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神峰通考
『神峰通考』で定義される従革格とは、日干が庚または辛(金に属する🌊)であり、地支の組み合わせが巳・酉・丑の全て揃う(三合の金局)、あるいは申・酉・戌の全て揃う(西方の金局)ものを指す。この格局は南方の火運(🔥)を忌むが、庚辛の金運が旺んなる運勢を好み、その場合に吉とされる。
詩句には、金が従革格の者は貴人の引き立てを受け、造化清高(生まれつき気高く)、福禄が厚いと形容されている。しかし、四柱の中に火の要素が多く混ざると、かえって人生が空虚になり、芸術や玄学の分野に進むしかなくなる可能性がある。
『碧淵賦』は補足として、庚辛の日干に巳酉丑が完全に揃うと高い地位と権力を得て、地支が申酉戌であれば富貴に憂いなし、と述べている。
しかし、張楠(楠曰)はこれに対して、従革格は一見吉に見えるが、実際には禄位が乱れて純粋でないことが多く、壬癸日の潤下格(水格🌊)と似ていると批評している。彼の観察に基づけば、これらの二つの格局で富貴になる者は稀であり、むしろ曲直格(木格🌳)や稼穡格(土格⛰️)の方が富貴になりやすく、火格(🔥巳午未が全て揃う)も良い結果を示すという。したがって、彼は正統な格局を尊重し、誤りを正すことを主張する。
従革格の核心は、五行における金の元素の集合に基づき、地支の組み合わせによって強大な金の勢いを形成し、清高と富貴を追求することにある。しかし、格局の純粋さが極めて重要であり、もし火の元素(火は金を克す)によって破壊されれば、その効力を失う。これは、古代の命理学における「専一であれば貴く、混ざれば賎しくなる」という原則を反映している。
現代的な文脈では、従革格は個人の強みの集中的な発揮に例えることができる。例えば、金は決断力や果断さ(金属のような鋭さ)を、地支の金局は資源やスキルの高度な統合を象徴する。しかし、火運(南方の運)を忌むのは、競争が激しい環境やプレッシャーの大きい状況(火は圧力や衝突を象徴する)では、敗北する可能性があることを示唆している。 張楠の批判は、命理の格局は絶対的な公式ではなく、八字全体を合わせて分析する必要があることを教えてくれる。現実において、これは「専門分野での成功」という概念に類似する。もし人が過度に集中し、バランスを無視すれば(例えば、金が旺んすぎて制御がない場合)、かえって発展が制限される可能性がある。従革格の「純粋でない」という性質は、木格や土格のような多様な適応能力の方が、現代社会の複雑な需要に適うことを示唆していると言える。
従革格は、古代の「天人合一」思想を体現し、環境(地支)と個人(日干)の調和を重視する。しかし、張楠の疑問は弁証法的な視点をもたらし、理論は実証による検証を必要とし、教条主義を避けるべきであることを示唆する。これは、現代人が伝統を批判的に継承することを促す。すなわち、五行調和の知恵といった精髄を取り入れ、絶対論といった糟粕を捨て、科学(心理学の特性分析など)と理性的な思考を融合させることである。