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增删卜易
本章は、六爻占いを通じて地理的形勢の吉凶を評価する方法を探り、地形分析は人事の禍福を直接推測するのではなく、世爻・応爻などの要素に専念すべきだと強調している。著者は分占法を主張しており、すなわち異なる方面(功名・財運など)は別々に占う必要があり、一つの卦で多方面を判断する誤りを避けるべきだとしている。
世爻が旺盛で長生に遇することは、来龍(山脈の源流)が遠く長いことを示す🌄。世爻が衰弱し応爻に抑制されることは、案山(向かいの山)に圧迫感があることを示す⛰️。間爻が旺盛であれば明堂(空地)が広々としていることを表し、龍虎爻(左右の山)が衰弱していれば左右の地勢が低く窪んでいることを示す。左の山(青龍爻)が旺じていれば頭角が鋭く聳え立ち、右の山(白虎爻)が衰えていれば爪牙が潜んでいる。朱雀爻が刑沖に遇すれば、前山が乱雑である。玄武爻が破散に逢えば、後脈が空虚である。もし龍虎と世爻が合局を成せば、虎が踞り龍が蟠る勢いを呈する。水土の世爻と応爻が相合すれば、山が巡り水が繞る🌊。上爻が空亡に逢えば、水口(水流れ出る口)が固まらない。螣蛇爻が破散すれば、道路が入り組んでいる。
世爻が当令で日辰に長生・帝旺していれば、来龍は遠大である。もし応爻が世爻を沖克すれば、対山が高く聳えているか、埋葬の向きが誤っている可能性があるが、応爻が抑制される時は向きを改めて解決できる。間爻が旺相であれば明堂は広大で、休囚であれば窪んでいる。案山は世爻を克すべきではない。青龍爻が旺じていれば左の山が巡り抱き、頭角が高い。白虎爻が衰えていれば右の山が潜み、爪牙が収まる。朱雀爻が刑冲破散すれば、前山が秩序なく乱れる。玄武爻が破散すれば、後脈に力がない。世爻・応爻・龍虎・子孫が三合局を成せば、大吉の地である。第六爻が空破すれば、水口が散乱する。絶に逢えば水が枯れる。水爻が休囚で克されれば、水流れが定まらない。生じたり生じられたりすれば、源は遠く流れは長い。螣蛇爻は道を表し、沖散すれば小道が多く、旺相であれば官道(主要な道)がある。勾陳爻が旺じていれば田畑や坂があり、衰破すればない。
例として、丑月庚申日に占って咸の卦を得た:世爻は兄弟申金が世に持つ。日辰が世爻に臨む。来龍は左から来ており、旺じて気があり、左右に傷克はなく、龍虎が巡り抱く。向山の未土は月破しているが、朱雀の亥水が前山となり、日辰に生じられているため、朝水(前方からの水)や帯水(周囲を流れる水)があり、水源は豊かである。螣蛇爻と上爻は月破しており、道路は入り組んでいて、水口は散乱している。間爻は旺相で、明堂は広大である。
ある人が問うた:この地は吉か? 著者は答える:これはただ形勢を判断するだけで、吉凶に関わるものではない。もし功名・財運・子孫などを問うのであれば、別に一卦を占う必要があり、兼ねて判断すべきではない。もし占地の卦の中で六親が鬼に化けたり克されたりすれば、それはすなわち刑傷の地であり、動爻が凶に化して告げ示すので、別に占う必要はない。
父爻については旺じたり、動いて父に化したりするのは良くない。なぜなら、占地は世爻と子孫爻を主とするため、父が動けば子を克するからで、忌むべきである。化克・化鬼、兄弟妻子休に逢う、とは、もし凶地を得れば、卦に六親が凶に化する現れがあり、直接に刑傷と断じることができ、衰旺空破を見る必要はないということである。