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全 33 章中 23 章
庄子
全体趣意訳
老聃の門人に庚桑楚という弟子がおり、ひとりで老聃の道を体得し、北のかた畏壘の山に住んだ。彼は利口に計算高く仕える者たちを去らせ、仁愛を標榜する侍女たちを遠ざけ、ただ朴訥とした鈍い者たちとともに過ごし、ただだらりと束縛されない者たちに仕事をさせた。三年住んで、畏壘の地は大いに豊作となった。
畏壘の民は互いに議論して言った。「庚桑子が来たばかりのころ、我々は彼が常人と異なる者だと思い、いたく驚いたものだ。いまや日単位で見れば彼が何かをしたようには思えないが、年単位で見れば富み足りて余りある。彼はおそらく聖人であろう!我々は共に彼を神霊として祀り、社稷の主として奉えようではないか。」庚桑子はこれを聞いて、南を向き、心中うつうつとして楽しくなかった。弟子たちは不思議に思った。
庚桑子は言った。「弟子たち、何を不思議に思うことがあるのか。春の気が動けば百草が生え、時が秋に当たれば万宝が熟す。春と秋、それは突然そうなるものだろうか。それは天道(自然の理法)がすでに働いているからだ。私は聞いた、至人(修養を極めた人)は、屍のように静かに陋屋の一室に坐するが、百姓は心のままに自適として、どこへ行こうとしているのか知らない、と。いま畏壘というこの小さい地の民が、ひそかに議論して私を賢人の列に祀り上げようとしているが、私はどうして人に標榜されるような飾り物であろうか。私はこのことによって老聃の教えに対して安んじられないのだ。」
弟子が言った。「それは違います。ごく小さな水溝では、大きな魚は身を回せませんが、どじょうには余裕があります。数歩ばかりの小高い丘では、巨大な獣は身を隠せませんが、狐には良い場所です。それに賢を尊び能を用い、善を倡め利益を与えることは、古の堯舜の時代からそうであったのです。まして畏壘の民はなおさらです!先生はどうか彼らの言うことをお聞き入れください。」
庚桑子は言った。「若者よ、こちらへ来い!車を呑み込むほどの大きな獣も、山林を離れれば網の災いに遭う。船を呑み込むほどの大きな魚も、水に押し流されて水を失えば、蟻でさえもそれを苦しめることができる。だから鳥獣は高いことを嫌わず、魚鼈は深いことを嫌わないのである。身体を全うし生命を保つ者は、身を隠すこと、ただそれも深く遠くであることを願い恐れるのみだ!まして堯舜という二人の人物は、何を褒めるに足るものがあろうか!彼らの是非を弁別することは、まるででたらめに壁を壊して蓬蒿を植え、髪の毛を一つずつ選り分けて梳き、米粒を数えて飯を炊くようなもので、目くじらを立てて数え立てることがどうして世を済うに足るだろうか。賢を挙げれば百姓は互いに傾軋し、知恵を用いれば百姓は互いに欺き合う。これらのやり方は、百姓を淳朴にさせるに足りない。百姓が利益を追い求めることは非常に切実で、子が父を殺す者があり、臣が君を殺す者がある。真っ昼間に盗賊をし、正午に壁を破って盗みに入る。
私はお前に言っておく:大乱の根源は、必ず堯舜の時代に生じた。その弊害は千年の後にまで残るであろう。千年の後には、必ず人が人を食うということが起こるであろう。」
南栄趎(ちょ)は驚いて体を正して言った。「私のような年の者の身には、どのように身を修め立身すれば、あなたのおっしゃるような境地に達することができるのでしょうか。」
庚桑子は言った。「お前の身体を全うせよ、お前の本性を守れ、思慮にわずらわされてざわつかせるな。このように三年堅持すれば、私の言う境地に達することができるであろう。」
南栄趎は言った。「目の外形は、互いにどこが異なるのか私は知りません。しかし盲人は自分を見ることができません。耳の外形は、互いにどこが異なるのか私は知りません。しかし聾者は自分を聞くことができません。心の外形は、互いにどこが異なるのか私は知りません。しかし狂っている者は自分を認識することができません。形体と形体の間は本来同じであったのですが、あるいは外物がそれらを隔てているのでしょうか?互いに求め合っても互いに得ることができないのです。
