鬼丁卯持世、以上の三卦はもし世爻が入墓すれば、「世爻随鬼入墓」と称す可し。『観』卦の二爻官鬼乙巳は、未土持世なるが故に、其の世身は二爻に在り、もし二爻官鬼が入墓すれば、「世身随鬼入墓」と称す可し。また『需』卦の二爻官鬼甲寅は、申金持世なるが故に、其の世身は三爻に在る。故に、本卦の選入は誤りが有る可能性が有る。病を測るには此処で世身を用い、月卦身を用いない。読者は細かく分析して、誤りが無いようにされたい。
男は長生を怕れ兼ねて來来の節を怕る、女は沐浴を嫌い最も過去の辰を嫌う。男子は鬼爻長生日に病を得るを怕れ、鬼と衰旺を同じくする。卦に子孫・青龍・天医の発動無ければ、鬼爻墓絶日にして却って死す。又云う:寅日に火鬼に遇い、巳日に金鬼に遇い、申日に水土鬼に遇い、亥日に木鬼に遇う、之を長生鬼と謂う。占者之に遇えば、大凶が後に在り、沉重方めて来る。凡そ安危を决するには、先ず鬼爻の衰旺を以て推断し、次に節気を以て論ず。凡そ男は未來の節を怕れ、節に近ければ必ず重く、節を過ぐれば傷無し。節前に重からざれば必ず妨げ無し。もし久病ならば、当に四時の節候を以て論ずべし。且つ如く木鬼は秋間節気を忌み、節に遇いて重からざれば、節を過ぐれば必ず安んず。女は最も鬼爻沐浴日に病を得るを忌む。又云う:卯日に火鬼に遇い、午日に金鬼に遇い、酉日に水土鬼に遇い、子日に木鬼に遇う、之を沐浴鬼と謂う。之に遇えば痊え難く、至後反って沉重を加う。次に節後に必ず重きを見、重からざれば傷無し。女は極めて過ぎた後の節を怕る。
宜しく丘墓の同宮をすべからず、安んぞ雷風の卦に合す可けんや。三丘五墓は後を見よ。二杀俱に動けば、病人福を作すも留め難し。雷風は棺椁杀:震は棺、巽は椁、坤は墓、艮は冢。病を占うに若し全くすれば必ず死す。
既に染灾の表裏を論ずるならば、須く得病の因由を言うべし。凡そ病を占うに先ず症候端的を断じ、然後病因を議論す。更能く此の一章を明らかにすれば、誠に神を通ずるの卜と謂う可し。六兽官に臨めば當に内外を分つべく、八宫鬼に値れば宜しく陰陽を別つべし。但だ鬼六神に臨むを見れば、何の爻に在るかを看る:内に在れば則ち家に在りて病を得、外に在れば則ち他処にて殃を招く。青龍鬼:酒色過度、或いは財に因りて傷有り、婦人は喜に因りて疾有り。青龍鬼空:堕胎の患い有り。朱雀鬼:口舌及び咒咀、二爻は灶の下の咒咀、三爻は門に当たりての咒咀、或いは家堂神前の咒咀。朱雀が金鬼に臨み動けば、鍋を敲き铛を咒咀す。勾陳鬼:飲食節せず、飢を傷り飽を失い、脾胃不調。木鬼に臨めば、修造の动土の処に因りて病を得。螣蛇鬼:事務心に萦り、憂愁思慮、或いは虚驚怪異、因って染病、此の爻は多くは心家の受病。白虎鬼:斗殴跌扑、筋骨を傷损し、或いは寒酸肺を冲く。玄武鬼:色欲過度、飢を傷り雨に冒る。卦に鬼無ければ、其の病は医し難く、症候决し難し。但だ克杀の動く者を以て断じ、動かざるは用爻を克する者を以て断じ、又伏鬼を以て断ず。
鬼が父母の下に伏せば:憂心に因りて病を得、或いは衣服を着るに因りて病を得、過ぎたると及ばざると、冬は衣单と言い、夏は衣重と言う。鬼が兄弟の下に伏せば:賭博財を争う。鬼が子孫の下に伏せば:外情に牽惹せらる。鬼が財の下に伏せば:飲食過度。鬼が杀の下に伏せば:旧病再び発し、亦根を除き難し。老人の卦は生旺を忌み、小児の卦は休囚を忌む。最も病人の本命の上卦を宜とし、大吉なり。陰鬼に値すれば夜重く日軽く、陽鬼は夜軽く日重し、陰陽各々爻上の看に依る。世の疾病有る者は、亦賢愚の分有り:賢者は医薬を以て重と為し、愚者は祈祷を以て先と為す。占う者、其の情状を察せざるべからず、一覧其の人せば高下を知る可し、庶幾く賢愚皆共に語る可く、其の道方めて流行す。鬼神は、儒家の本此を言わざるも、今患者の占うが為に、拠理推詳するを得ざるなく、以て陰功黙佑と為す。
