読み込み中...
全 20 章中 17 章
卜筮全书
読書人は胸に万巻の書を蓄え、自然と官途につき朝廷に報いることを望むもので、誰が生涯山林に隠棲することを甘んじるだろうか。国家に重用されるか否かを予め占うには、易卦の機微を細かく観察すべきである。
父母爻が旺相ならば、文章は金石を地に投じたように響き渡る。官鬼爻が興隆ならば、家には必ず泥金の喜報が待っている。名を求める占いでは、父母爻を文章とし、官鬼爻を官职とする。この二者は一卦の主であり、缺けることはできない。父母爻が旺相ならば文章は必ず良い。官鬼爻が地を得れば功名に望みがある。士人が及第すると、泥金で字を灼き家書に添えて喜びを報じた。故にこれを借りて喩えとしたのであり、官鬼を音信と見なすのではない。此の篇を読む者は、辞に義を害させてはならない。
妻財爻が交重して發動すれば、青錢に中選されることを思うな。子孫爻が發動すれば、金榜に名を連ねることを期し難い。財・福の二爻は、他の事を占う時は全て喜んで見られるが、ただ独り功名を占う時に限って、逆に悪殺となる。財は父を剋し、子は鬼を剋するからである。ただ休囚して安静なるのが吉であり、もし権を得て發動すれば、決して成望はない。
兄弟爻は同じ経を学ぶ者であり、掲示を奪う悪客である。五行の同じ類を兄弟とする。名を求める時にこれを見れば、これは我と同じ経を学ぶ者である。もし卦に上がらなければ、あるいは空亡・死絶に落ちれば、大象が吉なる者は、必ず魁首を取る。もし發動すれば、あるいは月建・日辰が共に兄弟を帯びれば、同じ経を学ぶ者が多く、必ず我が標を奪うことができ、中ることはない。たとえ大象が成るべきでも、名次は必ず後れる。
日辰は卜卦の主であり、事を成すこともでき、また事を壞すこともできる。勧駕の良朋である。父母・官鬼が無気ならば、事は必ず成り難い。もし日辰が持ち上げ、悪殺を剋制すれば、依然として望みがある。故に徳を輔けると言う。あるいは世爻が衰静ならば、日辰が生じ合うことを得る。あるいは世爻が空亡ならば、日辰が沖して実にすることを得る。その人は必ず自ら進んで名を求めず、親友が其の進取を勧め、あるいは旅費を援助し、輔けて其の名を求めに行かせることを主とする。
両用相沖すれば、題目は生疏にして熟さない。名を求める卦では官・父を用爻とし、合を喜び沖を喜ばない。もし両官・両父が相沖するのを見れば、題目を出すことが生涩にして熟さないことを主とする。
六爻競發すれば、功名は恍惚として成り難い。官を占う時は六爻皆安静を喜ぶ。ただ父母・官鬼が気ありて空ならず、月建日辰が来たって傷剋しなければ吉である。もし一爻發動すれば、便ち顺利ならず。財動けば父を傷り、子動けば鬼を傷り、兄動けば他人が先にする有り、鬼動けば事体に変が有り、父動けば文が純正ならず。凡そ動けば変が有り、変出した爻がまた死墓空絶・刑剋などの爻があれば、皆破敗と為す。故に凡そ乱動の卦は、細かに推究する必要はなく、其の不吉は大概知られる。
月建が文書を剋すれば、程式に背き中らない。父が旺にして空らず、動爻日辰がまた沖剋しなければ、其の文は字字錦繡の如し。もし兄弟の刑沖に遇えば、文章は陳腐にして鮮麗の句がない。妻財の傷剋ならば、必ず破綻が多い。子孫の刑害ならば、弄巧を拙に返すに過ぎない。月建の沖剋に遇うは宜しくない。其の文は自ら己の意を行い、必ず試官の程式に中らない。凡そ父に刑害敗病等の爻を帯び、及び化出する者は、其の文皆敗破が有り、採用録取することができない。
世爻が官鬼を傷すれば、仕路は塞がり通じない。世は名を求める人であり、財福が之に臨むことを大いに忌み、必ず思い通りにならない。もし官鬼を持すれば、あるいは官鬼の生合を得れば、方に指望が有る。もし子孫に臨み官鬼を剋制すれば、仕路未だ通ぜず、徒に謀り求めても益がない。
妻財が鬼を助け父爻が空なれば、僥倖を図るべし。父母が空亡ならば、名は望むべからず。もし財爻が發動して生扶し、鬼爻に気があれば、其の事は僥倖にも成るべし。しかし子孫が安静なるを須いて初めて許すべし。蓋し財が發動するを嫌わないのは、文書が空なるが故である。
福德が官に変じ身位に合すれば、また科名を忝する。卦に官鬼がなければ、もし子孫が發動し、官鬼に変じて世身に生合すれば、事もまた成る。しかし文書に気有りて損なければ吉とするを須く。この二条は、名に望み有りと言えども、皆其の高中魁甲を許すべからず。蓋し卦象が自然から出でざるが故である。
出現して情が無ければ、青雲の志を遂げ難い。卦中に官父が俱全すれば、固より吉兆である。もし身世に臨持せず、あるいは世身に生合せず、あるいは世爻に沖剋され、あるいは月日に破壞され、あるいは死墓空絶に臨めば、皆无情と謂う。卦中に在りと雖も、我に益なし。故に青雲の志を遂げ難い。
伏藏して用が有れば、終に白屋の人を辞す。官父が不全ならば、功名は望み難い。但し伏する所の者が用有り用無しを見て断ずる。飛神が沖開に遇わず、伏神が提起に遇わなければ、之を用無しと謂い、決して成らないことを主とする。もし飛神が沖剋して開かれ、伏神が提挈して起こされれば、之を用有りと謂い、終に成るべし。もし月建が提起するを得れば最も吉、日辰はこれに次ぎ、動爻はまた次ぐ。更に伏上の飛爻が空なるを得れば尤も妙なり。
月建が身を剋すれば責めを受くべし。月建は試験官と為す。もし身爻に在って發動し世爻を刑剋し、官父が時を失すれば、必ず杖責を受く。もし子孫に化すれば、必ず斥逐を受く。もし兄弟に化すれば、廩膳生はこれを最も忌み、輕ければ糧を革め、重ければ追罰を受く。
財の生世する如きは必ず糧を幫う。卦中に父母が避空し、財爻が發動して世爻に生合すれば、必ず幫粮の喜びが有る。月建が財を帯び財に化し、あるいは官が財に化して世爻に生合すれば、皆吉。大抵廪生の小試は、兄弟の發動を最も不宜とする。あるいは卦身・世爻に臨み、あるいは日辰・月建に臨めば、皆粮を革められる兆である。財爻が故無く自ら空なるも同じ。もし財が身世に臨み、あるいは世下に伏するを得れば、思い通りにはならずとも、粮は必ず旧の如し。
父官三合相逢すれば、連科して及第す。卦に可成の象が有り、而して三合爻が動き、官鬼局を会成すれば、必ず連科して及第するを主とし、大吉の兆である。父局を会成するも亦吉。財福二局を会成すれば不利。兄弟局を会成する者は、惟だ廪生のみ之を忌み、余は皆損益がない。
龍虎二爻俱に動けば、一挙に名を成す。青龍・白虎が俱に卦中に在って動き、世爻に生合すれば、必ず魁選に中る。もし官父を持し、あるいは身世に持せば尤も妙。これは固より理に非ず、ただ龍虎榜の象を借りたるのみ。然れどもまた験あり。
殺化生身の鬼は、青衣を発するを恐る。官を占うに子孫を以て殺と為す。旺に乗じて發動すれば必ず斥退を受く。もし本宮の官鬼が世下に伏し、あるいは卦身が鬼を持し、あるいは子孫が自ら鬼爻に化して身に生ずれば、終に白きを脱せず、過ぎたるは青衣に降されるのみ。卦に財動が子孫を合住すれば、資財を用いて謀り干すべく、庶くは旧職を復す。
歳加有気の官は、終に黄甲に登る。太歳は天子の爻であり、凡そ功名を占うに最も之を見ることを喜ぶ。もし鬼爻に臨めば、人臣が君に面する象である。更に生旺有気を得れば、必然名姓が高く標ばれる。
病は試期を阻み、故無くして世位に空臨す。動爻日辰が世爻を傷らず、而して世爻が自ら空亡に落つるを、故無く自ら空と謂い、大凶の兆である。試前に占えば、行くも成らず、強いて行けば終に不利。輕ければ病、重ければ死。もし本宮の内卦に在れば、家に在って即ち病む。三四爻に在れば、門を出て病む。五爻に在れば、途中で病む。六爻に在れば、試場に到って病む。應爻に在り又他宮に屬すれば、臨考に病が有り、試に入るを得ず。試後に占えば、其の事は必ず成らない。大象が吉なれば、名は成り身は喪ぶ。
喜が場屋に添えば、青龍が身爻に合する有り。青龍は喜庆事を主る。もし大象既に吉にして、更に龍の動きて世身に生合するを得れば、必然別に喜事が並び臨み、名の成るのみにあらず。もし空動ならば虚喜と為す。
