全 142 章中 95 章
星平会海
大運とは、天干が五運を表し、地支が六気を表すため、「運気」と総称される。子平命理において、大運は主に地支を見、流年太歳は天干を見る。いわゆる「郊運同接木」は比喩である:干支は樹木の如く、六十干支は花の字で表され、もし天干地支が時を得て令を得れば、樹木が自然に花を咲かせ実を結ぶが如し🌱。月令は天元であり、大運は月から起算する。樹木の苗に喩えれば、苗を見て樹木の名を知る;月令の用神が格局を決定するため、大運は接ぎ木(接木)の如く、命には根、苗、花、実があり、正にこの意に合致する。
癸より出で甲に入るは、人が汗をかいた後に衣を替えるが如し;甲戌が癸亥に接ぐは、干支の接木である。丑運が寅に接ぎ、辰が巳に接ぎ、未が申に接ぎ、戌が亥に接ぐ、これを転角接木(四方転角)という。格局が凶なる者は死に、格局が善なる者は災いあり。寅卯辰の一気、申酉戌の一気などの連続した気は、接木に算えず。例えば甲乙日主が寅卯運を得れば、劫財敗財運と称し、父母、妻子に克あり、財を破り争いを主る;丙丁巳午運を行えば、傷官運と称し、子女に克あり、訴訟、囚獄を主る;庚辛申酉運を行えば、官郷運と称し、名声を得るも過ぎれば災い病あり;壬癸亥子運を行えば、印綬運と称し、吉慶、増産を主る;辰戌丑未戊己運を行えば、財運と称し、名利通達を主る。しかしこれは単なる死法の比喩に過ぎず、格局の喜忌に随って推演すべきであり、固執すべからず、妙は通変にあり🔥。例えば官星が衰運を行くは、干弱なれば旺運宜しく、正に干弱にして気旺を求むるの理である。余り有るも足らざるも、柔軟に処理するを要す。更に孤害、空亡、勾絞、喪門、吊客、墓、病、死、官符、白虎などの神殺を結合して推験すれば、その験は神の如し。別に一法あり:羊刃、桃花、伏吟、反吟、休因、死絶衰敗なる者は凶;帝旺、臨官、禄馬、貴人、生養、冠帯、庫に遇う者は吉;空亡は凶だが、凶亡空なる者は却って吉、吉なる者は却って凶。大運は太歳と相克相衝するを宜しまず、更に刑衝相克を忌む;歳が運を衝克するは吉、運が歳を克するは凶。格局不吉なる者は死に、歳運相生する者は吉。禄馬貴人が合郊互する者も亦吉。歳を審らかにして推せば、応験せざるは無し。
日柱は根、月柱は苗、年柱は花、時柱は実(結果)であり、人の一生に喩える。用神は月支の蔵する所にあり、例えば子宮は癸水を取る;転じて郊運を用いるは木を替えるが如く、大風に摇り動かされ折損するを忌む。運を行くは類比し、悪煞流年に遇い相克すれば必ず凶。寅が卯に接ぎ卯が辰に接ぐ、東方一気を移花と称し、忌星有りと雖も損なわず;この命の類比、悪星に遇うと雖も命を傷つけず、運気良ければ則ち吉、良くなければ則ち凶。
太歳は年中の天子であり、犯すべからず、犯せば凶。命書に云う:日、歳君を犯せば、災殃必ず重し。例えば甲日が戊土太歳を見、克の重き者は死す。甲乙日生で寅卯亥未の日時なる者、太歳を犯し克すれば、決して死す疑い無し;救い有れば則ち吉、例えば八字に庚辛酉巳の金局有り。経に云う:戊己愁いて甲乙に逢う、干頭須らく庚辛を要すべし。或いは丙丁火局木を焚く、災い有りと雖も咎むる勿れ。或いは己を得て甲を合するも亦解く。大抵太歳は傷つくべからず、相生する者は吉、五行に救い有れば、その年却って財と為る。太歳を犯す者は、年主凶喪、妻妾に克、破財、是非上を犯す。勾絞、空亡、咸池、宅墓、病符、死符、白虎、羊刃等の煞が臨むを加えれば、禍患百出。神殺加臨、軽重を推す。干、歳を克せざるも、猶お運が歳を克するを忌む;歳運衝刑、羊刃衝合を加えれば、破耗喪事を主る;貴人禄馬に遇えば稍よし。八字に救い有れば危うき無し。経に云う:太歳は衆煞の主なり、命に入るも必ずしも災いと為さず;若し戦闘の郷に遇わば、必ず本命を刑す。
例えば甲日生、流年戊土、木が土を克するを日、歳君を犯すと謂い、凶を主る;倘し柱に庚金有りて甲を制すれば、甲制せられて則ち戊を克せず、五行に救い有りと謂う。戊は甲の偏財なり、却って財を招く、故に吉。余も此れに倣う。