木は東岳天齐聖帝・七十二司・三十六案の神を主り、并びに自吊傷亡。水は河泊水府・沿江七十二廟の神、并びに溺水傷亡。土は瘟蝗疫疠・中央土府の神、并びに飢餓絶食傷亡。金は衔刀五道・飞廉白虎・金神七杀・吟呻三杀・九良星杀・丧殃丧杀の神、并びに自刎被刑阵亡の一应傷亡。火は南方火部・赤睛朱发鹤神・毛头毒火の神、并びに赴汤蹈火傷亡。もし二爻鬼は灶神、三爻鬼は香火神、子孫動は福神と為す。此に依って推すれば、万に一つの誤りなし。
伏が飛爻を剋すれば薬は通神の效を奏す、子が応位に臨めば医は済世の才に逢う。世は病人、応及び外卦は医薬。薬病を克すれば即ち愈え、病者薬を克すれば薬霊なし。外卦及び応が世を生ずれば、薬症に对すと虽も效を作すに遲し。世動薬を剋せば、水鬼ならば薬を服さず。金鬼無気、久病真を犯し、薬を服するも效なし。木鬼、其の病必ず条贯を犯し、薬も亦益なし。火鬼旺相、其の症必ず剛く、薬も其の熱を止むる能わず。土鬼其の病沉重、薬症に对せず病を療する能わず。応爻鬼を加え世を剋すれば、則ち誤薬人を損なう。病を占うに子孫を以て医薬と為し、応に臨み動いて世を剋すれば必ず良医に遇い、其の病即ち痊ゆ。卦に子孫なければ、薬を服すも效なし。世応比和にして卦に子孫なければ、医人を換えるに宜しい。子孫が応に臨み世に剰せらるれば、良医に遇うも病は未だ療ぜず。外卦及び応が世を剋すと雖も、卦に福徳無ければ亦安んじ難し。言う可し:薬有るべし當に療すべしと雖も、但だ良医未だ縁有るを恐る。子孫世を剋すと雖も、外爻及び応却是剋せざれば、良医薬餌有ると雖も中らず、終に大害なし。虎杀がもし子孫動に臨めば、医者の精詳ならざるを防がねばならない。
必ず五行を参究しなければ、方めて万病に攻むる可し。火鬼は涼剂に宜し。水鬼は温剂或いは丸薬に宜し。木鬼は針に宜し。金鬼は灸に宜し。土鬼は剉散に宜し。火鬼月建旺は大寒の剂に宜しく、無気は過ぐるも清凉の薬、余は此に倣って推す。金鬼は南方の医人に利あり、木鬼は西方の医人に利あり、水鬼は四散の医人に利あり、火鬼は北方の医人に利あり、土鬼は東方の医人に利あり。もし前卦水鬼后卦火鬼ならば、先ず四散の医治を須い、終に北方の医人の收功に於いてす。
卦爻安静なれば重ねて済世の人と為る、土杀俱に興れば定めて黄泉の客と作す。凡そ病を占うに六爻安静は吉と為し、其の病は治す可し。一卦の中、凶杀常に多くして吉神常に少なく、吉凶悔吝皆動より出で、動けば則ち咎を成す。且つ如く六親の中、子孫の動く者のみ吉。六神の中、青龍の動く者のみ吉、余の者は必ずしも皆凶ならざるも亦福を為す能わず、発動して何の益か我に於いてあらんや。此れ吉少凶多なり、卦爻安静に如かず。凶煞有ると雖も終に傷を遭わず。もし吉神当権有れば、自ら能く福を為す。土杀とは即ち辰戌丑未、交々相換わり四時を行くの間に、病を占うに逢えば多凶少吉。所有の諸杀は俱に後の凶杀章内に見え、若し一の件の動く有らば便ち凶咎を成す。
生死は禀修前定す、寿夭各々其の天年を盡くす。陰陽は後人に荫庇す、理義は合せて其の地理に凭るべし。天地の間、純陰は生ぜず、純陽は化せず。一陰一陽、二気交感し、万物を化生す。且つ如く天が人才を降生せんと欲せば、必ず地の気脉を假る。陰陽融結すれば、必ず賢者の出づる有り。故に凡そ人子は當に親の体を安厝して所を得しむべく、則ち亡者は安んじ生者は庇わる。