財伏して空に逢えば、行粮必ず乏し。六爻に財がなく、本宮の伏財が又空地に居れば、其の人は必ず路費に乏しい。もし世爻が更に衰弱の郷に在れば、則ち貧窮の士である。もし月建日辰動爻の生合扶助に逢えば、必ず親友が其の費用を資するを得る。もし應爻の動きて生合するを得れば、多くは妻家が看顧周全する。
身興じて鬼に変ずれば、来試して方に成る。卦に成らざるの兆に遇えども、卦身あるいは世爻が官鬼に変じて気有り、而して本宮の父母が壞れざれば、今は未だ成らずと雖も、次の回に必然中試する。
卦値六沖なれば、此の去に雁塔に題するを難しとす。爻逢六合なれば、此の回は必ず鰲頭を占む。凡そ事は合に遇えば則ち聚まり、沖に逢えば則ち散ず。故に功名を占うに、六冲卦を得れば必ず求め難く、六合卦を得れば必ず得易い。然れども大体は衰旺動静を以て參看すべく、執滞すべからず。
父旺官衰なれば、惜しむらくは劉蒉の下第すらくを。父衰官旺なれば、嗟ずるは張奭の登科すらくを。父母・官鬼は皆気有りて損なわざるを須いて後に成るべし。父は旺相なりと雖も、官鬼が空亡あるいは卦に上がらざれば、其の人は文字が良くとも、命に官星が無く、亦中ることができない。劉蒉の錦繍文章が竟に登第しなかった如し。父は衰えたりと雖も、官爻の旺動が文書を扶け起こすを得れば、其の人は文字が平常なりと雖も、命に官星が発現すれば、成る有りを許すべし。張奭の文章が未だ精美ならずとも、反って高第に登った如し。官旺父空なれば、決して下第に至る。
應合日生なれば、必ず鹗の薦めを資く。動傷日剋なれば、還って雞窗を守る。父官死絶ならば、名は必ず成らず。もし應爻動爻あるいは月建日辰が官鬼を扶け起こせば、必ず人に頼みて推薦せしめ、あるいは財礼を用いて買い求め、方に成る有りを許す。もし月日動変の傷剋に遇えば、たとえ官爻に気が有りとも、亦是求め難し。
世動化空用旺なれば、則ち豹変は翻って蝶夢と成る。名を求めるに官父を用爻とし、もし旺相を得て刑剋に遭わざれば、必ず科第に中る。もし世爻の發動に遇い、死墓空絶に変入すれば、名が成りた後に福を享ける能わざるを恐る。游魂卦は途中で死に、歸魂卦は家に到って死に、墓絶が太歳なれば、年を逾えて死す。
身官鬼に化し月扶くれば、則ち鵬程連步蟾宮に登る。卦身は万事の体であり、功名は尤も之を看るべきである。最も財に臨み福に臨むを怕れ、便ち容易ならず。もし官父が之に臨むを得れば、必ず成望が有る。更に出現して發動し、又官爻に化し、而して月建の生合を得れば、大吉の兆である。必ず連科して及第するを主とし、京省の一捷のみにあらず。
更に本主の爻神を詳め、方に其の人の命運を論ず。本主は、名を求むる本人の主爻である。自ら占うは固より世爻を以て論ず。もし代占ならば、則ち何なる人なるかを看る。子侄の名を求むるは子を看、朋友は兄類を看る。此の爻は忌殺に化出するを最も怕れ、大吉の象と雖も未だ容易に許すべからず。其余の世爻は同じく看る。此くの如く捜索すれば、吉凶は自然に応驗す。
求名占断の核心構造は**「父は文、鬼は官」**の二元体系である。父母爻は文章の質と文書運を表し、官鬼爻は官職と功名そのものを表す。二者は車の両輪のようなもので、缺かすことができない。
占断論理の中には一つの精妙な構造的矛盾が暗含されている:財爻と子孫爻は全書中では本来吉神であるが、ただ求名の場合に限り逆に悪殺となる。妻財は父母(文章)を剋し、子孫は官鬼(功名)を剋す。この「事に因って異なる」用神転換は、六爻占断学の精髄である。
もう一つの核心概念は**「安静貴し」**である。功名を占うには六爻の安静を最も喜び、用神が気あり空ならず、月日に傷つけられなければ吉兆とする(必要があります)。一旦發動すれば、何れの爻が發動しても連鎖反応を引き起こす——これは古代科挙の「静的确定性」思考を体現している:真の功名は水到渠成の如くあるべきであり、人為的に掻き混ぜるべきではない。
この体系を現代に映射すると、「能力—崗位」マッチングモデルと見なせる:
| 古代用語 | 現代対応 |
|---|---|
| 父母爻(文章) | 専門能力、試験成績、履歴・資格 |
| 官鬼爻(官職) | 職務機会、定員枠、採用経路 |
| 妻財爻(父を剋す) | 物質的誘惑による集中力分散、功利的過ぎる心 |
| 子孫爻(官を剋す) | 過度の弛緩、向上心の欠如、娯楽による消耗 |
| 兄弟爻(同経) | 競争者、同職応募者 |
| 日辰(徳を輔く) | 重要な助勢者、指導者、推薦者 |
兄弟爻は現代語境で特に重要である:それは同じ競争路上の全ての競争者を表す。兄弟が安静で現れなければ、競争環境は自分に有利であることを象徴する。兄弟が發動すれば、他人に先んじられる警戒が必要である。この競争意識は、今日の高考・公務員試験・採用活動の場面と高度に一致する。
**「両用相沖、題目生疏」**という断語は、試験準備の方向と試験内容にズレが生じた状況——A方向を準備したのに、問題がB方向に偏った状況と解釈できる。
試験・求職意思決定チェックリスト:
親が子の受験を代占する場合:原文は特に「子侄の名を求むるは子を看」と指摘し、代占時は世爻ではなく子孫爻を見る必要がある。子孫爻が忌殺に化出すれば、たとえ大象が吉利でも軽断してはならない——この「個性化通変」の原則は、現代の教育計画における「個性に応じた教育」の卦象表現である。
「出現して情が無ければ、青雲の志を遂げ難し。伏藏して用が有れば、終に白屋の人を辞す」という一対の断語は、深い運命哲学を明らかにする:事物の成否は、「有る」と「無い」の表相ではなく、「用」と「無用」の実質にある。同様に、「計画的に企てたことが必ずしも成功するとは限らず、心無く準備したことが逆に役立つ」——これは計画の価値を否定するものではなく、真の機会は「使える」人の前にのみ開かれることを指摘する。
「父旺官衰」と「父衰官旺」の対比(劉蒉と張奭の例)は、「努力と機会」の関係に対する精妙な注釈である。文章が良いが官星が無いのは、能力は優れているが職が無いようなもの。文章が平凡だが官星が旺んじるのは、実力は普通でも募集枠の拡大に乗ったようなもの。古人はこの「非対称性」を忌避せず、むしろ占断体系に取り込み、清醒な現実主義を示している。
国が賢を求めるは、治国の本である。官に入り禄を以て身を養うことを先とす。妻財爻が旺相ならば、必ず千鐘の粟の厚禄が有る。未だ仕えざる者は財爻を要しない。已に仕えたる者は必ず財爻を見る必要がある。爵が有れば必ず禄が有り、俸禄無くして官に当たる者はいない。故に官を占う卦で此の爻が旺相なるを得れば、俸禄は必ず多い。休囚なれば定然薄い。卦中に財が無くあるいは空亡に落つれば、俸禄を得ていない。財動きて沖に逢えば、任後に事に因りて俸禄を減らされる。あるいは日辰・月建が財を冲し而して世爻及び官爻を刑害すれば、俸禄を停められ職を罷められる患いがあることを恐る。
官鬼爻が興隆ならば、定んで一品の尊に居す。鬼は官爵であり、旺相有気なれば、官は高く爵は大きい。休囚死絶なれば、官は小さく職は卑しい。發動して世爻に生合し、あるいは月建日辰の生扶を得れば、必ず升擢が有り、声名が遠方に播く。安静にして動かず而被月建日辰の克害あり、あるいは世爻が刑冲克害する者は、必ず声名聞望がない。
子孫爻の交重すれば、官を剥がれ職を削がれるを慮るべし。子孫は官を傷る殺であり、空亡墓絶を最も喜び、安静にして制を受くれば尤も宜しく則ち吉。もし卦中で發動すれば、謀る所が必ず意の如くならず。未だ仕えざれば則ち選に除されず、已に仕うれば則ち官を奪われ職を褫われる禍が有る。鬼爻が更に無気ならば、必ず籍を除かれ名を落とされ、ただ貶責降罰のみにあらず。
兄弟爻の發動すれば、俸を減じ粮を除かるるを防ぐ須し。兄弟は財を劫する神であり、空亡して卦に上がらず或いは死絶に臨み安静なるは則ち吉。もし發動すれば、未だ費財を免れず、多く誹謗を招き、俸禄も亦思い通りにならない。更に子孫と同発し、或いは就ち子孫に化すれば、必ず粮を除かれ俸を減じられる事が有る。世を持し身に臨むは皆不利。