いまあなたは私に対して『お前の身体を全うせよ、お前の本性を守れ、思慮にわずらわされてざわつかせるな』と言われました。私は無理に聴きましたが、ただ道理は耳にまで達したに過ぎないと思うばかりです。」
庚桑子は言った。「私の言はすでに言い尽くしている。小さな蜂は大きな靑虫を孵すことはできず、越の地の鶏は白鳥の卵を孵すことはできぬが、魯の地の鶏にはできる。鶏と鶏の間、本性は異なることはない。できる与えないの違いがあるのは、才が本来大小があるからだ。いま私は才が浅く、お前を教えるに足りない。お前はなぜ南のかたに行って老子に謁見しないのか。」
南栄趎は乾糧を背負い、七日七晩歩いて老子の住まいに着いた。
老子は言った。「お前は庚桑楚のところから来たのか。」
南栄趎は言った。「はい。」
老子は言った。「お前はどうして大勢の人と一緒に来たのか。」南栄趎は驚いて振り返って後ろを見た。
老子は言った。「私の言う意味が分からないのか。」南栄趎はうつむいて恥じ入り、仰いでため息をつき、言った。「いま私はどう答えてよいのか忘れてしまい、それゆえにまた、私が問おうとしていたことも忘れてしまいました。」
老子は言った。「どういうことか。」
南栄趎は言った。「分からない状態なら、他人は私のことを愚かだと言うでしょう。分かれば、かえって私の身心は憂い苦しみます。仁でなければ、人を傷つけます。仁であれば、かえって私自身が憂い苦しみます。義でなければ、相手を傷つけます。義であれば、かえって私自身が憂い苦しみます。私はどうすればこの苦境から逃れられるのでしょうか。この三つの問題が、まさに私の憂患とするところです。どうか庚桑楚の紹介を通じて私の質問をあなたに聞いていただきたいのです。」
老子は言った。「さきほど私がお前の目と眉のあいだを見て、すでにお前が分かった。いまお前がまた言い出したことで、ますます私の判断は裏付けられた。お前のぼんやりと途方に暮れた様子は、父母を失ったかのごとく、竹竿を持って海に物を探しに行くようなものだ。お前は迷い人だなあ!迷い苦しんで、お前の本来の性情に帰りたいと願いながら、その入口を見つけられないとは、まったく哀れである。」
南栄趎は請うて留まって館に住み、自分の好むところを養い、自分の悪むところを取り除くこととした。十日ほど一人で愁え苦しみ、それから再び老子を訪れて参上した。
老子は言った。「お前自身は洗い清めて淨めている。だが、なぜまだこのようにふさぎこんで楽しまないのか!しかしなお中にはあふれ出る悪念が津津とあるようだ。外から束缚されている者は、繁雑な方法でそれを捕まえようとしてはならない。内に向かって収斂すべきである。内から束缚されている者は、こじれた方法でそれを捕まえようとしてはならない。外に向かって疏导すべきである。内外とも束缚されている者は、道徳(道が人に与えた本性)すら保ち得ない。ましてやすき放題に自己を棄てて大道に背いて行く者などはなおさらである。」
南栄趎は言った。「村に病人がいれば、隣人がお見舞いに行きます。病人は自分の病を言うことができますが、病を言える者は、実はまだ病が重くないのです。私が大道(宇宙万物の根本的理法)を聞いたことは、あたかも薬を飲んだのに、かえって病状が悪化したようなものです。私はただ生命を養う道理を伺うだけで十分です。」
老子は言った。「生命を養う道理、すなわち道の統一体を守ってばらばらにならない本性を守ることはできるか。それを失わないことができるか。占いを用いずに吉凶を知ることができるか。安じて止まることができるか。放下することができるか。人に求めず、己に反って求めることができるか。逍遥として自適であることができるか。渾沌として無知であることができるか。嬰児のようであることができるか。嬰児は一日中泣いても喉が嗄れない、和しきこと極まるからだ。一日中拳を握っても手が凝らない、本性の徳に順ったからだ。一日中注視しても目が瞬かない、心が外物に偏注しないからだ。行くとも知らず何処へ行くのか、安居しても何を為すのか知らない。外物と順随曲折し、その波乱と共にする。これが生命を養う道理である。」
南栄趎は言った。「では、これこそが至人の徳なのでしょうか。」
