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全 78 章中 46 章
黄帝内经·素问
黄帝が問う:「人が胃脘癰(胃脘部の癰腫)を患った場合、どのように診察すべきか。」岐伯が言う:「この病を診るには胃脈を候うべし。その脈は沈細であるべきだ。沈細は気逆を主る。気逆すれば、人迎脈(頸側の拍動部。古人は胃脈とみなした)は非常に充盛する。充盛は熱があることを示す。人迎は胃脈に属す。気逆して盛んであれば、熱は胃口に集まり散行することができず、よって胃脘癰が形成される。」
黄帝が言う:「よし。人が睡眠しても安らかでないのは、なぜか。」岐伯が言う:「五臓に傷損があると、精気が帰附するところを得て初めて安和できる。だからむやみにその病機を推測してはならない。」黄帝が問う:「人が仰向けに臥せないのは、なぜか。」岐伯が言う:「肺は五臓の華蓋である。肺気が盛んになれば脈は大となる。脈が大であれば仰向けに臥せない。関連する論述は『奇恒陰陽』の中にある。」
黄帝が問う:「厥病(気機の逆乱による病証)の患者がいて、診ると右脈は沈緊、左脈は浮遲である。病位は一体どこにあるのか。」岐伯が言う:「冬に脈を診る場合、右脈は本来沈緊であるべきで、これは四時に順応している。左脈の浮遲は、四時に逆らっている。左脈の異常は腎に主る病を示し、また肺に関わる。腰痛が生じるはずだ。」黄帝が問う:「なぜそう言うのか。」岐伯が言う:「足少陰腎経は腎臓を貫き、肺臓に連絡する。今、肺脈が見られるのは、腎がそれによって病を受けたためである。ゆえに腎病は腰痛として現れる。」
黄帝が言う:「よし。頸癰を患う者に、砭石(古代の石製医療器具)で治療する者もいれば、鍼灸で治療する者もいて、いずれも治癒するのは、どういう理屈か。」岐伯が言う:「これは病名は同じでも病勢の等級が異なるためだ。癰の気が止まって未だ膿になっていないものは、鍼で開泄して除去するのが良い。気が盛んで血が集まったものは、砭石で瀉血するのが良い。これが『同病異治』である。」
黄帝が問う:「怒狂を患う者がいるが、病はどこから来るのか。」岐伯が言う:「陽から生じる。」黄帝が問う:「陽がなぜ人を狂わせるのか。」岐伯が言う:「陽気が突然挫かれて鬱遏され、暢達し難くなるため、怒りを発しやすい。病名を陽厥と言う。」黄帝が問う:「どうやって識別するのか。」岐伯が言う:「陽明経は常に搏動するが、太陽経・少陽経は本来搏動しない。もし本来搏動しないところが搏動して急疾であれば、それが陽厥の兆候である。」黄帝が問う:「どう治療するのか。」岐伯が言う:「飲食を減らすだけでよい。食物は陰分に入り、陽気を助長するからだ。ゆえに減食でよい。患者に生鉄洛(生鉄屑)を煎じて飲ませよ。古人は生鉄洛は気を下し逆を降ろすと考えた。(これは古籍の治法であり、研究用に供するのみで、服薬指導にはならない。)」
黄帝が言う:「よし。発熱し、懈惰して力なく、汗が汗を洗うように出て、風を悪み、少気の者がいる。これは何の病か。」岐伯が言う:「病名は酒風である。」黄帝が問う:「どう治療するのか。」岐伯が言う:「沢瀉・朮(ジュツ)各十分、糜衡(ビコウ)五分を合わせて末とし、毎回三本の指で摘まむ量(三指撮)を、食後に服用する。(これは古代の処方記載であり、研究用に供するのみで、服薬指導にはならない。)」
いわゆる深くて細い脈とは、指下に針のように細く感じるもの。按摩して脉を切ると、聚(シュウ)は堅く、博(ハク)は脈が大きいことを言う。《上経》は気が天と通じることを講じ、《下経》は疾病の変化を講じ、《金匱》は死生を決断し、《揆度》は切按して測度し、《奇恒》は奇病を講じる。いわゆる「奇」とは、奇病が四時の规律に従わずに死ぬことを指し、「恒」とは、常病が四時の规律に従って死ぬことを指す。いわゆる「揆」とは、まさに切按して探求すること、すなわち脉理を切求すること。「度」とは、病位を得た後に、四季を用いて測度することである。
——卜瓜 本内容は中医の古典古籍に基づくものであり、伝統文化の学習と研究のためにのみ提供される。いかなる医療診断・服薬・治療のアドバイスも構成するものではない。体調不良の際は速やかに医療機関を受診されたい。