凡そ風水を占うに、漫りに玄妙と玄微を求めず。且つ卦爻を端詳して、地なるか地ならざるかを是とする。六合は則ち風藏氣聚、六冲は則ち水走沙飛。夫れ六合とは、陰陽相配にして相離れず、初四・二五・三六更に相い朝顾す、是れ有情と為す。凡そ地理は山環水抱、四兽朝迎、拱衛有情、羅城阙なしに過ぎず。此の卦中六合の義の似くは、大吉の地。もし卦に六合無く、世が内象に在り四兽有情なるは、乃ち次吉の地。世爻は雖も外象に在るも、却って賓主有情を得、左右顧眄し、明堂広敞、水口關欄し、乃ち小結局、亦用う可し。もし六冲卦に遇わば、乃ち山飛水走の地、更に詳らかにする必要はない。
龍は地勢に因りて詳觀す、即ち天玄の妙理を得。此の二句は一章の要旨。山に入り水口を尋ぬるに、六位空亡を宜しとせず。穴に到り明堂を見るに、間爻の旺相を見るを喜ぶ。第六爻は水口、世と相生相合すれば是れ有情、もし青龍・貴人・財福を加うれば、水口重重關鎖、必ず奇峰秀嶺の拱照回環有り。もし第六爻が世と相克相冲すれば、山直ぐにして情無く、地枯れて気無し。六爻もし空亡に値せば、水口散漫にして気を聚めず。間爻とは、世応の中の二爻。旺相にして月建に臨めば、之を万马明堂と謂う。云う有り:明堂万騎を容れ、水口風を通さず、大吉の地。明堂は衆水の聚る所、静を宜とし動を宜とせず、静なれば聚まりて高く、動なれば傾泻す。もし水が吉神を帶び間爻を生剋すれば、乃ち四水の明堂に入る。
世は乃ち主山の骨、當に九曜の規模を明らむべし。応は賓対の峰、須く五行の定体を察すべし。世は坐下の山。又云う:初爻二爻は坐山。生旺は坐山高厚、休廃空亡は坐山微薄。世が巳亥寅申を帶持せば、必定山雄地壮。世が辰戌丑未を帶持せば、必ず広闊平洋に居る。世が亥子を帶持せば、穴中水が出づ。世が辰巳を帶び杀を帶べば、地风有るを主る。白虎杀を帶び空亡に逢えば、白蚁有るを主る。もし諸吉神に臨めば、坐山は尊厳、穴中は潔浄。木に属せば必ず林茂しく、水に属せば必ず流泉に近く、類に当りて之を推す。九曜は婚姻章内に詳し。
案山が子孫貴人旺相を帶べば、其の山は聳抜秀麗。もし世を生じ世に合せば、端正有情。空亡は向山正しからず。杀を帶び冲に逢えば、乃ち欹斜破相の山。もし応が墓绝に臨めば、必ず案山低小。応がもし金に属せば即ち金星と言い、水に属せば即ち水星と言うなど。向は二十四位に列ね、事は百千万端に分かつ。木爻世を持せば東震寅甲卯乙を主り、金爻世を持せば西兑申庚辛酉を主り、火爻世を持せば南離午丙巳丁を主り、水爻世を持せば北坎亥癸子壬を主る。辰戌丑未は却って艮乾巽坤と言い、各々宜しき所有り。
発動して青龙世を剋せば、主を嫉むを防がねばならない。剛強の白虎が冲に逢えば、昂頭を切忌めよ。山間の龍虎は、即ち卦中の龍虎。青龍は吉と雖も亦世を克するを忌み、相生は乃ち妙。白虎が太旺は便ち昂首剛強。皆不吉と為す。青龍は左畔の峰を断じ、白虎は右辺の嶂を言う。喜ぶ所は相生相合、忌む所は相克相冲。青龍旺に木を帶ば、林木蒼蔚を主る。土を帶ば則ち山嶺崔巍、其の秀気は左より來る。白虎盛んに水に臨めば、流泉脈遠きを主る。金を加えれば則ち岩石奇麗、其の秀気は右より至る。皆其の相生を喜び、其の相克を最も悪む。
鬼が局中に在れば、必ず伏尸古墓有り。空が左右に臨めば、豈に凹缺招风無からんや。もし世の下に本宮官鬼の伏蔵有れば、必ず旧穴が下に在る。左右とは龍と虎、何の爻の空亡するを見れば、便ち凹缺招風の処を知る。主に墓穴の不安を主り、不吉と為す。勾陳がもし世の中に在れば、一際の來龍が振起す。朱雀が応上に臨み加えられば、两重の対案相い迎う。勾陳は乃ち龍の祖、もし木爻に在るか世に臨めば、來龍は必ず遠し。朱雀は案山、もし応に臨めば、必ず两重の対案が有る。