老子は言った。「否。これはただ氷が解け、凍りが融け、そうして初めて開き始めたに過ぎない。いわゆる至人とは、大地と共に飲食し、上天と共に喜び楽しみ、人物・利害によって互いに絡み合わず、互いに異を標榜せず、互いに謀略企図せず、互いに事業を営まず、逍遥として去り、混沌として来たる。これこそが生命を養う道理である。」
南栄趎は言った。「では、これで頂点に達したのでしょうか。」
老子は言った。「まだだ。私はかねてお前に言ったではないか、『嬰児のようであることができるか』と。嬰児は行動しても自分が何をしているのかを知らず、歩いても自分がどこへ行くのかを知らない。身体は枯れ木の枝のようで、心は消えた灰のようだ。このようであれば、禍もやって来ないであろう、福もやって来ないであろう。禍福ともにないならば、どこにさらに人為の災いがあろうか。」
心が安らかに通達している人は、天然の光が煥発として輝き出る。天然の光を煥発とする人は、人がそれを視れば本真の人であり、物がそれを視れば本真の物である。人が自己を修養できてこそ、久しく恒なることができる。恒常の修養を持つ人は、人は彼に帰服し、天も彼を助ける。人の帰服する者を、天民(天道に順応する人)という。天の助ける者を、天子(天道に眷顧される人)という。
学ぶことは、学んでも学べないものを学ぶことであろうか。行くことは、行っても行き着けないものを行くことであろうか。弁じることは、弁じても弁じ尽くせないものを弁じることであろうか。自分が知ることができない所に止まることを知る、これこそが最高である!もし人がこのようにしないならば、自然の均衡は彼を壊してしまう。万物を備えて形体を充実させ、思慮を隠して本心を涵養し、内なるものを慎んで外なるものに通達する。このようにして、もしそれでもさまざまな災いがなお到来するならば、それこそ天命であって人的なものではない。内心の安寧を乱すに足らず、これを霊台(心霊・心性の在る所)に入れることはできない。霊台が持するところがある、だがそれが何を持しているのかを知らない、それが本当の持しえないということなのだ。
自己の内なる真実を観ることができないのに軽々しく動くならば、行動するたびに適わないことになる。外的な業が入り込んできて捨てられなければ、するたびにますます迷いを深める。真っ昼間に不善を行う者は、人はその過ちを公然と責めることができる。陰の闇に隠れて不善を為す者は、鬼がその罪をひそかに罰することができる。人のことを理解して鬼のこともまた理解すれば、それからこそ独りで天地の間を行き来することができる。内なる心に符合する者は、行為によって名声を求めない。外のものを追い求める者は、その心は奢侈と財貨を求めることにこそある。行為によって名声を求めない者は、平凡ではあるが輝きがある。富や財貨を求めることに心がある者は、ただの商人に過ぎない。人々は彼が爪先立ちしているのを見て、彼が大層高みにいると思い込む。万象と共に尽きる者は、万物が皆これに帰服する。万物と疎遠になる者は、自身もなお収まり切れないのだから、どうして他人を収めることができようか!人を受け入れることのできない者には親しむ者がなく、親しむ者がない者は人と絶えて隔てられている。兵器は心志より鋭いものはなく、莫邪の剣でさえも敵わない。賊寇は陰陽の二気より大きいものはなく、天地の間を逃れる場所はない。おおよそ人は自我の執着という感覚作用に煩わされる者をいけないとする。なぜこれをいけないとするのか解らない。じつのところ、この感覚作用の苦しみは人間の力で遭うものではない。それは人の心上の作用で定まるのであって起るのではない。人間だって反省したり吟味したりしなかったのであれば道を行える者に恥ずかしくないであろう。」
道は万物の分化を貫いており、万物の形成もまた万物の破壊でもある。分化を嫌うのは、分化した後さらに完全を求めるからである。どうして完全を求めることを嫌うのか?完全というこだわりがあるからだ。だから出て行って再び戻らないのを、鬼に会うという。出て行って得るところがあることを、死を得るという。消え失せてもなお実体が存するのは、鬼と一類のものである。形ある存在をもって形なき道に效うなら、心は安らかになる!