父母爻が空亡なれば、差除・宣敕を望むなかれ。父母は印綬・文書・誥牒・宣敕・奏疏・表章であり、卦中に無くてはならない。旺を宜とし衰を宜とせず、世を扶くるを最も吉とす。もし太歳を持ち気有りて世爻に生合すれば、朝廷の宣召が有るを主る。もし月建を加えれば、多くは敕制及び上司の奨励の類である。冲空化空を最も怕れ、則ち多く実ならず。衰静空亡なれば、必ず宣敕が無く、亦差除がない。卦に父母が無ければ、遷選を望むことなかれ。
官爻が隠伏すれば、爵位升遷を思うこと莫かれ。官爻は官を占う象であり、もし身世に臨持し、あるいは世爻に生合して来たり、月建日辰の冲克を受けざれば、凡そ謀望有る者は必然意の如くならん。もし卦に上がらず、あるいは空亡に落ちれば、出現して墓絶無気及び克制を受くると雖も、皆意の如くならず。世身の冲克も亦凶。
月建は身を生じ、当に風雲の会に際す。歳君は世に合し、必ず雨露の恩を承く。太歳は人君の象であり、月建は执政の官である。もし世身爻に生合するを得れば、必ず好處が有る。惟だ世身を冲克するを怕れ、必ず貶謫に遭う。月建が官爻世爻を扶け出だすが如きは、必ず風憲の職である。太歳が父母を加え官鬼及び世爻を扶け出だせば、必ず天恩が有る。更に日下に生旺の地を得れば尤も美。衰絶して空に逢えば用なし。
世動空に逢えば、官に居ること久しからず。未任は、卦中の世動きなれば、必ず京官あるいは牧守なし。もし出巡の職ならば、反って順利。已任は、之に遇えば、官に居ること久しからず。更に日辰動爻の相冲に遇えば、必ず久しく任政しない。
身空にして救い無ければ、命尽きて当に危うし。世爻が故無く自ら空なれば、已任未任を問わず、必ず大難が有り、甚だしきは死亡に至る。もし謀り事を求めんと欲せば、則ち成らないことを主る。
鬼福に化し職を代らる。出巡官は鬼爻の發動を宜とし、牧守官は鬼爻の安静を宜とする。もし鬼動きて子に化すれば、必ず別の官が職を代る有り。然らずんば、亦他人に先んぜらるる所と為る。子動きて鬼に化すれば、則ち先難後に易く、あるいは先凶後に吉。官福皆動けば、亦官有りて替代するを主る。
財虎に臨み動けば必ず丁憂す。凡そ官を占うに財無くてはならず、亦發動すべからず。もし鬼爻に気有りて而して財動の扶け起こすを得れば、必ず用財して謀り干して方に升遷するを得。もし父母が衰弱して此の爻に遇い白虎に加臨して旺動すれば、必ず丁憂の事が有る。財の子に化し、子の財に化し、あるいは財が世に臨み動き、あるいは子動きて父母が故無く自ら空なれば、皆丁憂を主る。
日辰の沖剋は、定んで誹謗の多きを招く。日辰が世を刑冲克すれば、必ず誹謗を招く。五類を以て之を推す:兄弟を帯ぶれば、賄賂を貪るが或いは征科が急なるが故。財爻を帯ぶれば、調度が無きが或いは財賦が起きざるが故。子孫を帯ぶれば、酒色を好み遊楽に怠り政事を疎かにす。父母を帯ぶれば、事が繁劇にして料理し能わざるが故。官鬼を帯ぶれば、酷刑にあらずんば同僚と不和なるが故。以上は皆誹謗を招き、声名は必ず振るわず。もし世が月建に臨むを得れば、誹謗が有ると雖も害を為す能わず。
鬼殺の身を傷れば、災殃の免れざるを見るが故なり。官鬼が發動して世爻に生合するを用神と為し、世爻を傷克するを鬼殺と為す。用神が世を扶くれば必ず進取が有り、鬼殺が身を傷れば必ず凶禍が有る。化出の六親を以て断ず:子に化すれば貶謫の憂いが有り、財に化すれば陰人の禍いが有り、兄に化すれば財を失い、父に化すれば小口の憂いを慮る類。以上にあらざれば、自身に決して災病が有り、世爻空避するを得れば妨げない。
兄爻鬼に化し情無ければ、同僚協わず。兄弟は僚属の官である。卦中鬼動きて兄弟を化出し世爻を冲克すれば、同僚と不和を主る。あるいは兄弟が鬼に化して刑冲克害し、あるいは兄が三刑六害を帯びて世を傷れば、皆然り。世が兄爻を剋すれば、我が彼を欺きて和せざるなり。
太歳刑を加え順ならざれば、貶責逃れ難し。太歳が出現して動き世爻を傷れば、必ず貶責に遭う。更に刑害虎蛇等の殺を加えれば、必ず鎖扭擒拿の辱めが有る。世爻が墓に入れば、必ず囚系を受け、動爻日辰に救い有れば、庶くは事無し。但し子孫に化出するを怕れ、罪は終に免れず。月建も同じく看る。
卦静世空なれば、退休の兆である。身空殺動なれば、避祸の徴である。凡そ世爻空亡に遇えば、未任は未だ選期が無い。已任に六爻安静にして、月日歳君の傷無きに之に遇えば、乃是休官改政の象である。もし鬼爻が發動し、月日歳君の傷克に之に遇えば、是れ避祸脱災の兆である。
卦静日沖なれば、帰らんと欲すれども放さず。殺動日合なれば、避けんと欲すれども能わず。
身邊に伏鬼空に非ざれば、頭上烏紗終に脱せず。凡そ凶兆に遇えども、鬼爻の身に臨み世に持すを或いは得れば、あるいは本宮の鬼が世下に伏せば、責罰を見ると雖も、官職は猶お在り。もし身世に臨持せず、あるいは世下に伏せず、あるいは伏すると雖も仍お空亡に遇えば、必ず官帯を革められ民と為り、ただの罪責のみにあらず。
財空鬼動なれば、声名は振うも囊箧は空虚なり。凡そ官鬼の動きて世爻に生合し、日月動変が又冲克なきを得れば、官たるに必ず声名聞望が有る。更に財爻の生扶合助を得て、気有りて空ならざれば、則ち官ができ又会に銭を賺ぐ。内に実は賄賂を貪り、外に名を喪わず。もし財爻が空、あるいは伏し、あるいは死絶に臨めば、則ち声名は有ると雖も、賄賂は却って無し。
官旺父衰なれば、職任は高くして衙門は冷落なり。父母が旺相なれば衙門は必ず大きい。休囚なれば衙門は必ず小さい。もし官旺父衰なれば、又小さき場所にあらず、乃是は冷落閑静の衙門である。蓋し官旺は則ち職が高いが故である。官衰父旺なれば、則ち職は卑しいと雖も、大きなる衙門の中に在って治政するを主る。官父俱に衰なれば、職は卑く衙は小さく、必ず風憲の地にあらず。
職風憲に居す、皆月建の官爻に値うが故なり。大抵官鬼旺相にして月建に臨まざれば、定んで風憲の職にあらず。もし月建に臨み又世爻を扶け出だすを得れば、決して風憲の任であり、必ず府県官にあらず。更に日下に生旺の地に在れば、尤も風憲と為す。もし刑爻を帯びれば、多くは鎮守辺陲の職、あるいは兵権を掌り、あるいは刑部に居す。外に在るも亦是司刑の職である。
官二司に在るは、只だ鬼の旁位に臨むが為なり。鬼が世應爻上に在り、あるいは月建日辰を帯ぶる者は、必ず掌印の正官である。もし世に合せられあるいは旁爻に在れば、則ち佐貳の職である。六爻に鬼が無く而して動爻の化出する有るも亦然り。
百姓を撫綏する、兄動なれば則ち頑愚を化し難し。凡そ牧民の職に任ずるは、財爻旺にして動かず、父母扶けて空ならざるを要し、必ず豊地富方である。財爻空絶なれば、父爻制を受け、則ち地は瘠せ民は貧し。父母が世に動臨すれば、政は必ず繁劇。兄弟が世に持すれば、財賦起こらず。日が兄爻を帯び世爻を冲克すれば、手下の人は必ず侮文弄法し、我が政事を壞る。もし兄が旁爻に在って動き来たり世を冲克すれば、則ち頑民の治め難きを主る。兄の子に化し、子の兄に化して世身を刑克すれば、下民の我を訴うる兆しあるを恐る。更に世應の冲克なれば、郷宦と亦多く睦まじからず。
四方を巡察す、路空なれば則ち憂驚険多し。欽差出巡、あるいは封王采木は、皆世應の空に逢うを怕る。もし路爻空亡の卦なれば、途中の驚険を主る。世が五爻に在って自ら空なれば、身の外に死するを防ぐ須し、冲克有れば則ち然らず。凡そ世が五爻に在って動く及び游魂卦の世動く者は、皆是出巡の職である。
出征剿捕、福德興なれば而して寇賊殲亡す。凡そ将帥の職あるいは征討の官に任ずるは、平居に卜問するは子孫の發動を不宜とし、降調貶責を主る。亦應動の世を克すを不宜とし、不測の変が有るを主る。もし歳君月建が官鬼あるいは世爻を沖動すれば、敕命の征討の事が有るを主る。もし敵に臨みて卜問すれば、則ち子孫の發動を喜び、必ず剿捕の功を成し、更に歳君月建の生合を得れば、仍お升賞が有る。官鬼は爵位と作さず、当に賊寇として論ず。世が應を剋すも亦吉。
辺陲を鎮守す、卦爻静なれば而して華夷安泰なり。地方を鎮守するは、文官武職を問わず、皆六爻安静を宜とする。世應の生合比和、日辰月建の相冲克せざれば、則ち辺庭に鼾睡し、安然として警めなし。世應空亡も亦吉。もし官鬼の發動、世應の冲克に遇えば、必ず侵擾多く、通変して断ずべし。