もし螣蛇を問わば當に穴法と為すべし。旺相にして吉神と位を共にすれば、乃ち真龍。空亡か墓絶の鄉に在れば、當に絶穴と為す。卦中に螣蛇を以て穴と為し、旺相は真龍、休囚は絶穴。
山を論ずること既に備われり、水に於いては合せて言うべし。亥子を尋ぬれば方めて有無を知り、動静を観れば分かちて死活を論ず可し。卦中に亥子無ければ、必ず池塘溪涧なし。水爻有りと雖も墓绝に逢えば、乃ち干流の地。但だ水爻の動く者は活水、静なる者は死水而已。根源の遠近を識らんと要すれば、但だ水位の興衰を見る。纏绕多情を推せんと欲すれば、且つ水爻の生合を察す。水爻旺相なれば、流脉綿長。水位休囚なれば、根源浅近。水爻相生相合すれば、委曲有情を主る。もし相克相冲すれば、直來無气を主る。もし卦に水位無きを見れば、竟に玄爻を推究すべし。倘し六爻に水無くば、竟に玄武爻を以て推看す:吉に遇えば則ち吉、凶に逢えば則ち凶。玄武吉神に臨めば、水の我に於いて益有り情有り、大吉。もし凶杀に臨めば、則ち益無く気無く、凶を主る。
『天玄賦』下巻の八章は、ともに一つの完成された六爻占断応用体系を構成しており、その核心論理は全体を貫いている:
第一に、「卦に内外あり、事に表裏あり」。家宅章は内三爻を宅、外三爻を人と定め、内外の生剋で盛衰を断じる。田蚕章は内卦を蚕、外卦を養蚕人とする。地理章は世を坐山、応を案山とする。この「内外二分法」は六爻体系における最も基本的な空間モデルであり、現実世界の「主体―環境」関係を卦爻の位置関係に写像する。
第二に、「五行象を定め、爻位事を定む」。全書は五行属性で具体的事物を弁別することを繰り返し強調する:水鬼は雨を主り、火鬼は旱を主り、金鬼は刀兵を主り、土鬼は瘟疫を主る。香火章では金鬼は香炉の破損、木鬼は牌位の崩摧とする。六畜章では五行で牛の病の種類を断じる。疾病章では五行鬼爻で症候を確定する。五行はここでは抽象的な哲理ではなく、高度に操作可能な分析ツールである。
第三に、「生旺衰墓、其の程度を断ず」。全ての章が長生十二宮(長生→帝旺→衰→墓絶)に依存して事物の発展段階を判断する。家宅の新旧は衰旺を見、疾病の軽重は鬼爻が旺日か墓日かを見、怪異の深浅は爻位の所在季節を見、移居の吉凶は外卦の旺衰を見る。この体系は占断に「時間的次元」を与え、予測を「吉凶」だけでなく「いつ」と「どの程度」にまで推及させる。
第四に、「六神各々司る所あり」。青龍は吉慶を主り、朱雀は口舌を主り、勾陳は田土遅滞を主り、螣蛇は虚驚怪異を主り、白虎は凶傷を主り、玄武は盗賊陰私を主る。六神と月建・日辰の結合は、動的な「神殺システム」を構成し、吉凶の性質と来源を細分化するために用いられる。
家宅章の現代的意義:住宅分析を環境評価の枠組みに変換する。内卦は建物自体の状態、外卦は居住者の状態を表す。宅が人を剋するは、建物に構造的問題(湿気・採光不良・通風不良)が存在し健康を損なう状況に相当する。人の宅を剋するは、居住者が改修・更新する能力を持つ状況である。門前の道路(五爻)の直冲(世と相冲)は現代風水学の「路冲煞」に対応し、家の向きと流年太歳の関係は、建築の向きと日照・風向の関係に類比できる。游魂卦が移転の意を主るのは、現代都市における頻繁な住み替えという流動的な生活様式と通底する。