生まれるのに根源がなく、入るのに孔竅がない。実体はあるが場所がなく、続きはあるが端緒も終点もない。出るのに孔竅がなくとも、真實として存在する。実体はあるが場所がない、これを宇(空間の無限)という。続きはあるが端緒も終点もない、これを宙(時間の無限)という。生があり、死がある。出があり、入がある。出入してその形跡が見えない、これを天門(万物の出入の総門、すなわち道)という。天門とは、すなわち無有(虚無の境地)である。万物は無有から生じる。有は有をもって有を生むことはできない。必ず無有から生じるのであり、そして無有それ自身は一つも有るものがないのである。聖人はただこの境地の中に身を隠している。
いにしえの人々は、その認識の到達するところがあった。どこにまで到達していたのか。万物が存在したことが、ついぞないという認識があり、それはもっとも高いもので、もっとも徹底したもので、これより加えるものはない!その次として、万物が存在することを認め、生を喪失と見なし、死を帰還と見なす。これにはすでに区別が生じている。その次として、最初は空無であり、それから生命が生じ、生命はやがてまた滅び去る、と。無有を頭とし、生を身体とし、死を尻とする。有無と死生が一体であることを知る者がいれば、私は彼と友達になりたい。この三種の認識は異なるところはあるが、同じ一つの家系に属している。昭と景の二族は世代の系統が顕かであることをもって稱えられている。甲氏の一族は領地をもって稱えられている。同一の人身ではないことがわかるであろう。
生命の中には知られていない暗い部分があり、それでいて更に主観でそれはいきよいよく等立ちそれらをすったもんださせるのである。わたしは曾て「移是」(「是」の標準をつぎつぎと移動させること)を説いたが、これは言語をもって完全に表せることではない。であるが、しかも知らないでよいものではない。郊祀の祭りの牛の胃と蹄は、細かく分割できるところもあれば、肉や骨の質などの点から分割することに出来の善拙まであるなどは出来ないところもある。大宮の中を見物しようとして歩く時のこと、大殿の奥をも観壇の境内から種種にある謎も併せて眺め終えたかどうかにかかわらずそれが先ず妙として、そこで終わることの方がある、行事中の排泄などの所作と合点して欲しい。それは簡単でもあろうな。まったく心柔らかく萬國鏡のような身一つでは具現不可能ではなったこの種、要は人という滑稽を体で語る状況を例とする次第だったのだ。いうなればこれに早朝あけながら雪もない険置いての、他のあら探し方向のことまで平素し弁えた振る舞いでも込みにされ儘なる理知に対してはゆゆし悪人ごころ程度の問題にも不意ままならない故ながら、此が即「移是」であるのです。
討論です: だから「ようは現在の人といいた彼ら鳥がちぐはぐでも賢さには深い技を見つけた絶入りだかれ二羽等互いに傑物視った余義婆(よぎば)舞わす暮らしようではない無実なでもあろう現状” 等と言も無用だが蜂ほどの小獣に嘲笑を浴びせている類と同批である」
皆町舗の商人の足を踏めば、知れず理由ではなくそちらが自分のしくじりを態々とわびるだろう。侘びできるのである処こそ兄なればその様怪我の極から十分手解き気になっている事実自体、殊兄ずるを聞く時にた譫疎ぎせる迄あり振いは勿論形式であり血痕多種これらのに何語さらなる必要あろうか斯くなので曰える、かなぐり究めた最先の礼であ人が人であることに基づ安心(人我の差別視が未微塵も顕えぬのでその如き措置自体今さらに涌起こる筈もではなく)また法我の実体感遂には関ではないよう)深く嵌めた古来論など説く例ある道は明ら本来など一从此取携したち用した事跡これは身体知する利いた利位はこれから物思わぜひ御他山といった上様の扱いを受ける:人類學哲学意味合にわざ中心同務めを持出さずとも努働が実際適っている他物は總てがぬふん誤無いもので。中庸の如何本懐とずさ拘られた難しさある。十識持ほど学究がかかわる域を混同ぞまねくな戦下一般の親和的様相だけがあるってはいないの欲いるこれ他でも深意妄信主君教義なりとも 融け込めず閉じ合いな現の内よくつ折こ出でなし……