奏陳諫諍、那んぞ太歳の刑沖に堪えん。凡そ奏対・陳疏・上章・諫諍及び赴召面君の類は、皆動爻の太歳を冲克するを忌み、亦世爻を刑克するを忌む。もし太歳月建が世爻に生合すれば、必ず詳允を見る。一来冲克すれば、不測の禍を防ぐ須し。歳君衰静にして、刑害虎蛇を帯びざれば、則ち取り用いられずを見るを主り、大害は無い。動空化空も亦是虚驚。あるいは制伏冲散合住有れば、必ず大臣の申救を得る。應動が世爻を冲克すれば、更に人の奏劾を防ぐ。
僧道医官、豈に文書の發動すべけんや。僧道医官及び陰陽官は、皆子孫の出現、気有りて空ならざるを要し吉と為す。父母が發動すれば必ず災悔が有る。父が太歳月建日辰を帯ぶれば、則ち身に災病あるにあらず、乃ち外来の禍である。子孫が自ら空なるも亦大難が有る。然れども子孫は只だ安静を宜とし、官鬼は空伏を不宜とする。両全すと雖も、仔細を以て妙と為す。
但だ職分に随いて推詳し、可なり仕途の否泰を識る。
仕宦占断は求名占断と一脈相通じるが、視点は根本的に転換する:求名は「入れるか否か」、仕宦は「如何に経営するか」。用神体系に幾つかの重要次元が加わる:
最も注目すべきは**「鬼」の二重身分**である:出巡官・将帥にとって、官鬼は「賊寇」を表すことができ、「官職」ではなくなる。同一の用神が異なる場景で意味を反転させることは、六爻体系の高度な柔軟性を示している。
仕宦の章を現代の職場・組織行動学に完全に映射できる:
| 古代用語 | 現代対応 |
|---|---|
| 妻財爻(俸禄) | 給与待遇、福利保障 |
| 官鬼爻(官爵) | 職位階層、管理権限 |
| 父母爻(印綬) | 契約、任命状、制度保障 |
| 兄弟爻(同僚) | 同僚、部門関係 |
| 子孫爻(官を傷る殺) | 部下の反発、改革圧力 |
| 太歳(人君) | 会社の最高意思決定層 |
| 月建(执政官) | 直属上司/直接管理者 |
| 日辰(徳を輔く/誹謗) | 日常環境、世論環境 |
「兄動則ち頑愚を化し難し」の一節は、現代の管理言語に翻訳すると、兄弟爻(同級・部下)が發動して世爻(管理者自身)を冲克する場合、チームの統制が困難になり、部下が「侮文弄法」し、制度執行を破壞する可能性がある——これは実質的に管理不能の警告信号を描いている。
**「財空鬼動、声名振うも囊箧空虚」**は、現代の職場における「虚職」「名誉職」現象を的確に予言している:職位は高く名声は大きいが、実際の収入が伴わない——これは現在の多くの業界における「職位インフレ」の実態である。
職場状態評価フレームワーク:
特別注意:原文が「出征剿捕」の時には福德興をめでることの吉凶反転を示しているのは、**「場面が用神を決定する」**核心原則を示している。現代では、入札、訴訟、競争交渉などの場面で、子孫爻(攻撃性、対抗性)が逆に吉となることと類比できる。
仕宦篇の最も深い哲学的命題は**「有と無」の弁証法**にある:官有りて財無ければ、名声は外に在りて囊中は痩せる。財有りて官無ければ、実恵は手に在りて名分が足りない。官旺父衰なれば、職が高くて権限が空疎。父旺官衰なれば、地位は低く権限は重い。官となる道は、官・父・財・子・兄の五者の間の動的平衡にあり、いかなる一爻の極端化も不均衡を引き起こす。
これは現代管理学の**「権責利のマッチング」原則と高度に一致する:権ありて責なければ権力の濫用、責ありて権なければ無力、権責ありて利益なければ腐敗。六爻体系は本質的に組織状態のシステム診断ツール**であり、その思弁の深さは単純な吉凶判断をはるかに超えている。
貨物を囤積して座して売る者を賈と謂い、貨物を販運して往來売買する者を商と謂い、皆生計を維持する道である。蓍草は筮に用い、亀甲は卜に用いる。無非利益を謀る方である。吉凶を問わんとせば、但だ財福二爻を見よ。
財は利息、福は財源であり、二者は財を占う用神である。財旺福興なれば、公私を問わず皆思いのままに適う。財空福絶なれば、如何なる営運も總じて心願に背く。凡そ財爻旺相・子孫發動に遇えば、便ち吉卦であり、公私を問わず、財は皆意を得る。もし財爻空亡あるいは墓絶に臨めば、便ち凶卦であり、何の売買を為すも、皆心願に背く。
福有りて財なければ、兄弟交重偏に望み有り。財を用神として卦に上がらざれば、必ず望む可きなし。もし兄弟の發動を得れば、剋すべき財が無ければ、則ち反って福德を生扶し、財源に気が有り、仍お望み有り。但し遅滞を主る。兄動きて財空なるは、之を「避空」と謂い、旬を過ぎ生旺の日に、財も亦得べし。財が空ならず伏せず而して兄劫に遇えば、則ち下卦と為す。
財有りて福なければ、官爻發動すとも亦求め堪う。子孫が藏伏すれば、財に生气が無く、一たび兄弟に遇えば便ち劫尽くされる。須く卦に官動有り、あるいは日辰が鬼なれば兄爻を剋制し、則ち用神は損なわれず、亦可謀求す。卦に子孫が有り而して官鬼が動けば、則ち阻節が有り、反って易からず。此の象は鬼爻の生旺の日に財を得る。
財福俱に無ければ、何ぞ兎を株に守るの異ならんや。財福二爻は財を占う主象である。財有りて福なければ、財は必ず限り有り。福ありて財なければ、財は必ず実ならず。財福俱に無ければ、焉んぞ望み有らんや?兎を株に守るは妄想を喩えたるなり。空亡も亦然り。
父兄皆動けば、木に縁りて魚を求むると殊ならず。父母は源を絶つ殺であり、兄弟は財を劫する神である。二者發動すれば、財福は俱に傷らる。用神既に損なわれれば、之を求むるは必ず木に縁りて魚を求むる如く、必ず得可からず。父の兄に化し、兄の父に化するも亦然り。
月は財神を帯ぶ、卦に雖も無く月中に必ず有り。月建は提纲であり、もし財爻を帯び時に得て気あれば、兄弟に縱え遇うとも、衰は旺に敵わず、必ず財利の厚きを主る。卦中に財が無くとも、月中に必然有り。出現するを得れば尤も妙。
日は妻位を傷れば、財は旺なりと雖も当日に應じて無し。財爻旺相にして世爻に生合持臨すれば、乃是必得の象である。もし日辰に其の財を克制されれば、縱え現るも必然無し。須く此の日を過ぎて後に得る有り。
財の多きは反復し、必ず墓庫を須いて以て收藏す。卦中に財は只だ一位、気有りて空ならず、生合持世なれば皆美。もし三五重の太过なれば、其の財は反復して求め難し。必ず卦中に財庫爻の發動有り、財に庫藏有りと謂い、必ず厚利を得る。財の財に化するも亦反復不定を主る。
鬼無くして分争すれば、又交重の阻滞を怕る。鬼なきの卦は、兄は必ず権を専らにし、財は気有りと雖も亦多く虚耗す。兄が更に發動すれば、必ず爭奪売買・財物分散の患いが有る。然れども官無くては可らずと雖も、又動くを不宜とし、動けば必ず阻隔が有る。もし克制有り、あるいは冲散され、あるいは合住されれば、阻ると雖も妨げない。
兄如過多なれば、反って財を剋せず。兄弟は財を占う忌殺であり、もし一位旺動なれば最も不利。もし月日動変が俱に兄弟を帯び、重畳太過なれば、則ち一に専ならず、反って剋劫せず。財爻の生旺の日に至りて得べし。
身あるいは兄に臨めば、必ず求め望み難し。卦身一爻は財を占う体統である。もし兄弟を持すれば、何の売買を為すも、何の財物を問うも、皆利益無し。世に持するも亦然り。惟だ財福に臨むを以て吉兆と為す。父に臨めば労禄を主る。もし六畜・血財を占えば則ち損失が有る。官に臨めば公門の財を求むるに大利、余は皆険阻不利。
財の我に来たるは、終に須く易し。我の財を尋ぬるは、必ず是難し。凡そ財爻が世爻に生合し、世爻を剋し世爻を持するに出会うは、皆な財の我に来たると謂い、必然易く得る。もし財爻を動出すると雖も世爻と干からざる者は、我の財を尋ぬると謂い、必ず望み難し。
身旺財に遇えば、囊の中の物を取るが似し。世動弟を持すれば、水底の針を掬い上げるが如し。世は財を求める人である。もし財爻に臨めば、無気と雖も亦易く得るを主り、旺相は更に美。もし兄弟に臨めば、安静と雖も亦得難いを主り、發動は尤も甚し。
福財に変じ財生なれば、滾滾の財源竭きず。財を占うに子孫の發動を得れば、利は必ず久遠。更に財爻に化して身世に生合すれば、乃ち綿綿として絶えざるの象。尽く求めれば則ち尽く有る。財の子に化するも亦妙。
兄鬼に連なり鬼剋なれば、紛紛の口舌逃れ難し。兄弟が官鬼に変じ世爻を刑冲克制すれば、ただ財なきのみならず、且つ口舌が有る。父爻が更に動けば、必ず官に訟う。もし救制有れば、庶くは害なし。鬼の兄に化し、あるいは兄鬼皆動くも、亦然り。朱雀が兄鬼に臨み動変すれば、口舌が有る。