香火章の現代解釈:此の章は古代の家宅における神棚祭祀の空間文化を反映する。現代の視点から見れば、香火の状態は家族の精神的凝集力の象徴である。鬼爻の単拆による陰陽新旧の弁別は、物質的痕跡を通じて祭祀が「行き届いているか」を判断する方法である。香炉の破損・牌位の崩摧・埃が積もった案――これらの細部は現代においては、家庭の儀式感の欠如が家族の凝集力の衰退を伴うことのメタファーに変換できる。
六畜章の現代解釈:古代農業社会における家畜の占断は、色から病症まで極めて詳細に対応規則を持つ。「分宮」制度(初鶏鴨、二猫犬、三猪四羊、五牛六馬)は、実際には動物分類管理の体系である。五行による牛病の判断方法は現代獣医学に取って代わることはできないが、その観察次元――金主肺(夜啼)、木主四肢(脚痛)、土主消化(時気発瘴)――は中医の動物に対する弁証思考と一致し、素朴ながら体系的な観察価値を持つ。
田蚕章の現代解釈:農業占断における「世を田と為し、応を天と為す」という設定は、人力(世)と天時(応)の関係という重要な農業管理思想を明示する。応爻が世を生ずれば天時が農に利する。朱雀が世を剋すれば気候が不利である。鬼が六爻(水)に在れば水に欠け、鬼が五爻(天)に在れば天意が順わない――這種の階層分析は本質的に古代のリスク評価モデルであり、農業生産を種子・苗・人力・畜力・天気・水源という六つの変数に分解して逐一検証する。
雨晴章の現代解釈:此の章の学術的価値は、それが中国古代の経験的气象予測の集大成であることだ。六爻を天気の異なる次元(雲層・雷光・風力・雷声・降雨量)に対応させ、五行生剋を配合して天気の変化を推断する。現代気象学の精確さは持たないが、「水火為綱」という思考は、気象学における「水蒸気―温度」の基本的矛盾と構造的に類似する。六冲卦の「雲凝復散」と六合卦の「雨未至而可期」の対比は、大気安定度に関する素朴な判断を表現している。
国朝章の現代解釈:此の章は古代政治占断の集中的提示であり、歴史文献の視点から理解する必要がある。秦の扶蘇と趙高、唐の玄宗と楊貴妃、朱雲の折檻、韓信の登壇、荆軻の秦刺など、多くの歴史典故が関わる。その分析枠組み――君主(五爻)・公卿(四爻)・民衆(初爻)の間の生剋関係――は本質的に古代政治構造の卦爻への投射である。将星システム(寅午戌午、巳酉丑酉など)は軍事指揮官の資質判断に用いられ、古代の「星命―軍事」の連関思考を反映する。現代社会において、この種の占断の実用価値は大幅に低下したが、その示す権力制衡の論理はなお歴史研究上の意義を持つ。
疾病章の現代解釈:此の章は六爻による病気占断の最も体系的な論述であり、「何人の為に誰を占うか」という冒頭から、占問主体の重要性を明確にする。五行病症分類は鮮明な中医的特徴を持つ:金主肺、木主肝胆四肢、水主腎寒、火主熱症、土主脾胃。鬼が六兽の下に在る病因分析(青龍は酒色、勾陳は飲食、玄武は色欲など)は、実際には病因をライフスタイルのカテゴリーに分類するものである。最後の「医薬」に関する部分は、子孫を医薬とし、世を病人とし、薬が病を剋す(子孫が鬼を剋す)か病が薬を剋す(鬼が子孫を剋す)かで効能を判断する。この論理は中医「弁証施治」における「薬証相符」の原則と高度に一致する。
地理章の現代解釈:風水堪輿の六爻的表現である。六合卦は「山環水抱」の理想的な格局に対応し、六冲卦は「水走沙飛」の悪環境に対応する。「明堂」が静を宜とし動を宜としないという説は、現代建築学における「開闊平坦で且つ衝射を受けない」選地原則と通じる。水口(六爻)の重要性は「気を聚める」ことにあり、実際には水源の安定性と排水システムの合理性に対応する。青龍が左、白虎が右という設定は、伝統的な「左青龍右白虎」の方位格局に対応し、核心的訴求は左右均衡、偏らないことである。