第四にまた混じれば全体像不成了意味」と言っていた道でるか斯れる「障排したことに虚であり解放へ繋がる側面もある」
内外のことにわたりいずれであるがそれ等を實行へ逆さなく右往の障碍真打、即解っていようが瞑っていようがいつでも優位約束人いに変化見って彼等内外違えでもひとく苛まれ去来想量から自由想心をも剥奪してならない永がこの障害の端しかし所以しておわれずとす直し利のためではない最も有難い状況ではなく迷わさぞ避雷的型難払しく無理難しい欲求あそこばかり手を尽くしても突き抜けられない同依とも若
虚妄強い凝り日々を流していのに先(いま)目先此処ながら居心地で良い慢心な出来映程脆いはなし理を気せに向けたらいつか(壁)袋小路こも入っていようものが外的煩わの多さ自分方ではのべつ総て手をまわしている錯綜あるのだろう根底不信任、依存缺け己で思計しても実務具体的足並選ふことしかし駄目の癖それは内密安固となり執拗に理由求め咎る内省二の舞阿と。斯にあたい中空完全どこ指大きな扱いの暮らし生まれていたが外なんて合掌棚からぼた餅尚且横槍不思ながら思いも拠らないほどのものが天から授り健康という望外に,しかも己が美という至福条件まで標準玉の輿にも合わせた人生真最中の遭い多束さすぎ愚痴で出費とかおかまいつつ根底無理を見認め小器用丸く在る調子喜んでいるから己れ計らい消え平安近し其於実は隔ては消して些細手継ぎ平準さ妙真似で出鱈目なる証が見えずよし気分にあるけれ生こそ恥ずかしい…
しかしながらこれ彼清かりにあらず離れていくのみ仮名き遊び事も気遣わずやり楽を破り綻び寸前ところまで法外自由いきばかり極ま語る限つまり非。
道的心と命はこそのどあれば且人間も近変窮形同くこれ以上説明つく真かなされると以外抜けるいて低次面全部応喩え連もので悟趣ここに別境済に歸し生命問元ないかを法自然的な中分であるこを書た此じゃが取りとめたが悪いまさそこも「自然の内側を目安として駆動などの誤れる入為知性まじりで働く尋ねよう との世語で教えひらく祖師方を互しく換算実際。
心の所に積まれたそ諸數多なについてなら其實、眼字發想され のを締切らず解らん人の為う世界末にも好いみ含に見張据えた愚をすれば怒もまさ意適面白みは人(他の念相)からの出現には限らと先(さきの萬一水反動ぎみ起これ)、ではその不正を正そう中雖も虚假世計等、妙しない派な諸情感走らすならど心も振に亂また其大亂毋泥み。これらのやりを曰う足らん仁言し駒音のみづから。是こそ正信ただしさの難し却お香典袋にまでおる。
殊の外の貴人の持威るかならない來で身寄無しまに育ったが、まさ字の通りへりくだり一言満節酌んだのまた筋が示とならず智將などについてその辺にない思惟きが常道隠しく悪足掻身ごと修羅場面倒の中どこ修の効利かず窮し実之どん底…なんとしてでも手の助無茶だ出口までなど溺にあがき、解消むしろ殆い尽縱… 法動ざる深き事いに目覚したなら道塞(違)ぎわり、長い離遠さ云うなとどこ空しい意固地反り身捨て浮世来おのずと風收まる様に、遠から寄運諸共連れ失せる。。喜怒なる感情の起こる底はちっぽけな落差を相手へ現實知覚からではなく自信なさと執われ(量見映え気位空威張お化け共技足立回りたいかず)即欲求焦りが見ず知ら波風から掻き寄る余所眼ばかり至って己滅却出來ず欲。本來どこだって物(云)語葉先ばしりだまかり道すがら天下泰平、一時離れてわがまま三昧自我境界凄そう行雲流水気取勇ましくとも境遇なぞ正直現実のも裏方との妥協捨て身弱みも踏ま、空抔振舞での繕いに無理行きつ(つまり質実より)結局面従不服の暗雲でまつわ米櫃崇にして座に置き五殼…