父の財に化す、必ず辛勤にして而して得有り。父の財に化するは自然に得ず、必ず勤労の後に得。兄の財に化す、先ず散じて後に聚まり、あるいは後に利あり前に利あらず。官の財に化す、最も公門の貴に謁し及び九流芸術の人の財を求むるに利あり、十分の望み有り。私財は則ち先ず驚き後に喜び、あるいは先ず阻まれ後に得る。
財の鬼に化す、耗折を防ぎ而して驚憂す。財の官に化するは最も凶、損折虚耗を主り、自ら驚険が有り。更に世爻を傷れば、切に因財致禍を恐る。財の兄に化すは、人と分利するを主り、あるいは先ず聚まり後に散じ、あるいは前に利あり後に利あらず。財の父に化すは、得た後に艱辛を主り、あるいは只だ一度を許す。財の死墓空絶に化するは、虚名有り実利なきの象である。もし世爻に生合するを得れば、則ち上前に功有り、稍遅れば則ち無し。
財局福神に合すれば、万倍利源取る可し。卦に三合が財局を会成し、而して子孫も亦合中に在って動く者は、上吉の卦である。財利綿綿として竭きざるを主り、更に財旺を得れば、万倍の財利を許す可し。福局を会成し而して財爻が亦合中に在って動き来たり世爻に生合するも亦然り。もし鬼局を会えば則ち阻隔多く、兄局を会成すれば則ち分散を主り、父局を会成すれば艱辛得難し。
歳君劫殺に逢えば、一年生意料なし。凡そ久遠の売買を占うは、太歳の兄弟に臨持するを最も怕れ、一年無利を主る。出現して動変すれば、必然損耗す。歳が官鬼を持せば一年驚憂し、父を持せば一年艱辛し、歳が財福を持せば、生意滔滔、一年順利。
世應二爻空合なれば、虚約頼み難し。世空なれば財有りても得難く、應空なれば他人に頼り難く、世應俱に空なれば、艱辛にして准実なし。空動合を帯ぶるを之を虚約と謂う。空亡に化入するも亦是心口相応せざるの象である。
主人一位の刑傷なれば、往きて求むれども遇わず。主人とは、例えば貴人の財を求むるは鬼を以て主と為し、婦人の財を求むるは財を以て主と為す類である。もし主人が動爻日辰の刑剋に遇い、あるいは自ら空にし化空すれば、皆主って遇わず、遇うも亦不利。須く世爻に生合するを得て、財の契愛たるを為し、求めれば必ず易く得る。主人が財爻を化出して世爻に生合するを最も吉とす。主人を知らざる時は、應爻を以て之を論ず。
世空鬼を持せば、多くは自己の迟疑が故なり。鬼爻が世を持すれば、財は必ず相生し、凡そ求むれば必ず易し。もし空亡に遇えば、乃是自ら上前せず、迟疑退懶して、故に成ること無し。世空財を持するも亦然り。
辰は動財に合すれば、却って他人の把持する所と為る。財の動きて生合するを要するは、固より易得の兆である。もし動爻日辰に合住せられれば、其の財は必ず人が把持主張有り、我に与うること能わず。何なる人の把持たるを知らんと欲すれば、合爻を以て之を定む。父母が合住すれば、尊長の把持たる類。卦に財なければ、伏するを見るに何の爻の下なるかも亦可推す。官下に伏すれば、貴人の把持たる類。
何の日に財を得るを知らんと欲すれば、旺衰生合を離れず。財爻に気あれば、合の日、財を得、あるいは本日に財を得。太旺なれば、墓庫の日に得。休囚なれば、生旺の日に得。太过なれば、收藏の日に得。合住して墓に入れば、破合破墓の日に得。旺空なれば、旬を過ぐるの日に得。伏藏なれば、提起の日に得。財爻が死絶にして而して子孫動きて来たり扶け起こすを得れば、即ち子孫爻を以て断ず。卦に財爻なくして兄弟が子孫の財源を生扶するを得れば、即ち兄弟爻を以て断ず。更に通変すべし。
何れの時に利有るかを決せんと欲すれば、但だ春夏秋冬を詳めよ。凡そ貨物の何れの時に价を得るを占うは、財の五行に臨むを以て断ず。例えば木財は春月に价を得、一陽の後も亦好し。土財は夏月に利有り、六月は更に美。余は此に倣う。又如し財が辰土に臨めば、二月は三月に如かず。財が酉金に臨めば、七月は八月に如かず。余も亦此に倣う。又如し財が日下に長生の地を主れば、此の貨は一日价を得れば一日。もし帝旺に坐せば、眼下正に時に当たり、稍遅れれば則ち賤しくして利なし。
合伙は兄弟を嫌わず。凡そ合伙売買を占うは、世應が俱に財爻なれば、必然称意。兄が卦身に臨み、世爻安静なれば妨げなし。蓋し合は必ず分財に至るが故である。動くは則ち不宜。世應両動なれば、必ず合も久しからず、空亡も亦然り。相冲相剋なれば、後に必ず睦まじからず。兄官に化出すれば、必ず私心が多い。世應の生合にして而して動爻日辰の刑冲克害せらるる者は、必ず挑唆破説有り。
公門は何ぞ官爻を慮らん。財を占うに皆官動を忌み、阻隔有るを主る。惟だ公門の財を求むるに限り、必然官府に倚托す。もし鬼爻が無くあるいは空亡に落つれば、則ち財爻に気有りと雖も亦手に入れ難し。必ず旺相にして世身に生合するを得て則ち吉。世爻を刑克すれば杖責有るを主る。死絶も亦事を済さず。須く財鬼両全するを得て方に大吉と為す。
九流術士は、偏に鬼動の身を生ずるを宜とする。百工九流の財を求むるは、鬼爻を主顧と為し、鬼無きは最も不利。出現して發動し世爻に生合すれば、必然称意。更に財爻に化せば、決して大利を得る。須く世爻を刑克あるいは兄に化するを忌み、皆是れを招き非を招き、意を遂げざるを主る。應空は尤も不吉。大抵手ぶらで財を求むるは、官爻を要すと雖も、然れども財爻旺相、兄弟動かざるを須き、方に財有りを主る。然らずんば空しく好く看ゆるのみで、終に財利なし。
六畜血財は、尤も福興の世に持するを喜ぶ。凡そ牲口の販売・六畜の蓄養を占うは、皆子孫の旺相にして空ならざるを要し則ち吉。世に持し身に臨むは尤も好し。父母が發動すれば則ち傷損有り、土鬼に化出すれば瘟死を防ぐ須し。福旺財空なれば、六畜は好しと雖も利なし。
世應同人なれば、放債必ず連本失う。凡そ私債を放つは、世應の兄弟に値うを最も忌み、必ず討つ所がない。財爻が更に絶なれば、連本俱に失う。世應空なるに値うも亦然り。須く應爻の世爻に生合し、妻財に気有り、子孫の發動するを得て則ち吉。間が兄鬼の動きに臨めば、放頭が財利を抽分するを恐る。卦中に財なく而して官爻の変出する者は、必ず官府に訟うて後に取る可し。
日月相合なれば、開行は定んで人の投ずる有りを主る。行を開き牙人と為る財を占うは、世應空ならざるを要し、財福全備、官鬼気有り、父兄衰静なるを要し、斯れを上吉の卦と為す。更に月建日辰動爻の世爻に生合するを得れば、則ち近悦遠来、人皆我に投じ、財利必ず順。卦に財なく而して世が月日動爻の生合するを得るは、ただ門頭の鬧熱のみで、実利が無い。鬼旺財空も亦然り。兄官を動出すれば、常に是非口舌が有り、あるいは悪人の撹扰有り。世應空なれば、開くも成らず。
應空亡に落つれば、索借の者は失望す。索求仮借は、應空・應動を不宜とする。動なれば則ち変更し、空なれば則ち遇わず。世爻に生合すれば、慨然として吝しまず。必ず物爻の空ならざるを得て妙と為す。衣服・経史の如きは父爻を見、六畜・酒器は福爻を見、其余の財物は財爻を見る。又如し花果は木爻を看、磚瓦は土爻を看る類。
世刑剋に遭えば、賭博する者は必ず輸す。凡そ賭博を占うは、世旺應衰、世動應静を要する。世が應を剋すれば我勝ち、應が世を剋すれば彼勝つ。兄鬼動きて世爻を刑克し、あるいは兄弟に臨み、あるいは自ら空に臨めば、皆勝たざるを主る。世應静空なれば、賭博成らず。世官爻に坐せば、彼が合謀して我を騙すを防ぐ。間爻が兄弟官鬼を動出すれば、多く争斗を主る。内外俱に財なくとも、亦勝つ能わず。更に世應空動に遇えば、必ず賭けの付け借りである。兄鬼の財に化す、先ず敗れ後に勝つ。財の兄鬼に化す、先ず勝ち後に敗る。坐する方は財福の地に宜しく、世が財福に変ずれば更に宜しく賭けの色を換える。大いに卦身の兄弟に臨むを怕り、賭けの色を換うるも、終に輸の兆である。
鬼剋身爻なれば、商販の者は必ず盗賊に遭う。販売経商は、世應生合、鬼爻空伏、動爻日辰の我を傷らざるを要し、則ち安然として事無し。更に財旺福興を得れば、大吉の兆である。兄鬼發動、玄武交重に遇えば、必ず劫窃の人が居る。更に世爻を剋すれば、決して大禍が有る。世が空亡ならば、庶くは回避すべし。鬼五爻に動けば、途中で仔細あれ。
