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全 78 章中 11 章
黄帝内经·素问
全体意訳
黄帝がお尋ねになった。「私は、世の方士たちの中に、脳髄を蔵と見なす者、胃腸を蔵と見なす者、またそれらを腑と見なす者もいると聞いている。これらの説は互いに矛盾しているが、それぞれが自説こそ正しいと主張している。私はその道理がわからず、あなたのご説明を聞きたいと思います。」
岐伯がお答えした。「脳・髄・骨・脈・胆・女子胞(子宮)、この六者は地気によって生じ、すべて陰に蔵されて大地に倣うものです。ですから、只管に蔵して泄さず、これを奇恒之府(形は腑に似て、機能は臓に似た特殊な臓腑)と称します。胃・大腸・小腸・三焦・膀胱、この五者は天気によって生じ、その気機は天空に倣うものです。ですから、只管に泄して蔵しません。それらは五蔵が伝えた濁気を受け入れ、これを伝化之府(伝導・消化・排泄を司る腑)と称します。水穀はここに長く留まることができず、速やかに伝輸・排泄されねばなりません。魄門(肛門)もまた五蔵の支配を受け、水穀の糟粕は長く留まることができません。
いわゆる五蔵とは、精気を蔵して泄さないものです。ですから、ただ充実した状態を保つことはできても、塞がって実となってはなりません。六腑とは、飲食物を伝導・消化して蔵しないものです。ですから、ただ一時的に充実することはできても、満ち満ちて溢れてはなりません。なぜそうなのかと言えば、水穀が口に入ると、胃が充実すれば腸はまだ空虚であり、食物が下行すれば、腸が充実して胃はすでに空虚になるからです。こうして、六腑は「実にして満たず」、五蔵は「満ちて実ならず」と言われるのです。」
黄帝がお尋ねになった。「気口(手首の寸口脈)は、なぜ単独で五蔵の状況を反映できるのでしょうか?」
岐伯がお答えした。「胃は水穀の海であり、六腑の大いなる源です。飲食の五味は口に入ると、まず胃に蔵され、それによって五蔵の気が養われます。気口もまた手太陰肺経に属します。それゆえ、五蔵六腑が受ける水穀の精微な気は、すべて胃に由来し、その変化は気口に現れます。自然界の五気(清気)は鼻から吸入され、心と肺に蔵されます。もし心や肺に病があれば、鼻は通じなくなります。およそ病気を診断する際には、必ず病人の大小便などの下部の状況を審察し、脈象を診て、その精神・情志と病情を観察しなければなりません。鬼神の説に束縛されている人とは、高遠な医理を語ることはできません。鍼石療法を嫌う人とは、精巧な医術について語ることはできません。病があって治療を受けようとしない人は、その病は必ず治り難く、無理に治療しても効き目はありません。」
本内容は中医古典籍に基づくものであり、伝統文化の学習と研究のみを目的とし、いかなる医療診断・投薬・治療の助言を構成するものではありません。不調がある場合は速やかにご受診ください。