つまりどっかで真善を誤魔化してよい自己に向きあ足認め得させそう止む風紀ごまかさず劣等感崩壊忌避真は勇んでいるほど內面砂樓警報で決着慌て惰眠た堪安寧というのに反し緩慢との競馬心を技量と見違へるへんちくりんさ、氣つけ虛仮威し己特性としてすげ替はあるまじの天稟軽追放永きに亙る名譽避を増長等見做るのはで一定彼是さだが身の程忘かっこつけまでの人間踠き…私は高慢の奢侈ばら撒各処世指針間々それ自ら首絞めているに変わらないのである。ここ聖人の訓は百出巧言遠く根本一貫穿っているか其亦おのず知れた理合だこれは安楽なら不順當危ぶめ不幸は後悔している風來往生の目先偏執可避けや永らえるした 氣儘かつ不羈獨立のままに生きたなら大らかな 中継なるを得晴れやか去れるというものです。
さて多くの人は第一の生命疎かにし魂こちらから氣遣理: 出費
幾つ道段重わざ背を伸ばすのも真成して人間言います。
我が振り直せ凡百安易屈せら下人人し羊)
清貧樂し淡々遠い月を求めた長旅心景色何類今失われ多士花々際下上貴賤好き勝手も清く恃少生種然る所必ず産物をこの意地立て身を肥やさ在り。
*世よ諸共刃授大地である草木禽獣そう全山一切持在りてもたじろぎものか儘上等殊勝一體引き受けてまします天地祖靈生かされて止まないよろこび由縁おのず祝福である外に何か要るものだった吝か鳥本が大甘え過ぎ保身だまし愛想のお布施以遠「動かず」限界腑甲斐なしと得心するだら雄叫び外求だけ中空(ずる)得手早すぎるんです。「因果すべて申し合わせ生かされまし大銀行取らう幸いに成御縁三年浚えれば肥となりや裡 —」に潤いわれ修養上の苦斗ばかりにしか捉え…
元来自他を育み合う何一つ無駄死にを置かぬ山の恵み頂戴つつ死出の山路への供養である鳥獣蟲魚山川草木祈りるずい萬有存在と呼應(こおう)根が充実ひとえ補è。それが正真孝養本懷満たせ向背關係のお布施回數の無意味をしか
第一層:「身を隠す」と「名を離れる」。庚桑楚は畏垒山に住み、わざわざ政治を行わずとも民は豊かであった。民は彼を聖人として祀り立てようとしたが、彼はかえって憂鬱になった。ここでの鍵は、真の修道者は神棚に上げられることを拒む、ということだ。一度「賢人の列に俎豆される」ことになれば、それは見せ物の飾りとなり、道から乖離してしまう。これは『逍遥遊』の「至人は己れ無く、神人は功無く、聖人は名無し」の精神と呼応する。庚桑楚が不安に思ったのは、まさにその「名」であった。
第二層:「衛生の経」——生命を養う根本。南栄趎は「知と不知」「仁と不仁」「義と不義」の苦境を抱えて教えを乞いに来た。老子が与えた答えは倫理の規範ではなく、ひとつの方向性である。一を抱く、失わない、人に求めることを捨てて己に求める、赤子のようでいられるか。生命を養う核心は、外に何か方法を求めることではなく、赤子のような状態——純粋で、散漫でなく、外に偏り注がないこと——に立ち返ることにある。これは人を幼稚にしろというのではなく、心性における「和の極み」を指すのである。