現代の意思決定への変換応用:
| 古代占断分野 | 現代対応シーン | 変換可能な意思決定枠組み |
|---|---|---|
| 家宅章 | 住宅購入の选址、リフォーム計画 | 内外環境適応度評価:建物状態(内卦)と居住者ニーズ(外卦)のマッチング |
| 香火章 | 家庭文化・雰囲気作り | 家庭の精神的空間の維持:見過ごされている「隅」の修繕が必要か |
| 六畜章 | ペット飼育、小規模畜産 | 分類管理思考:異なる動物/ペットを異なる管理モジュールに分ける |
| 田蚕章 | 栽培/養殖プロジェクト管理 | 六変数リスク検証:種子/苗/人/工具/天気/水源を逐一チェック |
| 雨晴章 | 外出時天気予報の参考 | 多指標複合判断:単一情報源に依存せず、多次元でクロス検証 |
| 国朝章 | 組織ガバナンス構造分析 | 上下階層関係の健全性診断:意思決定層―管理層―執行層の協調性 |
| 疾病章 | 健康リスク評価 | 病因分類分析法:不調の症状をライフスタイルの異なるカテゴリーに帰属させ、根本原因を探す |
| 地理章 | 選地と環境評価 | 新環境の六次元検証:来龍(交通)、明堂(空間)、水口(排水)、坐山(基礎)、案山(景観)、左右(周辺) |
現代シーンでの応用提案:
家宅意思決定:引っ越しや住宅購入に直面した際、候補住宅の「建物状態―周辺環境―交通条件―近隣関係」をそれぞれ卦爻変数に対応させ、「宅」と「人」の適合度を系統的に評価できる。価格や位置だけでなく、総合的な視点で判断する。
健康管理:疾病章の五行病症分類は、中医体質弁識の補助的枠組みとして活用できる。例えば、長期間「沉寒痼冷」を感じる者は、腎陽不足の養生方向に注目できる。「口眼歪斜・頭疼発熱」が頻繁な者は、肝胆風動の可能性を考慮する。核心は五行属性からライフスタイルの不均衡点を逆算することだ。
農業/園芸実践:田蚕章の六爻階層法は、栽培プロジェクトのチェックリストに変換できる:種子品質(初爻)→ 育苗状況(二爻)→ 人的投入(三爻)→ 工具設備(四爻)→ 気象条件(五爻)→ 灌漑水源(六爻)。どの一つの工程に問題があっても、早期に逐一チェックで発見できる。
気象警報の参考:雨晴章の「水動土亦動、雨有ると雖も多からず」などの規則は、伝統的な気象経験として農業分野の補助的参考になりうる。その「多指標クロス検証」の方法論は、現代の予測にも示唆を与える――単一の予報ソースに依存すべきではない。
「内外」二分法の背後にある宇宙観:天玄賦の八章は繰り返し内/外、世/応、人/宅などの二元構造を用いる。その深層の哲学的基盤は中国伝統の陰陽対待観である。『易伝』に「一陰一陽の謂いを道と為す」とあり、陰陽は対立ではなく互根互用である。家宅章の「宅克人」と「人克宅」の吉凶判断は、深い生態学的知恵を明示する:人と環境の関係は征服と被征服ではなく、相互滋養である。宅が人を剋するは固より病、人が宅を剋するもまた上選ではない。最も理想的な状態は「内外相生」、すなわち人と環境が動的平衡にあることだ。
「生旺墓絶」の時間哲学:長生十二宮は全書を貫く。これは循環的時間観を体現する。あらゆる事物には生・長・盛・衰・亡の周期があり、占断の目的は「吉を趨き凶を避ける」という単純なものではなく、事物が周期のどの段階にあるかを識別し、「時に順って勢いに乗る」戦略を取ることにある。移居章の「外卦旺ならば遷るに宜しく、内卦旺ならば守るに宜し」は、本質的に「行動のタイミング」が「環境の周期」と同期しているかを判断することだ。