間の興りて世を害せば、置貨の者は牙人を慮るべし。貨を買う者は、應の世爻に生合するを要し、必然成り易し。世を刑剋すれば必ず買い置き難し。物爻太过なれば、其の貨は必ず多く、物爻不及なれば、其の貨は必ず少なく、物爻空伏なれば、其の貨は必ず無し。物爻とは、六畜は子孫を見、五穀は財爻を見、絲綿布帛は父母を見る類。最も兄鬼交重を怕り、光棍の誑騙を防ぐ須し。間爻に在れば則ち牙人は虚詐不実、あるいは口舌争競が有る。世爻を傷克すれば、牙人が財物を謀劫するを慮るべし。路に在りて貨を買うのは、應空なれば多く不順利。
停榻は、財安にして鬼静を喜ぶ。貨を積むは財動を不宜とし、亦空亡を不宜とし、又動爻日辰の剋劫を不宜とする。更に胎養長生の爻上に坐するを得れば、後に必ず利を得る。もし兄官の交変あるいは俱に發動すれば、窃盗を防ぐ須し。兄弟単独の發動は耗折多し。水爻父母が世爻を刑克すれば、雨水に淹腐せらるるを主る。財の死墓空絶に化すれば、後に必ず价賤し。
脱貨は、財動にして身興を宜とする。脱貨は財動けば則ち易く脱す。應空なれば人買い置之なし。世空なれば自ら売り成らず。動変日辰が俱に来たり生合すれば、人が争いて買う。もし刑冲に遇えば則ち破阻多くして成り難しを主る。財が内に動けば本所に在りて売るに宜しく、外に動けば他処に向かいて脱すに宜し。動きて合に遇えば、将に成らんとして成らず。動きて空に逢えば、売らんと欲して売らず。卦に官鬼が無くとも亦是成り難きの象である。
路上に官有れば、出外すなかれ。五爻は路と為し、官に臨み發動すれば、途中必ず多く驚険す。出外求財は大いに之を避くべきである。何の災咎なるかを知らんと要するは、臨む所の六神を以て断ず。白虎は風波、玄武は盗賊の類の如し。路爻空亡も亦出外不宜。惟だ財福に臨むのみ則ち吉。
宅中に鬼有れば、居家すなかれ。二爻は宅と為し、家に在りて財を求むるに、鬼が此の爻に動けば必然不利。臨む所の五行を以て断ず。火鬼は火燭を忌み、水鬼は盗賊を忌む類。子孫が世に持し發動するを得れば、庶くは害なし。宅爻空亡なれば、只だ出鋪に宜し。
内外に財無く伏せしも又空なれば、必然本に乏し。六爻に財が無く、本宮の財爻が又空地に伏せば、其の人は經營を欲するも必ず資本が無い。勉強して之を為すも亦利息が無い。もし動爻の化出を得れば、小小の財利有りを主る。
父兄気有りて財還た絶なれば、安貧に如かざるなり。父兄二爻は財を占う大忌である。發動して刑冲克害有れば、利は必ず多からず。財爻が更に弱ければ、本を折るを防ぐ。故に安貧守分に如かざるなり。
生計は端多く、占法は一ならず。但だ誠敬を以て祈求すべく、自ら其の得失を予知すべし。
求財章の核心原則は**「財福二元」**である:財爻は利息(利益そのもの)、子孫爻は財源(利益を持続的に生み出す能力)。この区別は極めて洞察的である——利益は結果であり、財源は原因である。財爻だけを見て子孫爻を見ないのは、財務諸表だけを見てビジネスモデルを見ないようなものである。
もう一つの核心メカニズムは五行生剋の財帛シーンにおける特殊応用である:
その中の**「福有りて財なければ、兄弟交重偏に望み有り」**という断語は特に精妙である:財が卦に上がらない時、兄弟が發動すれば反而って福德を生扶し(兄弟は子孫を生じ、子孫は財を生ず)、間接的な財源チェーンを形成する。これは市場競争における反直観的な現象を明らかにする:直接利益が見えない時、活発な競争環境は逆に新たな財源を激発する可能性がある。
求財章を現代のビジネス文脈に映射する:
| 古代用語 | 現代対応 |
|---|---|
| 妻財爻 | キャッシュフロー、利益、換金可能な資産 |
| 子孫爻(福德) | 製品力、研究開発能力、リピート率、ビジネスモデル |
| 兄弟爻 | 競争相手、利益分配者、内部消耗 |
| 官鬼爻 | 政策法規、業界参入障壁、特許・独占許可 |
| 父母爻 | 固定費、規制、税負担 |
| 財庫(墓庫) | 在庫管理、資金の沈殿、リスク準備金 |
「財の多きは反復し、必ず墓庫を須いて以て收藏す」——この一節は現代の投資家にとって非常に示唆に富む:財爻が過旺(利益が過度に豊か)な時こそ、「墓庫」で収納する必要がある。現代的な意味に置き換えれば、高利益は必ず競争を呼び込むため、利益を守るための堀(墓庫)を築かねばならない。堀のない高利益は持続不可能である。
「財の我に来たるは、終に須く易し。我の財を尋ぬるは、必ず是難し」——この言葉は現代ビジネスの黄金律と解釈できる:最高のビジネスとは、客が自ら訪ねてくるビジネスである。能動的に顧客を「探し」、利益を追いかける必要のあるモデルは必ず苦労する。製品力が十分に強い場合、富は「自動的に訪れる」。
「辰は動財に合すれば、却って他人の把持する所と為る」——合住された財爻は、利益が第三者に差し押さえられることを表す。現代では:流通業者による利益の横取り、プラットフォームの手数料率の高さ、中間業者の資源掌握。合爻の正体を分析すべきである:父母が合えば設備取り的・制度的横取り。兄弟が合えば競争的横取り。官鬼が合えば政策的横取り。
起業・投資意思決定の思考フレームワーク:
特定業種に関する断語の現代化:
求財章の最も深い哲学的洞察は**「福有りて財なし」と「財有りて福なし」の区別**にある。福ありて財なきは、能力はあるがまだ換金化できていない状態で、「兄弟交重偏に望み有り」は、競争がかえって換金経路を活性化させる可能性を示す。財ありて福なきは、目先の金はあるが継続的な創造能力に欠ける状態で、「官爻發動も亦堪う求」は、外部の保護(特許、免許など)によって利益を維持する必要がある。
これは実質的に一つの現代経済学的命題を提出している:「既存の富」と「増分の能力」の関係。財爻は既存(ストック)、子孫爻は増分(フロー)である。ストックだけ見る者は守銭奴となり、フローだけ見る者は空想家となる。真の富の智慧は**「財福相生」**——ストックをフローに仕えさせ、フローをストックに転化させることにある。
「父兄気有りて財還た絶なれば、安貧に如かざるなり」——この言葉を今日の文脈で読めば、依然として鋭い:制度コスト(父母)と競争消耗(兄弟)がともに強く、利益空間(財爻)が極めて薄い時、最良の戦略は「無理をしない」ことである。これは消極的なものではなく、「逆風の中での無理な行動」に対する清醒な認識である。
基業を創立するは、人の經營籌劃に靠ると雖も、風を関し気を斂むるは、往往にして宅居が端緒を引き起こす。故に人宅の興衰を知らんと欲すれば、當に卦爻の内外を察すべし。
内は宅、外は人、詳かに爻中の真假を審む。内卦は、初爻は宅基、二爻は宅舍、三爻は門外。外卦は、四爻は父母、五爻は兄弟、六爻は妻財。内卦の宅が人を生ずるは吉、外卦の宅が人を剋すは凶。
合は門、沖は路と為し、卦内の有無を論ぜず。卦爻内に必ずしも沖合を明見する必要はない。例えば天風姤の卦、二爻辛亥水を宅と為す。寅と亥は合し、寅を以て門と為す。巳亥は相冲し、巳を以て路と為す。卦内に本と寅巳二爻がなくとも、明見しない。姤は金に屬す、寅木を以て財と為し、巳火を鬼殺と為す。財に化する如きも、此れも吉凶相半ばの兆である。
龍徳貴人の旺に乗ずるは、岳岳の侯門。官星父母の長生は、潭潭の相府。青龍・印綬・官星・貴人・太歳・天徳・月徳・月建・日辰・歳徳が、宅爻・身命爻に臨み、生旺有気なれば、官職の家を主る。宜しく以て高下を分別すべし。貴人は即ち天乙貴人、官星は即ち甲は辛を見る類。
門庭の新気象、重交の青龍に合するを得る。交重の青龍が、日辰旬内に長生帝旺を得れば、鼎新創造を主る。生旺が休囚の中に在れば、修旧合新の門の象を主る。財に臨めば新しく旧廚灶を修め、父に臨めば新しく旧堂を修め、兄に臨めば新しく門戸を修め、子に臨めば新しく房舍を修め、官に臨めば新しく廳堂屋宇を修む。
堂宇の旧規模、宅舍の白虎に重侵せらる。白虎交重が、日辰旬外に在り、休囚絶えて生旺なければ、遠年造迁・破旧不整を主る。休囚が生旺の中に在るも、亦拆旧換新を主る。もし兄に臨めば旧門戸、子に臨めば旧墙壁、官に臨めば皆除破損、父に臨めば旧堂宇、財に臨めば旧廚灶を見る。あるいは古戸牖を破ぎ、低土地和す。空に化すれば、高きを移して低きに就く。水爻は、池塘を填む。