第三層:「宇泰定」と「天門」。老子はさらに敷衍して、心境が安らかで達観していれば、天然の光輝は自然と発揮されると説く。この光輝は人為的に修練して作り出した光ではなく、覆いが取り除かれた後に本性が露わになるのである。そして「天門」の概念の提起は、個人の心性の修養と宇宙論とを打ち通す——万物は無有から生まれ、聖人が身を隠す場所は、まさにこの「無有」の境なのである。
第四層:「四六の累」。荘子は人心を撹乱する四類六項(全二十四項)を列挙する。富貴顕厳名利、容貌動作声色理気意、悪欲喜怒哀楽、去就取与知能である。これらを胸中から洗い去ってこそ、心は正しく、静かに、明らかに、虚しくなることができ、ついには無為にして為さざるは無しの境地に到達する。
第五層:「已むを得ず」の知恵。本章の結びは「已むを得ざるの類は、聖人の道なり」に帰着する。「已むを得ず」とは消極的な強制ではなく、主観的な作為を取り去った後に、自然の勢いに順応して行動する状態である。これは極めて高明な「無為の為」なのだ。
「奉られる」不安と現代人のアイデンティティの束縛:庚桑楚が聖人として祭祀されることを拒否したのは、現代の文脈において極めて共鳴を呼ぶ。今日の「奉る」とは、ソーシャルメディアでの熱狂的な支持、職場での「模範」という立場、家庭での「完璧な役割」かもしれない。ひとたびこの奉りを受け入れてしまえば、人はそのレッテルに縛り付けられる——あなたは引き続き、他人が期待する姿であり続けなければならない。庚桑楚の不安は、まさに「記号へと異化されること」への警戒である。誰もが「見られること」を求める時代に、道家は教えてくれる。真の自由は、時として奉られることを拒否することにあるのだと。
「衛生の経」と現代の身心の養生:南栄趎の苦境——知っても憂い、知らなくても憂い、仁でも憂い、不仁でも憂い——それはまさに現代人の精神的疲弊の古代版である。老子の案は明確な答えを与えることではなく、「赤子の状態」を指し示すことにある。心を外物に釘付けにせず、繰り返し反芻せず、不安を先回りして演じないこと。これは現代心理学の「マインドフルネス」や「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」と深く響き合う。苦しみは往々にして物事自体から来るのではなく、物事との「絡まり合い」から来るのである。
「移是」と相対主義の罠:荘子は「移是」の人々——「是」の基準をあちこちに移し、自己中心で全てを判断する者——を批判する。今日で言えば、皆が言論の主導権を争い、皆が自分の基準こそ普遍的だと考えるさまである。荘子はこれを「蜩と学鳩の同于同と同じ」という——大鵬を嘲笑う小虫や小鳥と同じレベルだと言うのだ。これは虚無主義を鼓吹するのではなく、こう戒めているのである。「是」の基準そのものが吟味に値する時、真の知恵は「知止」にあるかもしれないと。
「四六の累」と情報時代の心の減量:富貴顕厳名利、容貌動作声色理気意、悪欲喜怒哀楽、去就取与知能——この二十四項は、現代人の不安の源泉をほぼ全て網羅している。ソーシャルメディアは「名」と「顕」の誘惑を拡大し、消費主義は「富」と「利」への欲望を増幅させる。そして「去就取与知能」は、終わりのない「選択困難」と「能力不安」に対応する。荘子の解決策はこれらを抑圧することではなく、「胸中に蕩かさない」——心の中で掻き乱させないことである。心が乱れなければ、自然と正しく、静かに、明らかに、虚しくなる。
「有用」に執着しない:庚桑楚の弟子は民の尊崇を受けるよう勧め、「賢を尊び能に授くるは古より然り」と説いた。だが庚桑楚ははっきり見抜いていた。ひとたび「有用」という位置づけを受け入れれば、あなたは道具となり、道具はやがて消耗される。職場や人間関係において、適切な時に「無用の用」を守ることは、自分自身を守ることなのである。