「鬼」の多義性と現実のグレーゾーン:全書は「鬼」の概念を多用し、その意味は文脈に応じて変わる:疾病章では病邪、国朝章では奸佞、田蚕章では災害、地理章では伏尸。この多義性は、古人の不確実性要因に対する統一的な認識を反映する:名状し難く、制御不能で、潜在的害のあるものはすべて「鬼」で指し示せる。現代経営学の「リスク」概念はこれと高度に類似する――純粋な「凶」でもなければ、その存在を無視することもできない。書中で繰り返し強調される「神有りて殺を制せば、鬼動も妨げ無し」「鬼空杀旺、縦乱るも成ぜず」は、実際にはリスクヘッジの思考方法を教えている:有害要因は必ずしも不利な結果を生むわけではなく、鍵は制衡力の有無にある。
占断の「当下性」と運命の「流動性」:全書のすべての占断には変通条件が与えられている――動けば則ち咎、静なれば則ち妨げなし。旺なれば深刻、衰なれば軽微。制が有れば害なし、制が無ければ災いとなる。この設計により、占断結果は「注定された運命」ではなく、現下の状態の一つの可能性の記述となる。条件を変えれば(神壇の修繕、医師の交代、移転時期の調整など)、吉凶は転化しうる。これは現代のシステム論における「初期条件の微細な変化が全く異なる結果をもたらしうる」という考え方と妙に通じる。
慎重さと畏敬:香火章の末尾は「胸中に暗蔵して、人の邪正を観る法と為し、軽々に泄らすべきではない」と言い、疾病章で鬼神を論じるに当たって先ず「儒家は本此を言わざるも、今患者の占うが為に、拠理推詳するを得ず」と宣言する。これらの表現は、古代の占卜者も占断の倫理的境界を意識していたことを示す。占卜の術は意思決定の補助と人事観察に用いられるべきで、人心を操作したり恐怖を生み出す道具となってはならない。この「技術倫理」の意識は、現代情報時代において特に参考になる:いかなる分析ツールも、人の自主的意思決定に奉仕すべきであり、人の判断力を取って代わるものではない。
六神システム:青龍・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武、月建順逆・五行属性に配し、六爻占断の動的神殺体系を構成する。天玄賦の各章はすべて六神を爻位・五行と配合して細かく判断する。
長生十二宮:長生→沐浴→冠帯→臨官→帝旺→衰→病→死→墓→絶→胎→養。全書で新旧・軽重・時期・盛衰の判断に用いる。
世応と間爻:世爻は占問の主体、応爻は対応する対象。世応の間の二つの爻位を「間爻」と呼ぶ。地理章では間爻により明堂の格局を判断する。
游魂卦と歸魂卦:八宮卦の第七卦を游魂、第八卦を歸魂とする。游魂は変遷不定を主り、歸魂は安定回帰を主る。家宅章で移居の吉凶を判断する。
三刑六害:刑害は地支関係における不吉な組み合わせ。家宅章の「刑害翻成六合」は凶局から吉局への転化を指す。
将星と劫殺:将星は三合局で定められ(寅午戌→午など)、軍事統率を主る。劫殺は凶殺の一つ。国朝章は将星に白虎・羊刃を配して将領の資質を判断する。
月卦身と世身:疾病章の「虎易評注」は特に世身(世爻から推得)と月卦身(卦から推得)の異なる用法を区別し、「世随鬼入墓」の判断では世身を基準とすべきことを注意する。
九曜:九星(貪狼・巨門など)を指し、多くは風水と婚姻占断に用いる。地理章では「九曜の規模」に言及し主山の格局を判断する。
現代学界の六爻占卜体系に関する研究は主に以下の方向に集中している:
<paragraph>将以上内容翻译为日文,保持原有的格式和结构。</paragraph>