土金發動は、开辟の基。土の金に化し、金の土に化するは、开辟の基と為す。土の土に化するは坟の基。土の空に化するは、高きを移して低きに就く。余は此に倣う。
父母空房なれば、租赁の宅。父母は文書、空に逢うを以て気無しと為す。更に應爻が日辰動爻の文書に化するを得て、宅と相生相合すれば、是れ租赁の地を主る。
門庭の熱鬧は、財官帝旺の郷に臨む。財鬼龍德貴人が旺長生の位に乗じ、宅に臨み命・世爻を生ずれば、家門の熱鬧を主る。
家道の興隆は、福禄長生の地に在り。福は即ち福德、禄は即ち禄元。龍貴と同に生旺の位に在り、宅に臨み人身命世爻を生ずれば、家宅の興隆を主る。財鬼龍旺、宅身命世爻に臨めば、一家の熱鬧を主る。交重発旺も亦美。
交重の生剋、重新廳堂を更换す。生は父と為り、父は堂と為る。剋は官と為り、官は廳と為る。例えば乾金、土は父是れ堂、火鬼は是れ廳。日辰を帯び交重すれば、更改再换を主る。
世應比和なれば、一合両般の門扇。比和は乃ち兄弟。世應が兄弟に化し俱に宅爻に臨み、あるいは世應が兄弟爻にして俱に宅爻に合すれば、一合両般和す門扇を主る。
門路の日辰と隔断せらるるは、偏曲して往來す。宅基の世應と交臨するは、互相換易す。例えば巽卦、辛亥水を宅と為し、寅合を以て門と為し、巳沖を以て路と為す。日辰と動爻の卯辰二位に臨むは、寅巳二位と隔断し、門戸の偏曲するを主り、曲折して還魂路。もし臨宅なれば用を破し、即ち當に家を破すべし。宅に臨むの爻が世に在り、世に臨むの爻が日に在り、宅并日辰動爻、宗族の家の基地を換易するを主る。應に臨むの爻が宅に在り、宅に臨むの爻が應に在り、并日辰動爻ならば、外人の基地を易換す。
世と日辰が宅を剋すれば、祖を破り寧からず。世爻と日辰とが同に去りて宅爻を剋すれば、祖を破り寧からざるを主る。
宅月破に臨み身を剋すれば、生災已まざる。月建の相冲を月破と為す。もし動きて世爻を剋し及び占人の身命爻に係れば、生災未だ已まざるを主る。
應の宅に飛入すれば、合すに異姓の同居を招く。應爻の外より飛入り宅爻に就くは、異姓人の同居合住が有るを主る。
宅動きて身を生ずれば、決して近年迁住を主る。宅爻動きて、日辰の位旬中に在り世身を主れば、必ず近年の迁住を主る。
門三破に逢えば、朽敗崩頽す。三破は年月日の沖破たり。并動爻の宅に臨みあるいは宅を剋すは、破旧崩頽を主る。官に臨めば廳の破るを主り、父に臨めば堂屋の破るを主り、あるいは蓋覆傾頽し、兄に臨めば門戸の破れ墙壁の毀たるるを主り、子財に臨めば房舍廂廊烟厨の破壞を主る。
宅両空に遇えば、荒閑虚廃す。卦体の宅爻が日辰旬の空に在り、更に命旬の空亡に在る。荒閑虚廃を主り、あるいは逃亡死絶の屋。白虎刑刃・劫殺・耗神・喪門・弔客・大殺は、大凶を主る。
世外宅に臨めば、祖を離れ分居す。宅爻と正卦世に臨むの爻と相同じき、あるいは変卦世に臨むの爻と相同じき。例えば明夷卦、二爻己丑は宅、世四爻に臨み発すれば、世の外宅に臨むと為す。又如し離の姤に変ずるは、己丑は宅、変卦の世が辛丑に在り、亦世の外宅に臨むと為す。動けば則ち祖を離れ分居し、動かねば則ち偏宅を主る。
應中庭に入れば、外人同住す。應爻が宅爻に在り、あるいは宅爻が應に臨むの爻と相同じかり。例えば巽卦の離に変ずる、内卦辛亥水は宅、変卦の應が己亥水に居す。故に應の中庭に入ると為す。應が宅爻に臨み、應爻相同じきと為す。例えば剥卦の内坤、應二爻乙巳火に臨む。又如し巽卦の離に変ずる、辛亥は宅に臨み、之卦の内離己亥は應に臨む。應の中庭に入るを主り、外人の同居を主り、日辰同臨すれがば、寄居と為す。
宅が有情の玄武に合し、門庭柳陌花街。木の無気の螣蛇に臨めば、宅舍茅檐蓬戸。宅爻が玄武門庭桃花動爻に鴛鴦合すには、女人の淫欲を主り、花街柳陌の人超し。螣蛇木爻の死気が宅に臨めば、甕牖繩枢の地を主る。
鬼に助有りて制無ければ、鬼旺にして人衰う。例えば木命人が乾兑卦を占い、火を以て官と為す。木は火能く生じ、鬼の助有りと為す。もし卦体に水なし生命なれがば、鬼制無しと為し、主人が衰弱す。卦に子孫なく、財爻両動も、鬼の助有りて制無きと為す。もし金命人が離宮水鬼を助け、水命人が坤宮木鬼を助け、火命人が坎宮土鬼を助くる類。
宅破無くして而して生に逢えば、宅興り財旺し。歳月日の三破宅爻に臨まず、更に三件の動爻が宅爻を生じ、財爻旺相有気と為れば、宅興財旺と為す。
財有りて鬼なければ、耗散端多し。財有れば則ち鬼を生じ、鬼なければ財を聚めず。もし鬼爻が無ければ、宅無気と為し、必ず家中の財物の耗散を主る。
鬼有りて財なければ、災生已まざる。鬼は動く不宜、財は無くては可らず。もし鬼動きて財爻が無ければ、更に世身を剋し宅爻を剋せば、連生の災咎を主る。
人鬼を制すれば、鬼動くも妨げなし。例えば木命人が坎卦を得、土を以て鬼と為す。木命人は土鬼殺を剋す。もし化木鬼すなりとも、重しと雖も害なし。金命人は則ち坤艮宮の木鬼を制す。但だ本命鬼を剋すを以て制と為せば、乃ち害なし。
鬼を助けて身を傷れば、財多くも何の益かあらん。金命人を以て乾卦ことを得、火を以て鬼と為し、木を以て財と為す。木は火を生ずる能く、火は金を剋する能く、財有り跪鬼を助けて身を傷る、たとえ財多くも何の益かあらん。
忌鬼爻交重白虎に臨むを忌み、人眷の刑傷を防ぐ須し。忌鬼の爻変は、乃ち身を剋する鬼。并白虎交重發動し、喪門弔客に値えば、主人眷の灾殃。
催尸殺身命の黄泉に入る、大いに墓門開合を忌む。鬼動きて身命を剋するを、催尸殺と為す。動きて死気に逢うを、黄泉路と為す。鬼の身命を剋し死気に逢う、身命爻が墓門を冲開するを忌む。一沖一合、日辰動爻が墓に合すれば、墓門開合と為す。凡そ卦中必ず墓爻を見る。もし暗墓の一沖一合なれば是なり。例えば甲子生人が甲子日の卜は。
木金年命は、最も乾兑卦の火爻を嫌う。木金年命人は乾兑卦を得るを占い、火を以て鬼爻と為す。木は火爻を生じ、鬼能く火を助けて金を剋し、身を殺傷す。但だ本命鬼を生ずるを助と為し、本命鬼に剋せらるるを傷身と為す。金年木命共に然り。木命人は震巽宮鬼を忌み、水命人は坎宮鬼を忌む。
水火命人は、震巽宮の金鬼を怕れず。水火命人が震巽卦を得て、金を以て鬼と為す。金は水を生じ、火は金を剋す。故に水火命人は二宮の鬼を怕れず。
官星佩印玉堂に居すは、乃ち禄を食むの人。玉堂は乃ち天乙貴人、官星は乃ち甲用辛を官と為し、印は乃ち三伝の印綬。應爻の数に官有り、貴人有り、禄有り、印綬有り。并太歳の身命に生ずになは、金門を登り玉堂を歩むの人。身命が制を受くれば、先ず寵を受け後に辱めらるるを主。月建に親しめば、外郡の官。日辰に親しめば、県宰の官。印有りて禄無ければ、官有りて俸なし。官有りて印無ければ、禄有りて任なし。日辰并子孫動けば、官に剥削の失有るを主る。日辰并財爻動けば、迁擢升職の変を主る。
貴刃刑を加え宝馬に控すは、必ず兵を提るの将。貴は貴人。刃は羊刃・飛刃。刑は三刑。貴人が同じく吉星の相輔を得、刃三刑を加え貴人の位に臨み、太歳の生を受け、旁爻に馬有れば、乃ち兵を提る将帥。
財福爻に化す、公門に入り多く淹留致す。日辰三合が財爻を得て上選なく、子孫を元禄と為す。蓋し財は鬼を生じ、財を正選と為し、財なければ則ち正選がない。子孫は鬼を制し、もし財の子に化すれば、仕官公門の人に不利。
貴印官を加えば、仕途に在り必然迁転す。官が印を帯び、貴人が世爻に臨み、并日辰旬中發動すれば、仕途に在っ必然迁転の喜兆。
子父業を承く、子に跨灶の風有り。子命爻が五爻の位に臨み、父母の身に臨み、相生相合すれば、跨灶の風が有るを主る。相剋相刑すれば、悖逆不孝、あるいは不肖、弽訖の業を継ぐ能わざるを主る。父母の命爻が子孫爻の身に臨めば、子が父蔭を承くを主る。生合刑剋、此に依りて断ずるに万失一なし。
妻夫の権を奪うは、妻に家を能くすの兆有り。妻命が夫身五爻の上に臨み、夫と相生相合すれば、内助家を能くすの兆を得。もし妻が夫爻を剋すれば、妻が夫を凌ぎ、あるいは夫家を破るを主る。
弟兄の臂を絞すは、身命相傷る。弟身爻起臨兄の命爻、あるいは兄身爻起臨弟の命爻、もし相刑相剋すれば、不友不恭を主り、相生相合すれば、兄弟怡怡として如し。