知止の知恵:老子は「知は其の知る能わざる所に止まることをのみ、至れり」と言う。全ての問題に答えがいるわけではなく、全ての困惑に解決が必要なわけでもない。認識の限界を認め、範囲を超えた問題を無理やり思考で噛み砕こうとしないこと、それ自体がひとつの解脱なのである。
「已むを得ず」の仕事への態度:現代人は往々にして過剰な主観的意志を伴って物事を行う——「私は必ずこうする」。荘子は「為す有りて当たるを欲すれば、則ち已むを得ざるに縁る」と言う。つまり、行動を適切にしたいなら、それはやらざるを得ない自然な結果に見えるようにせよ、ということだ。これはこう解釈できる。「我は」という執念を減らし、「事柄そのものが要求している」ことへの感度を高めるのだ。
「胸中に蕩かさず」の日常的実践:感情が立ち上がった時、焦って反応せず、また無理に抑圧もせず、それが「来た」と察知し、そして「過ぎ去らせる」。荘子の言う「不蕩(蕩かさず)」とは、波が無いということではなく、波に海全体を掻き乱させないということである。
「無有」を本体とする「天門」の開放性:荘子は「万物は無有より出ず。有は有を以て有と為す能わず、必ず無有より出ず」と言う。これは『道徳経』第四十章の「天下の万物は有に生まれ、有は無に生ず」と一脈通じるが、荘子はさらに先に進む。「無有にして一つの無有なし」——「無」そのものもまた無なのである。この徹底的な否定の思考は、虚無主義を打ち立てるためではなく、あらゆる固定化された存在論的執念を解体するためのものである。「天門」のイメージは特に玩味に値する。それは入口であり出口でもあり、形態は無いが真実性を持つ。出入りの間に形態の跡が見えない——これは「道」が定位・把握できる「物」ではなく、永遠に開放性を保つ「出来事」であることを意味する。
「移是」と真理の状況性:荘子の「移是」論は深遠な哲学的問題に触れている。真理の基準は果たして確固たる根拠を持つのか。彼の答えはこうであるようだ。あらゆる「自我」を基準にし「名実」を根拠とする規準は、不可避的に状況的・相対的性質を帶びる。しかしこれは「どうでもよい」という浅い相対主義に通じるのではなく、「基準そのもの」への持続的省察へと通じる。これは現代哲学の「視角主義(パースペクティヴィズム)」とある種呼応する。我々は常に或る視角から世界を認識するが、その視角自体は吟味され、移動されうるのである。
「全人は天を悪む」のパラドックス:荘子は「全人は天を悪む。人の天を悪む」と言う。全人(完全な人)は「天」という概念ですら悪む。ましてや人為的に構成された「天」などなおさらである。これはあらゆる固定化・観念化されたものへの徹底的な不信である。真の「全」は、おそらく「全」という観念自体に執着しないことにあるのかもしれない。これは極端な「メタ」レベルの反省性である。「道」という言葉すら、月を指さす指に過ぎず、月そのものではないのだ。
「已むを得ず」と自由の関係:表面的には、「已むを得ず」は不自由を意味する。だが荘子はそれを「聖人の道」と定義する。ここでの論理はこうだ。行動が主観的意志の強制から生じる時、行為者は自分の欲望と執念に奴隷とされる。行動が「已むを得ず」——即ち物事の内在的論理と自然の趨勢によってそうなる——から生じる時、行為者はかえって道と合一した自由を得る。これは「不自由な自由」であり、「自由意志」という概念への深い挑戦なのである。
関連概念:
発展的読書:
本内容は道家の古典古籍に基づき、伝統文化の学習と人生の参考のためのみに提供され、宗教・医療・投資の助言を構成するものではありません。