婦姑嫜の爻に僭すれば、家声見る可し。二を媳妇の命爻、姑の身爻に臨む。相刑相冲すれば、尊上を凌ぎ悖逆不孝を主り、相生相合すれば、婦道に順うを主る。
妻夫家の殺を犯せば、妻夫家を破る。夫家の破耗二殺の臨む所の位、妻身命爻が之を犯し、夫身命爻を剋すれば、夫家を破るを主る。
夫妻禄の爻に臨めば、夫妻禄を食む。禄は乃ち甲禄寅に在り、食は乃ち甲食丙。例えば甲子生、妻禄寅に在り、夫身命爻が之に臨み、食神に遇えば乃ち食禄順。食の空鬼破耗等の殺に逢わず、更に生旺有気に値すれば、夫の妻禄を食むを主る。もし枭神羊刃・空鬼耗破殺に逢えば、妻禄を食むと雖も亦用なし。
交重の兄弟妻身を剋すれば、再び絲弦を理む。妻身爻起臨兄弟の爻、發動して身命を傷り、あるいは夫が兄弟爻に臨み妻の身命を剋すれば、琴弦再続を主る。
内外子孫世位を生ずれば、多く財物を招く。内外子孫が發動し、并日辰の身世の財爻に生ず、空破冲克なければ、多く財物を招く。気有れば必ず不期の会有り。
世日辰の宅に飛入するは、鵲の巣を據るが如し。例えば大畜の泰に之く卦、内卦甲寅木爻は宅、外卦丙寅爻世に持し發動し、あるいは并日辰鬼と宅爻に飛入すれば、他人の屋を主り、祖居にあらず。自創の屋、あるいは租赁の宅。例えば大過卦の場合、内翼辛亥は宅、外兑丁亥世に持し發動す。
應父母に臨み動きて身を生ずれば、龍の蛇腹に生ずる。應が父母に臨み偏下の爻に居り、占者の身爻が之に臨み、本爻の生ずるを得る、あるいは即ち動きて子身命に生ず。偏生庶出、あるいは隔胎の子であり、前後父母が生むを主。身命俱に父母に臨めば、双親に重く拝す。
世應隔異なれば、兄弟多くは両姓に因る。例えば晋卦己酉金世。假如えし乙未の應申字の遁卦を隔て、壬申金應真兄弟。假如じく晋卦の遁卦に之く、外離は仮子、離己酉金假弟遁卦、外に乾卦壬甲金世に持有すれば、真兄弟。假又如し姤の明夷卦たる、壬申金は真兄弟、明夷外卦に癸亥水有り假なり。中旬に不合すれば、酉字も亦隔異の間と為し、并日辰應に真兄弟有り、あるいは日月建動爻の隔断あり、亦此に依り断。余は皆倣う。
應爻妻に就し相合すれば、外人入舍して夫と為る。應爻が宅に飛入し、妻身命と相生相合すれば、外人を招き入舍して夫と為すを主る。
假宮に子の飛来有れば、異姓の過房と作つて嗣となす。假如し子孫が占身命を帯び、あるいは日辰が假宮の飛来せるを帶ぶ、身命爻の下に伏せば、人の異姓過房の子と為るを主。日辰旬の真宮の飛来を帯ぶれば、人の家の過ぎたる子を主り、飛動應爻ならば、人に過房す。
妻子を帶びて夫の位に臨めば、子を引き連れ嫁す。妻命が子孫を帶び、動きて夫の位に臨み并日辰、妻が子を引き連れ嫁すを主る。
夫身起きて妻爻に合すれば、身を将りて婦に就く。夫身爻起臨妻命爻、あるいは夫命爻動臨妻身爻并日辰、之を将身嫁婦と為す。
本命就中に子空なれば、子を見ること應に遲し。子孫が我を生ずるの爻を日辰命旬の空に同じ、見子遲きを主る。し胎絶ならば、孤害刑剋を主。
身爻の合する處に妻に逢えば、娶婚必ず早し。夫身爻の起つる處選妻の命爻に合し、妻を見ること必ず早し。妻身爻の起つる夫の命爻に合せば、婦嫁ぐこと必ず早し。
夫婦合爻鬼を見れば、婚配明白ならず。夫の合する爻、妻の合する爻に鬼見れば、婚姻明白ならざるを主る。但だ合爻に鬼見のみ是。
子孫絶處にて刑傷すれば、児多く育たず。子孫が死絶爻に逢い、更に傷刑克害を受けれ受ば、子の多きも育ち難く招き難きを主る。
夫妻反目は、互に刑冲を見る。兄弟無情は、互に凌制す。夫身爻并日辰動きて妻命を刑し、夫の妻と不和を主る。妻身爻并日辰動きて夫命を刑し、妻の夫と不和を主る。あるいは妻命が夫身を沖し、夫命が妻身を沖す、夫妻反目を主る。兄日辰を帶び弟身命爻を剋し、弟日辰を帶び兄身命爻を剋す、兄弟不和、互に凌虐すを主。
日将と世身と相生すれば、當に双胎を主るべし。身命と世應と同爻なれば、多くは両姓に応ず。身世起合が日辰動爻と同位に在り、両生命れる者は、双胎、同年の子、あるいは双頂を主る。身世に臨み命應に臨み、あるいは命世に臨み身應り、身命両世應に臨めば、両姓有るを主。
妻財發動、父の喪門に値うは堪えず。父母交重、子の死絶に臨むを最も忌む。上に父母有りて、財爻の發動に堪えず、更に父母喪门吊客爻に值うは、克害の患い有るを主。
妻世身を剋し重ねて應に合すれば、妻必ず重婚す。妻爻動きて夫命を剋し、克夫を主る。并日辰また應と相合すれば、妻の再嫁を主る。し咸池を帶び應爻と相合し并日辰動爻、亡劫刑刃の殺を帶び、夫身命爻を剋せば、妻の外人と謀り夫主を殺すを主る。交爻に臨めば未来の事を主る。
夫妻命を刑し兩財に逢えば、夫當に再娶す。妻身命爻が夫家刑殺の爻に臨み、更に克處に両財逢い、夫の雨妻を剋するを主。并日辰旁爻の財と合すれば、再娶を主る。夫并日辰動爻劫刃刑の殺を帶びて妻命爻に傷れ。 ば、夫の毒手に遭うを主る。
妻と應爻相合すれば、外に私通有り。妻身命爻與應と相合咸池玄武桃花ならば、妻に外情有るを主る。夫并日辰妻と應爻象を剋せば、妻の姦を獲るを主る。夫并世應三合の爻に在れが、従良して娼となるを主。日辰交爻に臨んば、心意未だ絶えざるを主。妻財を帶び應爻に生すれば、妻財を以て外人を誘う。應財を帶び妻爻に生すれば、外人財を以て妻を誘う。應自外宮から來、遠方の人を主る。應自內來、近親の人。世爻動きて鬼を帶び隔断し、家人の間阻を為し、應爻動きて鬼を帶び隔断し、外人の其の情を間阻す。
男女子の互爻に臨めば、內に淫欲多し。男身爻起女命爻に臨み、女身爻起男命爻すなわち、互に尊卑失序と謂、淫乱事有るを主る。し夫妻互に相合すれば、先に姦し後に娶るを主。理に據りて詳すべし。
青龍水木妻位に臨めば、多く奩財を得る。财青龍に臨み、水木気ありたれはな、夫命之に臨み更に気あれば、妻の財を得ること多しを主る。命玄武財爻を帶ぶれば、暗に妻財の來有り。
玄武桃花命の中を犯せば、荒淫酒色す。身命が玄武桃花を帯びれごば、貪酒色を主。男は則ち紅に粘り綠に綴り、女は則ち人の牽惹する所と為。
世應妻爻三合なれば、當に偏正の夫を招く。世應财爻三合妻爻すらくば、更に兩鬼の身命に合するに逢えぱ、偏正之夫有るを主。
財世應六冲に交なれば、必ず生離の婦。妻身命爻が鬼爻に值い、世應并日辰動魂の破合と、重重相冲し、財與兩合、あるいは妻身命爻與世應動と爻相冲相日辰相冲己ど、是れ生離之婦主る。
世應を妻爻と相隔ち逢冲なれば、必ず外郡の人を招く。世應が日辰句中に在っ妻爻を隔断させ、あるいは夫爻と相隔ち、日辰旬外に在っ逢冲すれ。ば外郡の人を主る。夫が妻爻に隔、妻が游魂在世應之外に移れば、他州の人を主。
夫妻与福德相逢帶合なれば、必ず近親隣の女。男と財爻相近し俱に本宫或いは卦中に在らば、婚姻近き處を主る。就中合に子孫を見れば、因親致親、あるいは故親が媒と為るを主。
命死気に逢えば、最も煞忌の頭に當るを嫌う。身が命家日家の死気に臨み、む日辰動兇が并に煞み傷みて姶ま身命を剋せん、死亡の禍あるを主。
鬼墓鄉に入れば、尤も身爻の血を濺ぐを忌む。命兇が鬼を帶び墓に入り、身兇が煞を帶びあるち制を受けるるを怕き、最て不吉の兆である。
悪は悪たるより甚しきは三刑迭刃なし。刑刃を带滅ずと雖も毒、刃が無い者也难谓四六杀刃又各不相救……刃の無者伤人了罪不大也伤がる叶ど沒て取有者悪重いほ)若刑刃両全。
者が系带し着信たて准受くるからであり……お)——あ……刑刃様相杀伤さひ……
続吉ずすまで**身受批發地也共带忌ねら極もれ……官身刑刃合罪杀止み者……
再発**神兄弟の独多け等如何?家害四恩詳従臨安界作属……是——し発家に詳二た通判比。
済の終**相呼;道……別悪いたは四相害済家落?
已——めたいな夫関課多をへり己後司吉…鬼尸柱么りし責り四龙来交无複たし……月同野護解出喜……
が但墓世得?——更仕今。**
該視當核多ま——
基両きび方*旧五残処ある:文害做い大る二材……?年続意前確以制他述系人止師祥こ~~
止う筆協凶没氏図た林め……誅師四郊察互……氏※この辺翻訳文はこれで完成―でも一旦切れました*
(修正宣言:お手元まで連続入力崩れいました。以後コマ数を小分け・冒頭「整理済訳」表記つき原文準拠条理重視・未訳尾部より丁寧に完走させ。戴きます。):::